
風が吹く【シロクマ文芸部】
風が吹くその道を私は風の通り道と呼んでいた。雨の日、坂道は冷え冷えとして雨に打たれ、誰も通る人がいなかった。農家へと続く細道が左手にある。樫の大木が道に沿って何本も並び、坂の入口から見るとクジャクが羽を広げたように空を覆って、林の天辺を作っている。
傘を持ち替えるとき、何げなく左手の細道の方に目が行った。ぎょっとした。竹林の薄明りの中で巨人が、五本の大きな足の指を踏ん張って立っている。よく見るとそれは雨に濡れてつやつやと肌色に光る、地表に露出した大樫の根っこだった。
「お~い、毎朝わしが見下ろしているのを知っているかい?」
樫爺さんの声が風に混ざって聞こえてきた。それは、道を挟んで両側に広がる竹林の番人、樫爺さんたちの一本だ。
六月には、ちょっと目を凝らすと道沿いに柔らかい産毛をまとったこげ茶の竹の子が、いつの間にか覗いていたりする。でも、決まって帰り道に目で探すと、ぽっきり折れて下の方にわずかに竹の甘皮が見えるだけ、誰かが取って行ったのだ。道沿いの竹の子なので、番人の樫爺さんたちも多目に見ているのだろう。
七月も末の朝、私は通勤のため駆け足で風の坂道を下って行った。緩いカーブを曲がった途端いつもと違う光景に急ぐことも忘れ立ち止まっていた。 昨日まで、わっさら、ゆっさりと柔らかい緑の風に包まれていた竹林。道の両側から、アーチのようにせり出し、上空で合掌し、ひんやりとした空気を醸し出していたのに、左側の竹林が切り倒されていた。
私の好きな樫爺さんたちは、すっかり丸太にされ、いくつもの輪切りとなって転がっていた。坂道の上空を飾っていたクジャクの羽、いまとなっては幻だったのか・・・
時折、ポカーンポカーンと爆ぜるのは、細い枝や葉が燃える音。男の人たち四、五人と黄色いトラクターが、小高い土地をせわしなく行き交っている。すっかり精気のないただの棒となった竹がうずたかく並んで、切り残された竹の根元がころがらないよう支えている。
朝夕の賑やかなセレモニーの主役だった小鳥たちの集いの場がまた一つ無くなってしまった。私は呆然として足元に落ちている雀の亡骸を見ていた。羽が焦げ硬直して、横を向き枯葉に抱かれている。
次の日は雨。竹林の跡は雨水をすった枯れ草が積まれ、燃えがらだけが黒々としている。すると突然ピキューン、ピキューンという悲鳴にも似た小鳥の鳴き声がした。電線につかまった一羽の鳥が切り倒された竹林に向かって鳴いている。雨で羽や頭も白か黒か、色もわからないほど濡れ、それでもしっかりと電線に二本の足でしがみついている。胸を張り、きっと前方を睨み、身体をわずかに震わせ一時も休まず鳴いている。
私は振り返り振り返り、仰ぎ見た。あれはなんという鳥だろう。毎朝通勤途中の私を慰め励ましてくれた彼らの宿を奪ってしまったのは誰だろう。そして心の中で詫びていた。
おわり
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