
😂じっちゃん、聞いてや!リクエストが来なくなった ― 地元FM局DJ・河野さん編
冬の足音が近づく、十一月末の夜。じっちゃんが古いラジオのダイヤルを、ゆっくり回している。
「じっちゃん、そのラジオ、まだ聞こえるん?」諒太が言う。
「雑音混じりの方が、味があってええったい」
免ちゃんが登場。今日はマフラーをぐるぐる巻いている。「じっちゃん、そのラジオ、博物館行きやろ」
門の方から、コート姿の男性が、マイクのようなものを片手に歩いてきた。コートの襟には、局のロゴが入ったピンバッジがついていた。
「河野といいます。免田さんのお知り合いの紹介で……」
三十代、地元FM局のDJだという。縁側に座ると、マイクをそっと膝に置いた。座ってからも、マイクのスイッチを何度も確認していた。
「リクエストが、ほとんど来なくなってしまって」
「リクエスト、いうんは、聞きたい曲を送るやつやろ」諒太が聞く。
「そうです。今の時代、みんなSNSで自分の好きな曲、すぐ探せてしまう。わざわざラジオ局にリクエストする理由が、なくなってしもうたんです。番組表に穴が空くくらい、静かな放送が続いとります」
河野さんがマイクの持ち手をなぞる。
「先週の放送も、リクエストが一件も来なくて、仕方なく自分の趣味だけで選曲しました。選曲の腕を振るう場が、どんどんなくなっていく気がして。昔は、リクエストの手紙から、その人の背景を想像して、次の曲を選ぶんが、DJとしての醍醐味やったんです。それが今は、ただ音楽を流すだけの機械みたいな仕事になってしもうた気がして」
じっちゃんがラジオのダイヤルを止めた。
「河野さん。わし若い頃、大阪でお笑いの修行しとった時期があるったい」
「お笑い、ですか」
「昔は、寄席に来るお客さんの反応見て、その場でネタを変えたりしたもんばい。せやけど、テレビが普及してから、決まった尺で、決まったネタをやるだけの仕事が増えてきた。カメラの向こうの顔の見えん客に向けてやっとる感覚で、わしも一時期、ただ台本読んどるだけの人形になった気がして、虚しかったばい」
「同じです」
「せやけど、ある時気づいたばい。客席が静かでも、わし自身の間の取り方、声の抑揚、そういう細部にこそ、わしの腕が出せるんやって。リクエストがのうても、あんたの選曲そのものに、あんたの腕は出せるとよ」
「河野さん。リクエストが来んでも、あんたの選曲そのものが、あんたの腕たい。今日の空気、季節、時間帯を読んで曲を選ぶこと自体が、誰にも真似できんあんたの仕事や。届く声がのうても、腕は錆びんとよ」
河野さんが顔を上げる。
免ちゃんが「受け身やのうて、こっちから届けるんやな」と頷く。
諒太も「SNSで、選曲の意図とか裏話、発信してみるのもいいかもですね」と続けた。
「そうですね……リクエストを待つんやなくて、こっちから選曲の物語を発信してみます。今日はなぜこの曲を選んだか、一言添えるだけでも変わるかもしれません」河野さんの表情が少し明るくなった。
じっちゃんが飴ちゃんを一つ、河野さんの手のひらに乗せた。
「これも、届ける腕の、ちいさい証たい」
河野さんが飴ちゃんを握って、笑った。「明日の放送、その気持ちで臨みます」
古いラジオから、かすかな雑音混じりの音楽が流れていた。
「おもろかったら『スキ』押しとき。届ける腕、ここで確かめたったい」