
フツウの話 第6話
けたたましい音が鳴る。
僕はその音に夢の世界から現実へと引き戻される。
近くでうるさく鳴っていたスマホを掴み、アラームのスイッチを切る。
もうバイトにいく用意をしないといけない。
それはわかっているのだが、頭はぼんやりとしている。
布団の上で仰向けになりながら浅野くんと話をしたことを思い出す。
お酒に酔っていたということもあり、なんだか恥ずかしいことを言ったような気もする。
でもなんだか気持ちはスッキリとしていた。
ただ現実は何も変わってはいない。僕は相変わらずバイトのままだし、佐藤も貫島も輪須もいつも通り、連絡を取ってはいないが冴子もいつものように働いているだろう。
「ねむっ」
僕はひとりつぶやく。
そしてまだ眠りたいという頭を起こす為にゆっくりと体を起こした。
なんでもない普通の日々がまた始まろうとしていた。
※
「お疲れ様です」
僕はそう言ってバイト先から出て、帰り道を歩く。
すでに辺りは暗くなっており、人通りは少ない。
少し歩いて駅前へと差し掛かると、終電間際の電車で帰ってきた人の姿がちらほら見えた。
僕にとってはよく見る光景。そして駅から出てくる人たちにとってもこの時間に帰ってくることは普通のことなのだと思う。
もしかしたら少し飲んできて終電で帰ってきたという人もいるかもしれないけど、それさえもその人にとっては普通かもしれない。
と、僕のスマホが静かに震えた。
ポケットの中から取り出し、画面を見るとそこには「浅野 湊」の文字。
連絡先を交換して数日経つが、連絡が来たのは初めてだった。
僕はその通知を確認するためにスマホの画面を押す。
『仕こと決まった。工場で働くことになったわ。朝早くてだるいけど笑』
表示された浅野くんからの文章をみて僕は苦笑いを浮かべる。
都会に出て夢を追って、戻ってきて工場で働く。これも普通のことなのかもしれない。
僕は指を動かして文字を打ち込んでいく。
『おめでとう。じゃあこの前言ってた約束通り普通に飲みにでも行こう。就職祝いに奢るよ』
送信ボタンを押して僕はまたスマホをポケットに仕舞い込んだ。
特別なことをしたからと言って、必ず望んだような特別なものになれるわけではない。
それに浅野くんは普通になりたいと言っていた。
だから、浅野くんにとってはもしかしたら、今みたいな方が特別なのかもしれない。
家へと歩いているとあの日浅野くんと再会したコンビニが見えてきた。
家に帰る途中にあるコンビニなので毎日目にしているコンビニなのだが、今日はなんだか少し違って見える。
本人は嫌がるかもしれないけど、浅野くんはやっぱり特別なんだと思う。
僕にはそう見える。
それに引き換え、僕は特別にもなれず、普通にもなれていない。
周りが見たら僕が普通だと思う人たちとなんら変わらないのはわかっている。
この街が変わらないのと同じ。
友達も変わらないのと同じ。
僕も変わらないままここにいる。
それをたぶん、僕は普通と呼んでいた。
僕はスマホをポケットからまた取り出す。
そして検索サイトを開き、しばらく画面を見つめた。
何を調べようとしているのか、自分でもよく分からない。
ただ、このまま何も打たずに画面を閉じるのは少しだけ嫌だった。
僕はゆっくりと指を動かす。
打ち込んだ文字は、誰かに見せるほどのものじゃない。
それでも、その文字が僕の普通を変える可能性はある。
僕はまだ、普通にも特別にもなれていない。
それでも明日は来る。
そんなの普通の話だ。
だけど、僕はそんな普通の中で少し前に進もうと思う。
僕は、スマホの画面を押した。
完
#創作大賞2026 #エンタメ原作部門 #短編ドラマ #短編映画 #ヒューマンドラマ