
深夜1時半と、朝5時
窓の外からの大きな音で目が覚めた。時計を見ると、深夜1時半。すごい音がする。ごみ収集車だと気づくまで、少し時間がかかった。
思い返せば、在宅中にも、同じ音を日中に何度か聞いた。朝昼晩、なんでこんなにゴミ収集にくるのだろう。想像した。今日の朝は燃えるごみ、昼は燃えないごみ、夕方は…ほかになにごみがある?今のこの音は、瓶だ。ときどきパリーンという音がする。
日本では「夜は静かにする」のが、マナーだと思っている。20時か、22時か、線引きは人によって違うと思うが、でもそういう暗黙の合意が、日本にはある。 夜の静かな時間は、権利というよりもっと強制力があるというか、義務として守られているように感じる。
イスタンブールのこの地域だけかもしれないが、少なくともここには、その概念がない。ごみ収集車は時間を選ばない。 近隣迷惑、という発想が、そもそも存在しないとしか思えない。
我が家は、幅3m程度の細い通りの角に位置しているが、ここはご近所さんたちの格好の「井戸端会議場」になっていることも気づいていた。夕暮れには、おじさん数人が数時間、大きな声で立ち話をしている。みんなたのしいのだな、と微笑ましく眺めていたが、これも似た構造かもしれない。気になる人は気になるレベルに、中まで全部聞こえている。
夜中のごみ収集車が止んだと思ったら、今度はアザーンが始まる。時計を見ると、朝の5時だ。 アザーンって通常こんなに長かったかしら、というくらい、この近隣のモスクは長い長い合図を送ってくる。
数日すると、こちらのバイオリズムなのか前日の疲れ具合によるのか、日によってパターンがあることに気づいた。ある日は、深夜1時半に起こされたら、翌朝5時のアザーンには気づかずに眠っていた。また別の日、深夜のごみ回収が比較的穏やかに済んだ日は、アザーンで爽やかに目覚めた。
ムスリムの皆さんはきっと、ごみ収集車には気づかずに眠っていて、アザーンで起きるのだろう。

予想以上におもしろかった
