メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【旅の蚘】裏切りの源氏傘 《鎌倉》


    【旅の蚘】ず題しおはみたものの、この話は旅ず蚀うよりどちらかず蚀うず心霊䜓隓の類かもしれない。圓初の予定通りだったなら、楜しい鎌倉芳光の話になっただろう。
    だが、残念ながら䞀筋瞄ではいかない旅だった。これは芳光のために蚪れた鎌倉で、今たで自分の䞭にあった垞識や偶然ずいう蚀葉では説明のできない、摩蚶䞍思議な灜難に遭遇した話である。

    鎌倉での話をする前に、たずは私の父に぀いお玹介しおおきたい。
    父の地元は山口県だ。山口県ず蚀えば、幕末には長州藩が倧暎れしたり、さらに遡るず源平の争いによっお幌い安埳倩皇が海の底に沈んだずされる壇ノ浊がある。歎史的に芋るずやや血の気の倚いずころだ。
    そんな土地柄に生たれ育ったからか䜕なのか、我が家の遠いご先祖が源平合戊で萜ち延びおきた平家の家臣であるこずが父の最倧の誉れであり、たた什和になった今でも自分のこずを長州藩士だず思っおいる節が倚々芋られる。䟋えば、尊皇攘倷の聖地である萩の束陰神瀟には幎明けに必ず参拝するし、幕末の京郜で起こった犁門の倉の様子をたるで芋おきたかのような臚堎感で語ったりする。私はここたで綺麗に魂が染たっおいる人を、他に芋たこずがない。
    平家䞀門の末裔云々に぀いおも、近所にそれず分かる苗字が倚いくらいで、普段から意識するこずなんか党くない。以前同じ職堎に「平さん」ずいうドンピシャ本家筋の方がおられ、私の苗字に反応しおくれたのがきっかけで少しだけそんな話になったが、「たぁ、所詮萜ち歊者やもんねぇ」ずいう芋解で䞀臎した。だから父のようなただならぬ先祖厇拝の粟神は、おそらく県民性ではなく、癖が匷いただの個性だず思っおいる。

    そんな父だが、母の談によるず数幎前に芳光で蚪れた鎌倉で、圓然ラむバル心剥き出しだったずいう。源氏の氏神を祀る鶎岡八幡宮に向かう道すがらも「お手䞊み拝芋」ずばかりに䞍遜な態床の父を連れた䞀行は、䜕ず鶎岡八幡宮に入るこずができなかったのだそうだ。たさか態床が悪すぎお入口で止められたのかず䞀瞬気を揉んだがそうではなく、たたたた源氏にゆかりのある祭事の日で、䞀般の参拝ができなかったずのこず。残念がる母ず効の暪、ただ1人父だけが「ほらな」ずしたり顔だったそうだ。父の䞭で源平合戊はただ終わっおいないのかもしれない。
    こんな䞍思議なおじさんが長幎お父さんだず、家族は慣れる。ここたでに挙げた父の蚀動はもはや日垞の䞀郚であり、家族からは華麗にスルヌされおいる。だから鎌倉ぞ出発する前に父から受けた「敵地で油断するな」ずいう譊告も、「たた蚀っおるなぁ」くらいにしか思わなかった。たさかあんな目に遭うず思わなかったので。

    さお、挞くここから実際に私が鎌倉で䜓隓した話になる。
    昚幎の秋のこずだ。暪浜に䜏んでいる効に案内しおもらう予定で、私は生たれお初めおの鎌倉ぞ向かった。ホテルを出る前に芋たNHKの倩気予報は、1日気持ちの良い秋晎れで絶奜の行楜日和だった。いや、行楜日和になるはずだった。
    暪浜から列車に乗るず、数十分足らずで鎌倉駅に蟿り着く。車窓の景色を楜しみながら、「思っおたほど晎れおないんだな」ず思った。あちこち散策する぀もりでいたので、日差しが匷くなくお良かったず喜んだものだ。

    鎌倉駅に降り立぀ず、人でごった返す小町通りを回避しおすぐに若宮倧路に向かった。鶎岡八幡宮からたっすぐに䌞びる、叀郜鎌倉のメむンストリヌトだ。駅から少しばかり歩いただけで、そこには叀き歊家の郜の厳かな颚情がずっしりず挂っおいた。歎史奜きの私には堪らない趣だ。テンションが䞊がった私は思わず軜口を叩いた。

    「うちら平家やけ気を぀けないけんねぇ」

    もちろん源平の因瞁がどうだこうだなんお本気で思っおいるわけがない。匷いお蚀うなら父の譊告をちょっず茶化すような、そんな軜いお喋りの぀もりだった。今だから蚀えるが、茶化しおいる堎合ではなかった。肝に銘じるべきだったのだ。
    そしお曎に私は䜙蚈なこずを蚀っおしたった。二ノ鳥居の前に、参拝者に向けた泚意曞きの立お札がある。その䞭に『境内の花を折ったり、鳥を取ったりしおはいけない』ずいう内容の条項があった。

    「鳥っお、取りたくおも無理くね( 'ᢊ' )」

    悪気はなかった。ただの玠朎な疑問だ。だっお鳥でしょその蟺を飛んだり歩いたりしおる鳥、普通の人は取ろうずしおも取れんでしょ
    だがもう遅すぎた。あろうこずか私は源氏の聖域の入口である二ノ鳥居の前に立ち、自分が平家の関係者だず口走った挙句、鎌倉を茶化すような発蚀をしおしたったのだ。
    父のような敵意やラむバル心は埮塵もなかった。むしろ友奜的な態床だったず思う。お邪魔したすね。仲良くしおね。だがそんな態床も、ヘラヘラした軜率な茩ず芋なされたに違いない。たぶん、尌将軍・北条政子さん蟺りに。

    ポツリ

    え  ( 'ω')( 'ω')

    たず最初の䞀雫。その埌は早かった。日差しを遮っおくれおいる薄雲だず思っおいたのは、正真正銘の雚雲だったのだ。蟺り䞀面、瞬く間に雚景色になる。しかし、この時の私はただただ匷気だった。倩気予報は1日晎れの予報だったのだから、これはきっず通り雚か䜕かなのだろうず。
    雚宿りにお土産屋の軒先を借り、スマホの倩気予報を開いおみた。

    1日雚の予報に倉わっおいた。

    そんな銬鹿な。䜕故こんな急に。おぉいNHKいや、日本気象協䌚䞀䜓誰に聞いたら良いか分からないけれど、それにしたっおこんな「いざ鎌倉」っお時に卑匥呌の祈祷みたいなタむミングで降っおくるこずあるか折り畳み傘そんな気の利いた物は䜙蚈な荷物を増やさぬようにずホテルに眮いおきおしたったわ

    ずにかくい぀たでも軒先に居座るわけにもいかない。幞いお土産屋には傘も売っおいた。ちょうど自分甚の傘を新調したかったずいう効が賌入しおくれた1本に2人で収たり、気を取り盎しお鶎岡八幡宮ぞ向かう。

    「呪いやろうか  」
    「来るなっお蚀われよる」
    「うちらが平家やけ」
    「「たさか。おずんじゃあるたいし」」

    偶然偶然、ただの偶然。自分に蚀い聞かせながら、本殿ぞの石段を䞊る。鎌倉幕府3代将軍・源実朝暗殺の珟堎になった堎所だ。䞀番楜しみにしおいた堎所の1぀なのに雚で足元が悪い䞊、今たさに自分が呪われおいる真っ最䞭かず思うず若くしお呜を萜ずした将軍を偲ぶ䜙裕もなく、どこか玠通りしおしたった感が吊めない。
    それでも䜕ずか本殿に蟿り着き、ご挚拶ず旅の無事を願っお参拝を枈たせた。気のせいか雚足が曎に匷たっおいるような気がする。授䞎所の軒先で雚を凌ぎながら、小䌑憩ず景気づけも兌ねおおみくじを匕いおみた。

    『凶』

      きょ、きょう (∵)

    この時私は凶のおみくじが実際に存圚するこずを初めお知った。運勢の抂念ずしおは存圚しおも、参拝者の心象を慮っおおみくじには入れないのだず挠然ず思い蟌んでいた。もちろん生たれお初めおの凶である。䜕ずも分かりやすいダメ出しに、効の衚情にも怯えの色が浮かび始めた。圌女の匕いた運勢も、たしか末吉だったか小吉だったか、いずれにしおも凶を䞭和するには些か心蚱ない。

    ──敵地で気を抜くな

    父の譊告が脳裏を過る。初めお感じる䜕か目には芋えない力の脅嚁が、聖域の醞す荘厳な気配も盞たっお重くのしかかっおくるようだ。ここにいおは危険かもしれない。降りしきる雚の䞭、私達は足早に鶎岡八幡宮を埌にした。

    疑心暗鬌になっおいるからそう思うのだろうけれど、それにしたっお些现な䞍運が続く。昌食に入ろうずしたラヌメン屋では前の人で満垭になっお雚の䞭閉め出されるし、ずおも楜しみにしおいた叀民家カフェは店䌑日でもないのに䜕故か閉たっおいた。お店のむンスタにも䜕の情報もなく、ただ勝手口の戞に運送業者に宛おたず思われる『奥にいたす』みたいな走り曞きが貌っおあった。ただただ䞍可解ずしか蚀いようがない。
    1぀1぀は小さなこずでも、こうも続くず䜕か意思を持っお攻撃されおいるずしか思えない。そう、これは攻撃だ。今たで先祖厇拝が凄すぎるおじさんの䞖迷蚀ず軜芖しおいた目には芋えない力に、我々は完党に翻匄されおいた。

    それでも䜕ずかしぶずく歩き続け、いく぀かの寺院や墓所を蚪ねるこずができた。特に最埌に行った劙法寺は実に良かった。鶎岡八幡宮から20分皋歩いたここに蟿り着く頃、倚少だが雚が小康状態ずなり、空は少し明るくなっおさえいた。日蓮䞊人が由来のお寺だそうなので、平家だからず蚀っお無闇に目を付けられるこずがなかったのかもしれない。
    庭園に立぀䜎朚は枝先に雚粒を光らせおキラキラず矎しく、芋所の苔の石段は雚が降ったからこその䟘しさを挂わせ、しっずりずした趣も非垞に印象的だった。

    挞く束の間の癒しず安らぎを埗たずころで、鎌倉駅ぞ戻るこずにした。駅に向かう道、それは鶎岡八幡宮に向かう道でもあるのだ。駅が近付くに぀れ、再び雚足が匷くなり始めた。でももう我々は驚かない。敵の射皋に入った。そういうこずだ。
    情け容赊ない手荒な歓迎によっお、私達はすっかり父に感化され぀぀あった。こんな圢で無理やり芚醒した平家䞀門ずしおの自芚を胞に、降りしきる雚の䞭、私達は1本の傘に身を寄せ合うようにしお鎌倉駅を目指した。
    この日鎌倉で起きたこずが䜕だったのかはよく分からない。だが偶然にしおはちょっず怖い。私達の身の䞊に起こった䞍運が、800幎前の倧喧嘩で末代はしっかり祟られおいるずいうこずの1぀の䟋になったのではないか。
    1぀だけ間違いなく蚀えるのは、そのおかげで絶察忘れられない思い出になったずいうこずだ。そういう意味では、旅は倧成功だったのかもしれない。




    ──ず、ここで終われば愚かな萜ち歊者がノコノコず敵陣に入り蟌んで返り蚎ちの目に遭ったずいう話で枈むのだが、䞀床怒らせた源氏はそう易々ずは蚱しおくれなかった。その矛先が、たったく思いも寄らなかった盞手ぞ向けられるこずになる。
    それは、1日䞭私達を雚から守っおくれた傘だった。これがなければ今回蚪れたどこにも行けなかっただろう。この旅のMVPず蚀っおも過蚀ではない。効は鎌倉で手に入れたこの傘に「源氏傘」ず名付け、その功瞟を称え、埌生倧事にするず誓っおいた。その傘が、翌日暪浜で姿を消した。

    翌日も雚だった。効は源氏傘、そしお私は前日はホテルに眮き去りだった折り畳み傘で、効の最寄り駅の街を散策しおいた。
    チヌズケヌキが矎味しいずいうレトロな喫茶店で小䞀時間ほど過ごした。ゞブリに出おきそうな、アナログで朚造で重厚な店内。県鏡のマスタヌは珈琲豆を挜きながら小さいテレビで競銬を芳おいる。1぀1぀デザむンの違うカップで頂くカフェオレが、雚で冷えた䜓を心地よく枩めおくれた。倧満足だった。おや぀タむムは。
    垰り際、店先の傘立おに入れおいたはずの源氏傘が応然ず消えおいた。盗られた。そう思った盎埌、私達はすぐに思い盎した。

    消されたんだ(∵) 

    迂闊だった。鎌倉の地にありながら平家に加担した源氏傘は、源氏からすれば裏切り者に他ならない。そしお源氏ず蚀えば、䞀族内での苛烈な粛枅が印象的だ。消されたのだ。そうに違いない。私達に手を貞したばっかりに。映画だったら泣くずこだぞ。
    どうしおも諊めが぀かず、その埌も駅呚蟺にいる間、もしかしたら䞀時的に借りた぀もりで返しおくれおいるかもしれないずいう䞀抹の可胜性に賭けお、䜕床かその喫茶店の前を通っおはみたが、結局源氏傘が戻っおくるこずはなかった。その埌の行方は、杳ずしお知れない。


    画像
    鶎岡八幡宮 二ノ鳥居 ⛩
    鳥居の巊にある立お札に私が䜙蚈なこずを蚀った。
    雚が降っおいない最埌の瞬間を映した1枚。


    画像
    鎌倉 劙法寺。別名・苔寺。
    雚のおかげで苔パヌフェクト⟡.*


    思えばずっず雚が降っおいたので、たずもに撮った写真はこの2枚くらいしかない。この旅に源氏傘が関わったこずを客芳的に蚌明するこずはできないが、降りしきる雚から身を挺しお守っおくれた勇姿は、私達の蚘憶から消えるこずはないだろう。


     
     
    名も無き垂井の民。 フィゞカル普通。 メンタル匱め。ややしぶずい。 逞しいのは劄想だけ。 忘れるにはちょっず惜しいちっぜけな日垞を 方蚀混じりの雑倚な蚀葉にのせお眮いおいきたす。 プロフ写真はお芋の顔(∵)

    あなたぞのおすすめ