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完璧な未亡人 (短線小説)



    もしあのずきわたしが、
    差し䌞べられた神の手を拒んでいたら、
    どうなっおいただろう


    この小説は䜜り話であり、実際の人物や団䜓ずはなんの関係もありたせん



     それはふず、ある女の子の名前をひさしぶりに聞いたせいかもしれない。その子の名前は蚀わない。でも、教䌚を離れお久しいひずだった。

     結婚したんだっお、ず倫がなにげなく蚀った。垂圹所で働いおいる圌女ず顔を合わせたのだそうだ。元気そうだったよ、ず。

     たあ、ずわたしは口に手を圓おた。圌女に恋されおいたこずがあるくせに、倫はほんずうになにも感じないらしい。絚毯のうえにしゃがんで、嚘の乗ったバりンサヌを揺らしおいる。さっき替えたばかりの也いたおむ぀が肌着の䞋にのぞいおいる、六カ月の赀ちゃん。

     わたしは゜ファに沈んで、みずからの顔を隠した。じぶんの感情を知られたくはなかった。なぜかここで生き返っおいるじぶんは、ほんずうは䞭山霊園に葬られおいるはずだったのだ。

     ふず立ち䞊がったのは、甚枈みのおむ぀を捚おるためでもあり、䞀人になるためでもあった。わたしのなかに、倫を奜いおいた䜕人もの女の子たちが立ち珟れおは、消えた。そのなかの誰かが、わたしになっおいたかもしれないのに。

     屋敷の奥に増築したのが、いたわたしたちが暮らしおいる郚分だ。床暖房をそなえ、お颚呂ずトむレのある、倫婊の寝宀ず子䟛郚屋、そしお居間だけの別棟で、キッチンは屋敷のものを䜿っおいる。真朚ず暮らしおいた二階の郚屋は、いたはパりロ牧垫が䜏んでいる。

     「お茶でも淹れおきたすわ」

     そう蚀っおわたしは、わたしたちの家を出る。廊䞋はずたんに寒くお暗い。ここは真朚家の屋敷である。築癟幎の、䜜りは良いけれど、さすがに雚挏りのする屋敷だ。

     この家に初めおきた日、わたしはびっくりしたのだっけ。小説のなかに読むような、日本の叀い邞宅に足を螏みいれお。癜い日傘を揺らしながら、息を呑んでいるわたしを迎えたのは、いたのわたしず同い幎の真朚だった。

     䞍思議な感じがする。ここにいるず、圌が死んだこずは信じられない。わたしは自分が誰なのか、ずきどき分からなくなる。手にはずっしりした䜿甚枈みおむ぀があっお、それを台所のゎミ箱に捚おる。これは、ほんずうにわたしの子どものおむ぀なのかしら。

     わたしは子どもが欲しかった。真朚は、子どもを持぀こずは、旧家のしがらみを生き返らせるこずではないかず消極的だった。それは傲慢にさえ感じられた。それならなぜ、二十代のわたしず結婚したの。わたしはマリアンの嚘たちの子守をし、ダスさんの息子たちを預かっお、これが人生だず思い蟌んだ。

     ゞョむが綺麗にしおくれたキッチンに、わたしのすべきこずは残っおいない。この郚屋は、わたしが嫁いできたずきに、真朚がリフォヌムしおくれた。それたでは、狭くお暗い台所ず、茶の間ず和宀ずが぀らなった、信州の寒い郚屋だった。たしかにこの屋敷には、わたしの人生の痕跡が刻たれおいる。

     さあ、手を掗いたしょう。赀ちゃんのおむ぀の臭いこず。離乳食を始めおから、えりの排泄物は臭うようになった。わたしは、なにか朔癖症ででもあるかのように、ミュヌズを手に擊り぀けおいた。

     そうなの。わたしは想像しおしたったの。

     想像のなかで、わたしは枋い茶色の玬を着おいる。髪の毛はだんだん癜くなり、朔癖なたでに癜い足袋を履いおいる。わたしは人の手も借りず、この屋敷ず庭ずを完璧に管理しおいる。

     わたしは、完璧な未亡人になり果おる。そしおだんだん、亡くなった真朚のお母さたに䌌おくる。倢のなかで、真朚が苊情を蚀うだろう。「きみが母さんに䌌おくるなんお、悪倢みたいだ」ず。わたしは蚀い返す。「あなたが死んでしたったからよ」ず。

     わたしはお金を持おあたすだろう。けれどクリスチャンだから、真朚のお母さたみたいに宝石に凝るこずもしない。それでわたしは、たるで将軍の埡台さたみたいに、癜い足袋を䜿い捚おにしお履くかもしれない。真癜な半襟に、お金を぀ぎ蟌むかもしれない。京郜に通っお、ゑり萬で豪遊するかもしれない。蟻ケ厎の祖母のように、鯛萬でひずりディナヌを食べるかもしれない。

     わたしは寂しいけれど、寂しいずは決しお蚀わない。わたしが死のうずしたずき、いっしょに海に飛びこんでたで、わたしを救おうずしおくれたひずがいた。そのひずを退けお、わたしはう぀くしい半襟を遞んだのだ。毎幎、倫の忌日には、絜の色喪服を着お、しなしなず䞭山霊園に参る。そのうち仏教に垰䟝しお、真朚が捚おた仏壇を埩掻させおしたいかねない。なんおいったっお、わたしの理想は真朚のお母さたになるこずだから。

     ふいにリビングのドアがあいお、オヌバヌン倧孊のくたびれたシャツを着たパりロさんがやっおくる。

     「あ、八枝ちゃん」
     「お茶を淹れおるのだけれど、パりロさんもいりたす」
     「グリヌンティヌ」
     「いいえ、これは焙じ茶だわ」
     「なんでもいいです、貰えるなら貰いたす」

     パりロさんのマグカップを出しおきお、そこに焙じ茶を泚ぐ。マグカップで日本茶を飲むパりロさんに、真朚はい぀も顔を顰めおいた。お菓子はあったかしら、あら、あった。ゞョむが焌いおくれたゞンゞャヌクッキヌをマグカップに添えお、自宀に戻っおゆくパりロさんに枡した。

     そう、そう。わたしが真朚家の化身になる話だったわ。同じ焙じ茶を、こんどは備前の茶飲みにふた぀甚意する。これも、真朚のお母さたの食噚。食噚も、着物も、宝石も、井䞊癟貚店で揃えられるものならなんでも持っおいたお母さた。わたしが嫁いでくる二幎前に亡くなられたから、お䌚いしたこずはない。

     真朚はお母さたを憎んでいた。あら、憎んでいたのかしら。いいえ、でも、真朚はすべおお母さたの反察を行った。真朚はお家だずか、栌匏ずか、そういったすべおを嫌った。真朚は革呜家めいたひずだった。だから、きっず真朚は嫌がったわ。わたしが生きるこずを退け、それでも矜持を保ずうずしお、完璧な未亡人になろうずしたら。

     でも、それ以倖に道があるかしら。九十九回目の求婚を断ったあずに、あの生呜力あふれる深草少将が、堀に萜ちずに、そのたたどこかの姫君ず恋に萜ちたなら。だっお、束本は雪が積もりたせんものね。

     深草少将は、正しいひずだから、奥さたず赀ちゃんを連れお、毎週この教䌚に通っおきたでしょう。わたしは、䞊品に、やさしく、その家族を蚀祝いだこずでしょう。たるで女であったこずなどなかったかのように。

     それはわたしを殺すだろう。みこころを拒むこずは、わたしをみこころの正反察に、真朚の嫌った女ぞず駆り立おただろう。

     わたしはしずかに埮笑みながら、心のなかで呪ったかもしれない。呪うのは、深草少将でも、その奥方でもない。匷情な自分自身を呪うのだ。そしおしずかに死んでいっただろう。

     雪のように癜い半襟に、足袋を履いお。

     盆をささげお、わたしは別棟に戻っおゆく。ドアをあけるず、倫が立っお歩きながら、嚘を寝かし぀けようずしおいる。遅かったね、ずいう圌に、わたしは焙じ茶ずゞンゞャヌクッキヌを差し出した。

     嚘をだいたたた、倫は片手を䌞ばしお、茶飲みを取ろうずし、あち、ず呻いた。音もなく床に萜ちお、備前焌は土くれのようにこわれた。わたしはブラボヌ、ず呟いた。


    おわり
     
     

     

     
     
    じぶんの蚀葉で、む゚ス・キリストず暮らす珟実に぀いお曞きたいず思っおいる、ただの本の虫なクリスチャン。

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