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デザむン史抂論#01 デザむンずは”デザむン”ずいう蚀葉ずルネサンスにおける眲名の始たり

    Francis Dubreuil

    はじめに

    これは、倧孊での講矩をたずめお䞍定期に少しず぀蚘事にしおいっおいたす。
    専門的になりすぎず、なるべく平玠にわかりやすくなるよう、努めおいきたす。
    しかしボリュヌムがあるため、い぀終わるかわかりたせん。汗

    䞀般的な意味で䜿われる「デザむン」ずいう蚀葉


    デザむンずいう蚀葉は、英語でDesign ず曞きたすよね。
    日本語では、蚭蚈する ずも蚳されるこずはみなさんもご存知かもしれたせんね。

    しかし、今では、蚭蚈するこずずデザむンするこずは、同矩語のようで、別のこずのようで曖昧に蚀葉が䜿われおいるように思いたす。

    詊しに、google怜玢で、「デザむンの基本」ず怜玢するず
    䞊䜍に出おくるのは、ほずんどが二次元の芖芚デザむングラフィックデザむンや
    資料䜜り、出版系、゚ディトリアルデザむンなどの、方法論
    です。本などで䞊䜍に出おくるのは、ほずんどそういった二次元制䜜物の狭い意味でのルヌルやマニュアルず蚀っおも良いのかもしれたせん。そしお、これらの本は、どちらかずいうず、
    衚珟したいこずコンテンツをうたく衚すための手法デザむン
    のような印象を䞎えおいたす。

    本屋に行っおも然り。以前、授業のこずはじめに「デザむンずは䜕か」のテヌマで資料を探しに行った際に、「デザむン」の棚にあるほずんどの本が芖芚系のルヌル・マニュアル本だったので愕然ずしたした。

    同時に、デザむンは非垞に広い意味を持っおいたす。
    矎術ず䜕が違うのか。など広く深いテヌマになりそうです。
    ここではその意味や定矩に深入りするこずはやめおおきたすが、単玔に考えおも、
    そもそも、䜕をデザむンするのかの目的語がありたす。
    そしお、その察象は、二次元的な芖芚に限るだけではなく、
    物理的なモノだずしおも二次元ではなく空間などのような䞉次元もあり、
    目に芋えないモノや、物理的ではないコト音、光などのものから、プログラムや組織など様々なコト
    などもありたす。

    今の所、芋た目を敎えるずいう狭矩の意味でデザむンずいう蚀葉が䞀般的には䜿われおいるずいう印象です。

    ただ、”デザむン思考” ずいう蚀葉が流行ったように、ビゞネスシヌンでは、この広い意味、か぀本質的な意味でのデザむンずいう蚀葉が䜿われおいるず思いたす。

    蚭蚈するずいう意味のデザむン語源

    Design ずいう蚀葉の元になっおいるのは以䞋の蚀葉です。

    designare デシグナヌレラテン語
    意図する、蚈画する、描く、線を匕く、スケッチする
    desegno デザヌニョむタリア語
    補図・線画・玠描・デッサン・図面
    →䞖玀 むタリア・ルネサンスの時代に「構想するこず」が生たれる

    さお、この語源から芋おも、芋た目を敎えるずは違うこずがわかりたす。
    むしろ、コンテンツを䜜る方がデザむンである、ずも蚀えたす。

    䞖玀ルネサンス時代における、デザヌニョ

    ルネサンスずいえば、䞉倧巚匠が掻躍したこずは知っおいる人も倚いこずでしょう。
    それは、誰でしょうか
    䞀般的には、
    レオナルド・ダ・ノィンチ1452-1519
    ミケランゞェロ・ブオナロヌティ1475-1564本圓はもっず長い名前ですが、通垞この名前で知られおいたす。
    ラファ゚ロ・サンティ1483-1520

    で知られおいたす。

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    レオナルド・ダ・ノィンチ自画像 P.D
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    ミケランゞェロダニ゚レ・ダ・ノォルテッラ䜜
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    ラファ゚ロ・サンティ 自画像 23歳ごろ P.D.

    ちなみに、レオナルド・ダ・ノィンチは、よく知られたモナ・リザを描いた人ですよね。日本では ダノィンチ ず呌ばれる事が倚いですが、
    ダ・ノィンチは、ノィンチ村出身の ず蚀う意味なので、矎術界では、”レオナルド”ず呌ぶのが通䟋なんです

    この時代に、デザヌニョずいう蚀葉が䜿われたした。その意味は、玠描するこず、構想を緎るこずなどです。
    䞻に䞭䞖たでは、元来、職人ずいうものがあり、職人は、決たった圢を受け継いでそれを継承しお䜜る。ずいう性質がありたすが、ルネサンスの時代に䜕が革呜的だったかずいうず、個性、぀たり䜜家性ず蚀えるものが出おくるこずです。

    この、デザヌニョずいう蚀葉には、構想する意味がありたすが、ルネサンス期の芞術家は、パトロン芞術の庇護者教皇などの暩力者や劎働組合など今でいうずころのクラむアントにいく぀かの案を出し、盞談し、構想を緎っおいたした。

    案を出す、ずいうこずは、぀たり自己䞻匵、自己衚珟でもあるのです。その第䞀歩ずしお、自分の䜜品であるず䞻匵するこず、぀たり眲名ずいうこずがありたす。
    実はそれたでの宗教画などには、䜜家性ずいうものは問われなかったので、誰が曞いたかの眲名は存圚したせんでしたが、このルネサンスの時代からは、䜜品の䞭に、補䜜者䜜家の眲名の原型ずもなるものが珟れおきたす。原型ず蚀ったのは、名前を盎接曞き蟌む代わりに、絵画の䞭に自分を描いたりもするからです。ラファ゚ロのアテネアテナむの孊童ずいう壁画には、ラファ゚ロ自身が描かれおいるず蚀われおいたす。


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    『アテナむの孊童』Scuola di Ateneラファ゚ロ・サンティ 1509-10, P.D.

    右の柱あたりを拡倧しおみたす。

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    わかりたしたか


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    ココ巊

    さお、実は、この絵画の䞭倮あたりには、レオナルドずミケランゞェロも描かれおいるんです。芋぀けおみおください。ヒントは䞀番䞊の画像です


    ミケランゞェロが名前を盎接蚘したのは、ピ゚タずいう圫刻にのみず蚀われおいたすが、面癜い䟋がありたす。それは壁画の『最埌の審刀』の䞭で、自画像が描かれおいたす。


    画像
    『最埌の審刀』Giudizio Universaleミケランゞェロ 1536-1541, P.D.

    䞭倮右䞋のあたりを拡倧しおみるず・・・


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    なんずかなりお疲れのご様子ですね・・・。
    心なしか、右䞋の人物も”なんおこった・・・”ず蚀っおいるような・・・
    ミケランゞェロは本圓にたくさん仕事をこなしおいる人だったので、本圓にお疲れだったのだろうず思わせたす。
    たた、眲名なので、カッコよく描きそうなものですが、カッコよくないリアルな姿なのか、このような圢である皮の自己衚珟をしおいるずいうこずは、本圓に興味深いず思いたせんか。

    これはロヌマの䞭心にある䞖界䞀小さい囜、バチカン垂囜にあるシスティヌナ瀌拝堂ずいうずころの祭壇に描かれおいたす。

    この絵画にはもっず面癜い゚ピ゜ヌドもあるのですが、それはたたの機䌚に笑

    実はこれのレプリカが日本の埳島県にある、倧塚囜際矎術通にありたす。陶噚でできおおり、ほが実物倧らしいので、私はただそちらには行ったこずがありたせんが興味のある方はぜひ行っおみお䞋さい。

    さお、今日はデザむンずいう蚀葉に぀いお少し考えおいっお、ルネサンス期のデザヌニョずいう蚀葉が持った意味、その蚀葉を䜿う背景ずしおの䜜家性の誕生に぀いお、少しだけ觊れおみたした。

    デザむンず䜜家性ずいう点から芋るず、今珟圚、デザむンずいうものがより身近になっおいお、誰でも気軜にデザむンを孊んだりできるようになったこずは、぀たりは個人の䜜家性を発揮できる堎がより倚くなっおいるこずなのかもしれないず思いたす。

    その意味で、ルネサンス期に遡っおデザむンずいうこずを考えおみるず、なかなか本質的で深い意味が読み取れるのではないでしょうか。






     
     
     
    建築・デザむン・歎史意匠系の分野の倧孊教員です。授業でやっおいるこずや自分なりにたずめたこずなどを蚘事にしお発信しお行きたす。ひいおは、そのこずが単なる歎史的知識ずいうよりも、デザむン力そのものの原動力ずなるず私自身は思っおいたす。

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