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Photo bysensaisann

祖父は将棋の棋士だった|勝負師の顔と祖父の顔

    将棋が頻繁にメディアでとりあげられるようになって暫くたつ。
    羽生善治九段の永世七冠達成のニュースや、藤井聡太竜王・名人の前人未到の活躍が人々の関心を呼び起こし、今では『棋士が棋戦の昼食やおやつは何を食べたか』なんてニュースまでお茶の間によく流れている。

    私は、将棋のニュースがテレビで流れるたび、きまって祖父を思い出す。
    私の祖父はかつて将棋の棋士だった。

    私が物心ついた頃にはすでに引退していたが、半世紀近くもの長い間、棋士として戦い続けた人だった。
    小さい頃、はじめて祖父がプロの棋士だったと聞かされた時は正直よくわからなかった。
    ただ日本の歴史においてもほんの数百人しかいないプロフェッショナルの中に祖父がいた、という事実に「有名人ってこと?」なんて漠然とした誇らしさを抱いていた。


    寡黙で穏やかな祖父の顔


    祖父について、祖母は言った。
    「本当に優しくて、怒らない人なのよ」
    母は言った。
    「パパみたいな男性は他にいない」
    棋士のお弟子さんや同業者も「先生は人格者だ」と言っていたらしい。
    祖父は一番身近な人たちからそう評されるような人だった。

    私にとって、祖父は寡黙な人だった。
    背が高く、物静かで穏やかで、大体新聞を読んでいるか将棋の番組を観ているか。
    母の実家に帰省して祖父と会うたび、私はなぜかいつも少し緊張していた。
    祖父のことは好きだけれど、じっと見つめられるとなんだか落ち着かなかった。


    棋士としての「鬼」の面


    将棋のプロとして生き続けることの凄まじさを知ったのは、羽海野チカ先生の漫画『3月のライオン』を読んだことがきっかけだった。

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    全巻買っている 次回最終巻なのが楽しみでもあり寂しくもある

    恥ずかしながら「棋士か。なんだか格好良いな」くらいにしか捉えていなかった私にとって、3月のライオンの中で描かれる棋士の戦い、プライド、執念、苦悩にはガツンと頭を殴られる思いだった。

    3月のライオンの中では、棋士同士の対局に色々な表現が使われている。
    特にA級棋士やA級棋士同士の戦いについては、こんな表現があったかと思う。
    『化け物』、『焼野が原に立つ』、『嵐の中』、『鬼』など。
    勿論フィクションにおける表現とはいえ、一人の人間同士が己のすべてでぶつかりあう凄まじい戦場であることは確かで、あながち間違いでもない筈だ。
    祖父もA級順位戦に在籍していた時期もあったらしく、驚いた。
    あの物静かで穏やかな祖父が、そんなものの中にいた?
    祖父が、鬼?
    にわかには信じがたかった。

    しかし、「本当なのかもしれない」と思ったのは祖父の対局の写真を見せてもらった時だ。
    それはモノクロの写真だった。
    写真の中の祖父は片手には煙草、もう片方の手はぺったりと頬に押しあて、睨むように盤面を見つめていた。
    初めて見た時は祖父だとわからなかった。
    若い頃の写真だから、というのもあるが、こんな鬼気迫る表情をするなんて想像もつかなかったのだ。

    モノクロ写真だからか、より表情の影が濃く見えて怖いくらいの写真を見て、これが棋士というものの姿なのかもしれないと思った。
    一局一局、自分の培ってきたものを絞り出す勝負師たち。
    死に物狂いで勝つ為だけに盤面にかじりつく時、祖父は普段の穏やかな顔なんてどこかに放り捨てて、ひとりの勝負師、将棋の鬼と化したのだろう。

    同時に、私が祖父の前でどうしても緊張してしまう理由の一端が理解できた気がした。
    物静かな祖父は穏やかながらもいつも真っすぐに私を見つめてきて、決して目をそらすことがなかった。
    その見透かすような強い目力に、子供ながら圧倒されていたのかもしれない。
    何手先、何十手先をも見通す脳と目を持つ棋士の眼光は、引退後も健在だったということか。


    閑話休題


    実は高校時代、私は将棋同好会に所属していた。兼部だが。
    恥ずかしながら、祖父が棋士ということで「私にも少しくらいその才能の片鱗があったりして……」なんて最初は夢を見たものだが、とんでもない。
    先を読むことが苦手な私はものすごく将棋が弱く、たまに二歩(※同じ縦の列に自分の歩兵を二枚以上並べてはいけないという基本中の基本ルール)をやらかして反則負けをする始末。
    情けない。棋士の孫です、なんて口が裂けても言えない醜態だ。
    その話を母にしたら、母は笑って「あれは特殊能力だから」なんて将棋のプロの思考回路について教えてくれた。とんでもなかった。
    まあ、どういうキッカケでも将棋に触れてみる人が増えること自体は将棋界にとって良いことの筈なので……と同好会時代の自分を慰めてみている。

    私自身はそんな体たらくではあるけれど、自分で将棋をさしてみていっそう、プロとして将棋をさし続けるということの凄まじさを知った。
    格好良いな、おじいちゃん。


    今の将棋を見せてあげられたなら


    今となっては、祖父について覚えていることはそう多くない。
    思い出せるのは、自室の畳に座り込んで、大きな背を丸めながら新聞を読んでいた後ろ姿。
    毎朝食べていたのは牧場の朝ヨーグルト。時々アオハタの苺ジャム。
    お酒は日本酒の真澄が好きだったこと。
    そして、晩年までずっとずっと新聞やテレビで将棋に触れ続けていたこと。

    今も祖父が生きていたら今の将棋界をどう見るだろう。
    祖父が現役で戦っていた頃と今の将棋界では全然棋力のレベルが違うらしい。
    AIでの戦術研究が当たり前の世の中なのだから当たり前か。
    今の竜王戦の棋譜なんて見せたら、見たこともない表情で目をまん丸にするかもしれない。
    驚いて、少し寂しく感じたりもするのだろうか?
    でも引退後もずっと将棋に触れ続けた祖父だから、静かな表情の下できっと喜びを湛えていたに違いない。
    見せてあげたいな。
    AIの使い方くらいなら私でも教えてあげられたかもしれないのに。


    勝負師の顔と祖父の顔


    今も祖父の仏壇には二枚の写真が飾られている。

    一枚は、先述した、盤面を睨むように見つめている棋士のモノクロ写真。
    もう一枚は、それよりだいぶ小さいサイズで、引退後穏やかな笑顔を浮かべている祖父のカラー写真。
    将棋盤の前では鬼の如き勝負師であった頃の祖父と、私の祖父のイメージそのものの祖父の姿。
    全然違って写っているけれど、カラー写真の方にも小さく将棋盤が映っているので、やはり祖父は祖父でありながら一生棋士であったのだと思う。

    もっといろいろな話を聞けていればよかったな。
    心からそう思うのだけれど、今再び出会えたとしてもやっぱり少し緊張してしまうんだろう。
    あの真っすぐ見つめる、見透かすような強い眼光の前では、きっと十数年分成長した今の私であろうとも、なすすべなどない。
    それでもいつか空の上で会えたら、孫特典として一局指導してもらえないかな。
    とりあえず二歩だけはしないよう頑張るから。

     
     
    よく食べ よく寝る 30代 | 甘いもの 、ゲーム 、読書、花などが好き

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