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海鳴りのあとで|第二話 ヘプバーンの帽子

    杏奈はひとり、
    夜の匂いを感じながら
    ベランダに立っていた。

    昨夜は楽しかった。
    あんなに飲んだのは久しぶりだ。

    上のご夫婦、
    奥さんは…葉子さんだったかしら?
    今度カフェ巡りに行こうって
    誘われたけど、
    まあ、暇だし気分転換にいいかも。

    鎌倉は遊びに来るには
    良い所だけど…


    都内に住んでいた頃は
    よくドライブで鎌倉の海に来た。

    外資系の商社で秘書だった頃、
    いずれ鎌倉に住むことになろうとは
    思いもしなかった。

    今思えば、あの頃は華やかだった。

    仕事帰りに六本木ヒルズに寄る。
    行きつけのアパレルショップの
    お得意様イベントがある日。

    顔馴染みのショップ店員マキさんが
    溢れんばかりの笑顔で
    駆け寄ってきた。

    「佐々木様!
     いらしてくださったんですね!
     今年の梅春物は色目が鮮やかで
     佐々木様にお似合いになりそうな
     アウターやパンツも
     たくさん入荷してますよ!」

    営業スマイルだとしても、
    彼女に会うと元気が貰える。

    私好みのデザインと
    着た時のラインの綺麗さは秀逸だ。
    このブランドの服を着ていると
    よく褒められる。
    同僚の女性達は、
    どこで買ったか知りたがる。

    その日も大きな紙袋に
    アウター、トップス、パンツと
    たくさん買い込んで店を後にした。
    マキさんはショップの入り口で
    子供のように両手で手を振っている。
    可愛い人だ。


    派遣社員の頃、
    通っていた銀座のピラティス教室で
    ひとりの女性と知り合い、
    推しの話で意気投合した。
    ファンクラブに入っているのも同じ、
    いつ、どこのライブに行ったかの話
    で盛り上がった。

    幸子さんは私より5歳お姉さんだった。

    いつしか、ピラティス終わりに
    ふたりでお茶して帰るのが
    毎週の楽しみになっていた。

    そんなある日、
    「ねえ、今日はちょっと贅沢に
     ホテルのアフタヌーンティーに
     行かない?」

    ひとりではなかなか行けない場所だ。

    「もちろん!行きたいです。」

    ペニンシュラ東京は
    クリスマスツリーが可愛らしくて、
    毎年、それだけを見に来る。

    大抵は、ひとりで
    どこへでも行くわたしでも、
    ペニンシュラにおひとり様は
    ちょっとハードルが高いのだ。

    五つ星ホテルに足を踏み入れると
    自然と背筋がシャンとする。

    運ばれてきたアフタヌーンティーは、
    つば広の帽子みたいな焼き菓子が
    ケーキスタンドのてっぺんに
    乗せられていて、
    テンションが上がる。

    まるでヘプバーンの帽子みたいだ。

    こんな優雅な時間って滅多にない。
    幸子さんに感謝しないと。

    宝石みたいなお菓子や
    サンドイッチを味わっていると、
    幸子さんがふいに口を開いた。

    「ねえ、私のボスに会ってみない?」

    派遣社員の3年ルールで、
    もうすぐ今の仕事の契約が終わる。
    次を考えなければいけない時期だ
    と前から話していた。

    唐突な言葉にきょとんとしていると、

    「実は、親の介護で
     とうとう広島に帰る事になったの」

    同郷のご主人もやっと
    家業を継ぐ決心がついたというのだ。

    ただ、幸子さんの心残りは
    仕事の事だった。
    外資系の役員秘書として長年勤めて
    ボスとは阿吽の関係だった。
    ここで放り出して、ボスに合う秘書が
    すぐ見つかるだろうか?と悩んでいた。

    そんなのは会社が探すだろうに…
    どこまでも律儀な人だ。

    そこでふと、私の事を思い出した。
    一度会ってみてはどうか?と
    ボスに提案したら
    興味を持ったらしい。


    「留学もしてないのに、
     英語を話せるんだって?
     凄いじゃないか」


    幼い頃、
    交通事故で両親を亡くして、
    歯科医の叔父夫婦に引き取られた。

    教育熱心な叔父は
    良い成績を取ってくると
    とても喜んでくれた。

    留学を勧めてくれたが、
    そこまでは甘えられない。
    英文科を出してくれただけでも
    感謝しなければ。

    英語を学ぶのは楽しかった。 


    就職を機に、一人暮らしを始めた。
    最初に就職した企業はブラックで、
    終電で帰宅する日々だった。

    何も食べたくない。
    食べる時間があるなら寝ていたい。

    無理が祟って、
    ある日とうとう、
    出勤の電車の中で倒れてしまった。

    血相を変えて病院に駆けつけた叔父に
    強制的に家に連れ戻された。

    これって、強制送還?

    叔父にあんな顔されたら、
    戻るしかない。

    「杏奈に何かあったら、
     姉さんに顔向けができない」

    そう言いながら、
    目を潤ませていた。

    その後は派遣社員として
    いろんな企業で仕事をした。

    小銭が貯まると
    ひとり旅を楽しんだ。

    ——それも
    叔父には何度も止められたが——


    幸子さんの紹介で
    ボスの秘書になってから5年。

    派遣社員の頃とは
    比べものにならない。
    給料も増えたし、
    福利厚生も手厚かった。

    でも…
    仕事にやり甲斐を感じるようになった頃、ボスが入院した。
    大腸がんだという。

    お見舞いに行くと
    ボスは少し痩せたように見えた。
    それでも、私の顔を見ると、
    明るい顔で

    「おう!元気でやってるか?
     すぐに退院するから待ってろ。
     快気祝いは銀座でやるぞ!」

    どんなに遠慮をしても、
    お見舞いのフルーツやお菓子を
    持たせてくれる。
    まるで本当の父の様だ。

    大腸がんはステージ2だった。
    手術は無事に成功して
    三週間もすれば退院できるという。

    自宅療養中は
    毎週ボスの自宅に足を運んだ。
    仕事の進捗報告、という名目で
    ボスの顔を見に行った。

    「そんなにしょっ中うちに来てたら
     デートもできんだろ」

    「残念ながら、そんな人はいません!
     そんな事より、早く良くなって
     仕事に復帰してください
     案件が溜まってますよ!」

    「おい、いつからそんなに
     人づかいが荒くなったんだ?」

    と笑っている。

    奥様の美枝子さんは気さくな人で
    すぐに仲良くなった。

    長ければ二か月かかると言われた
    療養期間もボスの回復力はめざましく
    退院してから一か月で
    職場復帰となった。

    快気祝いは銀座ではなく
    ボス宅でのホームパーティーとなった。

    消化の良い物を腹八分目、
    アルコールは少量。

    徐々に一般食に戻して良いと言っても、
    外食では美枝子さんの目が届かない。
    ランチもなるべく消化の良い物を
    食べるように目を光らせてね、
    そう安奈にこっそり頼んでいた。

    「やれやれ、
     会社にも女房がいるみたいだよ」

    「そんな事言われても、
     ボスには長生きしてもらわないと
     困るんです!」

    ボスの病気をきっかけに、
    石橋家との絆も強くなっていった。

    退院して三ヶ月経った頃。
    ボスの家に呼ばれたあの日。

    玄関先でベルとバロンに
    もみくちゃにされて喜んでいる
    変な男の人がいた。

    その時は知らなかった。

    その人が、
    私の人生を大きく変えることに
    なるなんて。

    (つづく)


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    文月

     
     
    猫と植物と、鎌倉で暮らしています。 1980年代の渋谷や吉祥寺、銀座。 街の匂いと、若かった頃の自分を すくい上げながら。 ときどき、猫と鎌倉のこと。 海辺を舞台にした連載小説 『海鳴りのあとで』を書いています。

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