
妻という肩書きを外したとき
夫と一緒に過ごしていると、
ホテルなど、ホスピタリティにあふれる場所で
とても丁寧に接してくださるスタッフの方に出会う。
もちろん、わたしにも。
でも、その優しさの多くは 「○○様の奥様」として向けられていることを どこかで感じていた。
ある高級ホテルに、
いつも笑顔で夫を迎えるドアマンの女性がいる。
夫の姿を見ると、
彼女の表情がぱっと明るくなり、
軽やかな足取りでこちらへ駆け寄る。
「○○様、おかえりなさいませ。」
「○○様、行ってらっしゃいませ。」
その声はよく通りながらも柔らかく、
耳に心地よく残る。
まるで長年の知人を迎えるような、
温かさと敬意が絶妙に混ざったトーン。
その姿を見ながら、 わたしはいつもひとつのことを感じていた。
彼女は、わたしにあまり視線を向けない。
視線はまっすぐ夫へ向かい、
まるでそこにいるのは
夫だけであるかのようだった。
そして、わたしが一人でホテルを訪れた日は、
あの弾むような足取りも、
特別な声のトーンもなく、
落ち着いた表情で軽く会釈をし、
「いらっしゃいませ。」
と、静かに言葉を添えるだけだった。
その声は丁寧でありながらも、
どこか距離を保った、
均一で穏やかな響きだ。
人によっては、 少し寂しく感じたり、 不快に思ったりするのかもしれない。
でも、わたしは違った。
なぜだろう。
考えてみると、
彼女はわたしを
「○○様の奥様」として扱っていなかったのだ。
夫の肩書きの延長ではなく、
夫とは別の存在として見てくれている。
そのことが、なんだかうれしかった。
夫がいなければ存在しない人ではなく、
わたしは、わたし。
誰かの妻であることは、
大切なわたしの一部。
でも、それがわたしのすべてではない。
そう気づかせてくれた彼女に、
今日も静かに感謝している。