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型を知らずに破るな——ある現場長がエンジニアに言い続けたこと

    ※執筆にあたり生成AIとの対話を活用しています。

    失敗がそのまま社会影響につながる技術の現場で長く管理職を務めてきました。ミッションクリティカルな社会インフラシステム開発の現場に近いところにいた時期もあれば、電気設備の現場長として若い技術者たちに語りかける立場にいたこともあります。
    先日、あるきっかけがあって、現場長だったころに自分がエンジニアたちへどんな想いを伝えてきたかを、改めて振り返る機会がありました。今回はその記録として、繰り返し引き合いに出してきた二つの言葉について書いてみたいと思います。**「心技体」と「守破離」**です。


    心技体——三つの柱で考える

    私が現場長だったころ、所是(事業所の掲げる標語のようなもの)として「心技体」を置いていました。
    もともとは武道や芸事の世界から来た言葉ですが、エンジニアの文脈でこう解説していました。

    • 心:エンジニアとしての矜持・倫理観・プロフェッショナリズム

    • 技:テクニカルスキル

    • 体:カラダが資本

    「技」はそのままです。「心」は、「技」のベクトルがどちらに向いているべきかを考えてほしいという想いを込めていました。例えば同じ「システムセキュリティ知識」でもランサムウェア対策として使えば社会貢献ですが、ランサムウェア製造に使えば犯罪に手を染めることになります。「体」は、技術職場では見落とされがちな視点ですが、健全な精神は健全な肉体に宿るということと、管理者として「無理をさせない」という意志表明でもありました。

    守破離——成長のプロセスを語る言葉

    「心技体」と並んで、若いエンジニアへの訓話でよく引き合いに出してきたのが「守破離」です。
    「心技体」が「何を持つべきか」という要素の話だとすれば、「守破離」は「どう育つか」というプロセスの話です。こちらも武道や芸事の世界で語られる言葉です。

    • 守:師や先人の型・ルールを忠実に守る。なぜそうするかより先に、まず型を身体に入れる。

    • 破:守で習得した型を土台に、他流や異なる考えを吸収し、自分なりの工夫を加え始める。

    • 離:型からも師からも離れ、独自のスタイルを確立する。ただし「型を捨てる」ではなく、型が完全に内面化されて意識せずとも自然に出てくる状態。

    この二つを組み合わせると、自然につながります。心技体を備えた人間になるための道筋が守破離だ、という形で。


    型破りと型無し

    守破離を語るとき、若いエンジニアにいつも添えてきた言葉があります。

    型を知らずに型を破るのは、型破りではなく型無しだ。

    歌舞伎の世界でも同じことが言われていて、18代目中村勘三郎さんが好んで語っていたことで広く知られているようです。私はどこかでこの言葉に触れ、感銘を受けてエンジニアの現場に持ち込みました。
    「型破り」と「型無し」は、見た目の行動が似ていても中身がまるで違います。型破りは、守の蓄積の上に立った意図的な逸脱です。型無しは、土台のない逸脱に過ぎない。
    若い技術者が、吹きさらしの屋外においてある設備の挙動を「3σで管理したい」と言います。いわゆる統計的品質管理で使う3σ は確かに一つの考えです。発想自体は悪くない。きちんと勉強してきたのだと思うし、そういう直感は素晴らしい。しかし、その前に考えるべき条件がある。
    そもそも分布仮定が成立するのか?「それは型破りか、型無しか」の想いを載せて「本当に3σでいいのか?」と聞き返すと、たいてい少し考え込みます。否定ではなく自己点検を促す問いかけとして機能するのが、この言葉の力だと思っています。


    エンジニアリングの難しさ——ミクロとマクロの非対称

    ここまで話してきたことの背景には、エンジニアリングという営みへの認識があります。
    エンジニアリングはミクロで見れば、個々の要素は説明できます。しかしマクロでは、一言では言い切れない体系があります。個々の挙動がわかっても、それが組み合わさった全体はマニュアルや教科書には収まりません。
    一方で、これは現場に長くいると実感するのですが人間には、頭で理解する能力に加えて、自分の経験を組織・体系化する能力があります。これは機械にはない力です。
    だからこそ、王道を守る中から正しく自己の中で体系を組み立ててほしい、そしてその積み重ねの先に自然科学的に正しい方法でブレークスルーを創造してほしい——これが守破離に込めた本当の意味でした。


    糸の切れた凧にならないために

    「センスや発想力からバックキャストして技術に接地させる」というアプローチもあります。ビジョン駆動型の発想で、「こうあるべき姿」から逆算して技術課題を定義する方法です。
    これが機能する場面は確かにあります。
    ただし、それが機能するには技術との接地点を見通せる能力が不可欠です。発想がいくら高く飛んでも、技術体系に着地できなければ意味がありません。
    糸の切れた凧、という言葉があります。発想自体は間違っていない、しかし糸が切れているから制御も帰還もできない。結果として現実の技術体系に着地できないのです。
    センスや発想力を否定しているのではありません。それを現実に結びつける技術的素養がなければ、絵に描いた餅になるということです。
    そして、その接地点を見通す能力こそが、守の蓄積から生まれる——というのが、私が現場で繰り返してきた話の核心です。


    おわりに

    「心技体」も「守破離」も、武道や芸道から来た借り物の言葉です。しかし言葉を借りるだけでなく、自分の現場で自分の経験と照合しながら語り直すことで、初めて訓話として息を吹き込めます。
    それ自体が、守破離の実践だったのかもしれないと、今になって思います。

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    長年、社会インフラ系のミッションクリティカルシステムに関わってきたエンジニア/マネジメント職です。志摩野真希というアイコンを通じて、技術、現場、組織、そして時代を貫いて通底する構造や感覚を、少しずつ言葉にしています。

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