
【創作大賞】ジャンピング・ジャック・クラッシュ
あらすじ
向井真里(24)は地下アイドル。ロックが好きで歌手を目指して芸能界入りしたものの、アイドルの曲では歌唱力も発揮できず、アイドルの世界に馴染めない。ある日、真里は、仕事を投げ出して、地方へと旅行に出かける。ネットで見た素敵なドミトリー「満足」は、ボロボロの古民家。ネットでみたのは2号店だという。宿泊先のドミトリーのオーナーである佐野基次郎と出会う真里。泊まった日に生ライブがあるというので興味を持って見にいく真里。そこで見たのはスゴテクのギタリストの基次郎、妻の百恵は凄腕ベーシスト。孫の篤がドラムの3人のバンドだった。来月の夏祭りでコンテストがあるというが、基次郎の代わりに真里が歌うオーディションを受けるが、「ロックのハートがない」との理由で落選する。落ち込んだ真里は帰ろうとバスに乗るが、そこで川向こうの「満足」2号店を見つけてしまう。2号店は基次郎の娘の聖子、その夫、詠一とが経営。おしゃれな外観、内装。そして、カフェスペースでのライブでは詠一、聖子が演奏するシティポップのユニットが演奏。真里はライブに飛び入りして歌う。詠一と聖子の歓迎を受け、2号店に宿泊、ユニットにボーカルとして参加する。ライブで歌う真里だが指示通りに歌うようにと聖子から叱られ、セクハラを受ける真里。アイドル時代のファンが見にきて、動画サイトに投稿。事務所やディレクターから連絡の嵐。夏祭りのコンテストの前、本店に行く真里。基次郎たちと再会して今の自分に疑問を持つ真里。コンテストの日。2号店の演奏に浮かない顔して参加する真里。最後の基次郎たちのステージで基次郎が倒れる。歌えない基次郎の代わりに歌わせてほしいと真里。コンテストの結果は聖子のユニットだったが基次郎のバンドの演奏の方に満足感を感じる真里。後日、満足本店のガレージで行われるライブに、真里と基次郎たちの姿がある。
人物一覧表
〇向井真里(24)元アイドル
〇佐野基次郎(82)ドミトリーのオーナー
〇佐野篤(23)基次郎の孫
〇佐野百恵(80)基次郎の妻
〇永田浩(37)音楽ディレクター
○佐野聖子(50)基次郎の娘。
○佐野詠一(53)聖子の夫。
○工藤佳奈一(32)
○女子A
○オタクの男性客
○酔っ払いの客A
本文
〇バス停
向日葵がたくさん咲く田舎道にぽつん
と立つ停留所にバスが止まる。
バスが走り出した後の道にローリン
グストーンズのベロのロゴのシール
が貼られたスーツケースと、厚底ブ
ーツ、ニルヴァーナのTシャツを着
た向井真里(24)が立っている。
真里「……思ったより、田舎」
俯き加減でスマホを見る。真里。
画面に『ゲストハウス満足』のホー
ムページにおしゃれな古民家の写真。
真里「ま、いいか。素敵なドミトリーだし」
るんるんと笑顔で歩きだす、真里。
〇ゲストハウス満足・外観
ボロボロの一軒家、隣に屋根のつい
たガレージ、ドアに『満足』の文字。
唖然とスマホの写真と見比べる真里。
〇同・食堂・中
食卓の横にベロのシールが貼った
スーツケースがおかれている。
真里が険しい顔で座り、前に座る佐野
篤(23)にスマホを見せている。
篤「あ、あれは2号店の写真で」
真里「2号店?」
篤「ええ、川の向こう側に2号店があるんで」
真里「え、私が予約したのは」
篤「予約サイトで本店を選択したんじゃない
ですかね。たまにそんなお客様、いるんで
す。まぁでも同じ古民家ですし」
真里「(小声)つうか、ここ普通の家」
篤「1階がカフェになってまして」
真里「というか、茶の間」
篤「窓を開けるとバルコニーが」
真里「縁側ですね」
真里、溜息ついて観念した顔。
篤「ベッドルームが2段ベッドですが2階に
あります。あ、今回は観光か何かですか。
観光といっても何にもない村ですけど」
真里「あ、何にもないほうがいいんで」
真里、少し顔が曇る。
佐野百恵(80)が麦茶を真里の前に置く。
篤「あ、ばあちゃんです」
百恵、真里をじろじろ見て
百恵「いや、この子めんこい子やわ。どっか
のアイドルみたいなごつある」
真里、お茶持つ手がびくっと止まる。
〇(回想)音楽スタジオ・ミキシング室・中
永田浩(37)が険しい顔で腕を組み、ミキ
サー前でスタッフが頭を抱える。
〇同・録音ブース・中
真里がぶりぶりのアイドルソングをロ
ックの歌いまわしでシャウトしている。
音楽が止まり困惑する真里。
永田がブースの外でマイクを握り、
永田「まりちゃん、そんなんいらんねん。も
っとさあ、アイドルなんだから」
顔をしかめて困惑している真里。
真里「でも、私、感情こめるとどうしてもこ
ういう歌い方になっちゃうんです」
× × ×
真理が無表情、棒読みで歌っている。
歌い終わるとヘッドホンから「OKで
ーす」の声。納得いかない顔の真里。
永田「途中の、あん、とか、うん、とかいう
とこあるでしょ。そこエロい声でお願い」
真里「……エロい声」
永田「少年たちがそれでおぎおぎすればいい
の。アイドルの曲なんだから」
真里、険しい顔で俯いている。
〇(回想)ライブハウス・入口
アイドルの衣装を来た真里がテーブル
に座り、ファンと「無」の顔で握手。
〇(回想)同・楽屋・中
真里が部屋に入ってくる。
真里「おはようございまーす」
鏡の前でメンバーの女子達が真里を一
瞬見て、ヒソヒソ話。
真里、不思議そうな顔でメンバーの1
人に声かける。
真里「あ、おはよ」
声かけられたメンバーがガン無視。
他のメンバーも真里を無視してメイク。
真里の顔が曇り、立ち尽くしている。
○同・トイレ・個室・中
スマホを見て唖然としている真里。
SNSの画面、D Mが多数届いている。
『塩ブス』『卒業しろや』『1人だけ
浮いてるぞ』の文字が並ぶ。
その中に『枕でセンターとるな』
真里、険しい顔でスマホを閉じる。
(回想終わり)
〇ゲストハウス満足・食堂・中
ぐっとお茶を飲み、苦い顔の真里。
真里、食堂の中を見回す。
縁側の壁に貼られた手書きのポスター。
『満足サタデーナイトLIVE!』の文字。
真里「バンドのライブ、近くでやってるの?」
基次郎の声「おねぇちゃん、ロック好きかね」
篤「じっちゃん」
真里が振り返ると、佐野基次郎(82)がタ
オルで禿げた頭を拭きつつ入ってくる。
基次郎「ストーンズやもんねそれ」
スーツケースにベロのマークのシール。
真里「あ、ロック、大好き、なんで」
基次郎「じゃ、今日のライブみていったらど
うじゃ」
百恵「そうじゃせっかくこの村来たんやから」
基次郎「凄腕のメンバーやで」
篤が、困った顔で頭をかく。
真里が篤を見て不思議そうな顔。
〇同・ベッドルーム・中(夜)
部屋に2段ベッドがいくつか並ぶ。
〇同・ベッドルーム・真里のベッド(夜)
ベッドに寝転がりスマホを見てる真里。
スマホ画面に『アイドルグループ表参
道999のメンバー、マリが突然の脱
退。事務所から連絡つかず』の文字。
ため息ついてスマホを置く、真里。
ドラムのどんどんという音が聞こえる。
「あ」という顔で起き上がる真里。
〇同・ガレージ(夜)
汚れた張り紙に『本日の出演バンド・
サティスファクション』の文字。
裸電球が灯るガレージで篤がドラムを
たたいて調整中。その前にギターアン
プが2つ、前にパイプ椅子が3つ並ぶ。
険しい顔でガレージに入ってくる真里。
真里「まさか、ここでやるの、ライブ」
篤「あ、そうなんです」
真里「あなたがドラム、他のメンバーは?」
篤「それが、あの今、着替え中で」
基次郎の声「(高音で)イエーイ!ワオ!」
篤「来た」
真理が振り返ると、金髪のズラに革ジ
ャン姿でエレキギターを持った基次郎
と黒いサングラスに破れたジーンズで
ベース持つ百恵がガムをかみつつ立つ。
真里「ま、まさか」
基次郎と百恵がアンプにシールドを差
し込み、ギターを鳴らし始める。
篤「じっちゃん、そのズラそろそろきついよ」
基次郎「なにゆうちょる、ミックジャガーも、
あの年でまだ金髪やぞ」
篤「あの人は外人だから」
百恵「今日は何からやろうかね」
基次郎「天国への階段とかどうじゃ」
篤「しゃれにならないよ! 前にやったとき、
お客さんどんびきしてたよ!」
百恵「そうはゆうても最近の曲知らんしねぇ」
基次郎「おれは知っとるぞ! ほら、お前が
好きなジャスティンバービー」
篤「ジャスティンビーバー!バービーは芸人」
唖然として3人を見ている真里。
基次郎「それじゃあ、おねぇちゃんのために
ローリングストーンズから行くか」
真里「え! まじ! ストーンズ大好き!」
真里、目が輝き拍手しながら席に座る。
基次郎が手をあげ、百恵と篤が基次郎
を真面目な顔で見る。
基次郎「いくぞーサティスファ、ファ、ファ
ーくしょん!」
クシャミとともに入れ歯が飛び、前に
座る真里の頭にこつんと当たる。
× × ×
基次郎、百恵、篤が演奏をしている。
基次郎「(歌)あいひゃんへっのーふぁーふ
ぃふぁーくひょん」
前に落ちた入れ歯をじっと見てる真里、
当たった額をさすりながら真面目な顔。
真里「でも」
ベースをチョッパーでひく百恵、速い
ドラムソロをどこどこ叩く篤。
真里「ほんとに」
早弾きのギターソロをひく、基次郎。
真里「凄腕だわ」
茫然と3人の演奏を見ている真里。
〇同・縁側(朝)
パジャマ姿で伸びをする、真里。
篤がモップを持って歩いてくる。
真里「あ」
篤「お、おはようございます」
真里「昨日はいいもの見せてもらえて」
篤「い、いやあ」
真里「すごかった、特にロックメドレー」
篤「メドレー?あ、いや、途中で勝手にじい
っちゃんが違う曲、やりだすんです」
真里「違う曲を突然に」
篤「認知症がすすんでてやりながら何やって
るかわすれちゃうんですよね」
真里「よくあわせられるね」
篤「僕はドラムなんでなんとか。ばあちゃん
はもう長年の。やっぱり夫婦ですよね」
真里「おばあさん、ベース、すごい上手だし」
篤「演奏はいいんですけどね。うちのバンド」
真里「演奏はって」
篤「ボーカルがうちの弱点なんですよ。ほら、
じっちゃん、興奮してシャウトすると入れ
歯がすぐとれちゃうから」
真里「ボーカルが弱点」
篤「来週、村のサマーフェスがあって」
真里「フェス?」
篤「あ、いや夏祭りです。そこでコンテスト
が」
真里、俯いて考えている。
基次郎の声「ねぇちゃん、歌はできんのか」
真里が振り返ると、基次郎が立ってる。
真里「あ」
基次郎「ロックンロール、好きなんじゃろ」
真里、困惑ぎみの顔で基次郎を見る。
基次郎「オーディションしてやってもええぞ」
真里、真剣な顔。
真里「オーディション、ロックの、ボーカル」
真里の目が輝いている。
〇同・ガレージ
篤がドラムを叩いてチューニングしてる。
百恵がベースを持ってアンプを調節。
真里がメイク、ダメージデニム、Gジャ
ン、髪型、メイクもロック風にして登場。
篤「すごい、雰囲気変わるね」
真里「ふふ、見た目から入るから、私」
百恵「曲はストーンズのジャンピングジャッ
クやけど」
真里、iPadを手にして笑顔。
真里「大丈夫、さっき楽譜も用意した」
篤「今時だね」
基次郎の声「なんじゃ、それ」
真里、はっと振り返るとそこに、ガレ
ージの入り口にギタ―を手にした基次
郎が立っている。
真里「あ、これ? iPad」
基次郎「シャンプーハット?」
百恵「あれは、風呂の時に使うもんじゃ」
基次郎「目に染みるからな」
篤「そこは広げなくていいよ!」
真里「あ、楽譜。ほら、みつかった!」
真里、嬉しそうにiPadを基次郎に見せ
る。
基次郎「(不機嫌そうに)……ふん」
真里、不思議そうな顔。
篤「あ、と、とりあえず合わせてみようよ」
基次郎、ギターをアンプに繋ぐ。
真里、緊張気味にマイクを持つ。
基次郎、『ジャンピング・ジャック・
フラッシュ』のイントロを弾き出す。
篤と百恵が続く。
真里、iPadを見ながら歌い出す。
× × ×
演奏が終わり、ホッとした顔の真里。
篤「声、よく出てるね。カラオケとかよく行
くの?」
真里「あ、この前までボイトレ、してたから」
篤「ボイトレ?」
百恵「本格的じゃね」
真里、嬉しそうな顔で基次郎を見る。
ギターを置いて不機嫌そうな基次郎。
真里「あ、あの、オーディション……」
基次郎「不合格」
真里「え」
基次郎「不合格じゃ」
篤「うそでしょ、じっちゃん」
真里「ど、どこが」
基次郎「歌にロックを感じない」
真里「ロックを?……感じないって」
篤「じっちゃん、わかりにくいよ」
基次郎「その黄金バットじゃな」
篤「iPadだよ!」
真里「これが、なんで」
基次郎「楽譜通りに、歌っちょる」
真里「は?意味わかんない。だって、歌詞も
メロディもちゃんと歌いたいし」
困惑した顔の真里。
基次郎「ミックもジョンレノンも楽譜なんか
見て歌わん」
真里「え、でも」
基次郎「つまり、なんじゃその、ロックンロ
ールに、楽譜なんかいらん!ってことじゃ」
シーンとする一同。
百恵「かっこええわ、あんた。熱血教師みた
いやわ」
基次郎「中村雅俊みたいじゃろ」
百恵「ソーリじゃな」
篤「なにそれ、わかんないよ」
真里、ガックリ肩を落としている。
○田舎道(夕方)
ガランとした道に黄昏。
○同・バス停(夕方)
落ち込んだ顔でベンチに座る真里。
横にはスーツケース。
篤がリュック背負って走ってくる。
篤「(息を切らして)向井さーん!」
真里「あ、篤……さん」
篤「そんな、急いでチェックアウトしなくて
も」
真里「なんか、居ずらくて」
篤「じっちゃん、なんか言ってたけど、明日
になれば忘れてるから、大丈夫ですよ」
真里、小さくため息。
真里「あんなふうにダメ出しされると思わな
くて、ちょっとショック」
篤「……僕は、いい声だなって思いました」
バスが近づいてくる。
篤「あ、あの、これ。忘れ物です」
篤、リュックからiPadを真里に渡す。
真里、苦笑いして受け取る。
真里「ありがと」
真里、バスに乗り込む。
外からじっと真里を見つめる篤。
真里を乗せて走り出すバス。
○バス・中(夕方)
席で帽子を深く被り、サングラスをか
けた真里がiPadを見つめている。
前の席に同じ歳くらいの女子グループ
がワイワイ言いながら座っている。
○道路(夕方)
バスが川にかかる橋を渡る。
○バス・中(夕方)
女子Aが窓から指をさして
女子A「あ、あれじゃない?満足」
え、と顔を上げる真里。
真里「満足?」
バスのナレ「次はドミトリー満足2号店前、
ドミトリー満足2号店前でございます」
窓の外に見えてくる『M A N Z O K U』の
おしゃれなデザインの看板。
サングラスを外し、驚いた顔の真里。
○満足2号店・停留所(夕方)
きゃっきゃと言いながら、バスの中か
ら降りてくる女子グループ。
○道路(夕方)
バスが停留所から少し走った先で止ま
る。ドアから真里が出てくる。
真里が遠くを見ながら
真里「あれが、満足2号店」
バスが遠ざかっていく。
○満足本店・縁側(夕方)
基次郎がギターを速弾きしている。
百恵が麦茶を基次郎の横に置く。
百恵「なかなか、ええ子じゃったのに」
基次郎のフレーズがマイナー調になる。
百恵「ファッションもバッチリやったし」
基次郎「そこは……良かったな。ロックに必
要じゃから。でも不合格じゃ」
百恵「相変わらず、厳しいの」
基次郎「目を見た時」
百恵「目?」
基次郎「最初、あの子の目を見た時、感じた
んじゃがな……ロックを」
基次郎、ギターを置いて麦茶をグビり。
基次郎「勘違いだったか。歳かの」
ちょっぴり寂しそうな基次郎。
○満足2号店・外観(夕方)
白い壁で可愛らしい外観の建物。
真里がスマホを見ている。
真里「ほんとはこっち、だったのか」
真里、スマホで写真を撮り建物の中へ。
○満足2号店・フロント・中(夕方)
真里が恐る恐る中に入ってくる。
店内にジャズ風のBGMが流れている。
カウンターに『WELCOME』文字。
後ろのボードに70年代のAOR、ジャ
ズ系のアーチストの写真が飾られてる。
真里「やっぱ、ここだ」
真里が目を向ける先にカフェスペース。
奥にはグランドピアノとビンテージの
アコースティックギターが置かれてる。
真里「素敵なドミトリー!これでしょ!」
スマホで写真を撮りまくる真里。
聖子の声「ご予約のお客様、かしら」
真里がはっと振り返ると、フロントに
メガネをかけた佐野聖子(50)が立ってる。
真里「あ、あの」
聖子「ご予約、確認させていただきますね」
聖子がパソコンを開けキーを打ちだす。
真里「あ、すみません。予約……してなくて」
聖子「あ、予約してらっしゃらないと……本
日はあいにくお部屋のご用意が」
パソコンのキーを叩いている聖子。
真里「ま、間違えて」
聖子「間違え?」
真里「ま、間違えて、あの、川の向こうの方
を予約しちゃって」
パソコンを打つ聖子の手が止まる。
聖子「川の……向こう」
真里「本店、なんですかね、あそこ」
聖子、真顔になりメガネを掛け直し
聖子「あ、お部屋、1つ、ご用意できます」
真里「ほんとですか!」
喜ぶ真里。
聖子のメガネの奥の目が光る。
○同・スイートルーム・前(夕方)
聖子と真里が廊下を歩いてくる。
聖子がドアの前で立ち止まって
聖子「こちら、ここの唯一の個人部屋。スイ
ートルームになります」
真里「スイートルーム!」
聖子「先ほど、キャンセルが出たの、忘れて
ました。これがルームキーになります」
聖子、真里にカードを笑顔で渡して
聖子「わからないこと何かあったら内線1番
でお電話ください。それではごゆっくり」
聖子、笑顔で歩いていく。
真里「……なんか、ラッキーかも」
真里、笑顔でドアを開ける。
○同・スイートルーム・中(夕方)
キングサイズのベッドに観葉植物、ベ
ッドの隣のローテーブルにウェルカム
ウォーター2本と施設案内のファイル。
真里「これもう、一流ホテルじゃん!」
喜んでベッドにダイブする真里。
真里、ウキウキしてベッドから起きて
施設案内のファイルを見る。
真里のページをめくる手が止まる。
真里「ん?」
ファイルの中にチラシ。『MANZOKUサ
ンデーナイトライブ!○月○日、出演
バンド・スピーチバルーン。オープン
マイク形式で飛び入り大歓迎』の文字。
真里「オープン……マイク……飛び入り歓迎」
やや興奮気味の真里の顔。
○同・外観(夜)
ライトアップされた外観。
ピアノとギターの音が聞こえる。
○同・1階・カフェスペース(夜)
客席はほぼ満席、全員女子である。
客席の後ろに真里が現れる。
真里「すごい。盛り上がってる」
ステージに佐野詠一(53)が生ギターを構
えて楽譜を開き、マイク位置を調節。
ピアノの前に聖子、楽譜を開いている。
ステージ脇キーボードとP Aミキサー。
工藤佳奈(32)がミキサー前に立つ。
詠一「皆さん、満足のサンデーナイトライブ
へようこそ。僕ら、スピーチバルーンとい
う、ユニットで活動しています。メンバー
はこのドミトリーのオーナー、ギター担当
の佐野詠一、ピアノは私の妻、佐野聖子」
聖子がピアノの前でぺこりとお辞儀。
客席から拍手、立見してる真里も拍手。
詠一「では、まずは達郎さんのこの曲から」
詠一が佳奈に合図、佳奈がP A操作。
『DOWNTOWN』のオケの音が鳴り出す。
オケに合わせて演奏する詠一と聖子。
ギターボーカル詠一、コーラスは聖子。
興奮気味に目を丸くする真里。
真里「げ、激ウマ」
× × ×
客席の女性たちが大拍手。
詠一「さあ、ここでオープンマイクですので
飛び入り歓迎コーナー!」
真里「と、飛び入り歓迎」
詠一「曲は…そうだな、竹内まりあさんの、
プラスティックラブ、誰か、歌えませんか」
真里が大きく息を吸い込む。
真里「知ってる曲。う、歌える、かも」
× × ×
フラッシュ
基次郎「不合格、じゃ」
× × ×
詠一「今日もいませんか、ね」
真里、意を決した顔で手を挙げる。
真里「あの、私、う、歌います」
客席の女子達がどよめいて真里を見る。
緊張した顔でスタスタと客席をかき分
けステージに向かう真里。
× × ×
マイクを握る真里の手が震えている。
詠一「あ、これが楽譜です」
譜面立ての楽譜を指さす詠一。
楽譜見てふうと息を大きく吐く、真里。
聖子、メガネを整え、真里を見る。
演奏が始まり、軽くリズムをとる真里。
× × ×
歌・演奏が終わり客席から大拍手。
ほっとした顔の真里。
メガネを直す聖子の目が光る。
× × ×
フロントの脇にTシャツやタオルなど
の『記念グッズ』が多数並ぶ。
佳奈が部屋に帰る客に声をかけて販売。
ステージでは詠一、聖子と女子客が並
び、笑顔で記念撮影している。
記念グッズが並ぶ机にP O P『今夜だけ
特別!オーナー夫婦と記念撮影500
0円!(税別)』の文字。
女性客が「結構高いね」一応、買っと
く?」とぶつぶつ話している。
○同・地下・事務所。中(深夜)
聖子がデスクで電卓を叩く。
険しい顔で直立不動で立つ、佳奈。
聖子「今夜はノルマ、未達か」
佳奈「は、はい。すみません」
聖子「来週は、お願いね」
佳奈「わ、わかりました」
佳奈が部屋から出ていく。
詠一が隣のデスクでP Cを見ている。
P Cに今夜の真里とのライブ映像。
聖子「気に入ったの?」
詠一「ん。ああ。まあまあかな」
聖子、詠一の肩に手を置いて
聖子「今回は悪いクセ、出さないように。
私たちの大事な武器、だから」
詠一「な、何言ってんだ。何もないよ」
聖子「とりあえず、本店に取られなくてよか
ったわ」
詠一「こだわるなあ。俺の歌じゃだめかい」
聖子「バンドのメインボーカルはね、選ばれ
し者じゃなきゃ、だめなのよ」
聖子がメガネを掛け直す。目が光る。
○同・2階・スイートルーム・中(深夜)
真里、ベッドに倒れ込む。
天井を見上げる真里の顔がニヤけてる。
目を閉じる、真里。
○夜空
三日月に雲がかかる。
○イメージ
真里(6)が誰かの手で殴られている。
真里「ご、ごめんなさい」
泣きながら懇願する、真里。
真里「ゆ、許して」
女の声「お前なんか生まれてこなきゃよかっ
たんだよ!」
痩せこけ病んだ女の顔がぼやけてく。
○満足2号店・スイートルーム・中(朝)
ベッドではっと目を覚ます、真里。
窓から朝日が差し込んでいる。
真里、びっしょり汗をかいている。
部屋の電話が鳴っている。
ため息ついて起きた真里が電話をとり
真里「え、わかりました。じゃあ30分後に
降りて行きます」
汗を拭き、不思議そうな真里の顔。
○同・カフェスペース・中(朝)
聖子と真里が向い合わせで座る。
テーブルにはS NS映えするスイーツと
ハートマークを書いたカプチーノ。
真里「え、ユニットに、か、加入?」
聖子「ええ、主人がすごくあなたの歌、気に
いってしまって」
真里「あ、ありがとうございます」
聖子「実は来週、コンテストがあるんです。
この街の」
真里「コンテスト」
× × ×
フラッシュ
篤「夏祭りです。そこでコンテストが」
× × ×
聖子「そこであなたとユニット組んで出たら
優勝間違いなしだって主人が」
真里「あ、いえ、そんな」
聖子「向井さん。どこかで歌ってました?」
真里「え」
聖子「プロとして」
真里、目が泳ぎ
真里「あ。いえ、あの、ボイトレ、してたも
んで多少は」
聖子「コンテストまでの宿泊費は全額サービ
スしますわ。ただ毎日リハーサルに参加を」
真里「全額サービス?そ、そこまでして」
メガネを直す聖子の目が光る。
聖子「どうしても優勝、したいので」
真里、首を傾げ、考えている。
真里「あの、私でよければ」
聖子、真里に手を差し出す。
真里、一瞬、ためらうが聖子の手を緩
く握り返す。
テーブルには手付かずのスイーツとカ
プチーノ。
○川のほとりの土手
真里がぼーっと川を見て座っている。
前のカゴにネギが出た買い物袋を入れ
た自転車で篤が通りかかる。
篤「あ」
真里の姿を発見して自転車をとめる篤。
× × ×
篤「まだ、この村にいたんですね」
真里「あ、うん」
篤「昨日はどこか他にお泊りに」
真里「あの、に、2号店に」
篤「2号店?満足の?」
真里「……うん」
篤「ど、どうでした?」
真里「それがあの。オープンマイクがあって。
そこで歌ったの。そしたら」
篤の顔が曇る。
真里「気に入ってもらえて、ユニット組んで
コンテストに出ないかって」
篤「村のサマーフェスですか」
真里、頷く。
真里「コンテストまで宿泊費無料だって。す
ごくない?」
篤、真里から視線をずらして
篤「2号店、僕はあんまり好きじゃないです」
真里「え」
篤「気に入ったといえば、じっちゃんも、向
井さん、気に入ってたと思いますよ」
真里「でも、私、不合格」
篤「オーディションなんか、じっちゃん、や
ったの初めてなんです。驚きました」
篤、笑顔で真里を見て
篤「実は僕も、好きです」
真里「え」
篤、少し顔を赤らめて
篤「む、向井さんの歌」
真里、少しはにかむ。
篤「あの、ちなみに向井さん、2号店、好き
になれました?」
真里「うーん。どうだろ。オケで歌うの、あ
んまり、好きじゃなくて」
篤「カラオケとか嫌いですか」
真里「いや、あの、そうじゃなくて」
真里のスマホのバイブ音が鳴る。
スマホを見る真里。
真里「あ、そろそろリハの時間だった」
篤「2号店の、ですか」
真里「これから毎日なの」
篤「……向井さん、まだこの村に」
真里「そうね、まあコンテストまでは」
篤、自転車にまたがって
篤「また、気が向いたら本店にも遊びに来て
ください。ばあちゃんの味噌汁、美味しい
ですよ」
真里「うん、気が向いたらまた」
篤、笑顔で会釈、自転車漕いでいく。
真里、手を振り、じっと篤を見送る。
○満足2号店・カフェスペース(夜)
発声練習のピアノを弾く聖子、その前
で発声する真里、真里の後ろに腕を組
んで立つ、詠一。
発声練習のパターンが終わる。
聖子「基本は、できてるわね」
ほっと一息つく、真里。
詠一「そうかな」
詠一が真里に近寄り
詠一「も少し、腹式使った方が」
詠一が真里のお腹に手を当てる。
ビクッとする真里。
× × ×
フラッシュ
カラオケB O Xで永田が真里の肩を抱き
寄せる。嫌がる真里。
× × ×
真里が怯えた顔で詠一から離れる。
詠一、ん?という顔で真里を見る。
真里「あ……すみません」
聖子「あとは表現力ね。ラストのところ、
どう歌うの?」
真里「あ、多分、その時の気分で」
聖子、厳しい顔になり
聖子「最後はウィスパーで抜いて歌ってちょ
うだい。指示通りに」
真里「え」
聖子「言われた通り、歌えばいいの」
真里「は、はい」
不機嫌な聖子と怯えた顔の真里。
詠一「後で、おれが教えてあげるよ」
真里、過呼吸気味に息をあげる。
聖子「じゃあ、もう一度」
演奏が始まる。
歌のパートになっても歌えない真里。
演奏がとまる。
険しい顔の詠一、聖子。
真里「……すみません、ちょっとニュアンス、
わからなくて。また明日、練習してきます」
真里、マイクを譜面たてに置く。
○同。スイートルーム・中(夜)
真里、ベッドでペットボトルの水を飲
み、天井を見上げる。
真里「結構、スパルタ、しかも」
× × ×
フラッシュ
詠一が真里のお腹に手を当てる。
ビクッとする真里、にやける詠一の顔。
× × ×
真里「なんか、また同じだ」
真里の息が過呼吸気味に荒くなる。
枕元のピルケースから薬飲み水を飲む。
ため息ついて目を瞑る真里。
〇(回想)満足本店・ガレージ
基次郎、『ジャンピング・ジャック・
フラッシュ』のイントロを弾き出す。
篤と百恵が続く。
(回想終わり)
真里「ロックじゃない、か」
寝返りを打つ、真里。
○川べり・土手
真里が土手の道を歩いてる。
真里「あ」
真里の視線の前に自転車に乗った篤。
× × ×
土手に止められた自転車。
土手に真里と篤が座る。
篤「ここに来たら会えると思って」
真里、浮かない表情で少し笑顔。
篤「厳しいでしょ、2号店のリハ」
真里「あ、うん。そだね」
篤「あの人たちにとっては仕事、ですからね」
真里「仕事か、確かに……何で知っての?」
篤「あ、いや、風の噂で」
真里「そっちはコンテストの準備、どう?」
篤「それが、じっちゃんが寝込んじゃってて」
真里「え?」
篤「むりくり大声で歌、練習してたんで。で
も、今年が最後だから絶対出るって」
真里「今年で最後?」
篤「あ、ここ数年、毎年言ってます」
真里「そっか」
真里、笑顔。
真里「そういえば、今夜、ライブなんだ、2
号店で。よかったら」
篤「……あ、僕、2号店には顔バレしていて。
見に行けないんです。すみません」
篤、気まずそうな顔で目を逸らす。
真里「大丈夫。気にしないで」
真里、寂しそうな笑顔で川を見てる。
○満足2号店・外観(夜)
ライトアップされた看板。
○同・カフェスペース(夜)
ステージで詠一、聖子、PA席で佳奈が
セッティングしている。
女性客中心の客席にオタク風の男子客
Aが1名座っている。
ステージに真里が現れる。
真里「こんばんはースピーチバルーンでー
す!」
男子客A「マジか……ほんとにいた」
男子客A、スマホをステージに向けて
構える。
○動画サイト・画面(夜)
満足2号店のステージで歌う真里の映
像。テロップで『表参道999のマリ、
発見!』の文字。
視聴回数がどんどん増えていく。
○満足2号店・スイートルーム(朝)
唖然とした顔でスマホを見る、真里。
不在着信、留守電多数。
メールアプリを開く、真里の指。
事務所からのメールに『返信待つ』の
文字と動画のURLに真里が2号店で歌
うサムネ画像。
スマホの着信音『永田さん』の文字。
SNSのDMに『逃げてんじゃねぇ』『早
く死んでお詫びしろ』などの文字。
泣きそうな顔でスマホを投げる、真里。
部屋の内線電話が鳴っている。
○同・地下・事務所・中(深夜)
詠一、電話の受話器を置く。
詠一「出ないな」
聖子がパソコンをじっと見ている。
聖子「地下アイドルだったとはね」
険しい顔で直立不動で立つ、佳奈。
佳奈「すみません、撮影チェックできなくて」
詠一「いいさ、店の宣伝になってる」
聖子「コンテストの動員も間違いなく増える」
ほくそ笑む、詠一と聖子。
○同・スイートルーム(朝)
朝陽が差し込む部屋。
ベッドには誰もいない。
○満足本店・玄関前(朝)
真里が俯いて立ち尽くしている。
ガラガラと玄関のドアが開く音。
ビクッと驚く、真里。
中から百恵が出てくる。
真里「……おばあさん」
百恵、じっと真里を見ている。
真里「あの、その、気がついたらここに来て
て、す、すぐ、帰ります」
百恵、すっと笑顔になり
百恵「おかえり」
真里「え」
百恵「暑かったろ。さ、入って麦茶、飲み」
真里の目に涙がたまる。
真里「た、ただいま」
真里、涙を拭いて玄関の中へ。
○同・食堂(朝)
テーブルの上に麦茶とおにぎり2個と
味噌汁。
百恵が優しい笑顔で
百恵「あまりもんじゃ、気にせんで」
真里、少しはにかんで手を合わせて
真里「すみません、いただきます」
真里、グッと味噌汁を飲む。
真里「……美味しい」
真里、おにぎりを頬張る。
篤、食卓に入ってきて目を丸くして
篤「む、向井さん、なんで」
後ろから基次郎がよろよろ顔を出す。
基次郎「バナナのシャツのオネェちゃんか」
篤「ニルバーナだよ!」
真里、安心した顔で微笑み
真里「相変わらずちゃんと突っ込むね」
篤「どうしたのじっちゃん、寝込んでたんに」
基次郎「どこ行ってたんじゃ」
篤「今、2号店に泊まってるんだって」
真里、おにぎり食べる口が止まる。
基次郎「ふん、聖子んとこか」
真里、え?という顔。
篤「村のサマーフェスにユニット組んで出る
んだって、ね?」
真里、おにぎりを噛む速度が遅くなる。
基次郎「練習がきつくて逃げ出してきたか」
百恵「あそこは本部と繋がっとるから、毎年、
ほっといても優勝だのに。そない本気ださ
んでもねぇ」
篤「そろそろ村のみんなにも飽きられてきた
って感じてきたんじゃない?サマーフェス
のスポンサーもさ」
基次郎「生贄か」
真里、おにぎりを置いて
真里「いけに、え……」
基次郎、真里の置いたおにぎりを取る。
真里「あ」
基次郎「(もぐもぐおにぎり食べながら)つ
まらんのう。ほんと、あいつらは」
篤「そんな2号店に毎年、コンテストで負け
てばっかりじゃん」
基次郎、口から梅干しの種をぷっと
手のひらに出して
基次郎「音楽に勝ちも負けもない」
真里、はっと基次郎を見る。
篤「じゃあ、何でコンテスト毎年出てんの?」
基次郎「本物を見せたいだけじゃ」
真里、俯いて
真里「……本物」
基次郎「わかるやつにはわかるからな」
篤「そうかな、毎年ドン引きされてるよ」
基次郎、真里の麦茶をぐいって飲む。
基次郎「ま、コオロギーの対決じゃな」
一同、シーンとなる。
真里「それ、もしかして、イデオロギー」
篤「あ、正解!」
真里、小さくガッツポーズ。
基次郎「じゃ、今日も練習やるか」
篤「今日もって、ずっと休みだったけど」
基次郎、金髪のカツラを被り出ていく。
真里「あ」
真里、基次郎の後ろ姿を目で追う。
百恵「あん人がやる気になってよかった。あ
りがとね、来てくれて」
真里「いや、あの」
篤「僕ら、もう少し練習するんで。じゃ、コ
ンテストで!」
部屋を出ていく、篤と百恵。
ポツンと食卓に座る、真里。
真里、じっと何か考えている。
○××町役場・広場前(朝)
古い建物に『××町役場』のプレート。
垂れ幕に『サマーフェス20××』の
文字。ファミリー中心に人が集まって
来ている。
人々の中に「表参道999 マリ」と
書かれたTシャツ着た男子も混じる。
『サマーフェス20××』の立て看板
のスケジュール表に『ミュージックコ
ンテスト』の文字。
『13時開演 1・××××2・××
××……5・スピーチバルーン、……
10・サティスファクション 11・
表彰式』と書いてある。
○同・会議室・前(朝)
ドアの前に『出演者控室』と貼り紙。
○同・会議室・中(朝)
壁にかけられた時計の針は『10時』
基次郎、百恵、篤が楽器やスティック
を持って練習している。
ドアが開いて、真里が入ってくる。
基次郎たちの姿を見つけて近寄る真里。
真里「おはよ。入り時間まだなのに。早いね」
篤「向井さんたちは、リハ?」
真里「あ、うん。サウンドチェックで呼ばれ
て」
基次郎「ふん、ええの。主催者バンドはリハ
ができて」
真里、申し訳なさそうな顔。
真里「で、でも、サティスファクション、今
日のトリじゃん」
篤「一番、お客さんいない時間なんですよ」
真里「え」
百恵「真ん中あたりが一番、客がいるがの」
真里「……そう、なんだ」
聖子の声「向井さん、ここにいたの。声出し
をやっといてもらわないと」
聖子が真里の後ろから声をかける。
聖子「……お久しぶり。元気そうじゃない。
お父さん」
真里「え」
基次郎「ふん、お前もな」
百恵「この人、この前まで寝込んでたんよ」
聖子「(無視して)篤、そろそろ帰ってきて
うちの店、手伝ってよ」
篤「……」
篤、無視してスティックを膝でリズム
を刻みながら黙っている。
真里「え、あ?ん?」
真里、基次郎達と聖子の間で狼狽える。
聖子、メガネをかけ直して
聖子「向井さん、じゃ、少し早めにきてね」
聖子、部屋を出ていこうと振り返る。
基次郎「聖子、去年のあの子はどうした」
後ろを向いたまま立ち止まる聖子。
基次郎「また使い捨てか」
聖子、メガネを掛け直して振り返る。
基次郎「若い子の夢を利用してお前らが悦に
浸るのもそろそろ辞めたらどうじゃ」
聖子、キッとした顔で
聖子「利用なんてしてないわ。夢を持つ若者
と一緒に夢を共有してるだけよ」
基次郎、顔を顰めている。
聖子「才能ある若者を世の中に出して稼がせ
てあげたいの。理想を並べてばっかりで夢
に飛び込めずに年老いていくよりマシよ」
真里、じっと聞いている。
聖子「じゃ、あとで」
聖子、少し足早に部屋を出ていく。
○同・楽屋前・廊下(朝)
篤と真里が窓辺に立つ。
真里「そういうことか」
篤「まぁ、よくある親子の対立です。うちの
母、じっちゃんの血を引いてるから、とに
かく頑固で。まぁ、経営のセンスは母の方
があるのかとは思うんですけど」
真里「反面教師ってわけか。間に挟まれた孫
は大変だ」
篤「隔世遺伝ですかね。僕はじっちゃん派な
んです」
篤、真面目な顔で窓の外を見て
篤「向井さん」
真里、え?と篤をみる。
篤「楽しい、ですか」
真里「え」
篤「僕は楽しいです。じっちゃんとばあちゃ
んと演奏してると」
真里、窓の外をじっと見てる。
○同・特設ステージ
ステージ上では、カラオケで演歌を歌
う着物着たおばさん。
歌終わり、おばさんがお辞儀、はける。
客席から、パラパラと拍手。
司会の声「ありがとうございました。それで
はミュージックコンテスト、次の方達をご
紹介します。エントリーナンバー5番、ス
ピーチバルーンの皆さんです!」
客席から割と大きめな拍手。
ステージの上に詠一、聖子、少し遅れ
て真里が登場。
PA席に佳奈が準備。
客席の「表参道999」のTシャツを
きた数名の客が「おおっ」どよめきな
がら、ステージ前にどどっと移動する。
真里、客席を見てギョッとする。
真里「えーと、スピーチバルーンです。今日
はよろしくお願いします」
客席の「表参道999」のTシャツを
きた数名の客がスマホを構える。
真里、露骨にイヤな顔。
『プラスティックラブ』の演奏始まる。
× × ×
演奏が終わり、ホッとした顔の真里。
メガネを直す聖子、客席からの拍手に
笑顔で応える、詠一。
客席のサイリウムや団扇を持ったオタ
ク男子たちから「マリー!」「良かっ
たよー」いう声。
微妙な顔で声援に応える、真里。
◯同・ステージ裏
聖子と詠一がステージから帰ってくる。
真里がその後ろから浮かない顔で歩い
てくる。
聖子「向井さん、後でちょっと」
真里「あ、はい」
聖子と詠一が本部席の方へ笑顔で歩い
ていく。
篤が真里をじっと見てる。
篤の方へ歩く真里。
篤「お疲れさま」
真里「うん。終わった。でも、多分また怒ら
れるかも」
篤「なんで?」
真里「言われた通り、歌えなかったから」
真里、ため息。
篤「そうかな。良かったよ。竹内まりや」
真里の顔が曇る。
真里「そうよね、良かったのは」
篤「え」
真里「私じゃないよね」
真里、落ち込んだ顔で
真里「わかるんだ。私」
篤「何が?」
真里「本物の拍手と偽物の拍手」
真里、ステージの方を見る。
ステージからパラパラと次の演者への
拍手が聞こえる。
真里「そもそもさ、アイドルなんて誰の人生
にも必要ないんだよね」
篤「そうかな」
真里、え?という顔で篤を見る。
篤「ビートルズだって元アイドルだよ」
篤、ニコッと笑って
篤「本人たちはアイドルだなんて思ってなか
ったと思うけどさ。肩書きなんてなんでも
いいじゃないかな」
じっと考え込んでる、真里。
◯同・本部席
詠一と聖子が本部席に座っている審査
員たちと笑顔で握手している。
○同・会議室・前
ドアの前に『出演者控室』と貼り紙。
◯同・会議室・中
凹んだ顔をして入ってくる、真里。
大きな息をついて、真里を見る基次郎。
百恵が時計を見て、基次郎に
百恵「そろそろ、出番じゃが。篤はもうでち
ょる」
基次郎、ゆっくりと席をたつ。
真里「あ、あの、頑張ってください」
基次郎「頑張らん、やるだけじゃ」
基次郎と百恵、部屋を出ていく。
バタンとドアが閉まる。
ドアをじっと見てる、真里。
◯特設ステージ
司会が舞台袖でマイクを握る。
司会「では、最後の出演者です。エントリー
ナンバー10番。サティスファクション」
ステージ袖から、篤、百恵、基次郎が
楽器やスティックを持って登場。
真里が客席の後方に歩いてくる。
客席の客Aが缶ビール片手に酔っ払い、
客A「ジジイ!今年もまた出んのかよ!」
客席からくすくすと笑い声。
真里、ムッとした顔で客Aを見る。
基次郎「うるせぇ!黙って聞きやがれ」
客A「聴こうにも毎年、何歌ってんのかわか
んねぇよ!」
客席から笑い声。
客A「どうせ今年もビリだろ!ジジイ帰れ!」
客A、酔って帰れコールを始める。
くすくす笑いながら手拍子する他の客。
基次郎「帰りたいやつは帰れ!じゃあ、行く
ぞ!サティス、ファ、ファ」
百恵と篤、「まずい!」という顔。
真里、「あ!」という顔。
基次郎「ファーークション!」
基次郎の入れ歯が客席に飛ぶ。
基次郎、胸を押さえて倒れる。
篤「じ、じっちゃん」
基次郎、ゲホゲホいっている。
客A「なんだ、もう終わりかよ!」
客席、爆笑。
客席に落ちている、入れ歯。
ステージでは篤と百恵が基次郎を介抱。
客席に落ちてる入れ歯を拾う、真里。
キッとした顔でステージを睨む。
入れ歯を握り締めて、ステージに向か
って歩きだす真里。
客Aが「む?」という顔で真里を見る。
ステージに上がる、真里。
本部席では、「?」という顔で、審査
員たちと詠一、聖子がを見てる。
サイリウム持った真里のファンが驚く。
ざわめきの中、真里が基次郎、篤、百
恵を見つめる。
篤「あ、向井さん」
百恵「おねぇちゃん」
胸を押さえて真里を見る、基次郎。
真里「おじいちゃん、弾ける?私、代わりに
歌うよ」
基次郎に入れ歯を渡す、真里り。
基次郎「モヒろんひゃ」
基次郎、入れ歯をはめる。
基次郎「ねぇちゃん。う、歌えるんか」
真里「ジャンピング、ジャック、フラッシュ、
なら」
篤「ipad、ないよ。歌詞は?」
真里、微笑みながら
真里「ロックンロールに楽譜はいらない」
篤、ふっと笑う。
百恵「ほんじゃ、やるかの」
百恵、サングラスをかけ直す。
基次郎、よろよろ立ち上がり、ギター
を構え、真里をじっと見る。
基次郎「いつか、見た目じゃ」
真里、マイクスタンドからマイクを手
にする。
真里、ステージから客席を見下ろす。
客A「なんだ、さっきのアイドルのねぇちゃ
んか!」
真里、ふんという顔で客Aを見て
真里「ウルセェ」
客席の客全員、きょとんとした顔。
真里「(叫ぶ)黙って聞いてろ!」
基次郎、ジャーーンとギターを鳴らす。
百恵、ブンブンベースを弾く。
篤、笑顔でドラムをドンドン。
真里「ワンツースリー、フォー!」
基次郎、イントロのギターを弾く。
百恵、篤が続く。
真里が叫ぶように歌う。
× × ×
フラッシュ
真里(6)が誰かの手で殴られている。
真里「ご、ごめんなさい」
× × ×
「あたし 求められず生まれた
イジメ、D Vも日常で
でもBut it's all rightまだ生きてる
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash, it's a gas, gas, gas!」
「そしてアイドルを目指した
それも途中で挫折して
でもBut it's all right まだ生きてる
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash, it's a gas, gas, gas!」
× × ×
フラッシュ
真里「あ、おはよ」
声かけられたメンバーがガン無視。
× × ×
「今はただのプータロー
ロック歌うの好きなだけ
今はもう操られるのは真っ平
これからは自分の声で歌うだけ
ほらBut it's all right まだ生きてく
But it's all right
I'm Jumpin' Jack Flash, it's a gas, gas, gas!」
ギターソロを弾きまくる、基次郎。
ニコニコしながら基次郎を見る真里。
エンディングに真里が高くジャンプ。
客席で唖然としてる客Aやファンたち。
P A席で佳奈が笑顔で思わず拍手。
はっと気がついて拍手を止める佳奈。
客席でも強く拍手をしてる人が数名いる。
○××町役場・広場前(夕方)
ファミリーを中心とした客がゾロゾロ
出てくる。
遠くからマイクでかすかに聞こえる、
「今年のグランプリはスピーチバルー
ン!」パラパラとした拍手が聞こえる。
○同・会議室前・廊下(夕方)
真里と基次郎、百恵、篤が汗だくで歩
いてくる。4人とも笑顔。
真里がハッと前を見る。
聖子が会議室前で腕を組んで俯いて立
ってる。
真里「聖子さん」
聖子、ツカツカと基次郎の方へ
聖子「相変わらず、最低だったね。お父さん。
チューニングも微妙だったよ」
基次郎、ふんという顔で聖子を見る・
聖子「最低だったけど」
真里、「え」という顔。
聖子「最低だったけど、なんか最高だったわ。
悔しいけど」
聖子、メガネを外して笑顔で歩いてく。
真里、ほっとした顔で聖子の姿を見る。
真里「おじいちゃん、やっぱ、私の歌詞、お
かしかったかな」
基次郎、ニコッと笑い
基次郎「おかしくない。だいたい、意味はお
うちょる」
百恵と篤が笑顔。
〇バス停
種をつけた向日葵が揺れる田舎道を
バスが走る。
○満足2号店・事務所
詠一がギターを弾いている横で、聖子
がパソコンを見ている。
パソコンの動画サイトに、コンテスト
でのサティスファクションで真里が歌
う映像。
○同・スイートルーム
佳奈がベッドをメイキングしている。
スマホを見る、佳奈。
スマホにはサティスファクションで真
里が歌う映像。
○満足本店・ガレージ前
ガレージ前からギター、ベース、ドラ
ムのリハーサルの演奏が聞こえる。
数名の客がゾロゾロ並んでいる。
新しい貼り紙に『本日の出演・サティ
スファクションWITH 真里』の文字。
○同・ガレージ・中(夜)
基次郎がギターを持ってマイクへ。
基次郎「じゃあ、行くぞー!サ、サ、サティ
ス……」
基次郎の口を塞ぐ、真里の手。
真里がニコッと笑って、
真里「サティスファクション!」
終わり