メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bydeep_fowl8012

看護垫さんの腕を握りしめた日

    ずうずう、又やっおしたった。
    これたで、調子の良い時も悪い時も隙し隙し身䜓を動かし生掻しお来た。
    私は若い頃、腰怎怎間板ヘルニアず蚺断され30日間入院をした。
    圓時、車の運転さえたたならない状態で、アクセルずブレヌキを螏むのがやっずだった。
    䌚瀟の䞊叞から、あん摩の治療院を玹介され、痛みに耐えながら1時間以䞊かけおその治療院に到着した。
    埅合宀で埅っお居るず癜い服を着た頭のツルツルの先生が出お来た。私は歩くのも困難な状態だず䌝えた。
    先生は私を広い治療宀に案内し、そこには䜕台もの治療台があった。そこで先生の匟子の様な若い人が二人、それぞれ患者さんを治療台に乗せ、足をあげたり揉んだりしおいた。
    私は䜕も分からぬたた、ツルツル先生に促され治療台に乗せられ、そしお、銖蟺りから、背䞭にかけおグリグリず揉んで行く、䜙りの痛さに唞り声を䞊げた、ツルツル先生はそんな事、党く気にもしない、私は内心ダバむこのたたでは壊されるかも・・・ず感じた。
    荒く揉み解すツルツル先生は、少しず぀䞋ぞ移動しグリグリする。ツルツル先生に腰の痛い郚分を䌝えおいた為、その痛い郚分は荒くは、しないだろうず思っおいた。
    少しず぀、その腰の絶察觊っお欲しく無い所に近づいお来る恐怖、それでもこれで腰痛が治るならず思う期埅が入り混じり祈る様な思いだった。
    ずうずうその時は来た、グリグリグリグリ‌
    次の瞬間、芖界が真っ癜に匟け、声を出そうずしおも出せない。私は珟実逃避し茫然ずなった。
    党おの治療が終わり、私は目は虚ろで少しだけ涙が滲んでいた。
    そしお、治療台から降りる瞬間匷烈な痛みず共に厩れ萜ち這い぀くばった。
    それを芋おいたツルツル先生は、私を助ける事無く、そんなに腰が痛かったのか垰っおからストレッチをしなさいだった。
    私は、䜙りの痛みで意気消沈しおいたが、無蚀で色々な凊に捕たりながらやっずの思いで埅合宀たで歩いお行った。心の䞭では、吉本新喜劇より頑䞈なハリセンでツルツル頭をハタきたい殺意を芚えおいた。
    それ以来、あん摩治療院は金茪際行かないず決意した。
    痛みず闘いながら䌑み䌑み車を運転しやっずの思いで垰路に着いた。
    それから次の日、腰の痛みは益々匷くなり仕事を䌑む事ずなった。
    そしお、病院ぞいき敎圢倖科でMRIを撮っお貰った。 脊髄の軟骚が、朰れかけ、ヒョットコのお面の口の様に軟骚の䞀箇所が飛び出おいた。
    敎圢の先生はこの飛び出した郚分が神経を圧迫し炎症を起こしおいるず説明しおくれた。そしお、腰のあん摩は絶察にしおは行けないず蚀った。特に匷匕なあん摩は神経の炎症を悪化させ痛みが増し垰っお悪くなりヘルニアは治らないず蚀われた。
    先生は痛みが匷い時期は炎症を抑える時期で今は安静にしなくおは行けないず蚀い、入院を進めた。私は入院する事ずした。
    ただ、腰が痛いだけで身䜓は健康、䜕ずも情け無い感じで入院をしお週間、痛みで寝れ無い事を先生に蚎えた。先生は
    ブロック泚射なる物を打぀ず蚀った。それは痛みを和らげる泚射ず説明を受け、
    お尻の蟺りから背骚の間に少しず぀針を進める感芚は䜕ずも蚀えない痛みず恐怖だったが、薬を泚入し打ち終わった。
    それから少し時間が経った時、”䜕ず蚀う事でしょう“党おの痛みが無くなり、今たで苊しんでいた事が嘘の様に消えさったのです。
    心の䞭では、䜕故こんな良い泚射もっず早く打っおくれ無かったのかず思いながら、痛みの無い幞せの時間を過ごしたのだった。
    それから䞀週間ぐらい経っおから少しず぀腰の痛みが甊っお来た、私は先生にブロック泚射を懇願した。先生は苊笑いをしお、それは出来ないず蚀った。ブロック泚射は匷い炎症を抑える事が出来るが、短期に倚様するず骚が匱くなるず蚀う事だった。やはり良い物には毒が有るず蚀う事なのかず玍埗した。
    安静を続け入院から30日埐々に痛みは無くなり仕事埩垰出来たのだった。
    入院から䞀幎が過ぎ、䜕ずか仕事をこなしおいたが、又、腰を痛めおしたい歩け無くなっおしたった。職堎では皆んなず同じように、そしお、それ以䞊に動かないず行けないず思っお働いおいた。それが仇ずなり又腰を痛めおしたった。私は皆んなより身䜓が匱い事を改めお自芚した。生たれ持った腰は頑匵っおも鍛えられる物ではなかった。そしお自分の頑匵りは垰っお職堎に迷惑をかける事ずなっおしたった。
    私は入院したくなかった。
    敎圢倖科の先生に盞談するず入院出来ないなら、今レヌザヌ治療ず蚀うのがあり、手術した圓日に垰る事が出来るず説明された。先生に玹介状を曞いおもらい、
    レヌザヌ治療しおくれる病院ぞ行く事ずなった。
    局郚麻酔を撃たれお、ど倪い針を脊怎の軟骚の䞭に打ち蟌んで、レヌザヌを圓お軟骚の䞭を焌く事により、真空にさせお飛び出した郚分を元に戻すず蚀う物で、
    神経の集䞭する凊に針を打぀為、あえお局郚麻酔にしお患者の反応を芋ながら、針を進めお行くず蚀う事だった。
    私は手術台に乗り゚ビの様な䜓制で暪向きになりその時を埅っおいた。
    麻酔を打っおくれるなら、痛くないず鷹を括っおいた私だったが、いざ手術が始たり、針が進むに連れお䜙りの痛さに、そばで先生の助手をしおいた看護垫さんの腕を最埌たで思いっきり握りしめおしたった。針が軟骚に到着しレヌザヌを䜕床か圓おる様な感芚が䜕ずなく分かった。
    手術も無事に終わり、腰の痛みは無くなり垰路に着いた。
    痛みがなくなったのは良かったが、もう二床ずこんな手術したくないず思った。そしお、䜕よりも看護垫さんの腕が気がかりだった、ず蚀うのも私は握力だけは平均より匷かったのだ。あれだけ力いっぱい握りしめればアザになっおいただろう。看護垫さんの腕の痛みはそうずうな物だったはず、それなのに謝るチャンスを倱い垰っお来おしたった。
    ごめんなさい・・本圓にごめんなさい・・・
    手術をしおから、身䜓の䜿い方を改めお、腰をなるべく䜿わない様に心がけお来た。垞に腰の様子を芋ながら、生掻しお来たが、やはり時には腰が痛くなる事も䜕床かあった、そうなっおしたった時にはペヌスを萜ずしお、䜕ずか乗り越えお来た。しかし、ずうずう又やっおしたった。
    あれから、20幎ぐらい経った今、私は再びヘルニアになった。 

     
     
    American bullyの犏ず暮らしおたす。 “超”几垳面犬ずの䜕気ない日垞や、䞀緒に過ごす時間のこずをゆっくり曞いおいたす。 ふず思ったこずや歎史 政治 䞖界情勢など 静かに考えたこずも。 このnoteは 犏の日垞ず歎史や瀟䌚情勢etcの蚘録です。

    あなたぞのおすすめ