
ねこの道、みつけた(962字)
「ねえ、これ、あそこの自販機にあったやつかな?」
4歳の息子が、道端の空き缶を拾い上げて言いました。
公園まで、歩いて5分。
ブランコに乗りたいと言い出したのは、ほかでもない、この息子です。
なのに、進まない。
空き缶の正体を確かめに、自販機まで引き返す。
横切った猫を追いかけて、公園と反対の方向へダッシュ。
水路に葉っぱを浮かべては、その行方をいつまでも眺めている。
「早く行こうよ」
さっきから私は、それしか言っていません。
このペースでは、ブランコの時間がなくなってしまう。
私は昔から、寄り道をしない人間でした。
学生の頃の卒業旅行。
片道300kmの行程表に、寄り道はひとつもありませんでした。
サービスエリアは、トイレのための場所。
合宿みたいだと、友人たちには呆れられました。
「あっ」
猫を追いかけていた息子が、声をあげました。
木と塀のあいだの、細いすき間。
人ひとり通るのがやっとの、けもの道のような場所。
そこに、猫が吸い込まれていきました。
「ねこの道、みつけた!」
振り返った顔の、得意げなこと。
暑い日でした。
額から、粒のような汗が、きらきら光りながら流れていました。
私には、ただのすき間にしか見えません。
ブランコに着いたときには、もう帰る時間でした。
乗れたのは、たった5分。
これだけ道草をして、お目当てがこれっぽっち。
きっと「もっと乗りたい」とごねるはず。
私は身構えました。
ところが。
5分が過ぎると、息子はぴょんとブランコから飛び降りました。
「よし、帰ろう!」
迷いのない、横顔。
目的地は、たしかにブランコでした。
でもこの子は、家を出た瞬間から、ずっと遊んでいたのです。
空き缶も、猫も、けもの道も。
ぜんぶ。
急かしてばかりいたはずの私も、気づけば、あの葉っぱの行方を一緒に眺めていました。
あの日から、散歩の予定を、ぎっしり埋めるのをやめました。
ときには自分から「こっちの道、行ってみようか」と言ってみます。
不思議なもので、時間に追われる感覚が、前より減りました。
それでも、急ぎそうになる日はあります。
サービスエリアを素通りしていた頃の私が、まだ体の中にいるのです。
そういうときは、思い出すことにしています。
汗まみれの、あの得意顔。
「ねこの道、みつけた!」
もう、ずいぶん昔の話です。
大きくなった息子はいま、私の半歩先を、すたすた歩いていきます。