
私はまだまだ未熟者で、親からエールをもらっていたことも気付かずに
親が厳しくて、実家が貧しくて、だからたくさん我慢して努力してきた。寂しくても寂しいと言わず、何か欲しいものがあっても、習い事をやめたくても、我慢してきた。
もっと裕福な家に生まれてたらなぁ、優しいお父さんがいて、お母さんが専業主婦でいつも家に居たらなぁ。そんなふうにいつも考えていた。
***でももしこれが“自分が早く自立したくて、その環境を選んだなら?”“自分が成長したくて、親にそのセリフを言わせたとしたら?”と考えてみて。***
YouTubeでの公開セッションをみていたわたしは、前のめりで聞いていた。同じような境遇の相談者さんで、質問内容にものすごく共感した。
例えば、あの一言がいやだったとかあの出来事が嫌だったということは、色々覚えている。それは愛が足りなかったとか、優しくしてもらえなかったからだと思っていた。
だから時々母親に、「ママのせいで」とか「離婚しなきゃよかったのに」と言っていた。
それでも母親は、「大事にしてた」「可愛くて仕方なかった」と言ってくれていたけれど、そんなの全部嘘、怒ってるわたしをなだめるためだけに言ってるんだと思っていた。
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わたしは子供のころから自立心があって、なんでも自分でやりたい、やってみたい、早く大人になって仕事したい、稼ぎたいと思っていた。仕事をして好きなものを買って、そんな大人がキラキラしてかっこよく見えた。
だから早く自立したくてその環境を選び、厳しいセリフを母親に言わせていたとするなら?と自分に当てはめて考えてみる。大人になったいまなら、その考え方にすごく納得できた。
そして、納得できたのと同時に、厳しいセリフや環境は母親の本心ではなく、“大事にしてた”という言葉が本心だったのかなと感じることができた。心がじんわり温かくなり、目の前がどんどんぼやけていく。
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アダルトチルドレンとか毒親とか、そんなふうな概念を見つけた時に、これ当てはまるんじゃ…と思っていた時期がある。そんなアカウントもフォローしていた。“自分は絶対そうなりたくない”という反面教師にしていたからだ。
だけど、そうじゃないと感じれたときに、フォローを外した。自分が成長したくて用意したセリフや環境に、母親や父親は関係なかったのだ。確かなことは“可愛くて仕方なかった”というあの言葉だけ。そう思えて、心が温かくなるなら、わたしはそれを信じることにする。
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辛い、嫌い、こんなはずじゃないって環境や感情って、長い目で見ると意外と必要で、役にたつものだったりする。渦中にいる時はしんどくて、そう思えないとしてもね。
綺麗な花を咲かせるための肥料であることは間違いない。
その肥料として、受け止め難い環境や言葉ももらっていたとするならば、それは親からしかもらえらない、“深い愛の肥料”だったのかな、なんて今なら思える🌱
わたしもそんな肥料をあげられるのかな🪴