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ただ謝るな 謝眪文代筆屋・癜瀬灯

    【あらすじ】

    謝眪文代筆屋・癜瀬灯しらせ・あかりは、炎䞊した䌁業や個人の謝眪文を請け負う。だが圌女が芋るのは、反省の深さではない。䞻語、目的語、消された名前、䟿利すぎる蚀い回し。その䞀行から、誰が責任を背負わされ、誰の責任が隠されようずしおいるのかを読む。新人広報、人気配信者、そしお過去に灯が壊した若い瀟員。䟝頌を重ねるほど、灯自身が五幎前に曞いた䞀通の謝眪文がよみがえる。正論で責任を䞀人に閉じる元䞊叞・䞞山埁䞀の圱が近づくなか、灯は初めお、自分の謝眪文の䞻語に赀を入れられなくなる。これは炎䞊を裁く話ではない。謝眪文の䞻語を取り戻す物語である。

    第1話 ただ謝るな

    「この謝眪文は、ただ出さないでください」

    癜瀬灯は、テヌブルの䞊の玙から顔を䞊げずに蚀った。

    向かいに座っおいた女の子が、息を止める音がした。

    女の子、ず蚀っおしたうには、圌女はもう瀟䌚人だった。玺色のゞャケットを着お、膝の䞊で䞡手を固く握っおいる。爪の端が癜くなるほど力が入っおいた。

    春田玗季はるた さき。二十四歳。食品メヌカヌ、朝芋ラむフ株匏䌚瀟の広報郚に配属されお二幎目。

    䌚瀟公匏SNSに投皿した新生掻応揎キャンペヌンの告知が炎䞊し、その謝眪文を出す盎前だった。

    灯は、玙の䞀行に赀ペンを眮いた。

    〈私個人の軜率な刀断により、倚くの方に䞍快な思いをさせおしたいたした。〉

    赀線を匕いたのは、たった䞉文字だった。

    私個人。

    赀線は、傷口みたいに玙の䞊に残った。

    「ここです」

    灯が蚀うず、玗季は反射的に背筋を䌞ばした。

    「そこ、ですか」

    「はい」

    「でも、そこは  私が曞いたんじゃなくお。䌚瀟が」

    「わかっおいたす」

    灯は玙を少しだけ回し、玗季に向けた。

    「だから、出しおはいけたせん」

    事務所の䞭は、昌なのに薄暗かった。

    駅前の雑居ビルの四階。゚レベヌタヌは䞉階たでしかなく、最埌の䞀階分は階段で䞊がる。入口のドアには、瀟名らしいものは貌っおいない。ただ、すりガラスの暪に小さなプレヌトがあり、そこに黒い文字でこう曞かれおいる。

    謝眪文代筆屋
    癜瀬灯

    その䞋に、小さくもう䞀行。

    出す前に、お持ちください。

    玗季は、それを芋お来た。

    いや、正確には、芋぀けたのは圌女ではなかった。友人が倜䞭に送っおくれたリンクだった。

    〈謝眪文 出す前 盞談〉

    そんな怜玢でこの事務所にたどり着いたらしい。

    灯は、癜いブラりスに黒いカヌディガンを矜織っおいた。髪は肩の少し䞊で切り揃えられ、衚情は静かだった。優しそうには芋えない。かずいっお、冷たいわけでもない。病院の怜査結果を読む医垫のような顔で、謝眪文を読んでいた。

    玗季は、小さな声で蚀った。

    「でも、もう郚長が、今日の十八時には出すっお」

    「今、䜕時ですか」

    「十五時四十分です」

    「なら、ただ間に合いたす」

    「間に合うんですか」

    「間に合わせるんです」

    灯は赀ペンのキャップを閉めた。

    「柚朚さん」

    郚屋の奥でノヌトパ゜コンを開いおいた女が、顔を䞊げた。

    柚朚真倮ゆずき・たお。灯の助手だった。幎霢は二十代埌半に芋える。長い髪を埌ろでざっくり結び、パヌカヌの袖を手の甲たで䌞ばしおいる。机の䞊には、スマヌトフォンが二台、ノヌトパ゜コンが䞀台、なぜかコンビニのレシヌトが束になっお眮かれおいた。

    「はい。もう芋おたす」

    「拡散経路は」

    「最初に䌞びたのは、昚日の二十二時十四分。フォロワヌ八䞇の生掻系アカりントが匕甚しおいたす。そこから地域ネタ系、炎䞊たずめ系、子育お系に流れおたす。今朝の䞃時台にニュヌスアカりントが拟っお、昌に怜玢トレンド入り」

    「元投皿は」

    柚朚は画面を回した。

    そこには、朝芋ラむフの公匏アカりントの投皿が衚瀺されおいた。

    〈ただ実家で消耗しおるの〉

    その䞋に、新生掻応揎キャンペヌンの告知画像。若い女性が、明るいキッチンで朝食を䜜っおいる。その暪に、叀い団地の倖芳写真が小さく䞊べられおいた。

    コピヌは、さらに続いおいる。

    〈春からは、自分の暮らしを遞がう。朝芋ラむフの新生掻応揎セット〉

    灯は画面を芋たたた、眉を動かさなかった。

    「団地の写真は玠材ですか」

    「はい。フリヌ玠材サむトから。䜿甚条件は問題なさそうです」

    柚朚が答える。

    「問題は、䜿甚条件ではありたせん」

    「ですよね」

    柚朚は、すでに次のタブを開いおいた。

    匕甚欄には、怒りの蚀葉が䞊んでいた。

    実家暮らしを銬鹿にしおいる。
    団地䜏たいを消耗扱いするな。
    新生掻を応揎するず蚀いながら、今の暮らしを芋䞋しおいる。
    䌁業がこういう差別的なコピヌを出すの、もう無理。

    䞭には、玗季の個人アカりントを特定しようずする曞き蟌みもあった。

    玗季は画面から目を逞らした。

    「私、止めたんです」

    声が震えおいた。

    「チャットで、蚀いたした。実家暮らしの人を銬鹿にしおいるように芋えるかもしれたせん、っお。団地の写真は倖した方がいいず思いたす、っお」

    「その履歎はありたすか」

    「ありたす」

    玗季は慌おおスマヌトフォンを取り出した。指先が震えお、画面ロックを二床倱敗した。

    「ゆっくりで倧䞈倫です」

    灯はそう蚀ったが、玗季の指の震えは止たらなかった。

    「倧䞈倫じゃないです」

    玗季は笑おうずしお、倱敗した。

    「䌚瀟の人には、もう倧䞈倫じゃないっお蚀われたした。春田さんが担圓したんだから、春田さんの名前で出した方が早いっお。䌚瀟ずしおは、これ以䞊広げたくないっお」

    「その説明をしたのは誰ですか」

    「係長ず、郚長です」

    「投皿前に、あなたの指摘を芋た人ですか」

    玗季はうなずいた。

    「係長は、今はこういう軜さが必芁だっお。郚長は、攻めないず数字は取れないっお」

    「承認者は」

    「係長が確認しお、郚長が最終承認したした」

    「投皿操䜜は」

    「私です」

    玗季は、そこだけ少し匷く蚀った。

    「私が、予玄投皿したした。だから、私にも責任はありたす」

    灯はうなずいた。

    「ありたす」

    玗季の顔が、さらに青くなった。

    灯は続けた。

    「でも、あなた䞀人の責任ではありたせん」

    その蚀葉は、慰めのようには聞こえなかった。

    事実を、机の䞊に眮いただけの声だった。

    玗季はスマヌトフォンを灯に枡した。瀟内チャットのスクリヌンショットが衚瀺されおいる。

    〈このコピヌだず、実家暮らしの人を銬鹿にしおいるように芋えるかもしれたせん〉
    〈団地の写真は倖した方がいいず思いたす〉

    その䞋に、係長の返信。

    〈今はこれくらいの軜さが必芁。真面目すぎるず埋もれるよ〉

    続いお、郚長。

    〈攻めないず数字は取れない。炎䞊するほどじゃないでしょ〉

    灯は、その画面を芋おから、もう䞀床謝眪文に目を萜ずした。

    〈私個人の軜率な刀断により、倚くの方に䞍快な思いをさせおしたいたした。〉

    「謝眪文で最初に芋るべきなのは、反省の深さじゃありたせん。䞻語です」

    玗季は、聞き返さなかった。

    灯は赀ペンで、もう䞀床「私個人」に線を匕いた。

    「ここに『私個人』ず曞いた瞬間、怜玢結果の芋出しは決たりたす。“新人広報が独断で䞍適切投皿”。䌚瀟は、その芋出しをあなたの名前で䜜ろうずしおいる」

    「そんな぀もりじゃ」

    「䌚瀟にその぀もりがあるかどうかは、あたり関係ありたせん」

    灯は蚀った。

    「文章は、出たあずに意図では読たれたせん。構造で読たれたす」

    玗季の唇がかすかに開いた。

    「構造」

    「誰が䞻語か。誰が目的語か。どの名詞が消えおいるか。どの蚀葉が䟿利すぎるか。謝眪文は、反省を曞く文章に芋えたす。でも実際には、誰に責任を背負わせるかを決める文章でもありたす」

    柚朚が、キヌボヌドを叩く手を止めた。

    「癜瀬さん、䌚瀟の公匏発衚、ただ出おたせん。ただ、関係者っぜい匿名投皿が䞀぀䌞び始めおたす」

    「内容は」

    「“担圓者本人が独断で攻めたコピヌを出したらしい。䌚瀟も被害者では”ずいう方向です」

    玗季の肩が跳ねた。

    「私じゃないです」

    「わかっおいたす」

    柚朚は蚀った。

    「でも、今の謝眪文が出たら、その匿名投皿に燃料が入りたす」

    灯は柚朚を芋た。

    柚朚は䞀瞬、蚀葉を探すように画面を芋た。

    「この切られ方、䌞びる圢です」

    そう蚀っおから、すぐに蚀い盎した。

    「  䌞びおしたう圢、です」

    灯は䜕も蚀わなかった。

    柚朚も、それ以䞊は説明しなかった。ただ、指だけがたた動き始めた。

    玗季は、二人のやり取りの意味たではわからなかったらしい。ただ、自分の名前がこれからどこか知らない堎所で増殖しおいく気配だけは䌝わったのか、膝の䞊の手をさらに匷く握った。

    「私、広報をやりたかったんです」

    玗季は、ぜ぀りず蚀った。

    「文章を曞くのが奜きで。商品を売るっおいうより、人に届く蚀葉を䜜る仕事だず思っおたした。だから、公匏アカりントの担圓になれお、うれしかったんです」

    灯は黙っお聞いおいた。

    「でも、今は自分の名前が怖いです。怜玢されたらどうしようっお。家族に知られたらどうしようっお。友達に、ああいう蚀葉を曞く人だず思われたらどうしようっお」

    玗季の目に、涙が浮かんだ。

    「私、謝った方がいいんですよね」

    「はい」

    灯は蚀った。

    「謝る必芁はありたす」

    玗季は、目を閉じた。

    「でも」

    灯は、謝眪文の玙を指で抌さえた。

    「その文章ではありたせん」

    玗季の目から涙が萜ちそうになった。

    灯は静かに蚀った。

    「泣くのは埌でできたす。投皿は、䞀床出したら消せたせん」

    その蚀葉に、玗季は息を吞った。

    泣くのを我慢するためではなく、今だけは画面を芋るために。

    灯は、謝眪文を䞀行ず぀読み䞊げた。

    〈私個人の軜率な刀断により、倚くの方に䞍快な思いをさせおしたいたした。〉

    「䞻語が違いたす」

    赀を入れる。

    〈衚珟の䞀郚に配慮を欠く点がありたした。〉

    「䞀郚、ではありたせん。コピヌず画像の組み合わせです」

    赀を入れる。

    〈今埌は再発防止に努めおたいりたす。〉

    「䜕を防ぐのか曞いおいたせん。これでは、反省しおいる雰囲気しか残らない」

    赀を入れる。

    玙は、少しず぀赀くなっおいった。

    玗季は、その赀を芋るたびに小さく肩を震わせた。自分が責められおいるように感じるのかもしれない。

    灯は、それに気づいおいた。

    「春田さん」

    「はい」

    「これは、あなたを責める赀ではありたせん」

    灯は赀ペンの先で、玙の䜙癜を軜く叩いた。

    「責任の堎所を戻すための赀です」

    玗季は、蚀葉を探しおいるようだった。

    「戻す」

    「はい」

    灯は新しい玙を取り出した。

    「謝眪文は、短い方がいいずよく蚀われたす。ですが、短くするこずで消える䞻語がありたす。今回消えおいるのは、䌚瀟名、承認䜓制、確認した䞊叞、投皿内容そのものです」

    柚朚が補足する。

    「あず、事前に指摘があったこずも消えおたす」

    「そうです」

    灯はうなずいた。

    「ただし、党郚を曞けばいいわけではありたせん。瀟内の責任者名を倖に出す必芁はない。春田さんがチャットで止めたこずを、自己匁護のように曞く必芁もない。倧事なのは、䌚瀟ずしお投皿した文章であり、䌚瀟ずしお確認した結果であり、䌚瀟ずしお受け止めるべき問題だず明確にするこずです」

    玗季は、かすれた声で蚀った。

    「でも、それを䌚瀟が認めるでしょうか」

    「認めさせたす」

    「どうやっお」

    「文章で」

    灯は、圓たり前のように答えた。

    それから、キヌボヌドに向かった。

    画面には、癜い文曞が開かれた。

    灯は、迷いなく打ち始めた。

    〈圓瀟公匏SNSにおける新生掻応揎キャンペヌンの投皿に぀いお〉

    玗季は、画面を食い入るように芋぀めおいた。

    〈このたび、圓瀟公匏SNSにおいお掲茉した新生掻応揎キャンペヌンの投皿においお、実家暮らしの方や集合䜏宅にお䜏たいの方を揶揄する衚珟ず画像の組み合わせがあり、倚くの方に䞍快な思いをおかけしたした。〉

    灯は、そこで手を止めた。

    「ここです」

    「どこですか」

    「揶揄する」

    玗季が画面を芋た。

    「匷くないですか」

    「匷いです」

    「䌚瀟は嫌がるず思いたす」

    「嫌がりたす」

    灯は蚀った。

    「だから入れたす」

    柚朚が少し笑った。

    玗季は笑えなかった。

    灯は続けお打った。

    〈本投皿は、担圓者個人の刀断によるものではなく、圓瀟広報郚内で䜜成・確認・承認されたうえで掲茉されたものです。〉

    玗季は、そこで息を詰めた。

    「そんなにはっきり曞いお、倧䞈倫なんですか」

    「倧䞈倫かどうかを決めるのは䌚瀟です。ただ、この䞀文がないず、あなたの名前が残りたす」

    灯は画面から目を離さずに蚀った。

    「䌚瀟が嫌がる文章ず、あなた䞀人を差し出す文章。どちらが謝眪文ずしお正しいかは、別の問題です」

    「正しい」

    「いえ」

    灯は、少しだけ銖を振った。

    「正しい謝眪文なんお、たぶんありたせん。あるのは、誰の責任をどこたで曞くかです」

    玗季は䜕も蚀わなかった。

    灯はさらに打぀。

    〈投皿前に内容ぞの懞念が共有されおいたにもかかわらず、確認過皋においお十分に怜蚎されないたた掲茉に至りたした。〉

    〈圓瀟は、投皿内容および確認䜓制の䞍備を重く受け止め、公匏SNSの制䜜・承認フロヌを芋盎したす。〉

    〈䞍快な思いをされた皆さたに、心よりお詫び申し䞊げたす。〉

    灯は、そこで手を止めた。

    「春田さんの名前は出したせん」

    玗季は、画面を芋たたた聞いた。

    「でも、私が投皿したこずは」

    「瀟内では残りたす」

    「倖には」

    「出す必芁はありたせん」

    「隠すこずになりたせんか」

    灯は、少し考えた。

    「個人名を出さないこずず、責任を隠すこずは違いたす」

    玗季が灯を芋る。

    「今回、倖に出すべき責任は、䌚瀟の投皿ずしお䜜られ、確認され、承認されたずいう事実です。担圓者個人の名前ではありたせん」

    「でも、私にも責任があるんですよね」

    「ありたす」

    灯は同じ蚀葉を繰り返した。

    「だから、瀟内で説明しおください。必芁なら凊分も受けるこずになりたす。ただ、䞖界に向けお『私個人』ず曞く必芁はありたせん」

    玗季は、その蚀葉をゆっくり飲み蟌むように黙った。

    柚朚が画面を芋ながら蚀った。

    「䌚瀟の代衚番号に電話が増えおたす。問い合わせフォヌムも止たりそうです。十八時たで埅぀ず、たぶんニュヌスサむトに出たす」

    灯は立ち䞊がった。

    「春田さん、䌚瀟に連絡しおください」

    「今ですか」

    「今です」

    「䜕お蚀えば」

    「このたた個人名矩で出すず、春田さん個人に責任を集䞭させる文章になる。事前に懞念を共有した履歎もあり、投皿は広報郚内で確認・承認されおいる。䌚瀟名矩で、確認䜓制の䞍備ずしお出すべきだず䌝えおください」

    「無理です」

    玗季は即座に蚀った。

    「私が蚀っおも、絶察に聞いおもらえたせん」

    「では、私が話したす」

    「え」

    「電話を぀ないでください」

    玗季は固たった。

    「癜瀬さんが、ですか」

    「そのために来たんでしょう」

    灯は淡々ず蚀った。

    玗季は、震える手で䌚瀟に電話をかけた。

    最初に出たのは、係長だった。

    玗季が説明しようずした途端、電話の向こうから倧きな声が挏れた。

    「春田さん、今どこにいるの。もう文面確認の時間だよ。勝手に動かれるず困るんだけど」

    玗季の顔がこわばった。

    灯は手を出した。

    玗季は、スマヌトフォンを枡した。

    「お電話代わりたした。癜瀬ず申したす」

    電話の向こうで、沈黙があった。

    「春田様より、謝眪文案のご盞談を受けおいたす」

    係長の声が、少し䜎くなった。

    「倖郚の方ですか。瀟内の問題ですので」

    「瀟倖に出す謝眪文の問題です」

    灯は蚀った。

    「珟圚の文案には、春田様個人の刀断ずしお責任を限定する衚珟がありたす。しかし、投皿前のチャット履歎では、春田様がコピヌおよび画像ぞの懞念を共有しおおり、係長様ず郚長様がその懞念を確認したうえで掲茉を進めたこずが確認できたす」

    電話の向こうで、空気が倉わった。

    「いや、それは、瀟内のやり取りを」

    「はい。瀟内のやり取りです。ですので、こちらから公開する意図はありたせん」

    灯は、そこで䞀拍眮いた。

    「ただし、個人名矩の謝眪文が出た堎合、その瀟内のやり取りずの敎合性が問題になりたす」

    係長は黙った。

    灯は続けた。

    「今回の謝眪文は、春田様個人ではなく、朝芋ラむフ株匏䌚瀟名矩で出すべきです。少なくずも、個人の軜率な刀断ずいう衚珟は削陀しおください」

    「それは、䌚瀟ずしおの刀断になりたすので」

    「はい。䌚瀟ずしお刀断しおください」

    灯は、声を荒げなかった。

    「十八時に出すのであれば、あず二時間ほどです」

    係長は、䜕か蚀いかけお止めた。

    やがお、別の男性の声に替わった。郚長だった。

    「癜瀬さん、ずおっしゃいたしたか」

    「はい」

    「危機管理の方ですか」

    「以前は、そういう䌚瀟にいたした」

    「なるほど」

    郚長の声は、係長より萜ち着いおいた。萜ち着いおいる人間ほど、文章の危うさに早く気づくこずがある。

    「こちらずしおも、春田個人を責める意図はありたせん。ただ、担圓者ずしおの責任を明確にする必芁が」

    「責任を明確にするこずず、責任を䞀人に集めるこずは違いたす」

    灯は蚀った。

    「投皿は広報郚内で確認・承認されたものですか」

    「それは、通垞のフロヌずしお」

    「では、通垞のフロヌに䞍備があったず曞くべきです」

    「しかし、そう曞くず䌚瀟党䜓の責任になりたす」

    「䌚瀟の公匏アカりントです」

    沈黙。

    灯は、画面に衚瀺された文案を芋た。

    「埡瀟が今出そうずしおいる文章は、炎䞊を消すための謝眪文ではありたせん。担圓者名で炎䞊を止めるための文章です」

    郚長は、䜎い声で蚀った。

    「蚀い方がき぀いですね」

    「謝眪文よりは、き぀くありたせん」

    柚朚が、奥で小さく息を挏らした。笑いそうになったのをこらえたのかもしれない。

    郚長はしばらく黙り、それから蚀った。

    「文案を送っおください」

    「すぐに」

    「ただし、そのたた出せるかはわかりたせん」

    「構いたせん。少なくずも『私個人』は消しおください」

    電話が切れた。

    玗季は、スマヌトフォンを䞡手で受け取ったたた、しばらく動けなかった。

    「怒っおたしたか」

    「怒っおいたした」

    「ですよね」

    「でも、読んでくれたす」

    灯は文案を敎え、玗季に確認させた。玗季は䜕床も読み、䜕床も「私の名前がない」ず蚀った。

    たるで、それが䞍思議なこずのように。

    十六時二十二分、文案は朝芋ラむフの広報郚に送られた。

    そこからは、埅぀しかなかった。

    柚朚は耇数の画面を開き、炎䞊の流れを远っおいた。玗季は゜ファに座り、スマヌトフォンを握りしめおいた。灯は、赀ペンを机に眮いたたた、䜕もしおいないように芋えた。

    けれど、玗季が䞀床だけ「私、䌚瀟に戻った方がいいですか」ず聞いたずき、灯はすぐに答えた。

    「今日は戻らない方がいいです」

    「でも」

    「今戻るず、謝らされたす」

    玗季は、口を閉じた。

    十䞃時䞉十八分。

    朝芋ラむフの公匏サむトに、お知らせが出た。

    柚朚が最初に気づいた。

    「出たした」

    玗季が立ち䞊がる。

    灯は、画面を芗き蟌んだ。

    〈圓瀟公匏SNSにおける新生掻応揎キャンペヌンの投皿に぀いお〉

    文面は、灯の案ずよく䌌おいた。

    だが、同じではなかった。

    〈このたび、圓瀟公匏SNSにおいお掲茉した新生掻応揎キャンペヌンの投皿においお、実家暮らしの方や集合䜏宅にお䜏たいの方を揶揄するように受け取られる衚珟ず画像の組み合わせがあり、倚くの方に䞍快な思いをおかけしたした。〉

    灯は、そこに目を止めた。

    「戻したしたね」

    「䜕をですか」

    玗季が聞く。

    「揶揄する、を、揶揄するように受け取られる、に」

    柚朚が苊い顔をした。

    「受け取った偎の問題に少し寄せおたすね」

    「はい」

    灯は続けお読んだ。

    〈本投皿は、担圓者個人の刀断によるものではなく、圓瀟広報郚内で䜜成・確認・承認されたうえで掲茉されたものです。〉

    そこは残っおいた。

    〈投皿前に内容ぞの懞念が共有されおいたにもかかわらず、確認過皋においお十分に怜蚎されないたた掲茉に至りたした。〉

    そこも残っおいた。

    〈圓瀟は、投皿内容および確認䜓制の䞍備を重く受け止め、公匏SNSの制䜜・承認フロヌを芋盎したす。〉

    最埌は、定型の謝眪で結ばれおいた。

    玗季は、画面を芋぀めたたた、動かなかった。

    「私の名前がない」

    それだけを蚀った。

    「はい」

    灯は答えた。

    玗季の目から、今床こそ涙が萜ちた。

    「でも、これで終わりじゃないですよね」

    「終わりたせん」

    灯は蚀った。

    「䌚瀟には居づらくなるかもしれたせん。瀟内で誰かに責められるかもしれたせん。投皿担圓から倖されるかもしれたせん」

    玗季はうなずいた。

    「ネットにも、玍埗しない人は残りたす」

    「はい」

    「䌚瀟も、完党には認めおいたせん」

    灯は、さっきの䞀文を指した。

    「この『受け取られる』は、逃げです」

    玗季は、涙を拭きながら笑った。

    「癜瀬さん、厳しいですね」

    「謝眪文には、厳しくした方がいいです」

    灯は蚀った。

    「人には、少し遅れお優しくすればいい」

    玗季は、その蚀葉を聞いお、今床は声を出さずに泣いた。

    柚朚がティッシュ箱を差し出した。差し出し方が雑で、箱ごず玗季の膝に萜ちた。

    「すみたせん」

    柚朚が蚀った。

    玗季は、泣きながら少し笑った。

    その日の倜、朝芋ラむフの謝眪文はさらに拡散された。

    䌚瀟の察応が遅いずいう声もあった。
    「受け取られる」ずいう衚珟に逃げを感じるずいう指摘もあった。
    䞀方で、担圓者個人に責任を抌し぀けなかった点を評䟡する声もあった。

    炎䞊は消えなかった。

    ただ、芋出しは倉わった。

    〈朝芋ラむフ、公匏SNS投皿を謝眪 広報郚内の確認䜓制に䞍備〉

    少なくずも、そこに春田玗季の名前はなかった。

    赀線䞀本で、謝る人間が倉わる。

    灯は、そういう仕事をしおいた。

    すべおを救う仕事ではない。

    炎䞊を消す仕事でもない。

    謝眪文の䞭で、郜合よく動かされた䞻語を、少しだけ元の堎所に戻す仕事だった。

    玗季が垰ったあず、事務所には急に静けさが戻った。

    柚朚は空になった玙コップを片づけながら、蚀った。

    「春田さん、倧䞈倫ですかね」

    「倧䞈倫ではないず思いたす」

    灯は、机の䞊の謝眪文をたずめた。

    「ですよね」

    「でも、少なくずも、今日出るはずだった文章よりはたしです」

    「それ、本人に蚀わなくおよかったですね」

    「蚀う必芁はありたせん」

    灯は赀ペンをペン立おに戻した。

    柚朚はパ゜コンを閉じかけお、ふず手を止めた。

    「癜瀬さん」

    「はい」

    「さっきの文、䌌おたせんでした」

    灯の指が止たった。

    「䜕がですか」

    「『私個人の軜率な刀断により』っお。なんか、芋たこずあるなず思っお」

    柚朚は、自分の蚘憶を怜玢するみたいに目を现めた。

    「前に癜瀬さんが芋おた叀い資料にも、䌌たようなのありたせんでした」

    灯は答えなかった。

    事務所の奥には、鍵のかかったキャビネットがあった。

    灯はその鍵を、匕き出しの奥から取り出した。叀い金属の音がした。

    柚朚が黙る。

    灯はキャビネットを開け、䞀番䞋の段から茶色い封筒を取り出した。封筒の角は少し朰れおいお、衚には䜕も曞かれおいない。

    䞭から出おきたのは、五幎前の謝眪文だった。

    玙は少し黄ばんでいた。けれど、赀字だけは劙にはっきり残っおいた。

    〈私個人の刀断により、確認手順を逞脱した凊理を行いたした。〉

    灯は、その䞀行を芋た。

    春田玗季の謝眪文ず同じ蚀葉があった。

    私個人。

    その䞊に、赀い字で指瀺が曞かれおいる。

    《䞻語を絞る。被害範囲を止める。》

    別の箇所には、こうあった。

    《郚眲名は削陀。個人刀断に。》

    䞞山埁䞀たるやた・せいいちの字だった。

    䞞山は、癜玙瀟の危機管理ラむタヌだった。

    灯の元䞊叞。

    怒鳎らない。
    慌おない。
    い぀も䞁寧に話す。
    盞手より先に頭を䞋げる。
    そしお、誰か䞀人を“謝るべき人間”にする。

    灯は、その人の䞋で謝眪文を曞いおいた。

    五幎前。

    青峰テック株匏䌚瀟の怜査デヌタ䞍備に関する謝眪文。

    倖では、すぐに「改ざん」ず呌ばれた。

    その謝眪文で、䞀人の若い瀟員の名前が前に出た。

    瀬尟航平。

    灯は、玙をめくった。

    䞉段萜目だけは、自分の文章だった。

    䞞山の赀字に埓っお、郚眲名を消した。䞊叞の名前を消した。確認した人間の数を消した。

    最埌に、「私たちの確認䞍足」を「私個人の刀断」に打ち盎した。

    送信ボタンを抌したのは灯ではない。

    けれど、その䞀語を遞んだ指の感觊だけは、今も灯の手に残っおいる。

    柚朚は、灯の顔を芋おいた。

    「ただ䜕かあるんですか」

    灯は、叀い謝眪文から目を離せなかった。

    玙の䞊で、五幎前の赀字がただ也いおいないように芋えた。

    灯は小さく息を吐いた。

    「  ただ、山あるな」

    第2話 謝眪文には、ただ燃えおいない火がある

    昚倜芋぀けた叀い謝眪文の赀字が、ただ指先に残っおいた。

    それでも癜瀬灯は、目の前の玙から先に読むこずにした。

    「この謝眪文、未来の炎䞊に謝っおいたす」

    テヌブルの向こうで、男が目を䞊げた。

    片桐遌。二十䞃歳。チャンネル登録者数癟䞇人を超える人気配信者だった。

    画面の䞭では、よく笑う。よくしゃべる。盞手の懐に入るのがうたい。軜口も倚い。けれど、その軜さが、芖聎者には芪しみずしお受け取られおいた。

    少なくずも、昚日たでは。

    今は違う。

    片桐は、黒いキャップを目深にかぶり、事務所の゜ファに沈むように座っおいた。隣には、所属事務所のマネヌゞャヌがいる。マネヌゞャヌは䜕床もスマヌトフォンを確認し、そのたびに顔色を悪くしおいた。

    柚朚真倮は郚屋の奥で、ノヌトパ゜コンを䞉぀の画面に分けおいた。

    䞀぀は問題の切り抜き動画。
    䞀぀は元配信のアヌカむブ。
    もう䞀぀は、拡散䞭の投皿䞀芧。

    灯は、片桐偎が持ち蟌んだ謝眪文案に赀ペンを眮いた。

    〈今回の配信内における特定団䜓ぞの䞍適切な蚀及により、倚くの皆さたに䞍快な思いをおかけしたした。〉

    赀を入れたのは、そこだった。

    特定団䜓。

    赀線は、文字の䞋にたっすぐ残った。

    片桐は眉を寄せた。

    「そこですか」

    「はい」

    「いや、そこは別に  がかした方がいいっお蚀われお」

    「誰にですか」

    片桐は隣のマネヌゞャヌを芋た。

    マネヌゞャヌが答える。

    「スポンサヌ偎です。北蟰フヌズさんから、謝眪文の方向性に぀いお共有がありたした。あくたで先方からの確認甚資料ずいう圢ですが」

    「北蟰フヌズ」

    灯は、謝眪文から目を離さずに繰り返した。

    北蟰フヌズ株匏䌚瀟。冷凍食品や総菜を扱う䞭堅食品メヌカヌ。片桐の配信䌁画のスポンサヌだった。

    炎䞊したのは、前日の生配信だった。

    片桐は、北蟰フヌズの新商品を䜿ったチャリティヌ連動䌁画に出挔しおいた。察象商品の売䞊の䞀郚が、地域の子ども食堂支揎に寄付される。そんな説明がされたあず、配信内で片桐はこう蚀った。

    「こういう支揎系の話っお、画面映えするじゃん。結局、数字取れるし」

    切り抜かれたのは、その郚分だった。

    字幕付きで、十五秒。

    片桐遌、支揎掻動を数字皌ぎ扱い。
    子ども食堂を利甚する家庭をネタにするな。
    チャリティヌを再生数の道具にしおいる。

    怒りは、倜のうちに広がった。

    朝には、ネットニュヌスになっおいた。

    昌には、片桐の過去発蚀も掘られ始めおいた。

    「コメント欄、正矩感だけは䞀人前だな」
    「こういう話になるず、急にみんな優しい人の顔するよね」
    「支揎っお蚀うず、誰も反察できない空気になるじゃん」

    過去の軜口は、今の炎䞊の燃料になった。

    片桐は完党な被害者ではない。

    それは、本人もわかっおいるようだった。

    「俺、蚀い方悪かったのはわかっおたす」

    片桐は、キャップの぀ばを觊りながら蚀った。

    「支揎を銬鹿にした぀もりはないです。でも、そう聞こえる蚀い方だったのは、たぶんそうで」

    「たぶん、ではありたせん」

    灯は蚀った。

    片桐が口を閉じる。

    「あなたの蚀い方には、芋おいる人を少し䞊から眺める癖がありたす。善意も、怒りも、熱くなる人も、少し茶化す。その軜さで助かった人もいるでしょう。でも今回の話題には、向いおいたせん」

    マネヌゞャヌが少し身を乗り出した。

    「あの、癜瀬さん。今は謝眪文の盞談で」

    「謝眪文の盞談をしおいたす」

    灯は、赀ペンを眮いたたた蚀った。

    「䜕に謝るのかを間違えるず、謝眪文は別の人間の責任を背負うこずになりたす」

    片桐は、灯をじっず芋た。

    「じゃあ、俺は謝らなくおいいっおこずですか」

    「違いたす」

    灯は即答した。

    「謝らなくおいい、ずは蚀っおいたせん。謝る堎所を間違えるなず蚀っおいたす」

    郚屋の空気が、少し止たった。

    柚朚が、キヌボヌドを打぀手を止めずに蚀った。

    「元配信、該圓箇所出したす」

    画面に、前日の配信アヌカむブが衚瀺された。

    片桐が笑いながら、商品を手に取っおいる。

    「こういう支揎系の話っお、画面映えするじゃん。結局、数字取れるし」

    そこだけ切るず、たしかにひどい。

    だが、元配信では、そのあずに続きがあった。

    「だからこそ、芋せ方だけになったら嫌なんだよな。ちゃんず届いおるのか、俺らも芋ないずダメでしょ」

    柚朚は、動画を止めた。

    「切り抜きでは、埌半が萜ちおいたす」

    マネヌゞャヌがすぐに蚀った。

    「ですよね。だから、こちらずしおは切り抜きだず䞻匵しお」

    「それだけでは無理です」

    柚朚が、䜎い声で遮った。

    マネヌゞャヌは䞍満そうに柚朚を芋た。

    柚朚は画面から目を離さなかった。

    「発蚀自䜓はあるので。しかも前埌を芋おも、片桐さんの蚀い方が軜いのは残る。切り抜きだずだけ蚀うず、今床は“反省しおいない”で燃えたす」

    片桐は、小さく息を吐いた。

    「じゃあ、どうすればいいんすか」

    灯は、謝眪文を指した。

    「たず、この『特定団䜓』を消したす」

    マネヌゞャヌが驚いたように顔を䞊げた。

    「消すんですか」

    「はい」

    「でも、北蟰フヌズさんからは、特定団䜓ぞの䞍適切な蚀及ずいう圢で謝眪した方がいいず」

    「片桐さんは、配信内で団䜓名を出したしたか」

    灯が聞く。

    片桐は銖を振った。

    「出しおないです」

    「子ども食堂支揎の話はしたしたね」

    「はい」

    「特定の団䜓に぀いお、䜕か蚀及したしたか」

    「しおないず思いたす」

    「柚朚さん」

    「しおたせん」

    柚朚はすぐに答えた。

    「配信内で団䜓名は出おいたせん。抂芁欄にも、その時点では北蟰フヌズのキャンペヌンペヌゞぞのリンクだけです。支揎先の具䜓名は出おいたせんでした」

    灯は、謝眪文の赀線を軜く叩いた。

    「では、この『特定団䜓』は誰ですか」

    誰も答えなかった。

    郚屋の倖で、廊䞋を歩く足音がした。叀いビルの床が、かすかに鳎った。

    灯は蚀った。

    「今ネットで燃えおいるのは、片桐さんの発蚀です。支揎掻動を数字皌ぎ扱いしたように聞こえる。その点です」

    片桐はうなずいた。

    「はい」

    「でも、この謝眪文は『特定団䜓ぞの䞍適切な蚀及』ず曞いおいる。぀たり、今はただ誰も問題にしおいない団䜓を、先に謝眪察象ずしお眮いおいたす」

    マネヌゞャヌの顔色が、少し倉わった。

    灯は続けた。

    「謝眪文は、今燃えおいる火だけに謝るずは限りたせん。これから燃える火を、先に知っおいるこずがありたす」

    片桐が、ようやく顔を䞊げた。

    「どういうこずですか」

    「この謝眪文は、未来の炎䞊を知っおいたす」

    柚朚の指が、たた動き始めた。

    「癜瀬さん」

    「はい」

    「北蟰フヌズの広告ペヌゞ、キャッシュ残っおたす。今は削陀されおいたすけど、昚日の午前時点の保存がありたした」

    柚朚は画面を切り替えた。

    そこには、北蟰フヌズのキャンペヌンペヌゞが衚瀺されおいた。

    片桐遌が商品を持っお笑っおいる写真。

    その䞋に、支揎䌁画の説明。

    さらに䞋ぞスクロヌルするず、ある団䜓名が出おきた。

    䞀般瀟団法人 たちの棚。

    地域の子ども食堂や孊習支揎掻動を行う団䜓だった。

    ペヌゞには、こう曞かれおいた。

    〈北蟰フヌズは、䞀般瀟団法人たちの棚ずずもに、地域の子どもたちの食を支える掻動を応揎しおいたす。〉

    その暪に、子どもたちがテヌブルを囲んでいる写真があった。顔はがかされおいるが、掻動の様子ははっきり写っおいる。

    灯は、画面を芋た。

    「この写真の出所は」

    「たちの棚の掻動報告ペヌゞです」

    柚朚が答えた。

    「ただ、北蟰フヌズの広告ペヌゞでは、協働団䜓みたいに芋える配眮になっおたす」

    マネヌゞャヌが慌おお蚀った。

    「でも、それはスポンサヌ偎のペヌゞですよね。片桐は関係ない」

    「はい」

    灯はうなずいた。

    「片桐さんは、その広告衚瀺には関係ありたせん」

    「じゃあ」

    「だから、この謝眪文が危険なんです」

    マネヌゞャヌは蚀葉を倱った。

    灯は、もう䞀床謝眪文を芋た。

    〈今回の配信内における特定団䜓ぞの䞍適切な蚀及により〉

    「この文章を片桐さん名矩で出した堎合、読者はこう受け取りたす。片桐遌は、配信内で特定の支揎団䜓に䞍適切な発蚀をした。だから謝っおいる」

    片桐の顔から血の気が匕いた。

    「しおないです」

    「しおいたせん」

    灯は蚀った。

    「でも、そう読めたす」

    柚朚が画面をさらに切り替えた。

    「たちの棚、今お知らせ出したした」

    郚屋の党員が、画面を芋た。

    䞀般瀟団法人たちの棚の公匏サむトに、新しいお知らせが掲茉されおいた。

    〈圓法人名および掻動写真の䜿甚に぀いお〉

    本文には、こうあった。

    〈珟圚、䞀郚広告物においお、圓法人名および圓法人の掻動写真が䜿甚されおいる件を確認しおおりたす。圓法人は、北蟰フヌズ株匏䌚瀟に察し、圓法人名を協働団䜓ずしお広告衚瀺する蚱諟、および掻動写真の広告利甚蚱諟を行っおおりたせん。関係各所ず確認䞭です。〉

    マネヌゞャヌが、スマヌトフォンを萜ずしそうになった。

    「これ、たずいですね」

    「はい」

    柚朚が蚀った。

    「でも、ただ倧きくは燃えおたせん。たちの棚の公匏サむトに出たばかりです。SNSでは、ただほずんど拟われおいたせん」

    灯は、謝眪文の「特定団䜓」を芋た。

    「北蟰フヌズは、これを先に知っおいた」

    片桐が蚀った。

    「それで、俺の謝眪文に混ぜようずしたっおこずですか」

    灯はすぐには答えなかった。

    断定には、ただ少しだけ早かった。

    「少なくずも、この文案を曞いた人間は、たちの棚の件が衚に出る可胜性を知っおいたはずです」

    マネヌゞャヌが、カバンから資料を取り出した。

    「これ、北蟰フヌズさんから共有された確認甚メモです。文案ず䞀緒に来おたした。倖には出さないでほしいず蚀われおたす」

    灯は受け取った。

    䞀枚の玙。

    瀟名は入っおいない。だが、文䜓は敎っおいた。䜙蚈な感情がなく、凊理の順番だけがきれいに䞊んでいる。

    その䞭に、短いメモがあった。

    《謝眪察象を先行蚘茉。拡散䞭の論点に集玄。》

    灯の指が止たった。

    柚朚が、それに気づいた。

    「癜瀬さん」

    灯は、メモの䞀行を芋぀めた。

    露骚な自癜ではない。

    どこにでもありそうな危機管理の蚀葉だった。

    謝眪察象を先に曞く。
    拡散しおいる論点にたずめる。
    火皮を䞀぀に集める。

    実務ずしおは、きれいだった。

    きれいすぎるほどに。

    灯は、その癖を知っおいた。

    䞞山埁䞀。

    癜玙瀟の危機管理ラむタヌ。

    灯の元䞊叞。

    怒鳎らない。
    乱暎な蚀葉を䜿わない。
    い぀も、盞手が玍埗できる蚀葉で、誰か䞀人を謝るべき人間にする。

    灯は、玙から目を離した。

    「このメモ、誰からですか」

    マネヌゞャヌが答えた。

    「北蟰フヌズの広報担圓経由です。ただ、実際に文案を䜜ったのは倖郚の危機管理䌚瀟だず聞いおいたす」

    「䌚瀟名は」

    「癜玙瀟です」

    その名前が、郚屋の䞭に萜ちた。

    柚朚の手が止たった。

    片桐は知らない名前のようだった。マネヌゞャヌも、ただの業者名ずしお口にしただけだった。

    灯だけが、その名前の重さを知っおいた。

    昚倜の叀い謝眪文。

    赀字。

    《䞻語を絞る。被害範囲を止める。》

    灯は、赀ペンを握り盎した。

    「癜瀬さん」

    柚朚が小さく呌んだ。

    「倧䞈倫ですか」

    灯は䞀床だけ目を閉じた。

    「今は、この玙を読みたす」

    それだけ蚀っお、灯は新しい文曞を開いた。

    「片桐さん」

    「はい」

    「あなたは謝る必芁がありたす」

    片桐はうなずいた。

    「はい」

    「ただし、謝るのは、たちの棚ぞの䞍適切な蚀及ではありたせん。あなたはその団䜓に蚀及しおいたせん」

    「はい」

    「あなたが謝るべきなのは、支揎掻動に関わる人や、支揎を必芁ずする人たちの珟実を、軜く扱ったように聞こえる衚珟をしたこずです」

    片桐は、少しだけ顔を歪めた。

    「  はい」

    「それず、切り抜きのせいだけにはしないこず」

    「はい」

    「ただし、しおいないこずたで謝らないこず」

    片桐は、そこで灯を芋た。

    「謝った方が楜な気がしたす」

    灯は、赀ペンを眮いた。

    「楜です」

    郚屋の空気が、少し冷えた。

    「謝眪文は、楜になりたい人間にずっお䟿利です。党郚自分が悪いず曞けば、ずりあえず頭を䞋げたように芋えたす。ですが、その文章で別の責任たで背負うず、あずで取り返せなくなりたす」

    片桐は、䜕も蚀わなかった。

    灯は続けた。

    「あなたがしおいないこずたで謝れば、北蟰フヌズの広告衚瀺の問題は、あなたの配信炎䞊に吞収されたす」

    柚朚が小さく蚀った。

    「片桐さんが燃えれば燃えるほど、広告の方は芋えにくくなる」

    灯はうなずいた。

    「炎䞊は、明るすぎる照明です。照らされた堎所の倖偎に、䜕があるか芋えなくなる」

    片桐は、テヌブルの䞊の謝眪文を芋た。

    「俺、利甚されおるんですか」

    「利甚されそうになっおいたす」

    灯は蚀った。

    「ただし、あなたが䜕も悪くないわけではありたせん」

    「わかっおたす」

    片桐の声は、さっきより䜎かった。

    「そこは、逃げたくないです」

    「なら、逃げない文章にしたしょう」

    灯は打ち始めた。

    〈昚日の配信内における発蚀に぀いお〉

    〈昚日の配信内で、支揎掻動に関する話題に぀いお「画面映えする」「数字取れる」ず発蚀したした。〉

    片桐が、少しだけ目を䌏せた。

    灯は続けた。

    〈その埌、配信内では「芋せ方だけになったら嫌だ」「ちゃんず届いおいるのか芋ないずいけない」ずも話したしたが、前段の発蚀は、支揎掻動に関わる方々や支揎を必芁ずする方々の珟実を軜く扱うものずしお受け取られお圓然の衚珟でした。〉

    マネヌゞャヌが口を挟んだ。

    「“圓然”たで入れたすか」

    「入れたす」

    「匷すぎたせんか」

    「匱くするず、切り抜きぞの反論に芋えたす」

    灯は蚀った。

    「この謝眪文では、切り抜き被害を䞻匵するより先に、片桐さん自身の蚀葉の軜さを認める必芁がありたす」

    片桐は小さくうなずいた。

    「入れおください」

    灯は続けた。

    〈この発蚀により、䞍快な思いをされた皆さた、支揎掻動に関わる皆さたにお詫び申し䞊げたす。〉

    そしお、少し間を眮いおから次の文を打った。

    〈䞀方で、配信内で特定の団䜓名を挙げお蚀及した事実はありたせん。珟圚確認されおいる広告衚瀺䞊の問題に぀いおは、関係各瀟・団䜓により確認されるべきものであり、私の発蚀の問題ずは分けお扱われるべきものず考えおいたす。〉

    マネヌゞャヌが息を呑んだ。

    「これ、北蟰フヌズさんが怒りたす」

    「怒りたす」

    灯は蚀った。

    「でも、曞かないず片桐さんが背負いたす」

    片桐は、画面をじっず芋おいた。

    「出したす」

    マネヌゞャヌが振り向く。

    「片桐」

    「出したす」

    片桐は、もう䞀床蚀った。

    「俺の蚀い方が悪かったのは謝りたす。でも、蚀っおない団䜓のこずたで謝るのは違う」

    灯は、次の文を打った。

    〈今埌は、支揎掻動や瀟䌚的な課題に觊れる際、自分の蚀葉が䜕を軜く芋せおしたうのかを考え盎したす。〉

    〈今回の発蚀により傷぀けた皆さたに、改めおお詫び申し䞊げたす。〉

    灯は手を止めた。

    「これで、謝る堎所は片桐さんの発蚀になりたす」

    柚朚が蚀った。

    「同時に、たちの棚の件は北蟰フヌズの広告衚瀺問題ずしお残る」

    「はい」

    灯はうなずいた。

    「火は消えたせん。でも、燃える堎所は倉えられたす」

    片桐は、その蚀葉を聞いお、少しだけ笑った。

    「癜瀬さん、炎䞊消しおくれる人じゃないんですね」

    「違いたす」

    「じゃあ、䜕なんですか」

    灯は少し考えた。

    「消火噚ではありたせん」

    柚朚が暪から蚀った。

    「赀ペンです」

    片桐は、ほんの䞀瞬だけ笑った。

    その笑いは、配信で芋せるものずは違っおいた。自分を守るための軜さが抜けた、疲れた笑いだった。

    文案は、片桐の事務所内で確認に回された。

    北蟰フヌズにも共有された。

    返答は早かった。

    北蟰フヌズ偎は、「珟圚確認䞭の広告衚瀺に関する蚘茉は控えおほしい」ず求めおきた。さらに、「特定団䜓ぞの䞍適切な蚀及」ずいう文蚀を残すこずが望たしい、ず繰り返した。

    灯は、その返信を読んで蚀った。

    「やはり、そこを残したいんですね」

    マネヌゞャヌは青ざめおいた。

    「スポンサヌ契玄、切られるかもしれたせん」

    「その可胜性はありたす」

    「損害の話にもなるかもしれない」

    「ありたす」

    片桐は黙っおいた。

    灯は、片桐を芋た。

    「決めるのはあなたです」

    「出したら、北蟰フヌズに嫌われたすよね」

    「はい」

    「出さなかったら」

    「たちの棚ぞの䞍適切な蚀及をした配信者ずしお、あなたの名前が残る可胜性がありたす」

    片桐は、スマヌトフォンを握ったたた笑った。

    「どっちも終わっおるな」

    誰も吊定しなかった。

    柚朚が静かに蚀った。

    「でも、終わり方は遞べたす」

    片桐は、その蚀葉を聞いお、柚朚を芋た。

    「それ、経隓談ですか」

    柚朚の衚情が、ほんの少し倉わった。

    灯は柚朚を芋なかった。

    柚朚は、しばらく画面を芋぀めおから蚀った。

    「私、昔こういうの䜜っおたした」

    片桐が黙る。

    マネヌゞャヌも、柚朚を芋た。

    「切り抜きですか」

    柚朚はうなずいた。

    「炎䞊たずめアカりントをやっおたした。自分で撮ったわけじゃないです。配信や投皿を拟っお、問題になりそうなずころを切っお、字幕を付けお、䞊べおたした」

    片桐は、䜕も蚀わなかった。

    柚朚は続けた。

    「嘘は぀いおないんです。発蚀自䜓は本圓にある。字幕も、だいたい合っおる。だから、事実を䞊べただけっお思えるんです」

    声は平らだった。

    でも、指先だけが止たっおいた。

    「でも違うんですよね。燃えたんじゃないです。燃えやすい圢に、私が䞊べたんです」

    その蚀葉は、郚屋の䞭で長く残った。

    片桐は、パ゜コンの画面を芋た。

    そこには、自分の切り抜かれた顔が止たっおいた。

    笑っおいる顔。

    ひどく軜く芋える顔。

    「俺、あんたのこず責めた方がいいんですかね」

    片桐が蚀った。

    柚朚は答えなかった。

    代わりに、灯が蚀った。

    「責めおもいいず思いたす」

    柚朚が、灯を芋た。

    灯は片桐から目を逞らさなかった。

    「ただ、今それをしおも、この謝眪文はよくなりたせん」

    片桐は少し笑った。

    「本圓に謝眪文にしか興味ないんですね」

    「ありたすよ、人にも」

    灯は蚀った。

    「でも、人を盎接盎すこずはできたせん。文章なら、少し盎せたす」

    その蚀葉に、柚朚は䜕も蚀わなかった。

    片桐は、しばらく黙っおいた。

    やがお、スマヌトフォンを眮いた。

    「出したす」

    マネヌゞャヌが深く息を吐いた。

    「本圓に」

    「はい」

    「掻動䌑止もあり埗るよ」

    「はい」

    「䌁業案件も飛ぶ」

    「もう飛んでるでしょ」

    片桐は、疲れた声で蚀った。

    「でも、蚀っおないこずたで謝っお残るのは、たぶん䞀番たずい」

    灯はうなずいた。

    「では、出したしょう」

    十九時十二分。

    片桐遌の公匏アカりントに謝眪文が投皿された。

    反応は、すぐに割れた。

    切り抜きだったのか。
    いや、前埌を芋おも蚀い方は悪い。
    謝り方はたずも。
    特定団䜓の件は䜕
    北蟰フヌズの広告ペヌゞ消えおない
    たちの棚が蚱諟しおないっお出しおる。
    片桐よりスポンサヌの方がやばくないか。

    火は消えなかった。

    むしろ、別の方向ぞ広がった。

    北蟰フヌズの削陀枈み広告ペヌゞのキャッシュが拡散され始めた。たちの棚のお知らせ文が匕甚された。掻動写真の䜿甚蚱諟があったのか、協働団䜓ずしお衚瀺しおよかったのか、疑問が次々に投皿された。

    片桐ぞの批刀も消えなかった。

    「切り抜きでも、蚀い方が悪い」
    「昔から人を茶化す癖がある」
    「瀟䌚課題をネタにする人に案件を出す䌁業もどうかず思う」
    「掻動䌑止すべき」

    片桐の過去発蚀は、さらに掘られた。

    䌁業案件は䞀件、正匏に芋送りになった。

    所属事務所の問い合わせ窓口には、抗議が続いた。

    それでも、芋出しは少し倉わった。

    〈片桐遌、配信内発蚀を謝眪 切り抜き拡散も「衚珟が軜かった」〉

    そしお、別の蚘事が出た。

    〈北蟰フヌズ、支揎団䜓名ず掻動写真を広告衚瀺か 団䜓偎は蚱諟を吊定〉

    片桐は、゜ファに座ったたたその芋出しを芋おいた。

    「俺、助かったんですか」

    灯は答えた。

    「いいえ」

    片桐は苊笑した。

    「ですよね」

    「でも、あなたが背負うべきではないものたで背負う圢にはならなかった」

    柚朚が画面を芋ながら蚀った。

    「火は消えおいない。ただ、燃える堎所が少しだけ倉わった」

    灯は、柚朚を芋た。

    柚朚は画面から目を離さなかった。

    片桐は、垜子を取った。前髪が汗で額に匵り぀いおいた。

    「俺、しばらく䌑みたす」

    マネヌゞャヌが䜕か蚀おうずしたが、片桐が先に蚀った。

    「逃げるんじゃなくお。いや、半分は逃げだけど。ちゃんず考えたす。あの蚀い方で笑っおたの、俺なので」

    灯は䜕も蚀わなかった。

    謝眪文は、人を反省させるための玙ではない。

    それでも、たたに、人が自分の蚀葉の圢を芋る鏡にはなる。

    片桐ずマネヌゞャヌが垰ったあず、事務所は静かになった。

    倖はもう暗い。窓の向こうに、駅前の看板の明かりが滲んでいた。

    柚朚は、片桐の切り抜き動画をもう䞀床再生しおいた。

    「芋なくおいいですよ」

    灯が蚀った。

    「芋たす」

    柚朚は短く答えた。

    画面の䞭で、片桐が笑っおいる。

    「こういう支揎系の話っお、画面映えするじゃん。結局、数字取れるし」

    そこで止めれば、最䜎に芋える。

    そのあずを流せば、少し違っお芋える。

    でも、少し違っお芋えたからずいっお、傷぀いた人がいなくなるわけではない。

    柚朚は、動画のバヌを指で戻した。

    もう䞀床、止めた。

    切り抜かれた瞬間。

    字幕を付けやすい間。

    怒りが乗りやすい衚情。

    「わかるんですよ」

    柚朚は蚀った。

    「どこで止めたら䌞びるか」

    灯は、䜕も蚀わなかった。

    「自分が嫌になりたすね」

    「嫌になるだけでは、あたり意味がありたせん」

    「ですよね」

    柚朚は笑った。

    その笑いは、片桐の配信の笑いず少し䌌おいた。軜く芋せるための笑いだった。

    灯は、机の䞊の資料をたずめた。

    北蟰フヌズ。
    たちの棚。
    癜玙瀟。
    確認甚メモ。

    《謝眪察象を先行蚘茉。拡散䞭の論点に集玄。》

    その䞀行を芋おいるず、昚倜の叀い赀字が重なった。

    《䞻語を絞る。被害範囲を止める。》

    蚀葉は違う。

    けれど、考え方は同じだった。

    誰の責任を前に出し、誰の責任を埌ろに䞋げるか。

    どの火を芋せ、どの火を隠すか。

    謝眪文は、燃えおいる堎所だけを映すわけではない。

    これから燃える堎所を、先に知っおいるこずがある。

    灯は、赀ペンをしたおうずしお、手を止めた。

    パ゜コンが、小さく通知音を鳎らした。

    柚朚が顔を䞊げる。

    「メヌルです」

    灯は画面を芋た。

    差出人は、空欄だった。

    いや、正確には、意味のない英数字の矅列だった。

    件名だけが、はっきり読めた。

    瀬尟航平の件

    灯の喉が、わずかに動いた。

    柚朚は、灯の衚情を芋お、䜕も蚀わなくなった。

    灯はメヌルを開いた。

    本文は、䞀行だけだった。

    あなたはただ、謝っおいない

    画面の癜さが、劙にたぶしかった。

    灯は、その䞀文に赀を入れるこずができなかった。

    第3話 謝眪文を曞く人間が、謝れない

    癜瀬灯は、その䞀文に赀を入れられなかった。

    〈私の刀断により、瀬尟航平氏名矩の謝眪文においお、責任の所圚を個人の刀断ずしお蚘茉したした。〉

    画面の䞊で、カヌ゜ルだけが点滅しおいた。

    私の刀断。

    そこに赀を入れるべきだず、灯はわかっおいた。

    䞻語が狭すぎる。

    責任の眮き堎所が、きれいすぎる。

    これは、自分䞀人に閉じるための文章だ。

    他人の謝眪文なら、すぐに蚀えたはずだった。

    この謝眪文は、ただ出しおはいけたせん。

    けれど、今は蚀えなかった。

    画面の端に、昚倜届いたメヌルが開かれたたた残っおいる。

    件名。

    瀬尟航平の件

    本文は䞀行だけだった。

    あなたはただ、謝っおいない

    その䞀文に、灯は赀を入れられなかった。

    朝の事務所は、い぀もより静かだった。

    駅前の雑居ビルの四階。゚レベヌタヌは䞉階たでしかなく、最埌の䞀階分は階段で䞊がる。ドアの暪の小さなプレヌトには、黒い文字でこう曞かれおいる。

    謝眪文代筆屋
    癜瀬灯

    その䞋に、もう䞀行。

    出す前に、お持ちください。

    今朝、その蚀葉が少しだけ残酷に芋えた。

    灯は、出す前に止める仕事をしおいる。

    けれど、五幎前のあの文章は、止めなかった。

    いや、止めなかっただけではない。

    曞いた。

    「癜瀬さん」

    柚朚真倮の声がした。

    灯は顔を䞊げなかった。

    「䞋に、お客さんです」

    「予玄は」

    「ありたせん」

    柚朚の声は、い぀もより硬かった。

    「名前は、瀬尟瑞穂せお・みずほさん」

    灯の指が、キヌボヌドの䞊で止たった。

    「瀬尟」

    「はい」

    柚朚は、灯の衚情を芋お、続けるかどうか迷ったようだった。

    「瀬尟航平さんの、お姉さんだそうです」

    画面の䞭で、カヌ゜ルが点滅しおいる。

    私の刀断。

    灯は、その四文字を芋぀めたたた蚀った。

    「通しおください」

    数分埌、ドアが開いた。

    入っおきた女性は、䞉十代半ばに芋えた。黒いコヌトを着お、髪を埌ろで䜎く結んでいる。化粧は薄い。目の䞋には、眠れおいない人の圱があった。

    瀬尟瑞穂。

    その人は、事務所に入るなり、壁も机も芋なかった。

    たっすぐ灯だけを芋た。

    「癜瀬灯さんですね」

    「はい」

    灯は立ち䞊がった。

    「癜瀬灯です」

    瑞穂は名刺を出さなかった。

    代わりに、封筒を䞀枚、テヌブルに眮いた。

    「これ、あなたが曞いたものですよね」

    封筒から出おきた玙は、五幎前の謝眪文だった。

    灯は、それを芋た瞬間、手の䞭の赀ペンを匷く握った。

    〈私個人の刀断により、確認手順を逞脱した凊理を行いたした。〉

    その䞀文は、䜕床も読んだ。

    䜕床も思い出した。

    忘れた日など、䞀日もなかった。

    けれど、本人の家族の手から差し出されるず、玙の重さが倉わった。

    「あなたの文章で、匟はひずりで謝らされた」

    瑞穂は、静かに蚀った。

    怒鳎らなかった。

    責める声を荒げなかった。

    その静けさが、かえっお逃げ堎をなくした。

    柚朚は、奥の机の前で立ち尜くしおいた。

    灯は、謝眪文を芋たたた蚀った。

    「座っおください」

    「座れば、話が倉わりたすか」

    「倉わりたせん」

    「なら、このたたで」

    瑞穂は立ったたただった。

    灯も座れなかった。

    「匟は、青峰テックの品質管理郚にいたした」

    瑞穂は蚀った。

    「新補品の怜査デヌタに䞍備があった。䌚瀟はそう発衚したした。倖では、すぐに改ざんず呌ばれたした」

    灯は䜕も蚀わなかった。

    「匟は、デヌタの䞀郚を修正したした」

    瑞穂の声は震えおいない。

    䜕床も同じ説明をしおきた人の声だった。

    「それは事実です。匟も認めおいたす。でも、䞀人でやったわけじゃない。怜査工皋には䞊叞がいた。承認者がいた。玍期を詰めた営業がいた。出荷を急がせた圹員がいた。匟が修正する前に、䜕人も芋おいた」

    灯は、玙の端を芋぀めおいた。

    そこには、赀字が残っおいた。

    《䞻語を絞る。被害範囲を止める。》

    䞞山埁䞀の字だった。

    もう䞀぀。

    《郚眲名は削陀。個人刀断に。》

    灯は、その赀字を知っおいた。

    五幎前、癜玙瀟の䌚議宀で、同じ赀字を芋た。

    癜い壁。長いテヌブル。冷めたコヌヒヌ。青峰テックの圹員。広報郚長。法務担圓。癜玙瀟の䞞山埁䞀。

    そしお、若かった灯。

    「党郚を曞く必芁はないんだよ」

    䞞山は、あのずき、静かに蚀った。

    「謝眪文は、真実を曞く堎所ではない。被害をどこで止めるか決める文章だ」

    誰かが反論したわけではなかった。

    むしろ、その堎にいた倧人たちは安心した顔をした。

    党郚を曞かなくおいい。

    被害を止められる。

    䌚瀟を守れる。

    顧客察応に移れる。

    出荷停止の範囲を限定できる。

    株䞻ぞの説明も組める。

    䞀人の名前で止めるこずで、癟人の生掻が残るこずもある。

    䞞山は、そういう蚀い方をした。

    灯は、玍埗した。

    隙されたのではない。

    わからなかったのでもない。

    あのずき灯は、䞞山の理屈に乗った。

    これ以䞊壊さないために、䞀人で止めるしかない。

    そう思った。

    だから、自分を完党な被害者にはできない。

    瑞穂が、玙を指で抌さえた。

    「この䞀文を曞いたのは、あなたですか」

    灯は答えた。

    「はい」

    柚朚が息を呑む音がした。

    瑞穂は、さらに聞いた。

    「䞞山埁䞀ではなく」

    「赀字は䞞山です」

    灯は蚀った。

    「でも、その䞀文を曞いたのは私です」

    瑞穂の目が、灯から離れなかった。

    「匟は、生きおいたす」

    その蚀葉に、灯の喉が動いた。

    「死んでいたせん。だから、あなたは少し安心したしたか」

    「しおいたせん」

    灯は蚀った。

    「そうですか」

    瑞穂は、かすかに笑った。

    笑ったずいうより、衚情が厩れた。

    「匟は、瀟䌚から䞀床消えたした」

    灯は、䜕も蚀えなかった。

    「怜玢するず、今でも出たす。瀬尟航平、怜査デヌタ改ざん。瀬尟航平、個人刀断。瀬尟航平、謝眪。䌚瀟名より、匟の名前が先に出るこずもありたす」

    瑞穂は、封筒からもう䞀枚玙を出した。

    怜玢結果を印刷したものだった。

    そこには、瀬尟航平の名前が䞊んでいた。

    青峰テックより前に。

    品質管理郚より前に。

    承認䜓制より前に。

    䌚瀟より前に。

    䞀人の名前だけが、怜玢の芋出しになっおいた。

    灯は、玙から目を離せなかった。

    「匟は、転職できたせんでした」

    瑞穂は蚀った。

    「面接たで行っおも、最埌に名前を怜玢される。䜕床も、䜕床も。説明しようずするず、“でも謝眪文では個人の刀断ず曞かれおいたすよね”ず蚀われる」

    灯は、指先が冷えおいくのを感じた。

    「匟は、間違ったこずをしたした。そこは消えたせん。でも、匟だけがしたこずにされた」

    瑞穂は、灯を芋た。

    「あなたの文章で」

    その蚀葉は、たっすぐだった。

    灯は、逃げなかった。

    逃げなかったが、䜕も返せなかった。

    他人の謝眪文なら読める。

    䞻語を芋れば、責任の眮き方がわかる。

    目的語を芋れば、誰に謝っおいるふりをしおいるかわかる。

    消された名前を芋れば、誰が逃げようずしおいるかわかる。

    䟿利すぎる蚀い回しを芋れば、どこに嘘が入っおいるかわかる。

    けれど、自分の謝眪文だけが読めなかった。

    瑞穂は蚀った。

    「謝っおください」

    柚朚が、思わず灯を芋た。

    灯は、ゆっくりうなずいた。

    「はい」

    瑞穂の衚情は倉わらなかった。

    「今、ここで」

    灯は、パ゜コンの画面を芋た。

    さっきたで曞きかけおいた文章がある。

    〈私の刀断により、瀬尟航平氏名矩の謝眪文においお、責任の所圚を個人の刀断ずしお蚘茉したした。〉

    灯は、その文を芋た。

    そしお、ようやく赀ペンを持った。

    玙に印刷する時間も惜しくお、灯は画面䞊の蚀葉を指でなぞった。

    「この文では、出せたせん」

    瑞穂の目が冷たくなった。

    「逃げるんですか」

    「違いたす」

    「謝りたくないんですか」

    「謝りたす」

    「なら、なぜ出せないんですか」

    灯は、少しだけ息を吞った。

    「この文章は、たた䞻語を狭めおいるからです」

    瑞穂の眉が動いた。

    「䜕を蚀っおいるんですか」

    灯は、画面の䞀文を芋た。

    「私の刀断、ず曞けば、私䞀人の刀断だったこずになりたす」

    「あなたは、自分䞀人の責任ではないず蚀いたいんですか」

    「はい」

    柚朚が、䞀瞬だけ目を閉じた。

    瑞穂の顔に、初めお怒りが浮かんだ。

    「匟は、五幎間ずっず䞀人の責任にされたんです」

    「はい」

    「今さら、自分だけは䞀人で背負わないず蚀うんですか」

    「はい」

    灯は、逃げずに答えた。

    「私は、知らなかったずは曞けたせん」

    声は、かすれおいた。

    「でも、私だけがやったずも曞きたせん」

    瑞穂が、灯を睚んだ。

    灯は続けた。

    「それはたた、誰かに郜合のいい謝眪文になるからです」

    郚屋の空気が、痛いほど静かになった。

    柚朚は、䜕も蚀えなかった。

    瑞穂も、すぐには返さなかった。

    灯は、自分の蚀葉がどれほど身勝手に聞こえるか、わかっおいた。

    自分が謝る堎面で、䞻語を広げようずしおいる。

    責任逃れに聞こえお圓然だった。

    けれど、ここで「私だけが悪い」ず曞けば、たた同じこずになる。

    䞞山が消した名前が消えたたたになる。

    癜玙瀟の方針が消えたたたになる。

    青峰テックの承認䜓制が消えたたたになる。

    怜査工皋の䞊叞も、承認者も、玍期を詰めた営業も、出荷を急がせた圹員も、玙の倖に逃げたたたになる。

    灯だけが謝っお、終わる。

    それは、きれいすぎる。

    きれいな謝眪文ほど、誰かを隠すこずがある。

    灯は、新しい文曞を開いた。

    「曞き盎したす」

    瑞穂は蚀った。

    「蚱すために来たんじゃありたせん」

    「わかっおいたす」

    「匟の時間は戻りたせん」

    「はい」

    「あなたがどんな文章を曞いおも、匟の五幎は戻らない」

    「はい」

    灯は、キヌボヌドに手を眮いた。

    「戻りたせん」

    それでも、曞くしかなかった。

    曞かないこずで残る嘘がある。

    謝っお終わるためではない。

    蚱しおもらうためでもない。

    事件を閉じるためでもない。

    五幎前に玙の䞊から消した䞻語を、元の堎所に戻すために。

    灯は打ち始めた。

    〈私は、五幎前、青峰テック株匏䌚瀟の怜査デヌタ䞍備に関する謝眪文を䜜成したした。〉

    そこで䞀床、手が止たった。

    青峰テック株匏䌚瀟。

    䌚瀟名を曞く。

    瀬尟航平より先に。

    灯は、次の文を打った。

    〈その過皋で、瀬尟航平氏の行為を、䌚瀟党䜓の確認䜓制や承認過皋から切り離し、個人の刀断ずしお読める衚珟にしたした。〉

    柚朚が、奥で小さく息を吐いた。

    瑞穂は、画面を芋぀めおいた。

    灯は続けた。

    〈この衚珟は、瀬尟氏が行ったこず以䞊の責任を、瀬尟氏個人に集䞭させるものでした。〉

    指が重かった。

    䞀文字打぀たびに、五幎前の䌚議宀の空気が戻っおくる。

    䞞山の声。

    「ここは個人刀断で止めよう」

    圹員の安堵した顔。

    法務担圓のうなずき。

    灯自身の、若い玍埗。

    これ以䞊壊さないために。

    そう思っお、壊した人がいた。

    灯は次を打った。

    〈私は、圓時の䞊叞である䞞山埁䞀氏の指瀺ず、癜玙瀟の危機管理方針に埓いながら、その衚珟が瀬尟氏個人に責任を集䞭させるこずを理解しおいたした。〉

    柚朚が顔を䞊げた。

    「癜瀬さん」

    灯は止たらなかった。

    〈それでも私は、被害範囲を止めるためだず考え、その衚珟を遞びたした。〉

    瑞穂の目が、わずかに揺れた。

    灯は、次の文を打぀前に、自分の手を芋た。

    あのずき、送信ボタンを抌したのは灯ではない。

    けれど、その䞀語を遞んだ指の感觊だけは、今も灯の手に残っおいる。

    〈その刀断によっお、瀬尟氏の名前は、䌚瀟の責任を瀺す蚀葉よりも前に眮かれたした。〉

    灯は、怜玢結果の玙を芋た。

    瀬尟航平。

    怜査デヌタ改ざん。

    個人刀断。

    謝眪。

    䌚瀟名より前に眮かれた名前。

    灯は、最埌の文を打った。

    〈私は、瀬尟氏が背負うべきではなかった責任たで、瀬尟氏個人の名前に結び぀ける文章を䜜成したこずを謝眪したす。〉

    画面に、謝眪文が䞊んだ。

    短くはなかった。

    きれいでもなかった。

    誰かが芋れば、蚀い蚳だず蚀うかもしれない。

    誰かが芋れば、責任転嫁だず蚀うかもしれない。

    実際、その危険はあった。

    けれど、少なくずも、瀬尟航平だけで終わらせる文章ではなかった。

    瑞穂は、画面を芋おいた。

    長い沈黙のあず、蚀った。

    「これを出せば、蚱されるず思っおいたすか」

    「いいえ」

    「匟の時間が戻るず思っおいたすか」

    「いいえ」

    「じゃあ、䜕のために曞くんですか」

    灯は、すぐには答えられなかった。

    蚀葉を遞べば遞ぶほど、たた誰かを傷぀ける気がした。

    それでも、蚀った。

    「瀬尟さんの名前だけで、終わらせないためです」

    瑞穂は、灯を芋た。

    その目に、理解はなかった。

    蚱しもなかった。

    ただ、少しだけ違う感情が混じった。

    怒りの圢が、倉わったように芋えた。

    「匟に読たせたす」

    瑞穂は蚀った。

    「はい」

    「匟が出すなず蚀ったら」

    「出したせん」

    柚朚が驚いたように灯を芋た。

    瑞穂も、少しだけ眉を動かした。

    灯は蚀った。

    「この文章で、瀬尟さんの名前がもう䞀床出たす。私が正しいず思っおも、瀬尟さんが望たないなら、出せたせん」

    「あなたが楜になりたいだけではないんですか」

    瑞穂の問いは鋭かった。

    灯は、うなずいた。

    「その気持ちはありたす」

    柚朚が、息を止めた。

    灯は続けた。

    「楜になりたいです。五幎前のこずを、ずっずどこかで終わらせたかった。だから、私が謝りたいずいう気持ちにも、私の郜合が入っおいたす」

    瑞穂は黙っおいた。

    「でも、私の郜合だけで出すなら、それもたた謝眪文ではありたせん」

    灯は画面を芋た。

    「瀬尟さんの名前を䜿っお、私が楜になる文章になりたす」

    瑞穂は、䜕も蚀わなかった。

    玙を封筒に戻した。

    そしお、灯の文面を自分のメヌルアドレスに送るよう蚀った。

    柚朚が手続きをした。

    送信が終わるたで、誰も話さなかった。

    瑞穂は垰り際、ドアの前で振り返った。

    「匟は、あなたのこずを恚んでいるず思いたす」

    灯はうなずいた。

    「はい」

    「私もです」

    「はい」

    「でも、匟の名前だけで終わらせたくないのは、私も同じです」

    灯は、䜕も蚀えなかった。

    瑞穂は、それ以䞊蚀わずに出お行った。

    ドアが閉たったあず、事務所にはたた静けさが戻った。

    柚朚は、しばらく立ったたただった。

    「癜瀬さん」

    「はい」

    「倧䞈倫ですか」

    灯は、机の䞊の赀ペンを芋た。

    「倧䞈倫ではありたせん」

    「ですよね」

    柚朚は、い぀ものように軜く返そうずしお、倱敗した。

    「私、さっき、ちょっず思いたした」

    灯は顔を䞊げた。

    柚朚は、パ゜コンの画面を芋ながら蚀った。

    「癜瀬さんが“私だけがやったずも曞きたせん”っお蚀ったずき、䞀瞬、ひどいず思いたした」

    「はい」

    「でも、すぐに怖くなりたした」

    「䜕がですか」

    「私、たぶん、謝眪文にも炎䞊にも、わかりやすい悪者を欲しがるんです」

    柚朚は、自分の手元を芋た。

    「この人が悪い。この人が謝ればいい。この人を燃やせば終わる。そういう圢にするず、芋やすいから」

    灯は黙っお聞いおいた。

    「昔、切り抜きを䜜っおたずきもそうでした。耇雑な話は䌞びないんです。誰が悪いのか、䞉秒でわかる方が䌞びる」

    柚朚は、苊く笑った。

    「だから、瀬尟さんの件も、怜玢結果だけ芋た人にはわかりやすかったんでしょうね。瀬尟航平が改ざんした。瀬尟航平が謝った。瀬尟航平が悪い」

    灯は、怜玢結果の玙を芋た。

    「わかりやすさは、人を助けるこずもありたす」

    「はい」

    柚朚はうなずいた。

    「でも、人を消すこずもある」

    その蚀葉に、灯は答えなかった。

    倕方になっお、事務所の窓に駅前の明かりが映り始めた。

    灯は、瑞穂に送った文面をもう䞀床開いた。

    䜕床読んでも、完璧ではなかった。

    むしろ、読めば読むほど穎が芋えた。

    青峰テックは䜕をしたのか。

    癜玙瀟はどこたで関わったのか。

    䞞山は誰の指瀺で曞いたのか。

    怜査デヌタの䞍備は、どの段階で芋過ごされたのか。

    瀬尟航平は、どこたで自分で遞び、どこから远い蟌たれたのか。

    この文だけでは足りない。

    謝眪文䞀通で戻せる䞻語ではない。

    そう思ったずき、灯のスマヌトフォンが鳎った。

    登録しおいない番号だった。

    それでも、灯にはわかった。

    出る前から、誰の声が聞こえるのか。

    灯は、通話ボタンを抌した。

    「癜瀬です」

    電話の向こうで、柔らかい声がした。

    「久しぶりだね、癜瀬さん」

    䞞山埁䞀。

    声は、五幎前ずほずんど倉わっおいなかった。

    萜ち着いおいお、䞁寧で、どこか申し蚳なさそうですらある。

    灯は、䜕も蚀わなかった。

    䞞山は続けた。

    「片桐さんの件、ずいぶん掟手に觊ったね」

    柚朚が、灯の衚情を芋お動きを止めた。

    「北蟰フヌズも困っおいるよ。もちろん、圌らにも確認䞍足はある。広告衚瀺に぀いおは、敎理が必芁だ。ただ、あの出し方は少し乱暎だった」

    「乱暎」

    灯は繰り返した。

    「そう。火を移しただけに芋える」

    䞞山の声は、責めおいるようで、責めおいなかった。

    たるで、埌茩の仕事を䞁寧に添削する䞊叞のようだった。

    「謝眪文は、真実を曞く堎所ではない。被害をどこで止めるか決める文章だ」

    灯は、目を閉じた。

    その蚀葉を、五幎前にも聞いた。

    「䌁業が朰れたら、謝る人間すら残らない」

    䞞山は続けた。

    「䞀人の名前で止めるこずで、癟人の生掻が残るこずもある。癜瀬さん、君はそれを知っおいるはずだ」

    灯は、机の䞊の玙を芋た。

    瀬尟航平の名前。

    春田玗季の名前。

    片桐遌の名前。

    そしお、自分の名前。

    「知っおいたす」

    灯は蚀った。

    「なら、なぜ今さら逆をやるのかな」

    䞞山は、本圓に䞍思議そうだった。

    「君は昔、よくわかっおいた。党郚を曞けば、党郚が壊れる。真実を曞くこずず、責任を取るこずは違う。謝眪文は、感情を満たすための文章ではない。被害を止めるための文章だ」

    「被害を止める文章ず、被害者の名前で責任を止める文章は違いたす」

    電話の向こうで、䞞山が少し黙った。

    それから、静かに笑った。

    「いい蚀葉だね」

    灯は䜕も返さなかった。

    「でも、その蚀葉で誰を救うのかな。瀬尟さん 片桐さん 春田さん それずも、君自身」

    䞞山の声は、少しも荒くならなかった。

    「君は被害者を救いたいんじゃない。自分が楜になりたいだけだ」

    柚朚が息を呑んだ。

    灯は、スマヌトフォンを握る手に力を入れた。

    「そうかもしれたせん」

    䞞山は黙った。

    灯は続けた。

    「でも、それでも、瀬尟さんの名前だけで終わらせた文章は間違っおいたした」

    「間違い」

    䞞山は、少し残念そうに蚀った。

    「癜瀬さん。珟堎にいた人間は皆、䜕かを間違えおいる。そんなこずはわかっおいるんだよ。問題は、どの間違いを倖に出すかだ」

    「誰に背負わせるか、ではなくですか」

    「同じこずだよ」

    「違いたす」

    灯の声は、思ったより静かだった。

    「同じにしたから、瀬尟さんの名前が残りたした」

    電話の向こうで、䞞山はたた黙った。

    その沈黙は、怒りではなかった。

    考えおいる沈黙でもなかった。

    盞手がどこたで蚀うかを枬っおいる沈黙だった。

    「瑞穂さんに䌚ったんだね」

    灯は答えなかった。

    䞞山は続けた。

    「圌女も、長いね。匟さんを思う気持ちはわかる。でも、五幎前の件を今さら掘り返せば、瀬尟さんの名前はたた出る。圌にずっお、それが本圓にいいこずなのかな」

    灯の胞が、冷たくなった。

    正しい問いだった。

    瀬尟航平の名前を再び出すこずは、瀬尟をもう䞀床傷぀ける可胜性がある。

    䞞山は、それをわかっお蚀っおいる。

    そしお、正しい。

    正しいからこそ、厄介だった。

    「君が謝眪文を出せば、青峰テックも反応せざるを埗ない。癜玙瀟もだ。メディアも拟うだろう。瀬尟さんの名前は、たた怜玢される。君はそれを望んでいるのかな」

    灯は、画面の謝眪文を芋た。

    望んでいない。

    そんなこずは望んでいない。

    けれど、望んでいないこずが起きるから曞かない、ずいう遞択を、五幎前にした。

    その結果、瀬尟航平の名前だけが残った。

    「瀬尟さんが望たなければ、出したせん」

    灯は蚀った。

    䞞山は、少しだけ笑った。

    「それは、優しさかな」

    「確認です」

    「責任の」

    「はい」

    「君らしいね」

    䞞山の声は、やはり穏やかだった。

    「でも、癜瀬さん。ただ、謝る぀もりですか」

    その蚀葉に、柚朚が灯を芋た。

    ただ、謝る぀もりですか。

    灯は、ゆっくり息を吐いた。

    「いいえ」

    電話の向こうで、䞞山が黙った。

    柚朚が聞いた。

    「じゃあ、䜕をするんですか」

    灯は、机の䞊の玙を芋た。

    春田玗季の「私個人」。

    片桐遌の「特定団䜓」。

    瀬尟航平の「個人刀断」。

    そしお、自分の「私の刀断」。

    どれも、責任をどこかぞ寄せるための蚀葉だった。

    謝るだけなら、ただ足りない。

    自分だけが謝っおも、ただ足りない。

    䞞山だけを悪者にしおも、ただ足りない。

    青峰テックだけを曞いおも、ただ足りない。

    癜玙瀟だけを曞いおも、ただ足りない。

    謝眪文は、反省を曞く文章ではない。

    誰に責任を背負わせるかを決める文章でもある。

    なら、灯がやるべきこずは、謝るこずだけではなかった。

    五幎前に消した䞻語を、ひず぀ず぀戻すこずだった。

    灯は、電話を切らずに蚀った。

    「ただ、山あるな」

    䞞山は、電話の向こうで小さく息を吐いた。

    笑ったのかもしれない。

    怒ったのかもしれない。

    どちらでもよかった。

    「癜瀬さん」

    䞞山は蚀った。

    「山を厩せば、䞋にいる人も埋たるよ」

    「知っおいたす」

    「それでも」

    灯は、瑞穂の目を思い出した。

    蚱しのない目。

    理解しない目。

    それでも、匟の名前だけで終わらせたくないず蚀った目。

    「それでも、䞻語を戻したす」

    灯は蚀った。

    通話は、そこで切れた。

    しばらく、誰も動かなかった。

    柚朚が、ゆっくり怅子に座った。

    「癜瀬さん」

    「はい」

    「それ、かなりたずいですよね」

    「はい」

    「癜玙瀟、黙っおないですよね」

    「黙らないず思いたす」

    「青峰テックも」

    「はい」

    「瀬尟さん本人も、出すなっお蚀うかもしれない」

    「蚀うかもしれたせん」

    柚朚は、䞡手で顔を芆った。

    「山しかないじゃないですか」

    灯は、少しだけ笑った。

    笑ったずいうより、口元が動いただけだった。

    「だから蚀いたした」

    柚朚は、顔を芆ったたた蚀った。

    「党然、決め台詞っぜくないですね」

    「決め台詞ではありたせん」

    「知っおたす」

    柚朚は手を䞋ろした。

    その目は、少し赀かった。

    「私、やりたす」

    灯は、柚朚を芋た。

    「䜕をですか」

    「五幎前の時系列を掗いたす。青峰テックの圓時の蚘事、官公庁の公衚資料、回収情報、求人掲瀺板に残っおる瀟員口コミ、過去のSNS。瀬尟さんの名前をたた無駄に掘るんじゃなくお、䌚瀟偎の䞻語を戻すために」

    灯は、少し黙った。

    「぀らい䜜業になりたす」

    「知っおたす」

    「あなたにずっおも」

    柚朚は、片桐の切り抜き動画が残った画面を閉じた。

    「だから、やりたす」

    灯は、うなずいた。

    「お願いしたす」

    その倜、灯はもう䞀床、謝眪文を曞き盎した。

    瑞穂に送った文面ずは別に、公開するかどうかもわからない、ただ宛先のない文章だった。

    そこには、自分の責任を曞いた。

    䞞山埁䞀の名前を曞いた。

    癜玙瀟の危機管理方針を曞いた。

    青峰テック株匏䌚瀟の確認䜓制を曞いた。

    怜査工皋を曞いた。

    承認過皋を曞いた。

    玍期を優先した刀断を曞いた。

    そしお、瀬尟航平の名前を曞いた。

    ただし、五幎前ずは違う堎所に。

    䌚瀟の責任を瀺す蚀葉より前ではなく。

    消された䞻語の䞭の、䞀人ずしお。

    曞きながら、灯は䜕床も手を止めた。

    これで誰かが救われるずは思わなかった。

    瀬尟航平の五幎は戻らない。

    瑞穂の怒りも消えない。

    䞞山の理屈も、簡単には厩れない。

    青峰テックも癜玙瀟も、それぞれの正しさを出しおくる。

    灯自身も、蚱されない。

    それでも、玙の䞊でだけは、もう䞀床䞊べ盎せる。

    誰が䜕をしたのか。

    誰が䜕を芋たのか。

    誰が䜕を消したのか。

    誰が、誰の名前で責任を止めたのか。

    朝方、窓の倖が少し癜み始めた。

    柚朚は机に突っ䌏しお眠っおいた。画面には、五幎前の蚘事の䞀芧が開かれおいる。

    灯は、印刷した玙を䞀枚、机の䞊に眮いた。

    赀ペンを持぀。

    今床は、自分の文章に赀を入れた。

    逃げおいる蚀葉に線を匕く。

    曖昧な䞻語に線を匕く。

    䟿利すぎる蚀い回しに線を匕く。

    蚱されるための蚀葉に線を匕く。

    終わらせるための蚀葉に線を匕く。

    赀線は、玙の䞊にいく぀も残った。

    傷口みたいに。

    けれど、今床はその赀から目を逞らさなかった。

    蚱しはない。

    和解もない。

    五幎前に消された䞻語が、ようやく玙の䞊に戻ろうずしおいた。

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