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    <title>ヒナノヒガサ.</title>
    <description>ヒナノヒガサ。の文章担当
根来 ネゴトの散文や自由詩を気ままに投稿します。
※物語は全てフィクションです。
HP→ https://hinanohigasa.my.canva.site/</description>
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    <copyright>ヒナノヒガサ.</copyright>
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    <lastBuildDate>Thu, 08 Oct 2026 11:12:07 +0900</lastBuildDate>
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      <title>【散文】失せろ失せ物</title>
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      <description><![CDATA[<p name="082235B8-0446-4895-BCCB-E004C7686380" id="082235B8-0446-4895-BCCB-E004C7686380">　部屋が散らかりすぎて、いつも読みたい本が見つからない。「確かこの辺にあったはず……」と過去の自分との心理戦をして、毎回敗退して泣きながら改めて買う。<br>　けれど、買った途端にお目当てだった本が見つかる。あの現象は何なんだろう。かくれんぼでもしているつもりなのかな（そんなわけない）。私の二千円を返せ！　失せろ失せ物！（部屋を片付けないお前が悪い）<br><br>　こういうことは往々にしてあり、何なら本以外も結構無くす。洋服だって無くす。今履いてるフレアジーンズは、確か三着目だった気がする。無くしてしまった残りの二着はどこに行ったのか分からない。服を捨てた記憶は無いので、きっと部屋のどこかにあるのだろうけれど……。<br>　名刺も無くした。名刺入れごと無くした。幸い仕事の名刺ではなく、自分の趣味で作っていた名刺なので、個人情報は無いに等しいし（活動内容やらHPの情報は書いてあるけれど）、どこかで落とした……わけでも無いと思う。だって部屋から出ないから。きっとこの汚部屋のどこかで息を潜めているのだろう。名刺に関しては探すのが億劫になったし、「ここぞ」という大事なところで変に折れ曲がっている情けない名刺を人様に渡すわけにもいかないので、新しく発注した。今のところ、新品の名刺と名刺入れは、目の届く範囲に置いてある。<br><br>　それでもまだ、代替が効くものはマシだ。たまに、とんでもない失せ物もする。<br>　例えば人間関係。あとから盛大な反省会をしたって、それこそ後の祭りだし、修復も難しい。ことりと手のひらからすり落ちたそれは、いくら手を伸ばしたって届きやしない。見えているはずなのに、「失せ物」としていくつも手放してきた。<br>　職場もそう。「もっと上手く立ち回れていれば」「もっと空気が読めていれば」なんて考えても、もう取り返しはつかないし、生憎、社内政治は苦手な方で。軋轢でギシギシ軋む音を聞きながら仕事をする。<br><br>　文章だってそう。今この文章を書きながら、「前にもこんな感じのこと書いていなかったっけ？」と思いながら書いているし、気になってnoteを見返せば、ほら！　やっぱり似たようなことを書いている。<br><br>　何度も何度も同じことを書くということは、きっと人生経験も何かに突き動かされる感性も足りないのだろう、と私は思う。だって、お世辞にも「人生経験」が豊富なんて言えない。フラフラとフリーターとして渡り歩いては、その場の人間関係も全部切ってきた。軋轢で軋む音がしたら、逃げてきた。「まあまあ、ここは穏便に……」なんて済ませる社会的な感性も切り捨てた。「これは失せ物」として言い訳してきた。結果、何も積み上がっていない。いや、確かに「経験」だけは増えたかもしれないけれど、「人生」はいつも「失せ物」扱いだ。それこそ、今更嘆いたところで人生経験が増えるわけでも、捨ててきた感性が豊かになるわけでもない。知っている。知っているから、いつも失くすんだ。目の前のことを大事にできないから。<br><br>　今日も読みたかった本が見つからなかった。本屋まで走って文庫本を買った。自室に戻って、単行本が見つかった。<br>　単行本をPCの隣に積んで、文庫を開く。装丁だって違う。文庫書下ろしだってある。全く同じ本だって言うつもりは無いけれど。<br>　それでも、何度だって言うよ。自業自得だと、分かっていても。<br><br>「失せろ失せ物！」<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nc53fc3846b01'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 03 Oct 2026 20:51:59 +0900</pubDate>
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      <title>【小話】出不精を超えて東京へ、そして文字酔いへ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="F3618A77-6500-46AE-96B5-44DABBDBD354" id="F3618A77-6500-46AE-96B5-44DABBDBD354">※汚い話をします。<br><br>　休日、家から出ない。本当に家から出ない。何なら自室からも出ない。出るとしたら、お手洗いぐらいだ。<br>　動かないので食事も摂らないし、着替えすらしない。ずっとパジャマにジャージを羽織って本やネットで文字の海を漂っている。<br>「出不精」とはまさに、私のような人間のことを指すのだろう。外に出ることも、服を着替えることも、食事を摂ることも、億劫でならないのだ。<br><br>　傍から見たら自堕落でどうしようもない休日を過ごしているように見えるだろうけれど、私自身はそんなに不満を持っているわけでは無い（というか、そもそも不満を持っていたら玄関の扉を蹴っていそうだ）。<br>　だって自室にはパソコンもある。本もある。人伝の世界を見て、それなりに「なんちゃって東京観光」を楽しんでいる。<br><br>　色んな作家さんのエッセイを読むけれど、その大半が「東京であったこと」についてだ。おかげで（土地勘は無いけれど）東京の地名はそれなりに覚えた。六本木がどんなところかも、銀座がどんなところかも、都会のラブホ街がどんなところかも知った。東京には色んなところに色んな喫茶店があって、ラブホ街ではたまに人が泣いていることも知った。自室から一歩も出ずにこんなに詳細なことまで分かるようになるなんて、つくづく「令和の恩恵」を全身に浴びているような気がする。<br><br>　それでも一つ、悩みの種がある。私は「文字酔い」を起こしやすいのだ。<br>　大して揺れてなんかいない、なんなら静止したまま本を読んでいても酔うし、車の中では雑誌の写真を目で追うのが精一杯。<br>　お手洗いに駆け込み嘔吐するとき、「ああ！　私の東京！」なんて嘆きながら便座の蓋を閉める。<br>　ジャー！　と勢いよく流れていく水の音を聞いて、「私のなんちゃって東京観光……」と下水に流れる文字列を想う。そしてまた本を開く。下水なんかに負けてたまるか。私は一歩も出ずに東京を観光してやるのだ、と謎に躍起になってまた本を開く。<br><br>　もちろん、行く末はまた、お手洗いなのだけれど。<br><br>　よくもまあ、食べてないのに吐けるものだ、一体何を吐いているんだ、と自分の身体に感心するのだけれど、きっと文字を摂取し過ぎているからなのだろう、なんて勝手に納得している。<br><br>　はぁ？　納得できるわけねーよ！<br>　返せよ、私の「なんちゃって東京観光」！<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n867eef57a79e'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 30 Sep 2026 20:32:55 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】眼鏡を外して月を見よ。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="86280516-1F18-46E1-8EB3-E122A4B2F0EB" id="86280516-1F18-46E1-8EB3-E122A4B2F0EB">　月。時差はあれど、地球上ならどこでも見ることができて、そして欠けたり満ちたりしていく、月。<br>　地元からはずっと遠い場所にあるはずなのに、ずっと遠く離れた地に居るはずなのに、夜空を見上げれば、ずっとそこにいる、月。<br><br>　行ったことは無いし、「行きたい」とも特段思っていなかったけれど、県外で一人暮らしをしていた頃は、ベランダに出て月を見上げれば、「同じ月を見ているのかなぁ、なんだか第三の実家みたいだ」なんて思っていた。<br><br>　月は遠くにあるから、「そんな物が地球上でも見れるだなんて、きっと凄く大きい天体に違いない」と、幼い頃の私は本気で思っていた。<br>　実際、大きかったのだ。あの頃の私から見えた月は。比喩でも、誇張表現でも、子ども特有の「無垢故に全てが大きく見える」といった類いの錯覚ですらなくて、本当に、見上げれば「月」と探す間もなく一瞬で見つけられる存在だった。<br><br>　過去形なのは、もう私には月が大きく見えないから。もちろん、他の星々に比べたら大きいし、月の大きさが物理的に変わった訳じゃないんだけれど（というか、そんなことあったら一大事だ）、「漠然とただそこにある巨大な天体」ではなくて、「そこにある月」としか、見えなくなった。<br>　初めて眼鏡を作った時。私は自分の視力がいかに弱かったのかを痛感させられた。今までボヤけていて、しかもそれが当たり前の状態だったから、そもそも「視界がボヤけている」なんて発想すら無かった。<br><br>　それが！　それがですよ！<br><br>　眼鏡をかけて視界のピントが合った途端、全ての物が良く見えて、そして、世界中の物はとんでもなく小さい事に気が付いた。<br>　初めて自覚したのは、スーパーのカップラーメン売り場。眼鏡を付ける前は両手で抱えるような大きさだと思っていたのに、ピントが合った途端、成分表まで隅々と見えて、そして何より、実物はとても小さくて。片手でひょいっと持ち上げた。「何だ、こんな大きさだったんだ」なんて、子どもながらに思いながら、スーパーのカゴに入れた。<br>　帰り道だって、親が運転する車の中から、次々に流れる街灯の光を見上げていた。ピントが合うまでは「道路の空中に浮かぶすごく大きな光の粒」としか見えていなかったのに、眼鏡を通して見ると、すぐにそれが「人工物の光」だって分かった。「ここから光が出ていて、ここが光っている」――ごく当たり前のことかもしれないけれど、「何だか夜になれば空中浮遊する光の粒」だと思っていた当時の私には、あまりにも面白い現象で。<br><br>　家路に着く。車から降りて、「もっと大きな物を見てみたい」、そう思って、月を見上げた。<br><br>　息を呑んだ。月が、余りにも小さすぎるから。眼鏡を外せば大きく見えるのに、また眼鏡を着けたら途端に小さくなって、クレーターまで見えたような気がした（実際は見えるわけないのだけれど）。<br>　そんな様子を見ていた父は、笑って言った。「近視だから、遠くの物はボヤけて大きく見えるんだよ」<br>　父も、極度の近視だった。<br><br>　あれから何年も過ぎて、もう月の小ささには見慣れた。月がどこに居ても見えることにも、感動もしなくなった。あの頃の眼鏡は外して、コンタクトになった。身近な物のありとあらゆる物にピントが合って、もう「小さい！」なんて騒がなくなった。<br><br>　それでも。<br><br>　コンタクトを外して裸眼になって月を見上げた時、今でも物凄く大きく見える。「遠くの物はボヤけて見える」。その言葉通り、月はいつだって心理的には近い存在だけれど。<br>　月は、すごく、すごく遠く、太陽に照らされる、天体。<br><br>文章：根来　ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n10398dfe46e9'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 26 Sep 2026 21:03:17 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】ミステリ邪道のススメ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="A80B388C-179F-4E5C-B021-36DA10427D50" id="A80B388C-179F-4E5C-B021-36DA10427D50">　昔から、長編のミステリが苦手だった。最後の最後でどんでん返しの大逆転も苦手。それはその「ミステリ」という作風が嫌いだからという訳ではなくて、「足場のない道を延々と歩かされている感じがしていたから」。ショートショートは好きだし、奇想天外の顛末も好きだし、後味が悪くても「なるほど！」と思えるなら、その話は好きだ。けれど、長編ミステリって、頭の中でいくつもタブを開いて、結局足場が掴めないまま、フラフラと彷徨っている感じがして……。「もう良いから誰が犯人なのか教えて……」「結局誰が死んじゃうの……」と文字を追う間にもずっと考えていて……。並列処理が苦手だから、ずっとタブを開きっぱなしで読み続けることが苦痛だった。<br><br>　それでも仕事の都合上、「ミステリ作品」というジャンルはずっと定番の、所謂「のり弁当」みたいな存在。薄らと「海苔の下に何があるか」は分かるけど、実際は「海苔の下を掘り返してみるまで分からない」。だからこそ皆が惹かれることは分かっていたし、「本の紹介」を仕事として本気でやらなくちゃいけない私にとっても、「まあまあ、ここはとっておきの『のり弁当』を出しておきますか」ぐらいの軽さで差し出さなくちゃいけない作品達で、結局読むしかないのだった。<br><br>　そんな時に発見したことがある。「律儀に最初から通して読む必要はあまり無い」のだと。だから私は、プロローグを読み終えた後は、すぐに最終章だったり、エピローグを読んだりする。<br>　凄く色んな人から色んな方面で怒られそうな読み方だけど、だって足場が固定されていれば、作中どんなに揺さぶられたって「まあどうせ生き残るし」「多分どこかしらのタイミングで死ぬんだから、あんまり情は入れないでおこう」「ああ、これが伏線だったんだ」と平坦な道を歩き続けることができる。<br>　好きになった登場人物がいきなり死んじゃうより、「この人エピローグで出てきてないんで、死んでるか退場してるかどっちかですよ」と標識が示されていた方がずっとずっと歩きやすい。<br><br>　私は「ハラハラ」なんて求めていないのかもしれない。できれば誰も死なずに、平和で平坦な道を歩いていたい。でも、そう思えるぐらいには、「小説に踣り込む」ことが自然になっているのかなぁ、とは思います。<br><br>（ミステリ作品と言えば、『タルト・タタンの夢』を初めとした『ビストロ・パ・マル　シリーズ（著・近藤史恵）』が好きです。誰も死なないから。人が死なない美味しいミステリは、「のり弁当」の中でもちょっと豪華な味がしている。その他にも、星新一や、田丸雅智のショートショートも好きです。ショートショートのどんでん返しは「のり弁当」でもなくて、ちょっとだけしか出てこない、それでもたった一口で蕩けるような、コース料理に似ている。）<br><br>文章：根来  ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nda58e0d16e71'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 21 Sep 2026 21:24:03 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】自動生成的接客業</title>
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      <description><![CDATA[<p name="F12B981B-F5D5-41CF-B280-CAFB22E40E1F" id="F12B981B-F5D5-41CF-B280-CAFB22E40E1F">　理不尽な理由でキレられている時、私の脳ミソはドーパミンがドパドパと放出されているような気がする。<br>　端的に言えば、「あなたが怒鳴っていてもどうでもいい」のだ。心底、どうでもいい。どうでもいいけれど、この状況、どう切り抜けよう？　なんて考えていると、それはそれはもうドーパミンが過剰放出される。<br><br>　私は主に本と接客業の狭間を生業としていて、だからこそ色んな人と出会うのだけれど、その大半が「どうでもいい」に分類されている。そもそも、接客業なんて大半のことを「どうでもいい」と思っていないとやってられないのだ。褒められたってどうでもいいし、怒鳴られたってどうでもいい。私の周りには、「どうでもいい」が犇めき合っている。<br>　かといって、「どうでもいい」をそのまま顔に出すわけにもいかないし、激高している相手の神経を逆なでするのも悪手だ。だから私は、自動生成的接客をしている。<br>「この人は嬉しそうだな」と思えば、私も嬉しそうな表情を作る。「この人は不機嫌だな」と思えば、下手に出る。「ああ、この人は、サンドバッグにしたいだけだな」と思えば、思う存分殴らせてあげる。その代わり、観衆を集めて、私は「被害者」として振舞うけれど。<br>「接客とはカードゲーム」。それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、自動生成的接客業が成り立っているような気がする。<br>　要するに、ChatGPTの真似事をしているに過ぎないのだ。<br><br>　共感なんていらない。ただ、文脈に合わせた接客を生成する。それだけの話。<br>　きっと、私にとって、「接客業」とは天職なのだろうと、思う。<br><br>　以前、「共感できないことがコンプレックスだった」と書いた気がする。確かにコンプレックスだけれど、コンプレックスに振り回されるのではなく、振り回す側に立つのは、何となく、楽しい気がしている。<br>「お前のコンプレックス、使い倒してやるよ」と、自分で自分の首を絞める気がして。<br><br>（どうでもいい話。<br>　私以外の誰かが、理不尽なカスハラに会っていると、めちゃくちゃムカつきます。人を選んで殴る人は嫌い。その人を殴るなら、私を殴れ。殴ってみろ。……と、怒りに燃えるのは、もしかしたら、ある種の共感なのかもしれない、と思います。）<br><br>文章：根来  ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nab8d25c47a72'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 18 Sep 2026 19:54:48 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】哀れなナルシスト</title>
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      <description><![CDATA[<p name="F18CB56C-9973-4D06-B51A-9433DCA93E76" id="F18CB56C-9973-4D06-B51A-9433DCA93E76">　幼い頃から、両親から「その顔に産んでもらえたことに感謝してもらえ」と言われてきた。ただの親バカだと思っていたけれど、実際に色んな人から「可愛いね」と言われてきたし、同級生も「顔『だけ』は良いのになぁ」なんてド突かれていた。きっと、傍目から見ても、私は「可愛い」顔をしているのだろう。<br>　でも、皆が言う「可愛い」とは、所謂「若さの専売特許」でしかなく。今はまだ私のことを「若者」として扱ってくれるけれど、あと数年したら、私は「若者」ではなくなる。私の（きっと）専売特許である、「可愛い」は失われてしまう。私の唯一の長所は、時間の流れと共に消え去ってしまう。「消費期限まで、あと何年なんだろう」と怯えながら鏡を覗き込む。<br><br>　鏡を自分で見る時、人は無意識に「自分が一番良く見える角度」で見ているそうだ。確かに鏡を覗き込むと、何となく顔を斜めにして見ている。それが実際、「自分が一番可愛く見える角度」なのだろう（だって写真写りは毎回最悪だし……）。そんな角度、覚えたつもりは無いけれど、ヒトの本能か、習性か。それとも「覚えた」なんて一々考えてないけれど、無意識に覚えてしまっているのか。どうでもいい。だって「今」の私は、きっと他人から見ても可愛いのだから。あと数年で、「今」が「過去の栄光」になるのだから。だったら、「今の栄光」を、瞳に収めていたい。縋りついていたい。<br><br>「ナルシストだ」と言われてしまうかもしれないし、実際、私はナルシストだ。iPhoneで撮られた写真を見て、「私はこんな顔じゃない！」と思ってしまう。実際は、iPhoneの方が正しいのに、受け入れられずにいる。哀れなナルシスト。だからって誰かに当たるわけじゃないけれど、わけじゃない、けれど……。<br><br>　最近は、洋服を買い集めることが趣味になりました。どこにも着ていかない洋服。少しお値段がした洋服。自室で着替えて、鏡の前に立ち、満足したらクローゼットで眠る洋服。<br>　日の目を見ることがない洋服たちも、「魔法の鏡」の前では、老いを忘れさせてくれるぐらいには、私を着飾ってくれる。<br><br>　私は、哀れなナルシスト。<br><br>文章：根来  ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n32e188c03c26'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244391807/profile_5af1473f83dd3aeb0b831d8c9627ce1e.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 17 Sep 2026 11:57:47 +0900</pubDate>
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      <title>【散文詩】透明な壁</title>
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      <description><![CDATA[<p name="72701454-CE4D-45A7-88EC-5C3D6B0CA9DF" id="72701454-CE4D-45A7-88EC-5C3D6B0CA9DF">　いつもいつも、目の前には透明な壁があって、どうしてもその壁を乗り越えられないことが、コンプレックスだった。<br><br>　透明な壁とは、どこにでもあって、透明だから気づけなくて、いつの間にか袋小路にいる。<br>　透明な壁とは、言葉の間にもあって、同じ母国語を触っているはずなのに、どこかツルツルとしていて、どうしても「言葉の感触」というものが感じられなかった。<br>　透明な壁とは、人と人の間にもあって、同じ話題について話しているはずなのに、どこかツルツルとしていて、どうしても「人の体温」が感じられなかった。<br>　透明な壁とは、同じ物を見ているはずなのに、どこかツルツルとしていて、「同じ感想」が言えなかった。<br>　透明な壁とは――<br><br>　透明な壁とは、叩いても叩いても壊れることはなくて、いつしか叩くことにも疲れ果てて、ハンマーを片手に持ったまま、ただ茫然と青空を見上げていた。<br><br>　人は、透明な壁を「個性」と呼ぶそうだ。誰にでもあるはずで、むしろ「個性」が重視される世の中で、私はどうしても、どうしても、「個性」とやらを殺して、生きていたい。<br>　ひっそりと引き籠るように、誰にも「個性的」だと呼ばれず、気づかれずに生きていたい。<br><br>　でも私の「個性」は強いらしいから。「個性」の壁に阻まれて、いつまでも皆と同じ場所へ行けない気がしている。<br><br>　透明な壁とは、どこにでもあって、透明だから気づけなくて、それでいて、誰もが壁に阻まれているはずで、<br>　それでも人が透明な壁を乗り越える瞬間を、袋小路の中、ハンマーを片手に持って、<br>　乗り越えたその人が届く頂を、青空を、ただ、見上げている。<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n6d9159db72f0'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 04 Sep 2026 19:20:09 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】当時の私へ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="05D74E89-B266-4DE0-A393-A912A37DBFAC" id="05D74E89-B266-4DE0-A393-A912A37DBFAC">　病名が付くことは、とても安心できることだ。もちろん、それまでの苦痛が無くなるわけじゃないし、これからの苦痛が無くなるわけでもない。それでも、「こういう症状だから」と誰かに認めてもらえたら、少しだけ息がしやすくなる。<br><br>　精神科の初診、主治医が言うには「双極性障害Ⅱ型の可能性が高いですね。あとＡＳＤの傾向もあります」と、それはそれは、清々しいほどキッパリと言ってくれた。<br><br>　小学生の頃から、友だちを作るのが本当に苦手だった。一日の大半をトイレの個室で過ごしては、給食は引きずり出されて、昼休みどころか掃除の時間まで給食を食べていることも少なくなかった（ちなみに、初めて友だちができたのは小学５年生の時。今でも付き合いがある。体調を崩しがちな私をいつも気遣ってくれる。いつもありがとうございます……）。<br>　中学生の頃はもっと酷くなって、保健室にも行けないし、詰めてくる先生も怖い。カウンセリングでは何を話せば良いのか分からず黙り込み、教室にいるのが本当に嫌になって、またトイレに籠りっぱなしだった。全校集会や式典の時にはハンカチを口に詰めては吐き出して、また詰め込んでは吐き出して……を延々と続けていた。そんなことをしていたから、「臭い」「汚い」と陰口を叩かれていた（本人たちは私が聞いていると気づいていなかったようだけれど、十年経った今でもこうして散文に書くぐらいには根に持っているからな！）。<br><br>　私が義務教育を受けていた時代は、「支援」というハードルがとても高かったのだと思う。特別支援学級はあったけれど、どちらかというと知的障害や重度の発達障害を持つ子が支援の対象だったし……。その点、「ＡＳＤ傾向」程度だった私は、支援の目の粗い網をすっぽり綺麗にすり抜けてしまったのだろう。<br><br>　今思えば、学校側だって何もしていないわけじゃなかった。カウンセリングは受けさせてくれていたし（ロクに応えられなかったけれど）、トイレに引き籠っていても給食の時間以外は基本放っておいてくれた。それが適切な支援だったのかは、私には分からない。おそらく当時の学校も分からない。でも、ハンカチを口に詰め込んでは吐き出す奇行には何かしら手を打ってほしかった気もするけれど……。それも酷な話か。当時のハードルは、それぐらい高かった。<br><br>「ＡＳＤ傾向」と分かった今は、少し不快でも「特性だからしょうがない」と割と素直に受け入れられている。<br>　病名は人を傷つけることもあるし、病気や発達障害、ボーダーラインはどうしてもプライベートな話だし、ズカズカと踏み込んでいい話でもない。まして、病名を振りかざして「弱者」として振舞って良いわけでもない。言い訳にして良いわけがない。<br><br>　それでも、私は主治医の言葉を聞いて、少しだけ、過去の陰口を叩かれて泣いていた自分に、「しょうがないんだよ」と、手紙を書ける気がする。<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nfca79a4ac414'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 31 Aug 2026 21:48:47 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】ネガティブ推進委員会</title>
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      <description><![CDATA[<p name="F2042FC2-02F2-49F2-9A6B-8EF21AB6673D" id="F2042FC2-02F2-49F2-9A6B-8EF21AB6673D">　自分の散文を読み返していると、大体主語は「私、私、私！」だし、内容も後ろ向きなものが多い。我に返って「誰がこんな『私』ばっかりのネガティブな文章を読むんだよ」なんて思うこともあるけれど、そもそも「誰かに読まれる」ことをあまり前提にしていないことも多いので、「まあこれはこれで……」と、なあなあで終わる。<br><br>　自分の頭をパッカーンと割れば、多分零れ落ちるのはネガティブな言葉ばかりだ。濁りきってちょっとくすんだ緑色。そういう液体が零れ落ちそうな気がする。<br>「好きなことについて書いてください」と言われたら、３００文字前後で終わるだろう。でも、「じゃあ、ネガティブなことでも書いててください」と言われたら、１３００文字でも書ける（あと１０００文字続きますよ！）。<br><br>　しかし、対面した相手に「ネガティブをぶちまける」って、相当ハードルが高いと思うんだ。誰でもそうじゃないのかな。濁った下水を好む人はいないし、飲ませたがる人もそうそういない（いや、いるのかもしれないけれど……。「他人の不幸は蜜の味」とよく言われるし、案外いるのかも……）。それでも、嬉々として身を乗り出してくる人は、多分そんなにいない。<br><br>　その点、散文は自分のネガティブを自分のＰＣに打ち込んでいるだけなので、そんなに罪悪感は無いし、むしろ少し振り返って「まだこんなことでウジウジ言っていたのか」と呆れすらする。他人に呆れられたらちょっとショックだけど、自分で自分に呆れるぐらいなら、そんなに大仰なことでもない。<br><br>「自分の機嫌は自分で取りましょう！」「ご機嫌に生きる方法！」みたいなキャッチコピーが世の中を跋扈するようになって、随分と窮屈な世の中になったな、なんて斜めに構えてしまう。「いつでもご機嫌でいなきゃ」なんて考えている時点で、なんなら全然「ご機嫌」とは遠いところにいるし、それこそネガティブが顔を覗かせている気がする。<br>　勿論、自分の「不機嫌」を理由に他人に当たるのは言語道断だとは分かっているし、世の中の「ご機嫌系キャッチコピー」も自己啓発だけじゃなくて、もっと「他人に当たるなよ」という意図が込められてるのも、何となく察してはいる。<br>「他人に当たらないために感情を制御する」のは大事だと思う。でも、「ぶちまける前の『自分の』感情に、自主規制を入れる」という行為に、どんな意味があるんだろう。ずっとずっと、自己検閲が続いて、「あ、いけない、いけない！　ご機嫌でいなきゃ！」と必死に取り繕う行為に、何というか、「それはそれで大変じゃない？　それは『ご機嫌』なの？」と思ってしまう（余計なお世話ではある）。<br><br>　私は、「ご機嫌」が強要される世界なら、めちゃくちゃネガティブでも「これは私の考えだから」と言いたい。斜めに構える性格を抜いても、やっぱりネガティブ思考で生きていたい。<br>　世の中が「ご機嫌に生きる方法」に大旗を振っているのなら、私はボロ雑巾で、なんだか腐った牛乳みたいな匂いがするような旗でも、「ネガティブでも良いんじゃないですか！　頭の中ぐらい、濁った言葉でも良いんじゃないですか！」って、控えめに、でも、いつかは誰かに気づいてもらえるように、旗を振り続けたい。<br><br>文章：根来  ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n29411b657558'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 28 Aug 2026 22:16:59 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】煙草</title>
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      <description><![CDATA[<p name="11541541-8E94-4B81-9BDE-760E9406C8F1" id="11541541-8E94-4B81-9BDE-760E9406C8F1">「さ～て、一服しますか」みたいなテンションでよく煙草を吸う。車の中とか、自室で窓を開けて、コッソリと。別に年齢的には全然問題ないんだけれどな、なんでこんなにコソコソと吸わねばならんのだ、と釈然としない気持ちを抱えながら。<br><br>　うっかり煙草を吸っているところを見られると、まず大抵の人から「辞めなよ、身体に悪いよ」と言われる。身体に悪いことは重々承知している。それでも、辞められない。ニコチンジャンキーです。<br><br>　昔から肺にとんでもない爆弾（物理）を抱えており、大体月一ぐらいでその爆弾は爆発する。これでもかなりマシになった方で、酷いときには二週間に一回は爆発していた。比喩ではなく、本当に。<br><br>　爆弾が破裂する瞬間なんて、本当に訳が分からなくて、ある時は納豆を混ぜていた時。またある時は、寝返りを打った瞬間に。肺が破裂（物理）するのだ。<br>　十代の頃は特に酷く、何しても破裂していた。内臓の病気なので、一目で見える病気じゃないし（咳は酷かったけれど）、「あの子、いつも体育をサボっているよね」なんて陰口を叩かれたりもしていた。まだヘルプマークの存在があまり認知されていない頃だった。<br><br>　そして二十代になり、合法的に「大人の娯楽」を楽しめるようになった私が真っ先に手を伸ばしたのは、酒ではなく煙草だった。父が煙草を吸っていた姿を幼い頃から見ていた影響もあるかもしれない。母も昔はヘビースモーカーだったと聞いていた。「煙草」という存在に凄く興味を惹かれる遺伝子でも組み込まれているのかもしれない。<br><br>　それでも、私が煙草を手にしたのは、世界に、自分の身体に、中指を立てたかったからだ。「今更肺に気を遣ってどうする！」「今更治しようのない身体なら、自分から『不健康』に突っ込んでやる！」という中指を立てたかったから。誰にも向けられない中指。きっと「サボってる」と言った子たちにこの病気のことを教えても、「見た目は普通じゃん」と言われてしまうから。だったらいっそのこと壊してやる！　と意気込んで煙草に手を出した。<br><br>　今にして思えば、中指を立てるというよりは、当時の自分にとって一種の自傷みたいなものなのだろう。ただ、「食」にそこまで興味を見出せない私にとって、「とりあえず二本ぐらい吸っとけば口の寂しさは減る」という仕様はあまりにも噛み合っていて、随分穏やかになった今でも、煙草は辞められずにいる（おかげでニコチンジャンキーではあるんだけれど……）。<br><br>「大人に憧れていた」「ちょっとカッコつけたかった」。多分、本当の本当の本音はこういうくだらなくてダサい動機だ。<br>　それでも、肺に爆弾が無ければ、少なくとも近所のコンビニで吸っていても咎められることはなかったのかな、なんて、朝日を浴びて薄っすらと光る煙を見ながら思う。<br><br>（そういえば、以前の散文で「禁煙に成功した」と書いた気がする。あれは嘘でした。嘘を吐くつもりじゃなかったけれど、結果的に嘘になりました。結局私は、ニコチン奴隷なのです。）<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/ne3a570e23632'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 27 Aug 2026 21:52:59 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】流れ星</title>
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      <description><![CDATA[<p name="1C48C4EA-EC63-4E03-A248-E4F6EF635377" id="1C48C4EA-EC63-4E03-A248-E4F6EF635377">　そういえば、これまでの人生で、流れ星って見たことないな、と思った。<br>　言われてみればプラネタリウムも行ったことがない。行ったことがないというよりは、そもそも街灯が少なく、冬になればそれこそ「天然のプラネタリウム」が窓から見えるので、そんなに興味を惹かれるものでもなかった。<br>　そのぐらい、私にとって、星空というのは身近な現象のはずなのに、なぜ流れ星を見たことないのだろう。<br><br>「流れ星、見たことないな」と思って窓から外を覗いてみたけれど、曇り空で月すら見えない。街灯がないこの町は、私の部屋以外ずっと真っ暗だ。一寸先は闇、本当に闇。自室の電灯が反射して、ぬぼーっと空を見上げる私の顔だけが窓に映る。<br><br>　流れ星の流れる速さぐらいは知っているし、「流れる間に願い事を三回唱えたら願い事が叶う」という迷信も知っているし、「そんなん絶対無理じゃん。あの速さで願い事を三回唱えるとか絶対無理じゃん」ということも知っている。<br>　そもそも流れ星って、いわば宇宙のゴミの最期のきらめきでしょう？　流れ星からしても、そんな期待を込められたって迷惑だよ。きっと「そんな余力残ってないんですけど……。死にかけなんですけど……」と困惑しているよ。<br>　でも、だからこそ、人は「夢が叶う」という夢を見てしまうのかもな、ということも薄々知っている。<br><br>　いつもいつも手遅れになってから気づくものだけれど、「身近な物」って、本当に身近すぎて、ついつい存在を忘れてしまう。で。手に入らなくなってから、「ああ、見逃していたのか」と気づく。悲しい時もあるし、「でも今更だしなぁ」と簡単に手放してしまう時もある。軽薄な人間です。<br><br>　手に入らないものだからこそ、手放したものだからこそ、勝手に夢を見て、そして、手が届くような「夢」はついつい見落としてしまう。私だけなのかなぁ。少なくとも、星空を見上げて、流星群を待って、願い事をする人は、きっと身近にある「夢」を忘れてしまっているんじゃないかなぁ、なんて、無責任だけど。「星に頼るしかない」人もきっといるんだろうけれど。でも、そう思ってしまう。軽薄な人間です、私は。<br><br>　もしもいつか、流れ星を見ることができたなら、私は一体何を願うだろう。欲張りだから、願い事すら決められず、見送ってしまうかもしれない。宇宙のゴミの最期を、ただ戸惑って見送ってしまうかもしれない。そんな予感がしている。<br>　だったら、人工物のプラネタリウムを眺めた方がマシかもしれないね。何かの最期を見送らなくて良いからさ。行ったことないから、プラネタリウムで星が流れるかなんて、知らないけれど。<br><br>　昨日も今日も、相変わらずの曇り空だけど、雲のもっと向こう、天井の無い星空は、きっと、昨日も今日も、そして明日も、月が綺麗ですね。<br><br>文章：根来 ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nd00a59716096'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 25 Aug 2026 20:52:07 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/fly_11029/n/nd00a59716096</link>
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      <title>【散文】「好き」と「趣味」</title>
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      <description><![CDATA[<p name="CBF80A1B-E983-4DA6-AECF-870FC6755D2D" id="CBF80A1B-E983-4DA6-AECF-870FC6755D2D">　堂々と「これが好き」と言える人を見ると、「良いなあ」と思ってしまうのでしょうが、私だけでしょうか。<br><br>　私の散文にはほとんどの記事に「読書」という言葉が出てくる。おそらく、「読書」という単語を探さない方が難しいぐらい。<br>　そうなると自ずと「読書が好きなのでは？」と思われると思う。私だって、「こんだけ『読書』の話題を書いていて好きじゃ無い訳ないだろ」と思うのだけれど、なんだか違うんだよなぁ。読書は好きというよりは、「習慣」や「趣味」に近い気がする。<br><br>　好きな作家さんの新刊が出たら、速攻で予約するし、書店で見かけたときも、試し読みせずに速攻カゴに突っ込む。そして家に帰って「思ってたんと違う！」となることも多々ある（情けねぇ……）。でも、後悔はあまりしない。だって「読みたい」と思った気持ちだけは本当なのだから。<br><br>　しかし、「読書が好きなんですね」と言われても、「いや別に……」と答えを濁してしまうのは何なんだろうな。「好き」と「趣味」の境界線がかなり近いことも関係しているのかもしれないけれど。<br>　私の中の、所謂「自己満ルール」の中では、「好き」とは心がときめくこと。一方、「趣味」とはもはや習慣となっていること。<br>　私の場合、職業柄も相まって、読書自体がかなり生活圏内の内側にいる。休日は読書、仕事も読書、帰宅しても読書。<br>　あまりにも「読書」が身近になりすぎて、もはやときめきなんて無くなって、「今日はこの本」「疲れているからＳＳで」「今日は長編行けるかも」ぐらいのテンションで読んでいる。ときめきが発生するわけがないのだ。<br><br>　そんな時に「これが好き！」と堂々と言える人を見ると、凄く「良いなぁ」と思うわけです。もちろんその人が毎回ときめいてるわけでもない……だろうし、そもそも「ときめかなければ『好き』という括りではない」なんて自分の謎の尺度でしかないので、確認のしようもないし、聞けないのだけれど。<br>　でも、それでも。キミには「これが好き」だと胸を張って生きていてほしい。とんでもなく上から目線なのは分かっているし、「どの立場で言ってんだよ」という話だけれど、とにかく、そうやって輝いているキミを、私はずっと、見ていたい。<br><br>（唯一「好き」だと思える瞬間は、私が大切にしていた詩集を相手に渡したとき。きっと興味はないだろうし、積読になっているんだろうけれど、それでも、大切にしていた詩集が誰かの手に渡ったのなら、それはとてもロマンチックで、ときめいてしまうのです。）<br><br>文章：根来  ネゴト</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/na4b67ac00440'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244391807/profile_5af1473f83dd3aeb0b831d8c9627ce1e.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 24 Aug 2026 21:00:53 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/fly_11029/n/na4b67ac00440</link>
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      <title>【散文】しんぶんし</title>
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      <description><![CDATA[<p name="13cab4fa-e37e-4d09-9277-5204cd5ac066" id="13cab4fa-e37e-4d09-9277-5204cd5ac066"><strong>※本記事では令和８年に発生した熊本地震、及び東日本大震災について書いています。</strong></p><p name="4d8f95f5-0c23-4ced-bc94-0101e25c6c69" id="4d8f95f5-0c23-4ced-bc94-0101e25c6c69">　本当に、本当に、こんなことは書きたくなかったんだけれど、毎朝新聞を読んでいると、徐々に熊本地震についての記事が少なくなっていって、なんだろうなぁ、この気持ちは何なんだろう、と言葉にできない気持ちになる。<br>　私は熊本にいるわけじゃないし（かといって完全に被害を受けていないわけでもないんだけれど）、あの地震で多くの人の生活が崩れて、しかも真夏に断水。最初の一週間はそれはそれは悲惨な状況が報じられていたけれど、今は新聞の一面に出ることはかなり少なくなっている。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nf7c4143a98c5'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244391807/profile_5af1473f83dd3aeb0b831d8c9627ce1e.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 21 Aug 2026 21:13:56 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/fly_11029/n/nf7c4143a98c5</link>
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      <title>【散文】エッセイと感想文</title>
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      <description><![CDATA[<p name="9e178d27-cdcf-43d1-bdd7-ba5b67870351" id="9e178d27-cdcf-43d1-bdd7-ba5b67870351">　文芸書はよく読むけれど、特にエッセイが好きだ。作者の考えていることが割と素直に書かれているから（勿論、出版される本に本音をそのままぶつけている訳でもないだろうけれど）。<br>　そして、エッセイを読むたびに私も何かを書きたくなる。「確かに」と思うこともあるし、「それはちょっと違うんじゃない？」と書きたくなる時もあり、そんな時に自然とＴＡＴＥ（執筆アプリ）を開く。</p><p name="a77b56e6-7ea8-4739-b875-e8dc489bd4e4" id="a77b56e6-7ea8-4739-b875-e8dc489bd4e4">　でもそれって、果たして本当に「私の散文」なのだろうか。何かに触発されて書き始めたのなら、それはもはや「読書感想文」と書いた方が誠実な気がしています。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/na7ddf3aba1b9'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 20 Aug 2026 20:35:24 +0900</pubDate>
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      <title>散文】友だちと絆創膏</title>
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      <description><![CDATA[<p name="b1df843f-ea29-4917-bd53-2cc8ccad5e78" id="b1df843f-ea29-4917-bd53-2cc8ccad5e78">　いろんな作家さんのエッセイを読んでいて、大体出てくる言葉が「友だちはいらない」という言葉たち。その理由は本当に様々で、「人と合わせるのが億劫」だとか、「他人の価値観が分からない」だとか……。<br>　そういうことを堂々と書けるって凄いなとも思うし、ちょっと憧れちゃったりする。だって「自分は有名人と友だちなんだ！」って周りに言いふらしてる人からしたら物凄い、物凄い勢いでハンマーを振り下ろされたような衝撃が走っちゃうだろう。まあ、「自慢するために友だちを名乗る人」が本当に友だちなのかと聞かれると、微妙な気もするけれど。でも、本当に純粋な気持ちで「友だち！」って思ってる人がこの本を読んだらきっとショックだろうなぁ、と思います。</p><p name="fa906e37-5e84-4756-8e76-d750dc3b70f3" id="fa906e37-5e84-4756-8e76-d750dc3b70f3">「人と分かり合えなくても、自分の価値観だけで立ち上がれる」ということは、相当な勇気がいることで、私はどうしてもその行為ができずにいる。誰かに寄りかかりたい。できれば寄り添ってほしい。でも過度な親密さはいらない。我ながら「メンドクセー性格」と思うけれど、それが私の「価値観」かもしれない。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nf6b4fb28534b'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 17 Aug 2026 21:35:18 +0900</pubDate>
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      <title>【小話】ラップは読書になり得るか？</title>
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      <description><![CDATA[<p name="8ff1dc95-31f5-428d-a1f2-c623f1cc7b8c" id="8ff1dc95-31f5-428d-a1f2-c623f1cc7b8c">　先日、「ラップは読書に入るんじゃないか」というニュースを見て、こう、なんだか凄く感動しちゃったんです。<br>「あ！　それ『読書』に含めるんだ！」って。<br>「読書」という、もはや誰も疑わないような概念の線を崩しちゃうんだ！　って。<br>「ラップにも文学的な価値がある」ぐらいなら「分かる」で終わるけれど、「ラップも読書である」と言われた途端に、読書という箱が急に曖昧になる。<br>　それなら、歌詞はどうなんだろう。あれこそ「詩」じゃないかなって思うんですけれど、どうなんでしょうかね。</p><p name="b344b82e-19c6-4aa6-a466-e1a3e3c11292" id="b344b82e-19c6-4aa6-a466-e1a3e3c11292">　ということで、今回は「読書」という概念に釘バットを持ってバッキバキに叩いてみようと思います。だってニュースで既にひびが入っちゃっているから、今更壊したって怒られないよね。ね！</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n24253ef1f3d9'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 09 Aug 2026 15:19:09 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】ムカデ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="35a438fc-5c61-41ed-9d9c-fc9222ec2ee6" id="35a438fc-5c61-41ed-9d9c-fc9222ec2ee6">　朝起きると白い壁に黒い棒のようなものが見えて、視力が悪いから、何なのかよく分からずに眺めていたのだけれど、不規則に動いていることに気が付いて、急いで眼鏡をかけて見たらそれはそれは立派なムカデが壁を這っていた。<br>　慌ててジャージを羽織って殺虫剤を取りに自室を出たのだけれど、中々見つからず。<br>　ようやくタッパーと殺虫剤を手にして自室に戻った頃には、ムカデはもう壁にはいなかった。<br>　生憎、私の自室には本が多く、ムカデが隠れられる場所も多い。出勤一時間前だったこともあって、このまま放置するか、でも帰って来てから布団の中で噛まれたら嫌だな……とサンダルをペタペタ鳴らしながら自室を歩いていると、不意にカサリと音が鳴った。<br>　慎重に本を退けたら、ムカデがいる。わざわざ壁から降りてきてくれたのかと、これ幸いにそっとタッパーを被せて、下に白い厚紙を差し込んで、部屋の外に運んだ。<br>　何となく「紙を差し込んだら暴れるだろう」と想定していたけれど、ムカデは思っていたよりおとなしく、タッパーの中でたまに蠢いていた。よじ登ろうとしては、タッパーがツルツルしていて足場が無いのか、登ろうとして、落ちたり、めげずにまた登ったり。<br>　その様子を観察しながら、庭に出た。</p><p name="9fbcc79f-62ee-48ea-b4f6-321072a73505" id="9fbcc79f-62ee-48ea-b4f6-321072a73505">　朝の日差しが容赦なく差し込んで、ジャージを羽織っていると少し暑いぐらいだったけれど、ムカデに気を取られていてそんなに気にならなかった。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n9b1bd0206d74'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 07 Aug 2026 22:31:22 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】食欲を聞きたい</title>
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      <description><![CDATA[<p name="b03038f2-2243-4e8e-9357-5ba7da92ab92" id="b03038f2-2243-4e8e-9357-5ba7da92ab92">　ご飯の話を、楽しそうに話す人が好き。<br>　美味しそうなご飯を目の前にして、目を輝かせる人が好き。<br>　メニューを眺めて、延々と悩んでいる人が好き。</p><p name="6f903314-7d60-47f2-a320-b1725275c05e" id="6f903314-7d60-47f2-a320-b1725275c05e">　食事の話をしていると、「ああ、人間の欲ってこれだよな」と思います。<br>　人は基本的に三大欲求に基づいて生活をしていて、その中で日常会話として口にするときに、最も平和的なのが「食欲」だ。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nf116390d8683'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 02 Aug 2026 22:26:49 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】希死念慮とのお付き合い</title>
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      <description><![CDATA[<p name="a59632d7-de35-41ec-8b7d-cb356d0d197e" id="a59632d7-de35-41ec-8b7d-cb356d0d197e">　朝、起きるのがとても辛い。<br>　夜、睡眠薬を飲むのがとても怖い。<br>　また、「希死念慮」という概念が肩を叩いてくるのかと。</p><p name="ed8826eb-342f-49a0-a5cc-456d93d60eba" id="ed8826eb-342f-49a0-a5cc-456d93d60eba">　死にたい理由なんてあんまりなくて（人間関係や将来のことは一つや二つぐらいあるけれど）、ただただ目の前に希死念慮が「こっちにおいで」とも言いたげに手招きしている。<br>　目的の無い希死念慮は厄介だ。「どうして死にたいの？」と聞かれても、「希死念慮があっち側で『おいで』と手招きしているから」としか言えない。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n0153e21efc04'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 30 Jul 2026 22:45:55 +0900</pubDate>
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      <title>【散文詩】手放したものについて</title>
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      <description><![CDATA[<p name="9bd9cb44-5034-4c62-89c4-0ef695f2b313" id="9bd9cb44-5034-4c62-89c4-0ef695f2b313">　大切な本があった。<br>　大切だったから、大切に仕舞い込んでいた。<br>　急にその本が読みたくなって、「ここにあったはずだ」と探して、見つからなくて、部屋の中を引っ掻き回した。<br>　沢山本は出てくるけれど、違う、違う、違う、違う、違う。<br>　いつの間にか涙が出ていた。何で涙が出てくるのか、よく分からなかったけれど、眼鏡の中には溢れ落ちる程の水たまりができて、床にぼとりぼとりと落ちた。その水滴も拭わないまま、本を探し続けた。<br>　心臓が跳ね飛んで、床にごとりと落ちた。<br>　部屋の中には、塩味の水滴と、やたら質量を持った心臓と、「違う」と勝手に決めつけた本が散乱していた。</p><p name="18fd8bc2-80aa-4a38-a5ff-3d0134a7e23d" id="18fd8bc2-80aa-4a38-a5ff-3d0134a7e23d">　どうしようもなくなって、精神安定剤を飲んで、布団の中に包まった。眼鏡は外して、今度は枕に染みができた。薬が効いてきて、落ち着いた頃には意識もぼんやりとしていて、感情の淵が曖昧になって、そのまま毛布に包まって眠っていた。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n362df8de07be'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 29 Jul 2026 22:08:23 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】不共感性</title>
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      <description><![CDATA[<p name="1c918042-1e41-4de6-831a-f1410fd47776" id="1c918042-1e41-4de6-831a-f1410fd47776">　私の散文は基本「私のこと」についてしか書けない。<br>　自意識過剰だと思う。私も思う、自意識過剰だと。</p><p name="322305db-d13c-410a-ab90-ef079f5f6c45" id="322305db-d13c-410a-ab90-ef079f5f6c45">　けれど、共感性って、凄く難しい話だと思うんだ。「この人は楽しそうだな」と思っても、それは私の「観測結果」であって、その過程には「一緒に楽しくなる」という工程がすっぽり抜けてしまっている。<br>　相手が楽しそうだから笑う。相手が傷ついてそうだから寄り添う。相手が話を聞いてほしそうだから話を聞く。<br>　そのどれにも「共感」は無くて、過去の推測から最適解を引っ張り出してきて、「うんうん」と頷く。<br>　それを「共感」と呼ぶのは、あまりにも傲慢な気がした。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n2662ef674322'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 28 Jul 2026 20:14:07 +0900</pubDate>
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      <title>【小話】気づかれない狂気</title>
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      <description><![CDATA[<p name="b5960e80-707b-4ba6-887a-ec2f5fc4310a" id="b5960e80-707b-4ba6-887a-ec2f5fc4310a">「五人官女だってです！」</p><p name="e921f0ae-dd18-4d0a-aa12-84a12350e306" id="e921f0ae-dd18-4d0a-aa12-84a12350e306">「総天然色の青春グラフィティや一億総プチブルを、私が許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんだよ！」</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n0595fc5c5218'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/244391807/profile_5af1473f83dd3aeb0b831d8c9627ce1e.png?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 26 Jul 2026 22:33:37 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】ダブスタ芸人の本ジェンガ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="7b035717-87ae-42b4-b32e-7cac66cd55bd" id="7b035717-87ae-42b4-b32e-7cac66cd55bd">　あの、読み終わった本から栞を抜いて、「次はどの本を読もうかな」って本棚を眺めている時間がたまらなく楽しい。<br>　乱雑に積み上げた文字通り積読の上に、読み終えた本を置いて、今度は山を崩さないように慎重に次の本を抜き取る。その様子はさながら本ジェンガ。「そんな扱いするのか！」と怒られそうだけれど、「本」当にそんな感じだ。本だけに。しょうもな。</p><p name="e6e848f1-98ac-4172-abb6-7d7ffda108d8" id="e6e848f1-98ac-4172-abb6-7d7ffda108d8">　あっれー？　この前は「元文学少女なんかじゃないし、『有名な某魔法学校の小説』にも見向きもしなかった。」なんて言ってませんでしたっけー？</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n4a2f6f3d2426'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 25 Jul 2026 22:40:22 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】０７２４【読書感想文】</title>
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      <description><![CDATA[<p name="71bdfcd9-98f1-4d08-8f70-768b6029d31f" id="71bdfcd9-98f1-4d08-8f70-768b6029d31f">　ミュージシャンのエッセイが好きだ。特に尾崎世界観や星野源なんかのエッセイはとにかく面白くて、感想を求められたら、「超面白い！」と語彙力が死んでしまうぐらいには、超面白い。<br>　普段、作曲なんてしないし、そもそも「どうやってメロディーを考えるんだろう？」と不思議に思ってしまう。作詞もそう。「詞」というよりは、「綺麗な韻を踏んだ詩」のように感じる。歌詞カードだけを読めば、一冊分の詩集を読んだような気がする。……詞を「詩」と呼ぶのは失礼か。でもそれぐらい、不思議な感覚になる。</p><p name="61731875-2dbd-44be-b05d-2133d40ce98b" id="61731875-2dbd-44be-b05d-2133d40ce98b">　で、彼らのエッセイ。面白いほど、作詞作曲の方法について書かれていない。いや、もちろん、「その歌を作った経緯」についてはよく記述されているけれど、根幹となる「どうしてその楽器を使ったのか」だとか、「どうしてその言葉を選んだのか」とか、そういう基礎的な部分についてはほとんど書かれていない。何故だろう。秘伝のレシピみたいなものなのかな。それとも、もっと「感覚」的な、なんかそんな感じの。ああ、やっぱり語彙力が死んでいる。<br>　彼らの書くエッセイによく記述されているのは、ライブについて。<br>　きっと私たちが見ることがない、風景について。<br>　武道館でのライブとか、フェス会場を「出演者から見た風景」とか。<br>　ずっと、ライブ映像を流しながら彼らのエッセイを読み耽っている。<br>「ライブ会場ってこんな感じなんだ」「出演者から見た観客って、彼の瞳にはこんな風に映っているんだ」<br>　その感覚が、ずっと面白い。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/n6a8c15efebab'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 24 Jul 2026 22:56:16 +0900</pubDate>
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      <title>【散文】夢の動機</title>
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      <description><![CDATA[<p name="83d90ffd-d0b7-4e3d-b654-1c2db1518c57" id="83d90ffd-d0b7-4e3d-b654-1c2db1518c57">　私は今、どうしても本とは切っても切れない仕事をしている。<br>　進路自体は、既に中学生の頃から「本に関わる仕事に就きたい」と決めていた。そのために、専門の資格が取れる短大への進学を見越して、エスカレーター式で短大まで行ける高校を選んだ。選んだ高校も、そのまま進学を見据えていた短大も、どちらも私立だったので学費は痛かったけれど、奨学金と扶養を超えない程度に始めたバイトで、何とか短大を卒業した。<br>　そして、現在は無事に専門資格も取得し、本に囲まれた仕事をしている。</p><p name="93c125b1-16fb-400b-8296-228c368a7018" id="93c125b1-16fb-400b-8296-228c368a7018">　ここまで書けば、まるで「子どもの頃からの夢を叶えた人」のように見えると思う。私も、文章だけを読めば、そう思う。</p><br/><a href='https://note.com/fly_11029/n/nb1c3f60040ab'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ヒナノヒガサ.</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 23 Jul 2026 22:37:20 +0900</pubDate>
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