
京都亀岡の伝説① 足往(あゆき)と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
記紀とは、古事記と日本書紀のことを指しますが、その日本書紀には亀岡のことが書かれています。
日本書紀によると…
垂仁天皇の頃、丹波の桑田村(現在の亀岡)にみかそ(甕襲)という名前の男がいました。甕襲はあゆき(足往)という名前の犬を飼っていました。

ある日、足往は、山に棲む獣、むじな(牟士那)と遭遇、壮絶な戦いを繰り広げました。足往はかろうじて勝利、牟士那を噛み殺しました。

噛み殺した牟士那のおなかからキラリ光るものが出てきました。それは八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)でした。
甕襲はその勾玉を朝廷に献上し、勾玉は石上(いそのかみ)神宮に納められました。

甕襲の住んでいた地域は、現在の亀岡市曽我部町犬飼とする説があります。
また、日本書紀のこの話は、飼い犬(ペット)について文献に書かれた最古の例。亀岡で飼われていた足往。飼い主は甕襲。
さらに足往がかみ殺した牟士那のおなかから、出てきたのは、あの八尺瓊勾玉。八尺瓊勾玉とは皇位継承のしるしとして、天皇が代々、継承する三種の神器のひとつ。三種の神器は八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、そして八尺瓊勾玉です。その八尺瓊勾玉がなんと亀岡にいた山の獣 牟士那からでてきたなんてすごいと思いませんか‼︎
ということで、日本書紀には亀岡に関することが書かれているのです。
京都亀岡の伝説シリーズ(全40回)
番外編(現在不定期連載中)
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