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Photo bymame5539

アネモネ わたしの視点

    朝倉 相

    一輪

    テーブルの上に、アネモネが一輪置かれていた。
    花瓶ではなく、コップに挿してある。
    来客用でも、飾りでもない中途半端さが、この家らしい。

    「枯れそうだったから、切ってきたの」

    彼女はそう言って、当たり前みたいに笑った。
    わたしは頷いたけれど、
    どこから切ってきたのかは聞かなかった。

    アネモネは、どこか落ち着きがない。
    花びらが少しだけ反り返り、
    今にも逃げ出したそうな形をしているのに、
    茎はまっすぐで、折れる気配がない。

    「花言葉、知ってる?」

    聞かれてしまった、と思った。
    知らない、と答えると、
    彼女は安心したように言った。

    「あなたを信じて待つ、だって」

    待つ、という言葉は、
    選択肢がある人のためのものだと思っていた。
    行くか行かないかを決められる人が、待つ。
    そうでなければ、それはただの停止だ。

    「優しいよね」

    彼女はそう付け足した。
    まるで確認するみたいに。

    わたしはアネモネから目を離せなかった。
    水の量は多すぎず、少なすぎず、
    毎日取り替えられているのがわかる。
    世話をされすぎて、枯れる暇がない。

    「逃げたら追いかけないから」

    そう言う声は、驚くほど穏やかだった。
    追いかけない、という宣言が、
    すでに出口を塞いでいることに、
    彼女だけが気づいていない。

    夜になっても、
    アネモネはテーブルの上にあった。
    照明の下で、昼よりもはっきりと赤い。

    信じて、待つ。
    それは願いじゃない。
    決定事項だ。

    わたしはコップを動かさなかった。
    花を倒したくなかったし、
    彼女を困らせたくもなかった。

    アネモネは、一輪で十分だった。
    数が増えれば、逃げ場があると錯覚してしまう。

    この部屋に必要なのは、
    いつでも見える場所で、
    黙って待ち続ける花が、ひとつだけ。

     
     
     
    朝倉 相(あさくら あい) 日常にまぎれた不思議や、小さな怖さの短編を書いています。 ぞわっとするのに、どこかやさしい物語。 短編中心/1話数分で読めます。 フォローしていただけると、とても嬉しいです。

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