『#私をヘッドハンチングしませんか? 』
あらすじ
今はやりのFacebookに流した。採用してくれたかいごしせつの名を持つ高齢者シェアハウスにはまっていく・・・。
『私をヘッドハンティングしませんか? 』
と、フェイスブックに流した。誰に流れ着くかわからないけど・・・私を知っている人に流れると思っている。しかし、本当は、コンピューターもスマホも分からないまま必要なことだけに使っている。その上伴侶であるパートナーは、八年前に亡くなってしまった。隣にいなくなって一年目は、彼の書き残した300枚もの人生記録というか思いを綴った雑記を夜な夜なコンピューターにインプットして、昼間は法務局に通い詰めて、不動産と家の相続を一人でやった。分からない事ばかりで法務局の係の方に聞きながらであるから、えらく時間がかかった。でも何とか終了した。
二年目は書き溜めていた童話を図々しくもクラウドファンディングに挑戦して出版を果たしたが・・・なんと! コロナパンデミックと重なり人に会うこともままならず大手の本屋は休業・問屋も休業で山積みの在庫になった。いい心根の数人の友人が買ってくれたり人に紹介してくれたりありがたかった。
パートナーがメインの建築設計事務所を終息させ、自分一人で何ができるか考えた。自分の本業のインテリデザインと専門学校の講師は、コロナのせいもあるが、事務所を廃業したこともあり無職になってしまった。
ハローワークに挑戦した。分野が違うお蕎麦屋さんへ挑戦した。何とかできるかと思ったら両手にお盆に乗せた丼が重くて八日で断念! (蹴躓いて人に迷惑がかからないうちにや辞めさせてもらった。)
ここで知ったことは、二回りも三回りも若い先輩女子従業員の意地悪な言葉に驚いた。
彼女は誰にそうされたのだろう? きっと彼女もまた先輩に同じようにされたのだろうと思う。またローワークへ出向く。
今度は小樽教育委員会の小学校普通児『放課後児童クラブ』に挑戦した。私は中学校と高校の美術教諭の免許を持っている、役立つと良いと思っていたが、コロナ渦のため消毒と掃除が主だった。二年は続いたが辞めることにした。ここでは『子供のいない人がこの仕事するのですか』と、言われたり小さな女の集団は、私にはなかなか難しかった。
再々度ハローワークに出向く。
特殊教室に通う児童と登校拒否児『放課後等児童クラブ』に挑戦・・・。ここも二年で辞めさせてもらう。もう少し専門的に勉強できる環境であれば続けられたが・・・上司の器量に疑問を持ってしまった。冬道の車通勤が難しい事を退職理由にした。
無理があった。大学を卒業して研究所で修業して、ほんの少し企業に務めて日本を出て世界を巡り帰国して起業したのである。他人の作ったルールを見習って働いたことがないのである・・・インテリアデザインも専門学校の講師も、自分がヘッドで自分が作ったルールで四十年以上動いてきた。今さら無理である。
事務所をアトリエにして何人かの人に絵を教えることにしたが・・・とても維持できない。それで『私をヘッドハンティングしませんか? 』と、流したわけである。
☆
「もしもし、佐藤さんですか? 山崎と申します。フェイスブックで知りました。ヘッドハンティング気に入りました。ぜひ私の会社へ来てください。」
「えっ・・・本当に私を? 」
「フェイスブックの友達関係から貴女のことは知っています。若い頃は世界を一人旅していたとか・美術教育関係で講師をしていて・・・ 亡くなったご主人とも面識ありますよ。
ともかく一度面談したいです。」
「承知しました。期待していなかったので、とても嬉しい限りです。」
「来週の火曜日札幌駅の大丸デパート二階の喫茶で午後三時でいかがですか? 」
「承知しました。」
とても今の情報関係にはついていけないと感じていたのに・・・乗ってみた結果が出たかもしれない。でも、私をどの分野でのヘッドハンティングなのだろう?
少し不安の殘る待ち時間はすぐ訪れるものである。車は辞めたので最寄りの駅までバス待ち・・・これが意外に難しい。時刻表を記憶しているようで勘違いする。土日祝日もありこんがらかる。前日にメモ書きしておく。これが車を辞めた時から作ったルールであるが、乗り遅れたり時々失敗する。
車の便利さは北海道では、この上ない。特に繁華街に住んでいない者には・・・しかし、景色を選んだのだから文句は言えない。東京にいた頃は、どこへ行くにも最寄りの駅は遠かった。バス電車を使うようになると、目的地に着くまであれこれ考えられるのは良いことだと思えるようになってきた。指定された喫茶はすぐわかった。ぐるりと見渡して・・・すぐ手を挙げてくれてスムーズに第一関門パスできた。
「どうも来てくれてありがとうございます。」
「こちらこそ、気に入ってくれて感激です。」
「コーヒーでいいですか? 」
「あ、はい。コーヒーで・・・あの~山崎さんとはどこかでお会いしましたか? 」
「直接お話しは、していませんが存じ上げています。タウン誌に取り上げられていました し、新聞の座談会にはご夫婦で載ってましたし・・・。」
「随分昔のことです。札幌に戻った頃の~。」
「早速ですが、本題に入ります。まだ始めたばかりですがようやく三年経ちました。法規上介護施設にしてありますが共同作業があるこれからのコミュニティーです。園内で野菜を作り・花を作り・陸稲も・・・園内でできることは何でも作る仕事も作る。それが売り上げにもなり個人へも分配される。ライフ・ゴールという名称です。」
「今、私は近くの介護施設へ出張絵手紙教室をやってます。月一回ですけど・・・。」
「いいですね~。僕の望んでいることもその部分です。心のケア室長をやってもらいたいのです。従業員と施設の人もです。誰でもです。うまく進み始めたら助手を入れてもいいです。週何日こられますか? 」
「四日なら大丈夫です。車は辞めたのでバス電車になりますが、いいですか? 」
「もちろんです。十一時から十六時までの五時間でどうでしょう。イベントの時はそれなりにする。」
「今からご案内します・一時間ぐらいいいですか? 」
「ぜひ伺います。」
地下の駐車場へ同行して助手席に座った。車は後ろに車椅子の設備のある大きなバンだった。山崎氏は上背のあるがっしりした体格で、少し右足を引き摺る歩き方だった。
走り出したら聞いてみようと思った。。
「ええっ~! 私の住まいの方向ですよ~ 」
見慣れた景色に素っ頓狂な声を上げてしまった。名刺をいただいたのに私には小さい文字で、帰ってからルーペで見ようと思っていたから住所を詳しく見てなかった。
「まあ、近い方ですね。バス一本で通えますね。」
「ラッキーです。ところで、山﨑さんは何かスポーツしてました? 」
「学生時代はバスケットしてました。」
「背が高いから。バレーかバスケットかなと思いました。」
「佐藤さんは何かやりますか? 」
「私は高校時代バドミントンを、冬はスピードスケートをやりました。」
「そうですか~。そりゃいい。 」
スポーツまで聞けたら、その人がどんな人か分かるものである。右足を引き摺るのも怪我だろうと推測する。
「着きました。」
駐車スペースを玄関前左右にもつ建物は、二階建で中庭があるシンプルな作りで、将来階数を建て増していくことを計画に入れてると話してくれた。建物を囲んで菜園、休憩空間として柴が施されていてベンチとパラソルが設置されスッキリしている。
「一階は共有スペースで、二階が個々のスペースです。『心のケア室』として東の小部屋を用意しました。小さい空間ですが静かで、窓からは、ほしみ緑地と手稲山が見えます。」
「いい環境ですね。どんなお手伝いができるか楽みです。」
「来週出勤した時点でスタッフを紹介します。」
「送りましょう。」
「有難う御座います。でも、バスを利用してみます。」
「バスストップまで七分くらいです。時刻表は玄関に貼ってあります。」
「今日はありがとう御座いました。時刻を調べて余裕があったら館内を見学させていただきます。いいですか? 」
「どうぞ見学してください。」
一階をぐるりと周り外を見ながら東側の階段で二階にあがる。蹴上がりもゆったりしている。二階もぐるりと周り西側の階段を降りてこられる。各部屋のドアがカラフルである。
暑い夏が過ぎようとして秋を迎えるこの時期に新しい動きは、ゆったりとして心穏やかである。
☆ ☆
十一時出社はありがたい。バスに乗る直前まで色々できる。バスに乗って仕事場まで三十分もありがたい。まだ時間が読めなくて三十分も前に着いてしまった。
下足にはもう私の名前があり、何ともスムーズである。受付窓のある事務室をノックして入った。山崎sんを囲んでのミーティング中だった。
「今日から来てもらう『心のケア』の佐藤さんは色々な経験をしていますから、何でも相談してください。」
「どうぞよろしくお願いします。」
「総務の森です。入居者さん達には紹介ニュースを流します。写メいいですか? 」
「はい。どうぞ~」
「食堂の伊藤です。今日お昼はどうしますか? 」
「今日はお弁当持参しました。明日からお願いします。週四日です。よろしく。」
「サウナバス・ランドリー清掃の中島です。省略してバラ清掃と言ってます。室内清掃に入りますので、よろしくです。」
「菜園ランドの野坂です。収穫の野菜を販売いたします。よろしく。」
「ざっとこんなところです。各部には何人かのパート助手がいて私も入れて十五人です。入居者は十八人ですから常時三十人で、外からパートの介護士が入ります。さてミーティング終了します。今日、誰か心のケアを受けたい人いますか? 」
「あの~総務の森です。子供のことでも良いでしょうか? 」
「もちろん。自分の悩みなら何でもです。ですよね佐藤先生? 」
「もちろんです何でも! それと『先生』は、なしです。良いあだ名をつけてください。森さんは都合の良い時間においでください。」
「それでは佐藤さんの部屋へお連れします。」
「有難うございます。」
「どうですか感想は? 」
「良い雰囲気です。皆さん自分に自信をもつていて・・・山崎さんが頂だからですね。」
「そんなこと言ってもらうと、嬉しいなあ・・・頑張ります。」
「妥当な感想です。皆んながちゃんと分かってます。」
「ここが心のケア室です。そしてここでは共有スペースには鍵がありません。」
「個人の部屋は? 」
「家族の空間に鍵はありませんよね。それと同じです。故人の部屋は中からはかけられますが、基本・・・鍵はかけない決まりにしました。当直の人がマスター鍵を持っています。具合が悪くなった時や緊急の場合のためにです。」
「なるほど家族ですか・・・了解しました。」
「まだ机と椅子だ机と椅子だけで、殺風景ですが自由に使ってください。」
「それじゃぁ・・・早速ですが、畳一枚ほどの大きさの作業台と椅子四脚か欲しいです。」
「それはバラ清掃の中島に伝えときます。彼は元大工さんですから何でも器用に製作してくれます。」
「それは良いですね、じゃ三尺六尺のコンパネ12ミリがあれば脚は作っていただいて、透明のビニールをかけて作業台になります。」
「昼です。クラシックが流れます。」
「お弁当持ち込みで食堂に行っても良いでしょうか? 」
「もちろんですよ。」
「それじゃ、食堂で・・・」
山崎代表はゆらりと出て行った。
備品の椅子にゆったり座って考える。入ってくる人を校長室のように迎えたくはない。左横顔で迎えよう。机を左に移動する。しかし玄関から一直線になってしまう。机を右に移動した。ここから始めよう。
お弁当を持って食堂を探検・・・。ビュッフェスタイルである。六人がけの大テーブルにベンチである。空いてるところに座る。それにはちょっと会釈なり、声がけをすることになる。これも共同生活には大事なことである。
山崎代表の前に会釈して座った。
「どうも、ここの食堂は基本500円ワンコインですよ。コーヒーなど飲み物は100円です。味噌汁も・・・うまいですよ。」
「良いですねぇ。明日からお世話になります。」
「お先にどうも。僕は早飯で。」
山崎代表はゆらりと出て行った。
「実は、私も早飯で・・・。」独り言をついて・・・私は勢いよく立ち上がる。
中庭の樅の木を見ながらぐるり周り、一階の共用部分の見学をして元に戻る。冬はこの廊下と階段を利用して運動やリハビリができる。良い設計だ。
二時になって総務の森さんが折りたたみ椅子を抱えて神妙な顔をして現れた。
「椅子持参できてくれたんですね。良かった。さすが総務ですね。」
「後でバラ清掃の中島さんが、残りの椅子と大テーブル運んでくれます。」
「早いですね。大きなテーブルにビニールかけたいんですが頼んでも良いですか? 」
「用意しときます。」
「色弱の話でしたね。息子さん何年生? 」
「三年生で九歳です。」
「男性は20パーセントが色弱なんです。女性は5パーセントとです。色弱とか色盲とか今は使わないんですよ。病気ではなくて特性ですからね。」
「そんなにいるんですか? 治る事ですか? 」
「そういう事ではないんです。遺伝子の分野のことです。そういう見え方なんです。」
「どう説明したら良いか・・・今、悩んでます。」
森さんはずいぶん悩んだようだ。キチンと正しい色彩の基本を離さなければならない。
「まず、人の目は三種類の光、赤い長波長・緑の中波長・青の短波長を感じて色を見ています。そして、色の名前は親や周りの人達が教えてくれて記憶します。虹を思い出してください。外側から赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と七色ですよね。赤が外側なのは長波長で緑が中波長で青が短波長で虹になります。」
「あ~赤は波長が長いから外側なんですね。」
「七色がきっちり変わっているのではなく、各色の境目はないでしょう。段々に変わっていく・・・自然現象は、絵の具で塗り分けるのではないからです。」
「あーそうなんだ。」
「今は弱視にも何種類もあって科学的に調べてくれますよ。どの色がどう見えてるか・この人のこの色は少し暗く見えるとか・・・ユニバーサルカラーデザイン機構という組織だった運動もあります。明日、説明する材料を持ってきます。色彩演習をやりましょうか? 分かってしまうと息子さんにも説明できるし、良いと思います。」
「あの~ 提案なんですが『心のケア』紹介ニュースに『色彩の話し』も載せて良いですか? 月一回土曜日に開く特別講座を企画するのはどうでしょう? 」
「良いですね。『絵手紙』や希望があれば『陶芸』もやりますか・・・。」
「楽しみです。山崎代表に話してみます。」
第一日目は終わった。うれしい。五十年くらい色々な専門学校や工業大学で講義してきたことが役に立つ・・・。どんな人にどんな役に立てるだろう・・・。楽しみである。
今、八十才と八ヶ月である。どれくらい続けられるだろう。戦後八十年の今年・・・毎年ラジオテレビで私の歳を報道してくれる。自分の歳を忘れることがはない・・。
☆ ☆ ☆
ライフ・ゴールに通うようになり、毎日規則正しく動いている自分にエネルギーが漲るのが分かる。それと園内には仕事納めした介護犬が三頭いるのも楽しい。
『心のケア』室のドアー横の壁に掲示板ができ、予約表に書き込むように総務の森さんが考えてくれ、バラ清掃の中島さんが大テーブルと同寺にに制作してくれた。
予約表は、私の勤務時間が表になり、依頼者の希望時間が先着優先で書き込めるようになっている。毎月第三土曜日が特別講座になり、第一回目は『色彩の話し』に決まった。
今日の予約表に食堂の伊藤さんの書き込みがあった。時間は三時どんな悩みだろう。
「よろしくお願いします。私の友人のことなんですけど良いのかなぁ~ 」
「あなたが気にしていることなら・・・。」
「私とは長い付き合いの友人からの相談事なんです。彼女は私と同い年で子供が三人で皆もう独立している。離婚されたご主人は他界しています。二女の娘さんとの関係がある時から悪くなったということなんですが・・・彼女には思い当たらない。私はただ聞くだけしか出来なくて・・・何か解決解決方法はないかと・・・」
「その問題は、このところよく聞きます。いろいろ人によって違うと思いますが、こんなケースがあります。大家族に嫁いだ方と子供・・・特に娘に起きています。そして、それも優しい女の子にあるようです。若い頃の母が愚痴やら悩みやらをその子に話す。その子はただ黙って聞き続ける『お母さんは喜ぶから・・・』そして、時間が経ちお母さんと同じくらいの年になり、環境も変わる結婚をし、子供ができ自分も嫁姑の世界に入り昔のお母さんと同じ環境になり突然に思い出す『本当は、そんな愚痴も悩みも聞きたくなかったの!! 我慢してたの! 』と、言い怒り出す。」
「あ~そんな感じです。友達もそんな環境です。」
「でもお母さんは、子供に吐き出す事で自分はスッキリして、その時々を乗り越え時とともにすっかり忘れてしまう・・だから、娘に突然反抗されたと思い戸惑う。」
「そのようです。そうなってから娘さんに何も話せなくなってしまったと言ってます。」
「それは少し時間がかかりますね。母である人は、その昔のことは通り過ぎてきたことだから、自分が娘に聞いてもらってバランスを取り戻したのですから、驚いてないで『今度は私の番だわ! 』って・・・キチンと娘さんに伝えてから、聞いてあけるのはどうでしょうか? 」
「そうですよね・・・その優しい娘がいたからこそ、自分を保てたということを理解して、それを娘さんに伝えなければ、娘さんも今の自分を理解できない。」
「この場合はそれが良いと思います。そうならない場合もありますね。同じような状況でも、自分を発散できることがあれば子供に愚痴らなくても八つ当たりしなくても自分を保てる。自分を発散できることがある。例えば自分を表現すること・・・絵を描く・ものを作る・スポーツに打ち込むなど・没頭できることがあれば・・・それには伴侶の協力が少しでもあればですよね。それか、めげずにやってのける・・・勇気かな、自分を保つために必要ですね。」
「あ、それわかります。喧嘩にもなりますが・・・」
「夫婦喧嘩できるということは、相手を信用しているからできるのですよ。知らない人と喧嘩できないでしょう・・・信用も信頼もなければ戦争ですよね。」
「えっ・・・あ~ だから夫婦喧嘩。」
「たまに夫婦喧嘩も必要ですよ。意見交換ですからね。」
「なんかスッキリしました。」
「母親がいろいろできすぎて・・・子供にも期待しすぎて残る障害もありますよ。このケースも厄介です。子供のために良かれと思ってのことだから・・・同じように大きくなってからひどい言い争いになる。」
「・・・・。私はこっちの方かな? 気をつけよう。」
「これらのことも今は、気楽に心療内科というか心理学の方向から相談できますよ。」
「いえいえ十分です。友人に話してみます。ありがとうございました。」
「食堂の伊藤さんに一つ聞きたいことあるんですが・・・」
「あ、なんでしょうか? 」
「コーヒーが飲みたい時は食堂へ行くのですか? 」
「お客の時は、お持ちしますよ。館内電話で注文してください。」
「そんな大袈裟な事ではなくて自分勝手な休憩などの時は・・・」
「常時セルフで飲めます。カップでお部屋に持ち込みオーケーです。100円を入れる器が横にあります。大中小同じ料金です。夕飯もち帰りありますよ。六時半までです。」
「それは良いですね。この館内にいる人達全てですか? 」
「ライフ・ゴールは、六十五歳以上の基本一人住まいの人達です。年配者シェアハウス気分ですよ。山崎代表も週三ッ日は住んでますよ。」
「え~ そうなんですね。三ッ日というのは? 」
「代表のお母さんが住んでますから・・・家族と一緒に四ッ日で住まいが二ヶ所ですね。」
「あら良い生き方だなあ、今度詳しく聞いてみよう。」
「私達もいい生き方だなあと思ってます。バラ清掃の中島さんも同じ生き方してますよ。彼は四ッ日ライフ・ゴールです。だから安心ですよ皆んな。」
「あえて宿直なんて考えなくてもいいんですね。」
「そうなんです。介護の人を頼むこともできるし・・・この方法は将来の良い生き方だと思います。高齢になるとアパートも借りづらくなるし・・・」
「そうですよね。ん~いい方法ですね~・・・ 」
「あ、もう十六時です。終わりの時間ですね。ありがとうございました、私は夕飯の準備で今日は遅番です。今夜、早速友人にも話してみます。」
食堂の伊藤さんはニコニコ帰っていった。私も安堵である。私の一日は終わってくれた。
食堂でコーヒータイムの後に退社した。食堂に販売コーナーがある。菜園ランドの野坂さんの作った野菜いろいろパックを購入した。嬉しい! 採れたて無農薬のトマト・ピーマン・ナス・ズッキーニが入ってワンコインである。
☆ ☆ ☆ ☆
出社してすぐ予約表を見る。今日はバラ清掃の中島さんである。こちらも聞きたいことがあり願ってもない。希望の時間は、十三時である。持ち込んだ資料や絵の道具や文房具などセットして昼になる。楽しみの食堂である。
食堂は朝・昼・晩と開いているからこの施設の中で一番忙しそうである。そして一番幸せ感がある。ビュフェ・スタイルなので自分に素直になれる。自分に良い量が選べることが、自己管理能力を向上させてくれる。会釈して席を選ぶのもとてもいい。
レジがない。食べ終わったらお盆に自分のコインを乗せて返却口に返す。食堂の入り口に交換機が用意されている。外部から来た人にはそばにいる人が説明してくれる。これも会話の発端である。
バラ清掃の中島さんは、十三時ぴったりに現れた。
「しっかりしたテーブル作っていただきましてありがとうございます。」
「なんでも言ってください。本箱か作りましょうか? 」
「ありがたいです。急ぎません。手の空いた時にでも・・・ 」
中島さんは手帳に書き込んでいる。
「父のことで相談したいのですが・・・ここに住んでます。七十六歳です高校の英語の教師でした。ともかく動かない人で・・・母が死んで三年経ちました。私が週に四日ここに泊まりますが・・別に話すこともないわけで・・・ それが悩みなんです。」
「でも、週に四日ご飯も一緒に食べる。いい関係ですよね。麻雀はやりますか? 」
「えっ・・・趣味の無い何もやらないんですよ。まあ、私もやらないんですが・・・ 」
「私も麻雀に興味がなくて、つい最近友達に勧められてやり始めました。今、高齢者に流行ってます、ボケ防止になるからつて。三人もの人と出会うわけですからそれもいい。」
「あ~でもやるかなぁ~親父は頑固で・・・ 」
「大丈夫です。誘いましょう。ここなら空間も確保できるし、人数も・・・きっとできる人もいるはずですよ。どなたか先生になってもらって! 総務の森さんに話して企画してもらいましょう。麻雀教室をやりますつて、リクリエーションがあるシェアハウスなんていいですよね。もっと大きく発展するライフ・ゴールになりますね。」
「父が何か動くことになれば、自分も気が楽になります。」
「将棋も囲碁もありますし・・・まず麻雀ですね。企画しましょう。」
バラ清掃の中島さんは本箱の寸法を測ってニコニコして仕事に戻っていった。私もニコニコである。今日は介護犬に会いにいって終了しよう。
介護犬は仕事を終えた退職犬である。今日は挨拶をして、匂いを覚えてもらおう。かなり大きなドッグランに犬小屋二個並んでいる。ここの管理は菜園ランドの野坂さんである。
始めましての臭いゲンコツで挨拶をしていたら菜園ランドの野坂さんが現れた。
「 犬お好きですか? 」
「二年前に十六歳で亡くなりました。」
「長生きでしたね~犬種は? 」
「シバと甲斐のミックスでした。」
「そうでしたか・・・いつでも寄ってください。ラブラドールで名前は春と勇気です。」
「毎日の楽しみが増えました。」
「それはよかったです。この施設の良さの一つです。散歩を仕事に選ぶ人もいます。」
「それは身体にもいいですね~ 冬はどうなりますか? 」
「館内をノソノソ歩いてますよ。小屋は中庭に移動して真冬は館内に入ります。」
「それもいいですねえ~ 時期が来たら私もここに入れてもらおうかな。」
「来年から上へ増築しますよ。少し大きな部屋もできますから・・・家族か友人同士かの選択もできるようです。」
「 これからますます高齢者が増えますから、大事な企画だと思います。」
「今日はありがとうございました。」
食堂に販売コーナーで、菜園ランドの野坂さんのブルーベリーワンパック・ワンコインで購入した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『私をヘッドハンティングしませんか? 』と、自己アピールしてから三ヶ月経った。その間に、『心のケア』室に、本箱兼整理棚が備え付けられ形は整った。あとは安らぐ空気だ。それは私が落ち着くことだと思った。
色彩講座は開かれ麻雀教室もスタートした。絵手紙の教室も近々企画される。食堂の販売コーナ(今日の採れたて野菜)の前壁に、今月のイベントの掲示がされるようになり入居者が楽しみに見ているようである。私も毎日予約表を見るのが楽しみになった。
なんと、今日は山崎代表である。十一時からの出勤は、予約の人のことを思い倦ねているとすぐにランチの時間がくる。この建物で一番活気のあるのが食堂である。十二時きっかりに共有部分にお昼のテーマ曲が流れる。今日はクラシックである。なんの曲だったろう? と思いながらトレイを持って並ぶ。これはなかなか楽しい。学生に戻ったみたいである。トレーを持ったまま山崎代表を探す。代表の前のベンチは開いている。
「どうも、ここいいですか? 」
「どうぞ どうぞ! どうですか慣れましたか? 午後から僕が伺います。」
「山崎代表が『心のケア』に来るなんて思いも見ませんでした。緊張しますよ。」
「ごく普通に悩みはありますよ。しかし病院に行くほども無いごく一般的な事なんですよ
コーヒー持参で午後三時に伺いますよ。」
「いいですね お待ちしてます。」
「じゃ 僕は早飯なんで・・・」と、食器返却口へゆらりと立って行った。
「はい! では後ほど・・・」実は私も早飯でーすと、心で言って軽く会釈する。
午後はケア室のウインドウズノートパソコンと格闘して・・・自分のところはマックで最初からセットしてくれてあったのを使っていたし、すぐ隣に教えてくれる人がいた環境だったから困ったことはなかった。ぜんぜん使えない。誰かに習わなければ・・・。
三時少し前に『コーヒーブレークです! 』コーヒーお盆に乗せて山崎代表が現れた。
「お待ちしてました。」
「今日は僕の悩みを聞いてください。」
「悩みなんかなさそうですけど・・・。」
「いやいや普通にありますよ。」
「そうですか・・・それは良かった。」
「えっ? 」
「つまり普通ということが良いということですよ。で、どんな普通ですか? 」
「僕の母がこの施設にいることはご存知ですよね。それと僕が週三日ここに住んでいることも? 」
「はい、総務の森さんに聞きました。バラ清掃の中島さんも週四日住んでいて宿直の心配がないと言ってました。立ち入った質問ですが、宿直手当はついてますか? 」
「管理費として安いですがついてますよ。」
「それはいいですね。ここに住んでる人の安心を確保できることが素晴らしいです。」
「いや~苦肉の策だったんですがね・・・僕は一人っ子で父が亡くなって母と同居することになって・・・しかしこれが難しいことでして・・・なんと言うか・・・一言で言えば嫁姑と言いますかね~。」
「家内っていうんですね~今の若者は嫁って言いますね。関西風なのかなぁ~ 」
「いやぁ女房も嫁も使ったことないし、無難に家内にしてますがね・外では。」
「山崎代表のお母さんは職業を持ってましたか? 」
「母は元小学校の教師 父は中学校の教師で最後は校長でした。僕の家内はキャビンアテンダントだった。今は子供も育ったので、大学に通う娘と高校生の息子・・・家内は経験を活かしてフリーのツアーコンダクターをしていますよ。」
「そうですか・・・私の亡くなった連れ合いの家庭とよく似ていますね~。戦前で時代が違いますが韓国で日本人学校の教師でした。姑は小学校に教師で舅は中学校の校長と聞きました・・・・連れ合いの義理の姉に当たる人もその頃女性の憧れの職業の国際線のスチュワーデスでした・・・彼女はママさんバレーにのめり込んで・・よく出歩いてましたから義理の母と合わなかったようですよ。確執というのでしょうか・・・お互いに自分の意見を強く主張して譲らない。長男の義理の兄は間で苦労してました。それも・・・舅が亡くなってからですね。私は三男坊の嫁で舅には会えなかったのですが・・・。」
「そうでしたか・・・兄弟が居ればそれなりに分散できるでしょうが・・・。」
「私の連れ合いは建築設計でしたから、兄と義理の姉の意見を取り入れて庭を挟んで行き来できる隣り合わせ別々住宅を設計しましたが・・・庭ぐらいの距離では心の中まで解決できませんでしたね。それを考えると山﨑代表の今のスタイルは妙案です。」
「そうですか! 」
「これからの時代を考慮した介護も入り、孤立しない高齢者住宅新しいいいシステムです。
食堂・菜園・楽しみのゲーム・知りたい講座・癒し犬もいる・あと音楽やコンサートでしょうか? 中庭のモミの木はクリスマスツリーにするために植えたのですか? 」
「そのつもりなんですよ。まだ使ってないですが・・・。」
「クリスマス時期にコンサートをやりましょう。」
「いいですね。ぜひ企画してください。」
「音楽仲間を知っています。仲間は仲間を呼びますからいろんなジャンルに繋がります。」
「ところで、山﨑代表の悩みはなんでしたっけ? 」
「今日、色々お話しているうちに悩みと言うほどではないですが・・・やっぱり母の引きこもりになる事ですね。」
「趣味は何かありますか? 」
「俳句とかかなぁ~ 」
「句会をここでやれば良いですよ。『心のケア室』をそのまま使えばいいですよ。」
「おぉ~ 良いですね。」
「私が総務の森さんに伝えて、母上には私が伝えますよ。多分、私の先輩ではないかしら? 大学はどちらでしたか? 」
「教育大学でした両親とも・・・ 」
「私もです。それは話が早いです。先輩は後輩に弱いものですから・・・いい意味での関係です。」
「いや~良かったです。これでスッキリしました。」
「句会のことは勧めてみます。私の役どころがあって良かったです。」
「あ、四時になりましたね。ありがとうございました。クリスマスコンサートのことお願いします。ツリーの飾り付けもですよ。総務の森にも伝えておきます。」
「承知しました。」
山﨑代表はコーヒーカップをのせたお盆を持って帰った。ドアーが閉まって私は大声を上げた。
「こういう仕事がやりたかったのでーす! 感謝しまーす! 」
今日はおしまいにします。明日まで休みます。明日も仕事があるのは嬉しい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
車をやめてからは一年になり、バスの時刻に合わせて動くようになった。必ず歩く歩数を数えるようになった。
東京に住んでいた時は、最寄りの駅まで二~三十分は歩いていたのに苦にならなかった。若かったせいもあるが、東京はどこに出かけるにも一時間はかかっていたと思う。それ以外は自転車族だった。
北海道に戻ってからは、自転車は乗ったが冬は無理である。市電やバスを使い歩くことは少なくなり・・・仕事は郊外に広がり車を使うことになり、四十歳で免許取得した。これがなかなか大変で三回も仮免失敗で腐っていたら、『長く練習できてよかってのだよ』と応援してくれる友達がいたことと、何回落ちても受講料増えない年配者特権があって取得できた。目的地に行き着くには歩ける距離ではないことが一番の理由だが・・・歩ける距離も車・・・車社会に慣れてしまった。
何度か車を乗り替えて、最後と思っていた車が壊れ、来るべき時期が来て高年齢が理由で運転をやめる。そうなると歩かなければ仕事はできない。高齢になって仕事ができるのは歩けるから・・・考えながら歩くからだと確信した。人と会い話をして思いあい今までの経験につなげる・・・広がる。
だんだんにライフ・ゴールの入居者が『心のケア』の存在に気づき、予定表に書き込むようになつてきた。
バラ清掃の中島さんの父上は、麻雀を習い始める。入居者の一人が先生を引き受けてリーダーも引き受けてくれスムーズに始まった。部屋はバラ清掃の中島さんが、実家に戻っている日の部屋を提供してくれた。
山崎代表の母上の句会は時間をかけよう。先輩でもあるしプライドもあるでしょうし、どう持ちかけたら良いかよく考えてから・・・総務の森さんにも相談してみよう。
何か足踏みしたら・止まったら・困ったら総務の森さん・・・総務の仕事は大変だと思った。今まで総務という部門を特別意識していなかったことに気がついた。
どの組織にも当然のようにあり、総務という部門のない組織はない。多分、世界中人間の社会で総務のない組織は無いのだ。八十歳になってから、今まで通り過ぎてたことをいちいち立ち止まり見直すことが多くなってきた。
戦後の発展途上の七十年八十年は、自分はその時代の速度てやり過ごしていたから、自分の目の前ばかりをみていたし、他人を見ているようで自分の速度で見ていたことに気がついた。
年を重ねるということは、人の時間も見えるようになることも分かってきた。これからは五年単位で、自分の人生も見なければならないと思った。五年単位をいくつ重ねることができるだろうか? これはゆくゆく考えよう。
今日出勤したら、総務の森さんに聞いてみたいことを書き留めることから始めよう。ともかくは三分歩いていつもの時間のバスに乗り、六分歩いてライフゴールに着く。
この高齢者シェアハウスは、玄関に入った途端に空気が違うのを感じる。なんだろう?活気があるのだ。
『心のケア』に入ると総務の森さんからの段ボール箱二つが、打ち合わせ大テーブルに置かれてた。中はモミの木に飾るキラキラのクリスマスグッツ見た途端、心はコンサートを計画しなくてはならない・・・音楽仲間に連絡しなくてはならない・・・ もう二ヶ月しかない・・・急がなくちゃ! と、心が動く。見事な総務のフットワークのお陰である。
音楽友人ににメールを送り、クリスマス時期の予定を確認する。すぐ電話が掛かって来て生声で話すことができる。やっぱり生の声がいい。
「ご無沙汰です。早速出張コンサートの依頼です。高齢者シェアハウスの食堂で十二月初旬・・・スタンダードジャズで・・・置きピアノはありません。三十人くらいかな? 」
「了解、メンバーに連絡して折り返します。」
「ありがとうよろしく。」
次は総務の森さんの今日の予定を聞いて、中庭のモミの飾り付けの時期を聞こう。それから、コンサートには飲み物とお菓子? ワンコイン? アルコールの有無・・・などなど・・・演奏者へのギャラもある。これは嬉しい忙しさである。折り返しの電話が来た。
「サックス・ベース・ドラム・ギターでくみます。十二月十三日の土曜日午後五時からでどうでしょうか? 」
「あ、いいですね。それでおねがいします。」
「リクエストがあれば早めに連絡ください。」
「了解しました。」
午前中にコンサートのメドはついた。総務の森さんに報告してこちらの準備を詰めよう。
食堂に総務の森さんと山崎代表が先に座っていた。今日のランチトレイを持って、仲間に入る。
「どうも 入れてください。」
「どうぞ~ ツリーの飾りあんんもんでいいですか? 」
「十分です。午後何時に打ち合わせできますか? 」
「午後イチでいいですよ。」
「じゃ よろしく。」
「母が乗り気になりましたよ。句会。」山崎代表は満面の笑顔である。
「良かったです。私も入ります。手伝います。」
「あぁ~それは良い。うまくいった。」
「私もやってみようかな~ 」総務の森さんも句会に入りそうである。チャンスさえあれば、日本人にとって俳句は日常である。五七五と指を使って小学校でも習うし、標語は七五調である。
「山崎代表に質問があるんですけど~ どうしてサウナがここにあるのでしょうか? 」前から聞いてみたかった。五人は入れる本格的なサウナである。
「やっぱり唐突ですかね? ここには・・・ 。」
「そういうことでは無いんですけど・・・。」
「いえいえ私も聞きたいです。」と、総務の森さんが口を挟んだ。
「僕と中島がサウナ好きで・・・サウナに出掛けて帰ってくるのが億劫でね、特に冬なんかは帰ってくるのが大変で・・・で、二人で研究して作っちゃったんですよ・・・自費でね。」
「いつ入るんですか? 」
「できたばかりの時は、毎日ではないですがかなり頻繁に使いましたよ。でもなかなか難しんですよ。二人の時間を合わせるのが・・・。」
「そうなんですね、せっかくですから、ここの設備として開放したらどうですか? サウナ好きの女性もいますよ。たとえば男性の日・女性の日・友達日・家族日などを計画して、それこそワンコインで・・・。」
「それも良いなぁ・・・ルールがあれば、続けられるし・・・。」
山崎代表はことさら嬉しそうである。
「そうですよ山崎代表! やりましょうよ。私も入ってみたい。」
総務の森さんも乗り気である。総務が乗り気になれば事は動く。実は、私はあの過酷な空間は苦手である。それはこっそり横に置いて進めよう。これもライフゴールの活気の一つになると思う。
「おっ、ランチは終わりだ。昼から打ち合わせに行かなければ・・・でわ。」
山崎代表は勢い良く立ち上がる。
「後ほど。」森さんもトレーを持ってたち上がる。
私は周りを見て・・・外部の人がこのライフゴールの住人とランチを楽しんでいる。コンサートのポスターを食堂の掲示板に貼っても良いかも・・と思った。これも総務の森さんに伝えよう。
コーヒー二つ用意して心のケアに戻る。総務の森さんはすぐ現れた。
「コーヒー用意しました。まず飲みましょうか! 」
「良いですね。コーヒー一日三杯は、癌予防と聞きました。」
「あ、私も聞きました。良い情報ですよね。休憩もできるし・・・コンサートの予約取りました。サックス・ベース・ドラム・ギターでくみます。十二月十三日の第二土曜日午後五時からでどうでしょうか? 」
「良い時期ですね。」
「それで、スタンダードな曲をリクエストしておくと演奏してくれます。コンサートのポスターにリクエスト曲が書き込めれば良いと思うんですが・・・」
「良いですね、そうしましょう。ポスターは少し大きめに作ろうかしら! 」
森さんは乗ってくると早口になってくる。
「コーヒーとクッキーでワン・コインはどうですか? アルコールも欲しいところですね~ どうなんだろ? 車で帰る人はノンアルもあるし・・・それと、出演料も考えなくてはならないし・・・。ボランテア価格でお願いしてありますます。」
「その件は山﨑代表に相談します。福利厚生費もまだありますから・・・。」
「じゃ、コンサートのことは進めてもらいます。ポスターにリクエストを書いてもらうと、そのままプログラムになりますから良いですね。次は中庭のモミの木の飾り付けはいつ頃やりますか? 」
「それは十二月入ったらすぐやりましよか。モールはコンサートの日に、窓にでもかけましょう。即席演奏コーナーにでも良いかな・・・生バンドは乗りますからね。。」
「そうですね。それで良いでしょう。師走に入っても、慌ただしさを急がせてはいけないって思いますよね。」
「そうそう、皆んな忙しがっちゃう。特に総務は忙しがっちゃう。」
「できる人がゆっくり動けば周りに広がる。歳上がやると自然かな? 」
「じゃ今日はこれで終わりにしましょう。」
「明日はサウナ活用のルールを決めますか? 」
「山﨑代表とバラ中島さんに参加していただかなければなりませんね。」
「そうですよ。発案と実行の二人ですものね~。色々意見が出そうですね。」
「きっと良いことになりますよ。あの二人は前向き人間ですkら~ 」
「本当にこのライフゴールは、良いです方向向いてますよ。」
「時間です。ではまた明日! 」
総務の森さんは、私の帰る時間を気にしてくれる。
今日はピーマン一袋買って帰ろう。菜園の野坂さんの顔を見て、介護犬にあってからライフゴールを出よう。なんとも楽しい。
ハローワークでは、高齢者の仕事はほとんどない。しかし、これからの人口減少からくる労働力不足に高齢者の力も入れてもらおう。何も八時間労働ではなく三時間でも二時間でも良いではないか・・・。できる範囲で・・・やらせて頂きます。
十二月に入った途端に、中庭の樅木の飾りが陽が落ちて輝き出すと目に見える速度で一日が過ぎる・・・十一月の倍の速さで毎日が過ぎるようだ。
食堂に貼られたジャズライブのポスターに、書き込まれたリクエスト曲をカルテットのリーダーに伝えるものだから、まるでマネージャーのような感覚でコンサートの日を待つ羽目になった。絶対みんなが喜ぶと信じてすすめるしかない。
仕事があるから、新しい日もすぐ来る。それがすごくいい。ライフ・ゴールにつき出勤簿のガチャリを聞いて予約表を見て扉を開ける。ルールになった。
会議テーブルに置きメモがある。総務の森さんは大きな紙に書いてくれる。
(サウナ会議は午後二時に山﨑代表とバラ中島さんが心のケアに集合します)
大きなk字で堂々と書いてくれるので気分が大きくなる。
今日は弁当持参・・・そうすると食堂のランチにも自作の弁当にも両方に感激できる。私は遅い結婚だったから子供を持たなかった。お菓子づくりもキャラクター弁当の経験も無い・・・随分昔の学生時代・・・弟の分と自分の二つ弁当を作ったことを思い出したりそれもなかなかいいものである。
二時に三人がコヒー持って表れサウナ会議が始まった。
「 サウナをみんなに使ってもらえるなんて嬉しいなあ。」
山崎代表の開口一番でバラ中島さんも満面の笑み・・・どうやってこの施設で皆んなに使ってもらえるかを望んでいたようだ。
「僕たちが宿直しているというが、滞在している時にサウナ日にしよう。」
山崎代表がいい出した。中島さんも同意している。
「機械的に難しい? お風呂を沸かすみたいなもの? 事故はないのですか? 」
私と総務の森さんが同時に聞いた。
「赤外線サウナだから、温度は自由に設定できるし・・・それは僕たちが番台をやるから問題ないですよ。」
「それなら安心です。お風呂屋さんみたいですね。何人まで入れるんですか? 」
森さんは興味津々である。
「四人までゆったり入れます。」
バラ中島さんも嬉しそうである。
「月に何回で・・・どれくらいの金額で設定しますか? 」
さすが総務・・・私は聴かせていただくのみ・・・バラ中島さんがら提案が出た。
「最初は男日と女日で月二回ですかね。それとおいおい家族貸切なんてのも考えるのはどうですか? 」
「やってみますかね・・・ワンコインで行けるかな。」
山﨑代表は、ワンコインが好きである。
「番台など管理してくれる人もいるのですから、ツウコインにしてください。」
さすが総務の森さんである。
「これでだいたい決まりましたから、ポスターを作ります。来年一月からにしましょう。これでサウナ会議は終了します。いいアイデアが出たらまた改良していきましょう。あ、それとジャズライブは飲み物とクッキーで、お一人様ワンコインと決めました。福利厚生費からギャラの一部を出してくれることも山﨑代表の承認も得られました。」
「じゃぁ終ろう! 」
山﨑代表はいつも勢い良く立ち上がる。つられて皆んなも立ち上がる。仕事がスッキリ終わった気になってとてもいい。
十二月に入ると午後四時を回るといい具合の夕方になる。中庭のモミの電飾が、ちょっとした和みを目からくれる。
心待ちにしていたジャズコンサートんの当日が来た!
土曜日だから私は特別出勤である。が、これはヘッドハンチングしてくれたライフゴールへのお礼でありボランティアである。
四時になってから、いそいそと食堂の窓にモールを飾り、簡易舞台のポスターにモールを飾り、椅子を並べ替え(三十人はゆったり座れる。ベンチは便利である)用意は整った。 食堂の伊藤さんが夜なべして焼いてくれたクッキーを、セロハン小袋に入れるのを手伝う。いつもランチで並ぶカウンターには、山盛りのクッキーとコーヒーカップやらドリンクのカップやグラスが並びポインセチアの鉢植えも並んで楽しさが増えた。
四時半にジャズメンが現れた。控え室は心のケア」を使ってもらう。なんとも嬉しい限りである。ここには認められた私の仕事スペースがあるのだ。
ライフゴールに住む往年の若者達が一人二人と現れた。友達を呼んだ人もいる。家族を呼んだ人もいる。三十六人が集まった。一人一人がワンコインをコンポート皿にチャリンと置いて・・・コーヒーやドリンクを選びクッキーを手にして楽しそうだ。
山﨑代表も母上とバラ中島さんは父上と、それぞれ一緒に座り気恥ずかしそうである。それも、ライブコンサートが始まったら、一人一人のわだかまりを縁奏者のエネルギーが会場ごと包んでしまい、一瞬で『楽』にしてしまうから、音楽は素晴らしいのである。
リーダーのサックス奏者の軽妙な豆知識お喋りが、往年の若者を現役にしてくれる。
自分がリクエストした曲が読み上げられた時の顔は、どの人も本当に嬉しそう。
休憩を挟んで二時間半のライブでした。アンコールが二曲・・・圧巻は坂本龍一の戦場のメリークリスマスでした。
何人かの人が『またお願いします! 』と、演奏者と握手していたのがいい光景だった。とりわけの傑作は山﨑代表が最後尾に並んでいた。
総務の森さんがギャラをリーダーに渡してくれ、お互いにまたやりましょうの挨拶を交わし・・・演奏者達を送り出し、何人かの職員と私はポスターを外して、椅子を元通りに並び替えて通常の形に戻し・・・カウンターを見ると、食堂の伊藤さんが黒字ですとジェスチャーしてくれニコニコ顔である。みんなで拍手した。
『バスはもうないから送りますよ。』と、バラ中島さんが申し出てくれた。彼は今日ライフゴール宿泊の日だった。
音楽を介して往年の若者の笑顔にもエネルギーにも出会え、ラッキーな1日だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
師走は文字通り飛ぶようにすぎ、職員は二十六日から休みになった。ライフゴールでは年末年始に住人の希望者が集まり、大晦日の年取りと元旦には雑煮を作り食堂に集まることを楽しみにしているそうだ。
『私は旨煮を作ります!』『私は雑煮を! 』『俺は屠蘇係!』「俺もち焼き』と、言いあい孤独感のないシェアハウスである。
私はそのうち参加しようと思った・・・と、いうよりこれから自分もこのライフゴールに・・・引っ越しして来ようかと思案している自分を感じた。折を見て総務の森さんに聞いてみよう。私はここの条件に合うのだろうか?
来年は増築する計画を聞いている。私の本業の内装カラープランを山﨑代表から頼まれてもいる。私の仕事が来たのである。
連れ合いが亡くなって建築設計事務所を閉めてから六年になった。四十年続けたインテリアデザインとコーディネーターの感覚はすぐ戻るものだろうか?
アイデアと手仕事と速さと正確さを競った立体の時代を生きて来たのに・・・コンピューターやスマホなどの、速さと選択だけの平面のビジュアルにひきずられている。どうしても若者が使うようにサクサクとはいかない。
私の頭も手も体も常に前に進むようになっていて、間違ったところから正しい方向へ一瞬で動く・・・しかし、コンピューターやスマホは最初に戻ってやり直す。それがどうしてもできない。許せないのである。このままだと、これから先の動きは目に見えている。隣の短大生に家庭教師してもらうことにした。その時に、若者の言葉も習うつもりである。
長めの正月休みが終わり動き出した。ライフゴールはもう普通の毎日が続いていた。
職員の始まりは、新年の挨拶と抱負を一言いうというものだった。
山﨑代表の今年の抱負は、『増築を雪が解けて工事ができるようになったら始めます。各部部門にお願いしてあることをさらに詰めてください。』ということで・・・どの部門もとても簡単明瞭である。自分の番になった。
「今年はもっとライフゴールに近づくつもりです。そして入り込みます。」とだけ話した。
ライフゴールは、正月明けの新年会はしない。各部門はすぐに仕事に入る。いいことである。私のメインの『心のケア』の予約表は真っ白だった。正月休みは心のケアでもある。これもいいことである。
午後にサウナの企画を練ることになり山﨑代表・総務の森さん・バラ中島さんが『心のケア』に集まることになった。
一時半に総務の森さんがコーヒーメーカーを箱ごと持って現れた。
「心のケア室用のコーヒーメーカーです。簡単です。入れて見ましょう。」
「うれしい! 食堂から運んでくるのが少し面倒でした。」
事務所用を大きなメーカーに替えたのでこの部屋に廻ってきたのである。確かに事務所には小さいサイズでこの部屋にはピッタリ! マグカップを七個用意してくれた。
「コーヒーの粉は食堂に用意してあります、伊藤さんに言ってください。」
「了解です。」
コーヒーが入った頃山﨑代表とバラ中島さんが現れた。
山﨑代表の口切りでサウナ企画が始まった。総務の森さんが会議録を開き読み上げた。
「前回のサウナ会議で決まったことは①赤外線サウナだから、温度は自由に設定できる四人までゆったり入ることができること②男日と女日で月二回③サウナ代は番台の人に日当が払えるようにツウコインにする④家族貸し切りなどの日を設ける。ここまで決まっています。そう云えば、最近事故がありましたよね。扉が中から開かなくて・・・。」森さんは心配性でもある。
「それは大丈夫。何しろ製作者の番台付きだからね。」
バラ中島さんはポンと胸を叩いて、正月休みに考えていたという計画を話してくれた。
「フィンランドのように湖はないわけだけれど・・・シャワーと水風呂はあるから、コインランドリーを移動して外に繋がるデッキを新設しましょう。」
「それは良い・・・増設の計画に入れて先にやろう! 」
山﨑代表が締めた。私はあの過酷な温度のサウナは(今までに一度だけの経験はある)苦手だったけれど、総務の森さんとなら入ってみようかぐらいまで心は動いた。
「一つ提案があるのですが、今いいですか? サウナに関係は直接ありませんが。」
「もちろん何かあればどうぞ。」森さんは記録を取りながらも会議の流れを見ている。
「病院みたいですけど、このライフゴールの各部屋にナースコールがあればいいと思うのですが・・・実は、最近、親しい友人が心不全で突然亡くなったんです。市営アパートにいたのですが・・・新聞が取り込まれていないのに気がついた人が、管理会社に連絡して鍵を開け親族に連絡するという事になり、警察立ち会いにもなって、時間が経ってしまったんです。」
「ほう・・・それは大事な事だな。プライベイトがありながらも、緊急には対処できる。ここの施設には必要です。対処しましょう。」
山﨑代表の同意でを得て、ナースコールのあるシェアハウス(浴室近くに設定しよう)として、即決でやることになった。
「サウナ実施はすぐポスターを作り張り出します。」森さんの明るい声で終了した。
「あ、増築の図面見てください。何か気がついたことがあれば提案してください。」
山﨑代表から増築の設計図書を預かった。
介護i犬三頭にそれぞれ挨拶して帰途についた。出勤一日目は、こうしてスムーズに終わりとても心穏やか日になった。
今年は二十一年ぶりの大雪になり、バスの運休が数回あり思わぬ欠勤になったが、自分の家の周りの除雪ですっかり疲れた。しかし、これが北国の良さをつくり出す。雪に閉ざされて余儀なく座る。増築の図書をじっくり見ることができた。
三週目に会議の連絡が総務の森さんからあった。流石に正月ボケも消え、どの人もきびきび歩き回る。北国は建物内が暖かい。若い頃過ごした東京の建物は、冬は底冷え夏は蒸し暑い、しかし、まだ先人の知恵のある発展途上の頃だった。今は、快適を選べるだろうが・・・地球温暖化の危惧を目の当たりにしている。
私のメインの『心のケア』の予約表は真っ白だった。なぜかホッとする。
どうやら、会議はコーヒーの香りが漂う頃に、集まる午後に決まってきた。山﨑代表が現れて会議は始まった。
「三月の大安吉日を選んで念願の増築を始めます。いろいろ手伝ってもらうことが多くなりますがよろしくお願いします。『心のケア』からは、設計図を見て何か気が付いたところありましたか? 」
「一つあります。キッチンの調理器具は、ガスではなく電磁調理器にしてください。今は安価になりましたし安全です。高齢になると青というかブルーが見えにくくなります。ガスの火がついているかどうかが見えなくなります。その点、電磁調理器は裸火ではなく一定の時間が経つと電源が落ちますから安全です。」
「了解しました。すぐ設計担当者に伝えます。それでは古い二階も追々取り替えます。」
山﨑代表に伝わると回答が早い。
「ところで内装のクロス選びやカラーコーディネートは、いいつ頃までにまでに提出すればいいですか? 」
「六月かな~七月かなぁ~設計士に確認しておきましょう。それから、バラ中島さんがサウナからベランダへ出られるスケッチを説明してくれ来週から工事にはいるそうです。」
「ナースコールも来週そうそう商品が入り次第取り付けます。コードの長さを選べるようにしました。」中島さんが付け加えた。
「増築の足場がかかると気分が暗くなりますから、句会とかマージャンとかサウナとか楽しいことで盛り上げてください。」と、山﨑代表が付け加えた。
こんなに心を配るこのライフゴールに、私はどんどん引き寄せられる。
高齢者介護施設の名を持つ楽しい我が家・・・セルフサービスの食堂があり、困った時の相談窓口の総務があり趣味のサークルがあり・・・季節ごとのイベントやサウナもある。建物の周りには畑がありその上、三匹の介護犬もいる。本気でこのライフゴールに越してこようかと・・・思いがつのる。
「他に何か議題はありますか? 」総務の森さんが進行係を務めると無駄なく時が過ぎる。
いい会議だ。コヒー飲み終わる頃に終わる。それぞれ自分の持ち場へ戻りすぐ仕事に戻る。それぞれが自己管理しているからだ。私も雪が解ける前に半年くらいの計画を練っている。それに目を通して介護犬に挨拶して今日は終わりにしよう。
一月は半分ほど正月気分があるが、最終土曜日に第一回サウナ日になり好評だった。二月は女性サウナが最終土曜日に決まっている。俳句の会も麻雀クラブも動き出した。
それぞれ食堂の掲示コーナーに開催予定日や募集案内をリーダーが、工夫を凝らしていて活気がある。
増築工事は雪が解ける速度で進み、設備・内装の打ち合わせも回を重ね、私の出番が終わり・・・ほぼ完成に近くなってきた。
増築三階は居室が二階より少し大きめの計画になつている。十三室用意され多目的室もある。(訪問者用などの宿泊の和室にもなる)救急用のタンカーやベッドの準備のあるエレベーターが新しく施設される。何処かが良くなると何となくワクワクする。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
連れ合いが亡くなってもう十年である。パートナーとして一緒にやっていた設計事務所を閉めて、新しく自分の活動をしようとアトリエにした。それなのにコロナパンデミックに遭遇し思うような動きはできず・・・外に仕事を捜しても 後期高齢者になると、私の分野の仕事は皆無である。
それで『ヘッドハンチングしてくれませんか! 』の行動を起こして、ライフゴールに採用してもらい二年目に入った今である。この上なくラッキーである。
これから先、五年単位で・・・いや、三年単位で自分の寿命を考えてみると、怪我や病気にならない事が前提で、三回越せるだろうか? 必ず死ぬことに向かって毎日を過ごしている人間という動物である。ピンピンコロリを望み、私自身の最後は、献体を考えていることを、どのように誰に伝えるか・・・子供を持たない私には、これがこれからの大きな問題である。
そして、このところ気になる事がある。親しい友人との連絡と繋がりである。家族までの繋がりがない友人の急な訃報は誰にも繋がらない。
自分の寝床を担いで動く巻貝やカタツムリはいいなあと思う。本当の身一つである。
この十年の間にどれくらいの荷物を断捨離できただろう? パートナーとの設計事務所の図書は少し始末できた。建築現場図面は他人様の家の見取り図だから、紐で括ってリサイクルに出す曖昧な捨て方はできない。建築基準法で決められている保存期間を確認して、それなりの信頼できる業者に頼んで処理してもらいたい。まだまだかかりそうである。
『 アトリエはまだこのままにして、私だけライフゴールに引っ越しして・・・二重生活して・・・三年単位で過ごし終息へ歩き始めようかなあ~ 』
二階の居間から見える石狩湾と水平線に空が溶けていく夕暮れに向かって、声に出して言ってみた。声に出すと何か緩々と近づいてくる感がある。
『入居者募集が始まる前にライフゴールの山﨑代表に話してみよう! 』声に出して言ってみた。いい気分だ。
御百度参りみたいに水平線に向かって、何度も声に出して希望を言ってみることにした。しかし、毎日唱えると凝り固まりそうだから、時々思い出した時にする。
増築工事はひと工程終わるごとに速くなっていく。みていて楽しい。たまたま設計管理の設計者が、顔見知りだったこともあって『心のケア』へ顔を出してくれる。山﨑代表も立ち寄る機会が多くなり、私も内打合せに同席するので工事への密度が上がる。
バラ中島さんのグループは、内側からサウナ周りの水風呂と、デッキへ出る造作を完成させた。女性サウナ日には間に合わなかったが、次の家族貸切サウナには使えそうだ。まずは、介護犬のドッグランへの出入りには最適である。
三月に入り菜園ランドの野坂さんが、雪の中で貯蔵していたジャガイモとキャベツを食堂のワンコインコーナーに出していた。半分割してあり私には好都合である。これもこのライフゴールの楽しいところである。四時を回って帰り支度を済ませて、食堂のコーナーへ寄る。 山﨑代表も買い込んでいた。
「ずいぶん沢山買いましたね! 」
「家内にコーナーに出た時は買っておくように頼まれてます。」
「いいですよね~、このコーナー。無農薬で・・・今年は私も畑作業に加わります。」
「畑作業は日当がでるんですよ。」
「え~それは嬉しい。仲間に入れてもらおう。それと、代表に相談があるんですが、時間の取れる時でいいのですが・・・。」
「そうですねぇ~来週の火曜日の増築打ち合わせの後にしましょう。」
「あそれは好都合です。よろしくお願いします。では、今日はこれで失礼します。」
食堂にいる皆さんに『ご苦労さんでした!』と、言われて帰路につく。
金曜・土曜は家事をして日曜日は月一回アトリエまで何年も通って来るたった一人の絵画教室と近くの介護施設へ出張絵手紙教室・・・三日はすぐすぎる。
火曜日の増築打ち合わせのは、問題なく終わり山﨑代表との相談時間になった。
「さて、相談ってなんですか? 」
「金土日はアトリエで過ごし、私だけライフゴールに引っ越しして・・・二重生活しようかなと思ってるのですが・・・可能でしょうか? 」
「もちろんです。管理を頼める住人が増えるのですから、ライフゴールとしては願ってもないです。」
「これから先、五年単位で・・・いや、三年単位で自分の寿命を考えてみると、怪我や病にならない事が前提で、三回越せるだろうか? 必ず死ぬことに向かって毎日を過ごしている人間という動物ですからね。ピンピンコロリを望み、私自身の最後は、献体を考えていることを、どのように誰に伝えるか・・・子供を持たない私には、これがこれからの大きな問題なんです。
そして、このところ気になる事があるんです。親しい友人との連絡と繋がりです。家族までの繋がりがない友人の急な訃報は誰にも繋がらない。だからそのことも何か書類か記録に残しておいて施工してもらう・そんなシステムがないかずっと考えていたんです。」
「なるほど、献体ですか・・・考えていなかったな~ 」
「まだ献体がどのようなシステムになっているか定かではないんですが・・・これから調べなくちゃの段階ですけどね。」
「分りました。これからこのライフゴールでも考えなくてはならないことです。いやいい相談事でした。総務の森とも話し合います。是非ここに住んでください。」
「ここに住まうと百歳も生きられそう! 」
終わり