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少子化の難しさは反出生主義に通じる

    なんかちょっとブログに慣れすぎてしまったかもしれん
    ブログから得られる刺激が減ってしまった

    手をつけるまでに時間がかかる
    それでも書きたい気持ちはある

    逆に、ここからどれだけ書けるかが真骨頂なのかも
    そう思ったら意地でも書くか



    昨日に引き続き、人類の行く末を考えている

    経済が発展して先進国になると、出生率が2.1を切るのはもう避けられないようだ
    各国が努力をしているが、人口維持に必要な2.1にはたまに届いてもすぐに切ってしまうという

    現在人口が増え続けているのはアフリカだが、それでも2090年代には人口減少に転じる見込みだという
    そうなったときには、世界のすべての国で人口が減少していることだろう

    人類はこのまま行ったら少子化によって滅亡すると思われる
    何かに失敗したらとかじゃなくて、このまま行ったら

    となると、対策を打って人類の存続を目指すか否か、という話になってくる

    これは難しいな
    自分個人でも、今を生きている人ですらなく、まだ生まれていない未来の人々のことだから

    この問題の構図は反出生主義に通じるなと思った
    反出生主義とは「人は子どもを産むべきでない」という倫理的な立場で、私はこれに賛同はしないものの、哲学的な問題としては興味深いと思っている

    反出生主義を根拠づける理論の一つに「同意不在論」がある
    「親は子どもに、生まれてくることについての同意を求めることができない」というものだ

    生きている人同士であれば、その関わり方は双方の合意に基づいて決められる
    だが、親と子どもは出生について合意することが不可能なので、すべきではない、という主張だ

    私は、この考え方は不適切だと考えている
    親とまだ生まれていない子どもの関係に、生きている人同士を想定した倫理を適用すべきではない、と考えているからだ

    ではどんな倫理が必要なのかというと、それは残念ながらわからない
    どう考えたらいいのかがわからない

    ただ、反出生主義が現実味を欠くのに対し、少子化問題は眼前に存在する課題である

    「人類を存続させるべきか」という問いは、まだ生まれていない未来人に「あなたは生きたいですか」と問うことに近い
    残念ながら、我々はその答えを得ることができない

    どう考えたらいいんだろうなぁ!
    わからん、知恵をください!



    じゃまたね
    読んでくれてありがとう



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    カナダのビクトリアで永住を目指して生活しています ブログ/オモコロ好き 2500円で単発ラジオの相方を務め、編集・アップロードまでやります。憧れのラジオを撮ってみませんか? マシュマロ→https://is.gd/5PkVwN 案件のご依頼もお待ちしています

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