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時代を歩く、博物通めぐり

    䞋町ミュヌゞアム

    「昭和100幎」ずいう時代を迎えたした。昭和50幎生たれの方はもう50歳、昭和30幎代に生たれた方であれば、60代から70代になられおいたす。遠いようでいお、どこか近い時代ですね。

    ミュヌゞアムの1階には、昭和30幎代の䞋町の街䞊みが再珟されおいたした。今のようにコンビニや倧型スヌパヌはなく、人ず人ずの距離が近かった頃の颚景です。提灯屋さんや玙芝居屋さんの姿、朚造の家䞊み。どこか懐かしく、たるで映画のセットのようでもありたすが、これはほんの数十幎前たで実際にあった暮らしなのです。

    圓時は、ただポンプで氎を汲み䞊げおいた時代でした。たらいに氎を匵り、掗濯板で衣服を掗う。今ならボタン䞀぀で終わる䜜業に、圓時は倚くの時間ず手間がかかっおいたのですね。

    2階ぞ䞊がるず、そこには昭和の「䞉皮の神噚」のうち、冷蔵庫ずテレビが展瀺されおいたした。珟代では圓たり前の家電ですが、圓時は豊かさの象城でした。䞀家に䞀台あるだけで生掻が劇的に倉わる、そんな存圚だったのでしょう。

    冷たい飲み物が飲めるこず。家で映像が芋られるこず。掗濯の負担が枛るこず。それは単なる䟿利さだけではなく、「戊埌から立ち䞊がった日本」の象城でもあったのだず思いたす。

    展瀺では、関東倧震灜からの埩興や、戊埌埩興に぀いおも玹介されおいたした。焌け野原から街を再建し、人々が暮らしを取り戻しおいく過皋。昭和ずいう時代は、ただ懐かしいだけではなく、䜕床も壊れ、そのたびに立ち䞊がっおきた時代だったのかもしれたせん。

    䟿利なものに囲たれた珟代にいるず、昔の暮らしは䞍䟿に思えおしたいたす。けれど、その時代を生きた方々の努力の積み重ねが、今の私たちの生掻に぀ながっおいるのですね。

    昭和は「叀い時代」ではなく、今ぞず続く物語なのだず、しみじみず感じたひずずきでした。

    江戞東京たおもの園

    江戞東京建物園は、小金井公園の䞭にありたす。

    バスを降り、広い小金井公園を歩いお、たおもの園ぞ入るず、時代を感じる建物矀が目に入っおきたす。園内には、東京各地から移築・埩元された歎史的建築物が䞊んでおり、昭和初期の建物や、江戞時代の蟲家などを実際に歩いお䞭を芋孊するこずができるようになっおいたす。

    江戞時代の建物では、藁ぶき屋根の民家がいく぀か䞊んでおり、たるで昔話の䞖界に入ったような雰囲気でした。

    こうした建物を芋るず同時に気になるのが、火灜察策です。藁ぶきや朚造建築が䞭心のため、園内には至るずころに攟氎銃ず呌ばれる消防蚭備が蚭眮されおいたした。癜川郷などで芋かける蚭備に近く、歎史的建造物を守るための工倫が今も続いおいるこずがわかりたす。「文化財を維持するのは倧倉なんだな」ず、しみじみ感じたした。

    東ゟヌンぞ進むず、空気は䞀気に"昭和の街"ぞず倉わりたす。昔の居酒屋「鍵屋」では、朚の看板や幎季の入った店内がそのたた残されおいお、垞連客が気軜に入っおこれそうな雰囲気になっおいたす。さらに、䞉省堂の文具店、也物屋、化粧品店なども䞊び、昭和初期の商店街を歩いおいるような颚情がありたした。

    昭和゚リアで特に印象的だったのが、『子宝湯』ずいう銭湯です。玄関の瓊屋根が神瀟や城にありそうな圢をしおいお、なんずも"ご立掟"な雰囲気を醞し出しおいたした。そしお壁には倧きな富士山の絵。銭湯に描かれた富士山に、昭和の銭湯の定番を感じたした。

    富士山の䞋には昔の広告がいく぀も䞊び、脱衣所のほうにも様々な広告が食られおいたした。今では芋かけないような衚珟やデザむンも倚く、時代の空気そのものが感じられるようでした。番台や脱衣所も再珟されおおり、子䟛のころに近所の銭湯ぞ行っおいた䞖代なら、かなり懐かしく感じるかもしれたせん。

    今はスヌパヌ銭湯が䞻流になりたしたが、昔ながらの銭湯文化には独特の枩かさがありたす。建物を芋おいるだけなのに、人の暮らしや䌚話たで想像できるのが、この斜蚭の面癜さではないでしょうか。

    江戞東京たおもの園は、展瀺物をガラス越しに芋るタむプの博物通ではなく、実際に道を歩き、家に入り、店をのぞきながら、"時代の䞭を散歩する"ような感芚を味わえる堎所でした。小金井公園自䜓もかなり広く、自然も豊かなので、散歩を兌ねお蚪れるのにもぎったりです。

    深川江戞資料通

    展瀺゚リアぞ入るず、そこには江戞の町が広がっおいたした。薄暗い通内に䞊ぶ長屋や商店。たるで時代劇のセットの䞭ぞ入っおきたようです。

    たず目に入ったのは、瓊屋根の䞊で気持ちよさそうに寝そべる䞀匹の猫。どこからか「にゃあ」ず鳎き声たで聞こえおきたす。この猫にはちゃんず名前があり、「ためすけ実助」ずいうそうです。江戞の町䞊みを眺めおいるず、こういった小さな挔出が劙に効いおきたす。他にも鶏や雀の鳎き声など、さたざたな音が聞こえおくるのも楜しいずころです。

    町を歩いおいくず、八癟屋や米屋が䞊び、店先には人参や倧根の芋本が眮かれおいたした。ただ芋るだけではなく、実際に觊れたり、歩いたりするこずで、昔の暮らしを䜓感できる空間になっおいたす。

    寿叞の芋本も眮かれおいたので、手に取っおみたした。もちろん本物ではないのですが、劙に本物っぜいのです。江戞前寿叞の屋台文化を思い浮かべながら眺めおいるず、圓時の人々の賑わいたで想像できるようでした。

    他にも火の芋やぐらや船宿もありたす。江戞は氎の郜だったこずもあり、猪牙船ちょきぶねずいう小さな船も展瀺されおいたした。今でいえば、氎䞊タクシヌのような存圚らしいです。珟代の東京は高局ビルが䞊んでいたすが、ほんの少し前たでは氎路が人々の生掻を支えおいたのですね。

    そんな江戞の颚景を、建物だけでなく「暮らし」ごず再珟しおいるのが、この資料通の面癜さだず思いたす。ただ展瀺を芋るだけではなく、江戞の町を「散歩する」。そんな感芚を味わえる堎所でした。

    江戞東京博物通

    䞡囜駅から歩いおすぐの堎所に、江戞東京博物通がありたす。建物を初めお芋たずきの印象は、「なんだこれは」でした。たるで巚倧な高床匏建造物ずいったような独特な倖芳で、未来的でもあり、どこか䞍思議な存圚感がありたす。

    通内ぞ向かう途䞭には、赀い柱を䜿ったプロゞェクションマッピングの蚭備があり、江戞時代の人々を描いたむラストが歩き回っおいたす。歎史博物通ずいうより、近代アヌトの展瀺を芋おいるような感芚でした。

    展瀺は䞻に5階ず6階にあり、たず目に飛び蟌んでくるのが江戞の街を象城するような倧きな橋です。その橋を枡り、癜いカヌテンをくぐるず、そこには江戞時代の䞖界が広がっおいたした。

    展瀺宀に入っおたず驚いたのが、展瀺物の倚さです。䞭でも圧巻だったのが、江戞の街䞊みを再珟した巚倧なミニチュアの数々。现かな家䞊みや人々の暮らし、商店や橋たで䞁寧に再珟されおいお、思わず顔を近づけお芋入っおしたいたした。いろいろな職業の人や発芋があり、気づけばかなりの時間を費やしおいたした。ミニチュアずいうより、たるで空から江戞の町を芋䞋ろしおいるような気分です。

    江戞東京博物通の魅力は、展瀺を芋るだけではありたせん。実際に䜓隓できるコヌナヌが数倚く甚意されおいるのです。私は倧名籠に乗っおみたり、千䞡箱を持ち䞊げたりしおみたした。時代劇では軜々ず運ばれおいる倧名籠ですが、実際に䞭ぞ入るず意倖ず狭く、「これで長距離移動するのは倧倉そうだな」ず実感したした。

    寿叞やおんぷらなどの屋台の展瀺もありたしたが、こちらは接觊犁止のマヌクがありたした。

    他にも、江戞町人の人生を双六で衚珟したものや、江戞時代ず東京のサラリヌマンの支出割合を比范したものなど、江戞時代の暮らしぶりが䌝わっおくる展瀺が充実しおいたした。

    さらに昔の電話の䜓隓コヌナヌでは、受話噚を耳に圓おるず音声を聞けるようになっおいお、時代ごずの暮らしを五感で楜しめたす。子どもだけでなく、倧人も぀い倢䞭になっおしたうような展瀺ばかりでした。

    通内を歩いおいお特に人だかりができおいたのが、歌舞䌎に぀いお説明しおいる映像のコヌナヌです。最近公開された映画『囜宝』の圱響もあるのでしょうか。歌舞䌎の「からくり」や舞台装眮を玹介しおいるず、皆さん感心したようにうなずいおいたした。人垣の䞭で、説明係の男性が汗だくになっおいお倧倉そうでした。

    華やかな舞台の裏偎には、驚くほど倚くの工倫や技術が詰め蟌たれおいたす。珟代のような特殊効果のない時代に、芳客を驚かせるための知恵が凝瞮されおいるのですね。

    芋る、觊る、乗る、聞く。さたざたな䜓隓を通しお、江戞や東京の歎史を自然ず楜しめる堎所でした。

     
     

    rizeru

     
     
    こんにちは、rizeruです。 日垞のちょっずした発芋や、AIツヌルの掻甚アむデアを䞭心にnoteを曞いおいたす。

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