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#48 娘に「パパは一番幸せな46歳だと思う」と言われて、笑うしかなかった。【note開始3か月】

    「パパは、一番幸せな46歳だと思うよ。」
    中学3年生の娘が突然そんなことを言った。

    「仕事があって、子どもが二人いて、ママもいて、趣味もある。他の友達のパパの話を聞いていると、パパって一番幸せだよね」
    思わず大笑いしてしまった。

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    【実際にはあまりの唐突さも相まって、しばらく笑いが止まらなかった】

    そんなこと、一度も考えたことがなかったからだ。
    僕は時々、書き終えたnoteを子どもたちに2~3分だけ読み聞かせる。でも書いていることなんて、大したことじゃない。

    風呂場でプラモデルを作る話。
    仕事帰りにパフェを食べて「甘い!」と騒ぐ話。
    映画や本を見て感動した話。
    そんな毎日を書いているだけだ。

    「パパ、ウケるわ〜」とか、声をあげて本当に笑ってくれたりもする。
    それが嬉しくて、もっと面白く書けないものか?と
    思案しながら書いてきた。

    でも娘には、それが「幸せそう」に見えていたらしい。
    その言葉を聞いて、少し考えた。

    僕たちはつい、
    「時間があれば。」
    「お金があれば。」
    「部屋があれば。」

    足りない何かが手に入ったら幸せになれると思ってしまう。
    でも僕は、自分の部屋がなくなっても模型をやめなかった。

    家事があっても、仕事が忙しくても、
    「今日は30分だけ。」
    「今日はデカールだけ。」

    そんなふうに、少しずつ手を動かしてきた。
    幸せになろうとしていたわけじゃない。
    今ある毎日を、思いっきり楽しもうとしただけ。

    きっと、娘はそれを見ていたんだと思う。
    noteを書き始めて3か月。
    記事は、もうすぐ50本になる。最初は「模型の余白を書く!」
    なんて少しかっこつけていた。
    背伸びをしていた分、何を言いたいのかよく分からない記事もいくつか、、、。

    PVに振り回された時期もあった。
    でも50本近く書いて、ようやく分かった。

    僕が書いてきたのは、模型のレビューでも、ノウハウでもない。
    模型ってこんなに楽しいものなんだ、というワクワク。
    家族と笑いながら模型を作ってきた「時間」だった。

    案外、自分のことって分からない。
    46歳になっても、自分に何が書けるのか?なんてわからないものだ。

    些細なことでも、手を動かすことには意味がある。

    書いてみる。
    作ってみる。
    続けてみる。

    そうすると、自分でも知らなかった自分に出会える。
    50本書いて、ようやくそれに気付いた。
    でも、本当は僕より先に娘のほうが先に気付いていたんだ。

    「パパは一番幸せな46歳だと思うよ。」

    この一言は、僕が3か月かけて書いてきたNoteのタイトル、
    そのものかもしれない。

    はてさて、次は何を書こうかな、、、、?

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    模型を眺めていたらいつの間にか人間を見ていた。 2児のサラリーマンの趣味模型エッセイ。 歴史上の偉人たちとの思わぬ出会いに、ココロもほっこり。

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