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Photo byフィンセント・ファン・ゴッホ / メトロポリタン美術館

『こわがりのすん』3ヒゲと時計

    「おとさん」は怒ると怖いけど、普段は優しい人だった。

    毎日「おとさん」は、書斎に籠って本を読んだり、原稿用紙に何かを書いている。
    だから「すん」は、静かにしなくちゃいけない。

    でも「おとさん」が書斎から出て来ると、すぐに飛びついて甘える。

    「ねぇ、ジョリジョリしてぇ」

    「おとさん」はヒゲの伸びたアゴを、抱き上げた「すん」のほっぺたに擦り付ける。

    「ほぅら、ジョリジョリー!」

    「きゃはぁ、くすぐったーい」


    ある日、「おとさん」は縁側で新聞を読んでいた。
    早速「すん」は背中にじゃれついたが、「おとさん」は新聞を読むのをやめない。
    「すん」は、注意を引こうとする。

    「いま、なんじ?」

    「うーん」

    気のない返事の「おとさん」に、も一度聞いてみる。

    「いま、なんじ?」

    すると「おとさん」は、言った。

    「ボールペン持っといで」

    「ボールペン?」

    「電話のとこから持って来て」

    「すん」は、急いで電話の横のペン立てからボールペンを探すと、「おとさん」に渡した。

    「すんちゃん、手出して」

    「どうするの?」

    「見ててごらん」

    そう言うと「おとさん」は「すん」の手首に、ボールペンで腕時計の絵を描いた。
    時計の針は、3時になっている。

    「わぁい、とけいだぁ」

    「すんの時計は3時だから、オヤツもらっといで」

    「やったー」

    「すん」は、台所の「おかさん」にココナッツサブレをもらい、「おとさん」と縁側で食べた。

    サブレのカケラが、床に落ちる。
    「おとさん」は窓を開けると、こぼれたカケラを新聞紙で外に掃き出した。
    またたく間に、アリの行列が出来る。

    「すん」は縁側から外に出て、アリを観察する。
    アリ達は、突然のご馳走にお祭り騒ぎだ。
    じっと見ていると、アリのお祭りに参加している気分になった。


    それから時々「おとさん」は、頼むと「腕時計」を描いてくれた。

    「腕時計」は二日で消えてしまうのだが、今でもボールペンで描かれた時の、くすぐったくて冷たい感触を思い出す。

    それから、ヒゲのジョリジョリも。

    温かい縁側は、「おとさん」との思い出の場所。

     
     

    子葉

     
     
    日々の暮らしの中で心が震えたことや、湧き上がるとりとめのない感情を書き留めています。 九州男児の父と関西女の母に育てられ、北から南まで日本の各地に移り住んだので、 様々な土地の方言や文化が私の思い出に存在しています。

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