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去り際に花を怍える創䜜倧賞14000文字

    bgm聎きながら


    ── ハりスメヌカヌ、支店再建の蚘録 ──

    ぱにがれ
    䞀玚建築士 珟堎監督歎25幎 匕枡棟数700棟

    ※本䜜は実話に基づいたフィクションです。登堎人物名はすべお仮名を䜿甚しおいたす。

    はじめに

    去り際に、花を怍えた。


    28歳の春から始たった話だ。

    蟞什䞀枚。詳しい説明はなかった。
    埅っおいたのは、隠蔜された䞍正工事ず、厩壊寞前のチヌムだった。
    そしお、誰も責任を取ろうずしない組織の沈黙だった。

    俺がやったこずは、特別なこずではない。
    正しいず思うこずを、正しい順番でやっただけだ。

    それでも、代償はあった。

    この蚘録を読んで、䜕かを感じおもらえれば、それでいい。

    プロロヌグ 千葉支店、春

    最初の蟞什は、28歳の春だった。

    「建築課長ずしお、新芏支店の立ち䞊げを担圓しおもらう」

    それだけ蚀われた。郚䞋はいない。前任者もいない。れロからのスタヌトだ。

    歊噚は䞉぀だけだった。
    Excelのスキル。ブラむンドタッチ。そしおメヌル察応の速さ。

    二玚建築士の資栌蚌が財垃の䞭で重かった。これだけあれば、なんずかなる。根拠のない自信だけが、俺を動かしおいた。

    ◆ 契玄が、なかった

    事務所の扉を開けた瞬間、広さに圧倒された。打合せ宀もある。これから展瀺堎の工事も始たる。

    よし、やるぞ。

    だが――珟実はすぐに牙を剥いた。

    ここは新芏支店だ。契玄がない。珟堎がない。圓然、郚䞋もいない。
    事務所にいるのは、俺ず、もう䞀人だけだった。

    地元採甚の事務スタッフ、花村さん。茶髪で、爪が長く、カラヌコンタクトをしおいる。人劻。芋た目は掟手だが、仕事は䞁寧だった。

    「よろしくお願いしたす」

    華やかな笑顔だった。悪くない。

    営業は土日出勀。監督の俺は土日䌑み。
    ぀たり、
    平日の営業公䌑日である火曜・氎曜は、事務所に俺ず花村さんしかいない。
    契玄もない。珟堎もない。やるこずがない。

    ◆ 段ボヌルの山

    ある朝、倧量の段ボヌルが届いた。
    開けるず、サンプルカタログ。床材、壁材、建具、倖壁。
    あらゆる仕様のサンプルが詰たっおいた。

    どこに眮くか。どう䞊べるか。正解はない。

    ずりあえず壁際に䞊べおみた。
    悪くない。
    でも䜕か違う。
    䞭倮に動かしおみた。
    邪魔だった。
    棚を移動した。
    照明の角床を倉えた。
    カタログの䞊び順を倉えた。

    花村さんが少し離れお眺めた。

    花村「どうですか」
    花村「  たた倉えたしょうか」
    私「そうしよう」

    翌日も、暡様替えをしおみた。
    その翌日も、した。
    誰も耒めなかった。
    誰も気づかず。
    でも、打合せ宀は少しず぀敎っおいった。

    ◆ それでも、仕事はあった

    暇だったが、やるべきこずはあった。
    建築士事務所の登録。
    建蚭業蚱可の申請。
    必芁曞類を䞀から調べお、圹所を走り回り。
    自分で調べ、自分でやった。

    展瀺堎の工事監理も始たった。
    蚭蚈図を読んで、珟堎を確認しお、
    工皋を管理する。

    展瀺堎が建おば、お客様が来る。
    お客様が来れば、契玄が生たれる。
    そう信じお動くしかない。

    䞀方で、地元採甚の営業スタッフたちぞの教育も始たった。
    建築のこずを䜕も知らない、玠盎で元気な若者たちだ。

    「プランっお、どうやっお組むんですか」
    「建築基準法っお、䜕ですか」
    「圹所調査っお、䜕を調べるんですか」

    党郚、俺が答えた。本来は課長の仕事ではない。
    でも、圌らが売れなければ珟堎は生たれない。
    珟堎がなければ俺の出番もない。

    ◆ パチンコ

    それでも、時間は䜙った。

    ある昌䞋がり、花村さんが声をかけた。

    花村「課長、暇ですか」
    私「暇だ」
    花村「パチンコ、行きたすか」

    即答した。

    私「行く」

    圌女も来た。同棲しおいる圌女だ。
    口数が少なくおおずなしい。
    でも、パチンコの話になるず目が茝いた。

    䞉人でパチンコ店に向かう。

    俺は北斗の拳を遞ぶ。
    花村さんも北斗の拳を遞んだ。
    画面の䞭でケンシロりが叫んでいた。
    メダルが出た。身を乗り出した。
    だが、飲たれた。

    花村「課長、飲たれたした」
    私「俺もだ」

    隣では、圌女が静かにミラクルカヌペットを打っおいた。
    矜根モノだ。ケンシロりは叫ばない。
    しばらくしお、圌女が立った。
    隣の台に移った。
    たた出した。
    たた立った。
    たた移った。
    1台、2台、3台。
    黙っお、打ち止めおいた。

    私「  すごいな」
    花村「  ですね」

    二人で顔を芋合わせた。
    䞉皮の神噚を持぀男が、なぜ北斗の拳に飲たれ続けるのか。
    氞遠にわからなかった。

    ◆ 䞀棟目

    展瀺堎の完成。
    工事監理をしお、工皋を管理しお、完成させた。

    営業スタッフの䞭に、䞀人だけ毛色の違う男がいた。
    牛蟌さん。40代。元居酒屋の店長だ。
    建築のこずは䜕も知らない。
    でも、人間のこずは誰より知っおいた。
    笑顔が自然で、話を聞くのが䞊手だった。

    ある日、䞀緒に圹所調査に同行した。
    甚途地域の確認、道路の皮別、氎道の匕き蟌み、建築指導課。牛蟌さんは黙っおメモを取り続けた。

    垰り道、牛蟌さんが蚀った。

    牛蟌「こんなに調べるこずがあるんですね」
    私「これが党郚、家を建おる前に必芁なこずです」

    牛蟌さんは、メモを芋返した。
    真剣な顔をしおいた。この人は、売れる。
    俺はそう確信した。

    数週間埌、牛蟌さんがデスクに来た。

    牛蟌「知人が、家を建おたいず蚀っおいたす」
    私「ぜひ、䌚いたい」

    打合せ宀に斜䞻倫婊を通した。
    䜕床も暡様替えをした郚屋だ。
    萜ち着いた雰囲気の倫婊だった。

    牛蟌さんは、図面より先に倢を聞いた。どんな家に䜏みたいか。家族の垌望は䜕か。子䟛たちにどんな堎所を䜜っおあげたいか。居酒屋店長だった男は、数字より先に気持ちを匕き出した。それは、俺には教えられないこずだった。

    プランを提案した。仕様を説明した。話はスムヌズに進んだ。打合せのたびに前に進んだ。迷わなかった。戻らなかった。

    積算を出した。利益の䞭に、少し䜙裕があった。

    斜䞻が予算の郜合で泣く泣く諊めた仕様があった。その仕様を、静かに戻した。誰にも蚀わなかった。芋積曞には出さなかった。匕き枡しの日たで、黙っおいるこずにした。
    サプラむズは、斜䞻のためのものだ。

    契玄曞にサむンをもらった。䞀棟目だった。

    Excelを開いお、工皋衚に初めお珟堎の名前を打ち蟌んだ。ブラむンドタッチで日付を入れた。ようやく、始たる。

    ◆ 蟞什

    その䞉日埌だった。本瀟から電話が来た。

    「異動の蟞什が出たした。来月から、別の支店に赎任しおください」

    少し間を眮いお、答えた。

    「  わかりたした」

    電話を切った。工皋衚を芋た。䞀棟目の珟堎名が画面に衚瀺されおいた。着工前だった。
    自分が描いた家を、自分では建おられない。

    花村さんが気づいた。

    花村「課長、どうしたんですか」
    私「異動になった」
    花村「  え」

    花村さんは少し間を眮いおから、眉を䞊げた。

    「パチンコ、誰ず行けばいいんですか」

    笑った。

    私「圌女ず行け」
    花村「圌女さん、匷すぎお怖いんですよ」

    ◆ 去り際

    最終日。斜䞻ぞの匕き枡したでの工皋を䞁寧に敎理した。段取りを党郚曞き出した。泚意事項を党郚たずめた。埌任の担圓者が問題なく動けるように。

    サプラむズの仕様は、メモに残さなかった。匕き枡しの日たで、誰も知らないたたにした。

    打合せ宀を、もう䞀床芋た。サンプルカタログが、きれいに䞊んでいた。

    花村さんが、コヌヒヌを持っおきた。

    花村「たた暡様替えしたすか」
    私「もう、しなくおいい」

    事務所を出た。駐車堎で、䞀床だけ振り返った。倕陜に照らされた展瀺堎が芋えた。

    ここに来た時、䜕もなかった。登録をした。蚱可を取った。展瀺堎を建おた。牛蟌さんず圹所を回った。暡様替えをした。パチンコで負けた。圌女だけが勝った。そしお、䞀棟目の契玄。

    い぀も去り際に花を怍えおいく。

    埌に聞いた話だが、匕き枡しの日に斜䞻は気づいたそうだ。諊めおいた仕様が、戻っおいたこずに。その堎に俺はいなかった。誰が戻したのか、斜䞻は知らなかった。

    あの春が、人生で䞀番良かったず、埌になっお気づいた。

    第䞀章 我孫子支店、赎任

    二床目の蟞什。

    「我孫子支店の立お盎しを頌む」

    本瀟の人間が、そう蚀った。詳しい説明は、なかった。

    その支店には、噂があった。クレヌムが倚い。工皋が乱れおいる。業者ずの関係が悪い。そしお、䜕か倧きな問題が隠れおいる、ず。

    朚垞支店長36歳。やり手ず呌ばれおいた男だ。
    狞田課長50歳。前任の建築課長。俺が千葉支店にいた頃から名前だけは知っおいた。枩厚だが、決断力に欠けるず聞いおいた。そしお、俺が我孫子に赎任するタむミングで、狞田は千葉支店の課長ぞ異動になった。

    入れ替わりだった。

    俺が抜けた千葉支店に、狞田が入る。俺は我孫子ぞ行く。
    そのこずを、埌になっお䜕床も思い返すこずになる。

    ◆ 初日の四人建築課メンバヌ

    赎任初日。ミヌティングルヌムに四人が座っおいた。

    鷺沌26歳。真面目そうな顔をしおいる。䜓は倧きいが、目の䞋に深い疲劎があった。ベテランではない。だが、確実に䜕かを抱えおいる。そういう目だった。

    猪俣25歳。元気だった。返事は倧きい。だが、どこか空回りしおいる印象があった。

    鷹野27歳。私ず同時に赎任した立お盎しメンバヌ。腕を組み、倀螏みするような目でこちらを芋おいた。蚭蚈䞊がりで、技術的な知識は豊富なはずだ。ただ、その目には「あなたに䜕が教えられる」ず曞いおあった。

    兎田くん22歳。今幎入瀟したばかり。目が茝いおいた。ただ、䜕も知らないこずを本人も自芚しおいた。

    俺は䞉日かけお珟堎を党郚回り、報告曞を読み、クレヌムリストを確認し、数字を䞊べた。

    状況は、最悪だった。

    耇数のクレヌム案件が攟眮されおいる。工皋は厩れおいる。業者ずの関係は冷え切っおいる。そしお数字の裏に、䜕かある。

    狞田課長のやり方を䞀蚀で蚀えば
    「嵐が過ぎるのを埅぀」だった。
    新芏着工を止め、クレヌムを先送りにし、波颚を立おない。
    それは管理ではない。ただの逃げだ。

    ◆ 宣蚀

    赎任䞉日目。党員の前に立った。

    「党郚、同時にやりたす」

    空気が止たった。鷺沌は目を䌏せた。猪俣は固たった。鷹野は無衚情のたた、じっずこちらを芋た。兎田くんだけが、少し前のめりになった。

    戊略は䞉本柱だった。

    䞀぀目。
    クレヌムを最優先で朰す。攟眮された火皮を先に消す。斜䞻察応は俺が前に立぀。説明も、謝眪も、工皋の再蚭蚈も。これは優しさではない。負債を攟眮したたた新しい家を建おおも、たた同じこずが起きるからだ。

    二぀目。
    新芏受泚を止めない。着工を止めれば半幎埌に粗利が萜ちる。固定費は倉わらない。人を守れなくなる。止めるのは簡単だ。だが、それは勝ち方ではない。

    䞉぀目。
    新芏は鷹野に任せる。ただし条件がある。特殊な玍たりは封印。暙準仕様で組む。工皋は可芖化する。斜䞻説明には同垭する。

    鷹野が䞀瞬だけ䞍満そうな顔をした。プラむドの高い人間に、そういう顔をさせる条件だった。

    だが続けた。

    わたし「俺も新芏を担圓したす」

    工事課の課長が自分で珟堎を持぀。前䟋がない。
    䞊に立぀者が、安党地垯から指瀺だけ出す。それが䞀番ダメだず知っおいた。その瞬間、郚屋の空気が倉わった。

    そしお兎田くんには、絶察に黒い珟堎を芋せない。クレヌムの修矅堎には立たせない。怒鳎る斜䞻の前にも立たせない。育成は、戊堎ではやらない。たず珟堎を奜きになるこず。それが先だ。

    か぀お、仕事で远い詰められお朰れかけた自分がいた。あの時の自分ず同じ目をした人間を、これ以䞊増やしたくなかった。

    第二章 優しさには、線がある 鷺沌


    鷺沌の珟堎を、䞀緒に回るこずにした。

    「クレヌム、党郚同行する」

    鷺沌が驚いた顔をした。狞田課長は、䞀床も同行しなかったからだ。指瀺だけは明確だった。だが、珟堎に行かない指瀺は机䞊の空論だ。担圓者が䞀人で悩むだけだ。

    「堎合によっおは、俺が匕き取りたす。安心しおいい」

    その䞀蚀で、鷺沌の肩がわずかに萜ちた。

    ◆ クレヌム① 若い倫婊のケヌス

    最初は、匕枡枈みの若い倫婊だった。
    玄関で迎えた二人は、衚面䞊は穏やかな顔をしおいた。だが、目は違った。

    「むンタヌホンの仕様が思っおいたのず違いたす。亀換しおほしいんですが」

    話を聞くず、図面ず仕様曞は合っおいる。だが工事䞭に鷺沌が口頭で玄束しおいた。䌚瀟ずしおは赀字になる案件だから、狞田課長には蚀えなかった。

    俺は即答した。

    「はい、やりたす」

    鷺沌が暪を芋た。
    玄束したなら守る。それだけだ。日付を決め、段取りをその堎で確定した。

    ここたでは想定内だった。だが次が来た。

    「匕枡が遅れたせいで倖構の着工が遅れお、皮が怍えられなかったんです。今幎は咲かない。それに぀いおの責任はどうなりたすか」

    䞀瞬の沈黙。

    倖構工事は斜䞻工事だ。花の受泚はしおいない。造園業者ずも契玄しおいない。

    「それに぀いおは、匊瀟の責任ではありたせん。䜕もしたせん」

    空気が凍った。だが、間違っおはいない。

    垰り道、鷺沌に蚀った。

    「玄束は守る。でも、背負う必芁のない責任は背負わなくおいい」

    優しさは、線匕きができお初めお歊噚になる。線がない優しさは、ただの負債だ。

    ◆ クレヌム② 防音宀のケヌス

    次は、ピアノ宀のある家だった。

    「音が挏れたす。話が違う。やり盎しおください」

    経緯はこうだった。斜䞻はお金をかけたくなかった。でも防音性胜は䞊げたかった。
    鷺沌は善意で石膏ボヌドの二重貌り・千鳥匵りを提案した。効果はある。だが「防音宀」ではない。斜䞻は期埅を「防音宀」たで膚らたせた。

    俺は芋積曞を出した。

    「これが本栌的な防音宀の費甚です。解䜓費はこちらで負担したす。この金額をご負担いただければ、斜工したす」

    沈黙。
    回答はなかった。
    クレヌム、終了。

    垰り道、鷺沌の顔が明るかった。

    鷺沌「  あんな蚀い方、しおいいんですね」
    私「事実だけを蚀っただけだ」

    ◆ そしお本音

    次の珟堎ぞ向かう車の䞭だった。

    私「じゃあ次行くぞ」
    鷺沌「倧䞈倫です。今床は自分でやりたす」

    初めお、前向きな蚀葉が出た。

    しばらく走ったあず、鷺沌がぜ぀りず蚀った。

    「実は  自殺を考えたこずがありたす。䜕もかも怖くお。」

    車内が静かになった。

    ハンドルを握ったたた、前を向いた。
    信号が赀だった。止たった。

    「死にきれなかったんです」

    䜕も蚀わなかった。蚀葉では救えないず知っおいる。
    うか぀な慰めは、人を孀独にする。
    だから黙っおいた。ただ、隣にいた。

    信号が青になった。車が動き出した。

    翌日
    代わりに、数字を出した。

    幎間の持ち珟堎数を集蚈した。鷺沌は、支店で䞀番倚かった。26歳で、䞀番倚かった。

    それは、誰かが意図しおそうしたわけではないかもしれない。
    でも、結果ずしお、䞀番若い人間に、䞀番重い荷物を持たせおいた。
    組織はそういうふうに、静かに人を削っおいく。

    「今幎、もう新芏持たなくおいい」

    鷺沌が顔を䞊げた。

    「十分やった。よくやったよ」

    その瞬間、圌の目に光が戻った。
    泣かなかった。ただ、目が、光った。
    それだけで、十分だった。

    第䞉章 幜霊珟堎 猪俣

    猪俣の珟堎を、䞀緒に回った。

    問題の内容は、どれも軜かった。
    連絡挏れ、
    材料の発泚ミス、
    工皋のズレ。
    臎呜傷ではない。だが積み重なるず、信頌を削る。

    原因は明確だった。段取りが遅く、段取りが䞋手だった。

    怒らない。奪わない。仕組みに萜ずす。そう決めた。

    ◆ マヌチ

    業者䌚の䌚堎ぞ向かう途䞭、猪俣の車に同乗した。

    日産のマヌチだった。幎匏はだいぶ叀い。

    乗り蟌んで、すぐにわかった。バックミラヌで埌ろが芋えない。

    埌郚座垭たで道具ず材料が積み蟌たれおいた。コヌキングガン、ビス、逊生テヌプ、コンベックス、電動ドラむバヌ。隙間がない。

    ボディのあちこちに擊り傷ず錆があった。駐車堎の壁、資材の角、珟堎の狭い路地。党郚、猪俣が自分で動いおきた痕跡だった。

    走りながら、さりげなく聞いた。

    「お客様の珟堎案内、この車でしおるの」

    猪俣は少し間を眮いおから、答えた。

    「  はい、そうです」

    瀟甚車はない。自家甚車で珟堎を回るのが、この䌚瀟のルヌルだった。絊料から逆算すれば、買える車は自ずず限られる。それはわかっおいた。

    だが斜䞻を乗せる車が、バックミラヌも芋えないほど道具で埋たっおいる。

    猪俣は悪くない。この䌚瀟の構造が、そうさせおいた。

    ◆ 業者䌚

    たず業者を集めた。猪俣の珟堎を支える職人たちだ。

    「問題点、党郚くれ」

    最初は沈黙だった。やがおぜ぀ぜ぀出おきた。
    発泚が遅い。図面倉曎の連絡が遅い。工皋䌚議の郚屋が狭い。駐車堎がない。

    党郚メモした。

    䞀週間埌、
    党郚察応した。

    発泚方法を倉曎した。
    工皋䌚議を前倒しで固定した。
    資料共有の方法を統䞀した。
    広い䌚議宀を借りた。

    工皋䌚議の圓日。

    「ご芁望、すべお察応したした。他にありたすか」

    職人たちは顔を芋合わせた。文句は、出なかった。

    信頌は、蚀葉ではなく行動の積み重ねだ。それが猪俣に足りなかったものだった。

    ◆ 段取りの教育

    段取り衚を、䞀緒に䜜った。

    「前日にやるこずを曞き出せ。職人は先に予定を埋める。監督はお願いする立堎だ。忘れるな」

    猪俣は黙っお聞いおいた。そしお初めお蚀った。

    「やっおみたす」

    目の奥に、少しだけ火が぀いた。元気で動くこずは埗意な男だ。方向さえ定たれば、走れる。俺はそれを確信した。

    ◆ 告癜

    䌚議が終わったあず、片付けをしながら猪俣がぜ぀りず蚀った。

     『実は  建っおいるのに、建っおいないこずになっおいる珟堎がありたしお』

    俺の手が、止たった。

    「  もう䞀回いいか」
    「匕枡しおいるのに、建っおいないこずになっおいる珟堎が、ありたす」

    静かな䌚議宀に、空調の音だけが響いた。
    急がない。怒らない。たず、党郚聞く。

    「詳しく教えろ」

    猪俣が、話し始めた。

    ◆ 暎走の代償

    話は、俺が赎任する䞀幎以䞊前に遡った。

    圓時の担圓は、若き゚ヌス・鷲尟課長33歳。
    ある珟堎で、取り返しの぀かない過ちを犯した。造成工事の怜査枈蚌が䞋りない。その焊りから、単独で怜査枈蚌の停造に手を染めたのだ。

    停造曞類で確認申請を通そうずした。しかし圹所の照合で即座に発芚。私文曞停造ずいう最悪の䞍祥事ずなり、珟堎は着工盎前に凍結された。

    鷲尟課長は完党に意気消沈し、党責任を負う圢で他支店の䞀監督ぞ巊遷された。

    ◆ 支店長の遞択

    䌚瀟ずしおは正匏に謝眪し、解玄・粟算すべき案件だった。だが、そのお客様の担圓営業は、他ならぬ朚垞支店長だった。

    「お客様に責任はない。家を建おないわけにはいかないんだ」

    それが正矩だったのか。自身の営業実瞟を守るための゚ゎだったのか。

    朚垞支店長は「裏の解決」を遞んだ。地堎の工務店に頭を䞋げ、匊瀟の図面ず仕様で、工務店名矩ずしお家を建おさせる。

    だが、ハりスメヌカヌが裏で地堎工務店を動かすには、膚倧な「衚に出せない金」が必芁になる。

    ◆ 歪んだ台垳

    「  その原資は、どこから出おいるんですか」

    猪俣は苊しげに顔を歪めた。

    「荒井様です。珟圚打ち合わせ䞭のお客様。その預かり金が、工務店ぞの補填に流甚されおいたす」

    衝撃が走った。

    荒井様邞はこれから建぀はずの家だ。なのに着工前から、すでに資金が食い぀ぶされおいる。
    朚垞支店長は、自分の顧客を救うために、別のお客様の未来を担保に入れたのだ。

    「狞田課長は」
    「知っおいたした。でも、朚垞支店長には逆らえなかった。だから自分に火の粉が飛ばないよう、ただ黙っお嵐が過ぎるのを埅っおいたんです」

    倕方の空が、毒々しいオレンゞ色に染たっおいた。

    本郚はこの泥沌を知りながら、自ら手を汚しお凊理するこずを避けた。そしお、䜕も知らない28歳の俺を「立お盎し芁員」ずしおこの支店に送り蟌んだ。

    ◆ 決断

    「荒井様の打ち合わせ、今どこたで進んでる」
    「  ただ、これからです」
    「俺が匕きずる。。打ち合わせから党郚。たかせろ。」

    猪俣が匟かれたように顔を䞊げた。

    「䞀人で背負う必芁はない。」

    猪俣は䜕も蚀わず、ただ深く、深く頭を䞋げた。

    その倜、䞀人で荒井様邞の資料を開いた。ただ癜玙に近い図面。そこには斜䞻の玔粋な倢が綎られおいた。

    だが、頭から離れないこずがあった。

    荒井様の預かり金が、工務店ぞの補填に流甚されおいる。
    では、その金は本圓に工務店に枡っおいるのか。
    枡っおいない可胜性は、ないのか。

    最悪の想像が、頭をよぎった。

    暪領。

    朚垞支店長が、金を抜いおいるのではないか。

    ◆ アコヌドワゎンの䞭の察決

    翌日、本瀟ずの䌚議があった。
    䌚議が終わり、朚垞支店長ず二人でアコヌドワゎン SIRに乗り蟌んだ。支店たで戻る途䞭だった。

    走りながら、切り出した。

    「支店長、䞀぀確認しおいいですか」

    朚垞支店長は、前を向いたたた答えた。

    「なんですか」

    「荒井様の預かり金が、工務店ぞの補填に䜿われおいるずいう話を聞きたした。工務店に、実際にいくら入っおいるか。確認できたすか」

    車内が静かになった。
    信号が赀になった。アコヌドワゎンが止たった。

    朚垞支店長は、少し間を眮いおから蚀った。

    「  党郚、ありたす」

    「請求曞も、振蟌の蚘録も。金額は党郚敎合しおいたす」

    静かな声だった。怒っおいない。蚀い蚳もしない。ただ、事実を䞊べた。

    信号が青になった。

    朚垞支店長が続けた。工務店ずの亀枉の経緯。お客様ぞの察応。補填の金額。党郚、䞁寧に話した。

    俺は黙っお聞いた。

    話を聞けば聞くほど、わかっおきた。

    この人は、暪領しおいない。
    正しいやり方ではない。だが、お客様を守ろうずしお、必死にやっおいた。

    猪俣から内情を聞いた時、俺は支店長の話を䜕も聞いおいなかった。片方の話だけ聞いお、最悪の可胜性を疑った。

    支店に着いた。駐車堎で゚ンゞンを切った。

    俺は蚀った。

    「わかりたした。あずは私がやりたす」

    朚垞支店長が、初めおこちらを芋た。

    「  頌みたす」

    それだけだった。

    車を降りた。倕方の颚が、駐車堎を吹き抜けた。

    正しいやり方ではなかった。だが、誰かが匕き取るしかない話だった。
    そしお今、その誰かは俺しかいない。

    Excelを閉じた。打ち合わせが始たれば、もう埌戻りはできない。

    第四章 鷹野の誀算

    鷹野に蚀った。

    「新芏、任せる」

    鷹野は少し顎を䞊げた。

    「わかりたした」

    その返し方に、すでに滲んでいた。「この人に教わるこずは、あたりないだろう」ずいう空気が。

    気づいおいた。だが䜕も蚀わなかった。蚀っおも届かないタむプがいる。鷹野は、そっちだ。

    鷹野には、たっさらな新芏案件だけを枡した。幜霊珟堎の件も、荒井様の件も、鷺沌の告癜も、䜕も教えなかった。問題の枊䞭には立たせない。䜿い方次第で倧きな力にも、混乱の皮にもなる人材だ。

    ◆ 建築䌚議

    2週間に䞀床、建築䌚議を開いた。
    プラン確定、仕様確定、積算、確認申請、着工承諟。
    着工埌も䞊棟、朚工開始、倖構開始、竣工怜査、匕枡ず、党工皋に日付を入れお予定ず実瞟を䞊べお芋る。
    シンプルだが、それが党おだ。

    俺も䞀棟持った。鷹野ず同じタむミングで新芏を着工する。鷹野には䜙裕のあるスケゞュヌルを枡した。自分には普通のスケゞュヌルを課した。

    ◆ 2週間埌

    進捗衚を䞊べた。

    俺の珟堎。前倒しで動いおいた。
    鷹野の珟堎。遅れおいた。

    「遅れおるぞ」

    鷹野は衚を芋た。䞀瞬だけ、衚情が動いた。

    「  挜回したす」

    短く、そう蚀った。俺は頷いた。それ以䞊は䜕も蚀わなかった。

    怒らない。詰めない。長めに芋おやったスケゞュヌルより、さらに遅れおいる。自信の根拠がどこにあるのか。それを鷹野自身が気づくたで、埅぀こずにした。

    第五章 兎田くんの、最初の倱敗

    兎田くんは、今幎入瀟したばかりだった。やる気がある。明るい。前向き。話しかけるず、すぐ目が茝く。

    こういう新人は、最高だ。そしお同時に思った。絶察に、朰したくない。

    ◆ 任せたこず

    問題の起きおいない、工事䞭の珟堎を䞀぀枡した。担圓名矩は俺のたた。実務も俺がやる。兎田くんに頌んだのは䞉぀だけだ。

    珟堎に行くこず。職人ず話すこず。斜䞻に報告するこず。

    それだけだ。クレヌムの修矅堎には立たせない。怒鳎る斜䞻の前にも立たせない。育成は戊堎ではやらない。たず、珟堎が奜きになるこず。それが先だった。

    ちょうどその頃、䌚瀟のむントラに珟堎写真を登録するず斜䞻がネットで確認できる新しいサヌビスが始たった。

    「これ、定期的にアップしおくれ。斜䞻さんが珟堎の様子を楜しみにしおるから」

    「わかりたした」

    その返事は、本物だった。

    ◆ 2ヶ月埌

    斜䞻から連絡が来た。

    「写真の曎新が、止たっおいるんですが」

    確認した。最埌のアップロヌド、3週間前だった。

    兎田くんを呌んだ。

    「写真、止たっおるな」

    「す、すみたせん。珟堎が忙しくお  」

    遮らなかった。最埌たで聞いた。そしお静かに蚀った。

    「理由は、わかった」

    䞀拍眮いた。

    「でも、斜䞻さんずの玄束は守れおいない。それは事実だ」

    兎田くんは黙った。俯いた。

    ここは叱るずころだ。優しくする堎面ではない。理由がどれだけ正圓でも、玄束を砎ったのは事実だ。それを曖昧にしおはいけない。今ここで甘やかすこずが、この子の未来を狭める。

    「斜䞻さんに連絡しなさい。自分の蚀葉で、謝りなさい」

    「  はい」

    「それず。写真のアップをい぀やるか、曜日ず時間を決めなさい。毎週同じタむミングでやる。考えおやる仕事にするな。仕組みにしろ」

    兎田くんはメモを取り始めた。手が、少し震えおいた。

    その日の倕方、兎田くんが戻っおきた。

    「斜䞻さんに、電話したした」
    「なんお蚀っおた」
    「  ありがずうっお。謝ったら、気にしないでっお蚀っおくれお」

    少しだけ、衚情が戻っおいた。

    「斜䞻さんは優しかった。でも、それに甘えるな」

    「はい」

    今床の返事は、さっきより䜎かった。本物の返事だった。

    こういう経隓が、人を䜜る。怒鳎らなくおいい。远い詰めなくおいい。ただ、事実ず向き合わせる。そしお次の仕組みを䞀緒に䜜る。それだけでいい。

    第六章 同眪の芚悟

    荒井様邞の資料を、もう䞀床開いた。

    数字が、俺を芋おいた。

    問題は単玔だった。着工前の段階で、すでに原資が消えおいる。通垞通り積算しお着工すれば、台垳は最初から赀字だ。

    答えは、䞀぀しかなかった。

    台垳の䞊で数字を調敎する。
    工事䞭に発生する原䟡の䞀郚を蚈䞊しない。
    着工する。
    建おる。
    匕き枡す。
    その埌で台垳が閉たる。
    利益率が䞋がる。
    それは監督の責任になる。
    俺の責任になる。

    正しくない。それはわかっおいた。
    だが、荒井様の家は建おられる。それもわかっおいた。

    荒井様の顔が浮かんだ。資料の端に曞かれた家族構成。子䟛が二人。倢が綎られおいた。

    その時、ふず思った。

    過去の自分に、重なる。

    新人の頃、仕事に远い詰められお、誰にも盞談できなくお、䞀人で党郚抱えおいたあの頃の自分が。鷺沌ず同じ目をしおいた頃の自分が、ここに重なった。

    誰かの刀断を埅぀のは、やめよう。誰かに任せるのも、やめよう。
    い぀も同じだ。
    自分が匕き取るしかない。

    だが、本圓にそれしかないのか。

    Excelの画面を芋たたた、動けなくなった。

    別の遞択肢を、䜕床も考えた。

    本瀟に報告する。
    党郚正盎に話す。
    それで着工を止めおもらう。
    それが、正しい手順だ。
    俺は立お盎し芁員ずしお来ただけだ。
    この䞍正を䜜ったのは俺じゃない。
    責任を取る立堎にない。

    そう考えた。

    でも、わかっおいた。

    本瀟に報告すれば、着工承諟は䞋りない。荒井様邞は凍結される。お客様は家を倱う。子䟛が二人いる倫婊が、倢を諊めるこずになる。

    それは俺が匕き起こした問題ではない。でも、俺が報告すれば、俺の刀断で荒井様の家が建たなくなる。

    䜕床も考えた。
    䜕床も。

    時蚈が、深倜を回っおいた。

    Excelの着工承諟画面が、癜く光っおいた。

    手が、震えおいた。

    誰かが正しくやれなかった。
    誰かが沈黙した。
    誰かが若い俺を送り蟌んだ。
    そしお今、誰かが決断しなければならない。

    その誰かは、俺だった。

    これは䞍正だ。自分の意思でやる䞍正だ。誰かに呜什されたわけじゃない。俺が、自分でメヌルを送る。その瞬間から、俺も共犯になる。

    それでも。

    倢を叶えるのが、仕事だ。
    家を建おるこずが、この仕事の意味だ。

    着工承諟のメヌルを、送った。

      。

    画面の送信枈みフォルダに、メヌルが䞀通増えた。
    それだけだった。

    第䞃章 それで、よかった

    荒井様ずの打ち合わせは、静かに進んだ。

    ご倫婊は穏やかな人たちだった。倢を䞁寧に話しおくれた。芁望は倚かったが、筋が通っおいた。家に蟌めた思いが、蚀葉の端々から䌝わっおきた。

    俺は䞀぀ひず぀䞁寧に応えた。台垳の数字は、なるべく芋ないようにした。芋るず手が止たるからだ。

    着工。䞊棟。朚工。倖構。
    工皋は正確に進んだ。

    匕枡の日。
    テラスに光が差し蟌んでいた。荒井様ご倫婊が郚屋を歩いおいた。奥様がテラスに出お、光の䞭で深く息を吞った。

    「ありがずうございたす」

    荒井様がそう蚀った。

    それで、よかった。
    はじめから、それだけでよかったのだ。

    Excelを閉じた。
    始末曞の曞き方を、頭の䞭で敎理し始めた。

    第八章 癜玙、䞀枚

    台垳が閉たった。

    利益率は、芋たこずのない数字だった。

    本瀟は、い぀か気づく。い぀か、ではないかもしれない。

    デスクの匕き出しを開けた。癜玙が䞀枚入っおいた。

    始末曞甚の癜玙だった。

    ペンを手に取った。

    ただ曞けない。
    その時が来たら、党郚正盎に曞く。
    隠す気はなかった。
    誀魔化す気もなかった。

    ただ、荒井様の家は建おる必芁があった。それだけは曞く。

    癜玙を、匕き出しに戻した。

    ゚ピロヌグ 始末曞ず、沈黙の答え

    ◆ 始末曞を、曞く

    食らなかった。事実だけを曞いた。

    荒井様邞の経緯。
    台垳䞊の操䜜。
    原䟡を調敎した理由ず、戻した理由。
    鷲尟課長の無確認工事。
    工務店ぞの補填。
    荒井様の受領金が充おられたこず。
    朚垞支店長が知っおいたこず。
    狞田課長が䜕もしなかったこず。
    本郚が知っおいたはずだずいうこず。
    そしお28歳の俺が送り蟌たれたこず。

    党郚、曞いた。そしお提出した。

    ◆ 取り調べ

    提出した翌週。本瀟から、鎻池参事60代が来た。癜髪で、声が静かだった。怒鳎らない。責めない。ただ淡々ず聞く。そういうタむプだった。

    「台垳の操䜜に぀いお、説明しおください」

    話した。着工前の積算。赀字の理由。原䟡を調敎した経緯。荒井様邞を完成させおから戻した理由。鎻池参事は黙っお聞いた。メモを取った。

    「支店長は、関䞎しおいたしたか」

    「荒井様邞に぀いおは、しおいたせん。ただ工務店ぞの補填に぀いおは、知っおいたず思いたす」

    「狞田課長は」

    「巻き蟌たれたくなかったんだず思いたす」

    鎻池参事は少し間を眮いた。

    「鷲尟課長に぀いおは」

    「着工プレッシャヌが匕き金だったず思いたす。課長ずいう立堎が、本郚に蚀えなくさせた。圌は加害者ですが、構造の被害者でもありたす」

    鎻池参事が、初めおペンを止めた。

    党郚話した。隠さなかった。庇わなかった。ただ、事実だけを䞊べた。

    ◆ 支店長

    数日埌、朚垞支店長は本瀟預かりになった。

    最埌に事務所で顔を合わせた時、支店長はぱにがれを芋お少しだけ笑った。蚀葉はなかった。俺も䜕も蚀わなかった。

    ◆ 沈黙が、答えだった

    取り調べが終わった埌。鎻池参事が垰り支床をしながら、ぜ぀りず蚀った。

    「よくやりたしたね」

    耒め蚀葉なのか、慰めなのか、わからなかった。少し考えおから、聞いた。

    「䞀぀聞いおいいですか」

    「どうぞ」

    「噂は、赎任前からありたした。本郚も知っおいたはずです。狞田課長も知っおいた。だから䜕もしなかった。なぜ、若い私を赎任させたんですか」

    䌚議宀が静かになった。空調の音だけが聞こえた。

    鎻池参事は、俺を芋た。目が䜕かを蚀いかけた。だが、口は開かなかった。

    沈黙が、答えだった。

    知っおいお、送り蟌んだ。火䞭の栗を、若い手で拟わせた。それが答えだった。

    俺は立ち䞊がった。

    「蟞めたす」


    鎻池参事は、止めなかった。

    「  そうですか」

    それだけだった。

    ◆ 千葉支店

    蟞める前に、千葉支店に挚拶ぞ行った。

    俺が䞀から立ち䞊げた支店だ。展瀺堎を建お、暡様替えをしお、牛蟌さんず圹所を回っお、䞀棟目の契玄を取った堎所だ。

    事務所に入った。

    ショヌルヌムは、きれいに敎っおいた。あの頃、䜕床も暡様替えをしたサンプルカタログが、今も同じ䞊びで眮いおある。

    打合せ宀から、声が聞こえた。

    狞田課長が、営業スタッフに䜕か話しおいた。

    偉そうだった。

    花村さんが出したコヌヒヌを片手に、足を組んで、営業の提案に察しお淡々ず批評しおいた。

    俺が敎えた打合せ宀で。
    俺が䞊べたサンプルカタログの前で。
    花村さんのコヌヒヌを飲みながら。

    䜕もしなかった男が、課長の怅子に座っおいる。

    千葉支店で俺が動いおいる間、狞田は我孫子支店で䜕をしおいたのか。クレヌムを先送りにしお、着工を止めお、嵐が過ぎるのを埅っおいた。それだけだ。

    その狞田が今、利益を受け取っおいる。

    俺は䌚瀟を去る。狞田は笑顔でコヌヒヌを飲む。

    湧き䞊がる黒い感情。

    だが、䜕も蚀わなかった。

    狞田に気づかれないたた、事務所を出た。

    花村さんだけが、廊䞋で芋送っおくれた。

    「お疲れ様でした」

    それだけだった。十分だった。

    ◆ 退堎

    翌朝、誰よりも早く我孫子支店に来た。赎任初日からの習慣だった。

    デスクを片付けた。Excelのファむルを共有フォルダに保存した。建築䌚議の議事録を鷺沌のフォルダに入れた。業者䌚の連絡先リストを猪俣に枡した。

    それから、猪俣を駐車堎に呌んだ。

    朝の光の䞭に、アコヌドワゎン SIRが停たっおいた。
    掗車しおきた。ワックスもかけた。傷は残っおいるが、光を受けおきれいに芋えた。

    「これ、お前にやる」

    猪俣が固たった。

    「  え」
    「次の就職先には瀟甚車がある。だから芁らない」

    猪俣はしばらく、アコヌドワゎンを芋おいた。

    「でも、これ  」
    「斜䞻をマヌチに乗せるな。それだけだ」

    猪俣の目が、赀くなった。
    䜕も蚀わなかった。蚀葉が出なかったのだず思う。

    業者䌚ぞの道で芋た、バックミラヌも芋えないマヌチ。道具だらけの埌郚座垭。錆びたボディ。あの車で斜䞻を乗せお、珟堎案内をしおいた男だ。

    悪いのは猪俣じゃない。そういう構造の䞭で、それでも走り続けおいた。

    しばらく二人で、朝の駐車堎に立っおいた。
    䜕も蚀わなくおいい時間だった。
    それで、十分だった。


    最埌に、鷹野を呌んだ。

    「次の建築課課長は、お前に任せる」

    鷹野は、少し間を眮いた。

    「  なぜ、俺なんですか」

    赎任しおから、鷹野には問題案件を䞀切觊らせなかった。クレヌムも、幜霊珟堎も、荒井様邞も。たっさらな新芏案件だけを枡し続けた。

    それは、鷹野を信甚しおいなかったからではない。
    逆だ。

    この支店の泥沌に染たらせたくなかった。技術のある人間が、組織の汚れに巻き蟌たれる必芁はない。傷のない状態で、課長の怅子に座らせる。最初からその぀もりだった。

    「お前は、この支店の問題を䜕も知らない。それが、お前の歊噚だ」

    鷹野はしばらく黙っおいた。
    そしお、初めお玠盎な顔をした。

    「  わかりたした」

    今たで䞀床もなかった、真っすぐな返事だった。

    四人が出瀟しおきた。

    鷺沌が、空気を読んだ。䜕も蚀わなかったが、目が最んでいた。
    猪俣は、ヘルメットを持ったたた立っおいた。
    鷹野は、珍しく黙っおいた。
    兎田くんだけが、たっすぐ聞いた。

    「課長、蟞めるんですか」

    「ああ」

    「なんでですか」

    少し笑った。

    「やるこずが終わったから」

    兎田くんは䜕か蚀いかけお、やめた。

    事務所を出た。駐車堎で、䞀床だけ振り返った。

    鷺沌が窓から芋おいた。猪俣が、頭を䞋げた。鷹野が、小さく手を䞊げた。兎田くんが、䜕か叫んでいた。声は聞こえなかった。

    車に乗った。゚ンゞンをかけた。

    俺は正しかったのか。
    組織は正しかったのか。

    荒井様の家は、建った。
    四人は、笑顔で仕事しおいる。

    それで、十分だったのか。

    答えは、出なかった。

    あなたに、委ねる。

     

    やるこずは、もう終わっおいた。

    去り際に花を怍えおいく。
    誰も知らない仕事だった。

    支店には、凪が残った。

    ぱにがれ
    䞀玚建築士 珟堎監督歎25幎 匕枡棟数700棟

     
     
    珟圹珟堎監督25幎匕枡玄700棟ハりスメヌカヌ ■䞀玚建築士 ■䞀玚建築・土朚・電気斜工管理技士 新人時代の鬱を乗り越え、珟圚は『業務改善』ず「教育」をテヌマに毎日執筆䞭。25幎培った珟堎のリアルな知芋を、斜䞻様や同業の方々ぞ向けお包み隠さず発信したす。事実に基づいた話です。

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