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Photo bykachin808

キャリアコンサル-心音のノート 第9話

    相談者 佐藤美咲のコンサル

    心音のノート

     人はときどき自分の中にあるものをずっと見ないままにしている。見えないのではなく、見ないようにしているのだと思う。

     ショッピングモールの照明は少しだけ明るく、買い物をする家族の顔を彩っている。

    人の気配と、音と、色。

     それらが混ざり合って、現実よりも少しだけ軽い世界をつくっている。気分転換のつもりで立ち寄っただけだったけれど、気がつくと文具店の前で足が止まっていた。手の中には新しい手帳がある。佐藤美咲に勧められたものだった。ページを開く。まっさらな紙。何も書かれていないはずなのに、
    そこにはもう、いくつかの言葉が浮かんでいる気がした。

     今日はここに書いてみよう。ペンを走らせる前にふと、ある顔が浮かぶ。

     母だった。

     ずっと思い出さないようにしていたはずの顔。

    「いいんだよ、そのままで」

     そんな言葉を本当に言ってくれたことがあったのかどうかも、もう曖昧だった。けれど、不思議と今は、その言葉がどこか確かなものとして、胸の中に残っている。

     もし、あの人がここにいたら。

     少しだけ考えてみた。そして、すぐにその思考を閉じた。まだそこに触れる準備はできていない。

     ペンを持ち直す。

    「佐藤美咲」名前を書く。

     それだけで、さっきまでの時間が静かに戻ってくる。彼女は優しい人。だからこそ、誰にも深く届かなくなりかけていた。だけど、たった一人を思い出したとき、彼女の言葉に色が灯った。人は、ときどき自分の中にあるものをずっと見ないままにしている。見えないのではなく、見ないようにしている。

     “喜んでほしい人”

     その言葉は簡単なようでいて、とても個人的なもの。他人のために見えて、実は自分の中にしか存在しない。彼女はそれを見つけた。少しだけ羨ましいと思った。

     ページの端に小さく書き足す。

    「光」

     それが何を意味しているのか、自分でもはっきりとはわからない。けれど、確かに彼女との時間の中でほんのわずかに、景色が変わった気がした。

     色が戻ったわけではない。それでも“色があるかもしれない”と思えたことは初めてだった。

     手帳を閉じる。

     外の通路には相変わらず人の流れがあり、誰も立ち止まらない。みんな、それぞれの場所へ向かっていく。その中に私もいる。まだどこへ向かうのかはわからないけど。

     もう一度、誰かと話してみてもいいのかもしれない。

     そんなことを少しだけ思うのだった。

    第10話

    #創作大賞2026#お仕事小説部門

     
     
    人の心の揺れや、誰かに寄り添う時間をテーマに小説を書いています。 『キャリアコンサル 心音のノート』 『心音前夜』(心音のノートの前のお話) 『風の便り心音の栞』(心音のエッセイ) 香りや季節の空気を大切に、やさしい再生の物語を描いています。

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