独学で小説を書く (10)~時間を、飛ばしてみる~
ショートショート「五十円」を書いていたときのこと。
最近、自分は説明するのではなく、場面を置くことを意識して小説を書いている。
「五十円」でも、必要だと思う場面を一つずつ置いていった。
父親と娘が、五十円のお釣りをめぐって喧嘩をする。
次に必要な場面を考えて、そこを書く。
さらに次の場面を考えて、そこを書く。
そんなことを繰り返していたら、ふと気がついた。
あれ?
ずいぶん時間が飛んでないか?
たとえば、父と娘が喧嘩をして口をきかなくなる。
その次に置いたのは、娘が賃貸借契約書を持ってくる場面だった。
その間、何日経ったのかは書いていない。
もう一つ。
娘が家を出たあと、父親が妻に、
「あいつ、どうしてる?」
と聞く。
ここでも、家を出てからどのくらい経ったのかは、はっきり書かなかった。
こんなに時間を飛ばして大丈夫なんだろうか。
読み手は置いていかれないんだろうか。
そこでAIと壁打ちしてみた。
場面と場面の間を全部説明しなくても、前後の場面から、その間に流れた時間を読み手が想像することはできそうだった。
考えてみれば、場面を置くということは、その間にある時間を省略することでもある。
以前の自分なら、場面と場面の間を説明でつなごうとしていたと思う。
何日が経った。
その間、こんなことがあった。
そんな説明を入れないと、話がつながらないような気がしていた。
でも、場面だけを置いてみると、意外とつながる。
一方で、もっと長い時間が経ったことを感じてもらいたいときはどうするんだろう。
そこで思った。
季節を置けばいいんじゃないか。
前の場面では蝉が鳴いていた。
次の場面では、コートのポケットに手を入れて歩いている。
それだけでも、夏から冬まで時間が流れたことは伝わりそうだ。
桜が咲いていたり、日が暮れるのが早くなっていたり。
「三か月が経った」と書かなくても、時間の経過を見せる方法はいろいろありそうだ。
ただ、「五十円」ではあえてそこまではしなかった。
どれだけ時間が経ったのかを正確に伝えることよりも、父と娘が話さないまま、気がつけば時間だけが過ぎていた。
そんな感じのほうが、この話には合っているような気がしたからだ。
最初から時間を飛ばそうと思って書いたわけじゃない。
必要な場面を置いていったら、結果として時間が飛んでいた。
そして、時間を飛ばすにもいろいろなやり方がありそうだと気がついた。
季節を使う方法も、今度どこかで試してみたい。
こうやって一つ書くたびに、また一つ試してみたいことが増えていく。
独学で小説を書くのも、なかなか面白い。
実際にどのくらい時間を飛ばしたのか。
よかったら「五十円」を読んでみてほしい。
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