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Photo byankou_onna

身体と貨幣④―疎外―

    りょうママ

    母性と市場は
    結局、わたしが感じる疎外につながる。

    多分、わたしは母性がひとつの身体、器官に集約された時に破綻した。

    それは母性が、わたしにとっては性別、身体、機能、役割と役務提供ではなく、感情と有機的感覚だったからだ。

    明確な器官も持たないのに身体の奥に感じる感覚と愛おしいという感情、誰かを無償で受け入れたい衝動、安心してほしいという願い、それはわたしのただ小さな世界では誰もが子どものようにひとりの人間として還したい身体の反応だった。

    だが、ひとつの身体に集約し明確な器官にその在り処を求め、役割や役務提供を求める社会では合理的な仕組みに組み込まれた。

    そして家庭、婚姻、出産の中で無償のケアと企業、外注、サービスとしての有償のケアに別れた。
    夜の街もその延長なんだろう。

    無償のケアは特定の性別に集約され、有償のケアは市場に拡大される。

     
     
     
    大分県に湯煙香る街の片隅にある、小さなスナックのママ。 でも先代のママから続くお店。 わたしも先代ママもトランスジェンダー。 叶わない身体と、愛おしい世界について 祈りに似た語りを、そっと置いておきます。 誰かを照らす、小さな灯になるように。

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