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父が愛した煙草とゲーム(後編)

    父の側にはいつも「煙草」と「 風来のシレン」があった。

    「風来のシレン」は、将棋や囲碁、チェスなどの「盤上ゲーム」と似ている。
    自分の立ち回り1つで盤面の道筋が目まぐるしく変わり、父は経験と運を駆使しながら幾つもの難局を切り抜けて行った。


    父がハマった高難易度ダンジョン「フェイの最終問題」は、熟練プレイヤーでさえ、初手を誤ると簡単に詰む。

    ある時は、スタート地点の1階に降り立つと背後にモンスターが張り付いていた。この時は運悪く、同じ部屋に別の敵2匹が出現している。立ち位置も悪く、逃げようにも退路が無い。

    丸腰なので、拳で打つしかない。
    しかし攻撃は空振り、相手のターンでダメージを喰らう。

    空振り→ダメージ→空振り→ダメージ
    命中率バグっているのかと思うほど、ことごとく攻撃が当たらない。

    そして、あっという間にモンスターに囲まれ、集団リンチでボコボコに終局。
    1000回以上挑戦した父でも、無様に倒れることは何度もあった。


    またある時は「召喚の罠」を踏んでしまい、4〜5匹のモンスターにぐるりと囲まれた。予想もしない急なアクシデントで劣勢に立たされることも、しばしばあった。

    父は煙草に火を点け、一服する。
    ニコチンで頭をクリアにさせ、この難局の突破口を練り上げる。

    左には下へ降りる「階段」、
    右には「通路」が1つだけ。

    私だったら左の「階段」へ逃げる。
    次の階へ進めば敵は追って来ない。

    「階段」までに喰らうダメージはおよそ三発。体力ゲージは満タン。ギリギリ耐えられる。もしくはアイテムで撃退するか。いや、貴重なアイテムをこんな所で使うには勿体無い。

    父の横で、私も思考を巡らせる。ここを乗り切る一手は、幾通りも存在した。

    父は煙草でもう一呼吸した後、「階段」ではなく、右の「通路」へ向かった。
    敵はピタリと張り付き、どこまでも着いて来る。

    「通路」は通常一本道だ。
    一本道だから「通路」に逃げ込むと、必然的に敵も自分も1列に整列する。父は大抵、敵に囲まれた時は「通路」へ一時退却し、「一対一」で戦う状況を作って確実に敵を仕留めた。

    しかし一見、好手に見える一手が裏目に出ることがある。
    それは、背後に敵が現れた時。
    前にも後ろにも敵に挟まれ、身動きが取れなくなると退路が絶たれ、「一対一」の状況が悪手に変わる。挟み撃ちにされ、あっけなくやられて振り出しに戻された。


    たとえ「階段」に逃げ込んだとしても、降りた先が「モンスターハウス」の場合がある。

    モンスターハウスは敵と罠の巣窟だが、アイテムの宝庫でもある。
    ここをクリアすれば、手に入る経験値とアイテムはかなりデカい。

    モンスターハウスに足を踏み入れた瞬間BGMが変わり、空気の温度が変わる。作曲家の「すぎやまこういち」が生み出した不穏な旋律は、順調に駒を進めてきたプレイヤーを幾度となく恐怖と興奮に震え上がらせた。

    父は劣勢に立たされると煙草に火を点ける。
    これまで何度も対峙した局面。
    モンスターハウスの制覇は、プレイヤーの立ち回り次第で命運が分かれる。敵の攻撃パターンから自分のターン、一手、二手、三手まで先を読む。
    煙草なしでは、この集中力と最善の一手は繰り出せない。

    一手ごとに父の長い「読み」が続いた。
    敵のターンを耐えて形勢を整えるが、劣勢が続く。

    咥えたままの煙草の灰が、落ちそうで落ちない。
    煙だけが、立ち昇って消えた。

    投じた布石で劣勢をしのいだかと思うと、動きの早い敵に包囲された。じわじわと詰めろがかかり、父は何度も窮地に追い込まれた。

    たとえ「詰み」が見えたとしても、体力がゼロになるまで終わらない。
    このゲームに「投了」は存在しない。

    粘り強く立ち回って難局を切り抜けていくが、わずかに力及ばす倒れてしまった。

    ここまで潜り続けたダンジョンも、強化したアイテムも、コツコツ上げたレベルも、お金も、力尽きると「全てを失い始めから」である。

    それでも父の心は折れない。
    失敗を繰り返して強くなる。

    父は、倒れる度に強くなった。


    たった一度だけ、父がこの高難易度ダンジョンを制覇した瞬間に立ち会えた事がある。

    私がまだ実家で暮らしている時期だった。父は満足げに「おう、クリアしたぞ」と誇らしげに笑っていた。

    今の時代、ネットを開けば「まとめサイト」や「YouTube」で簡単に情報が手に入る。しかし父はそれに頼らず、何度も挑戦と失敗を繰り返し、スキルを磨き、情報を脳に叩き込んだ。
    父は「フェイの最終問題」を自力で解いたのだ。

    煙草に火をつけ、勝利の一服を噛み締める。

    煙草を挟んだ指がヤケドするのではと心配するほど、ギリギリまで、うまそうに、最後まで吸っていた。


    父は同じものを、長く、深く愛し続ける人だった。
    煙草もゲームも、他界した母も、父はずっと変わらず愛し続けた。

    父と母はとても仲の良い夫婦で「こんな夫婦になりたい」と、私は密かに憧れていた。

    父は目標のダンジョンをクリアしても、また物語のイチから始めて同じダンジョンを目指し、無限にループしている。

    何度でもやり直しを繰り返す。

    父の人生は、まだ終局しない。

     

     

     
     
    イラストと書く事が好きな主婦。ストックイラストで収益化(登録先:イラストAC/AdobeStock/PIXTA)飲食店の会社でパート事務員6年目。その瞬間の熱量で記事を書く。ストックイラスト活動メイン。

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