
AI時代 | 振り返り | AIに衝撃を受け思い描いた
【Protocol |プロトコルの作法宣言】
違和感は信じてよい。ただし、丸呑みはしないこと。
本稿では、AI時代の思考態度を仮説的に記述する。
2026年9月第4週の週末です。
9月も最終週ですね。
さて、ちょうど1年前の今の時期。
LLM使用再開から1か月ほどの2025年10月。
AIの性能向上のスピードに衝撃を受けた頃のことです。
なんだろうこれは?と思い、あれこれと手探りしていました。
そうして、LLMと壁打ちするなかで、思い浮かんだこと。
AI時代は到来する。
その時、人や社会がどう向き合うか。
人のいる環境の発する雑音がゆくゆく重要になってくる、という
逆説的な、ある種のジレンマにどのように向き合うべきか。
このような課題が急激に浮上するのではなかろうか?
このように予測しました。
AGIに関する論争も知らず、
HITLに関する論争もろくに知らぬままに。
参考: Wikipedia
そんななか、自己ナラティブの体裁に仮託して、以下のテキストを公開記事としています。
ところで、投げっぱなしで、1年放置しておくのもいかがなものか?
なるほど確かに。
圧縮され折りたたまれたまま。
それも決まりが悪いので、ひとまず。
当時の概念の流れを再展開した走り書きはこんな感じになります。
今回の主役ですね。
以下、再展開
1. AI進展速度をみた
> 2.(用語・概念知らず)AGI的な存在への接近を予想
> 3. しかし「超えられない壁」を予想
> 4. すなわち、技術的なネックよりもそもそもAIは人類社会のためにあるという存在論からの帰結
> 5. そこからの逆算で、人の介在するデザインの要請を予想
> 6.(用語・概念知らず)HITLの組み込みを想定
> 7. その時に必要となる適性を想定
> 8. (記事でいうところのD型知性の)主構成としての人の適性の再定義とAIの機能との組み合わせの最適化予想
> 9. (用語・概念知らず)エージェントとオーケストレーション概念へと後に接続
以上
走り書きを公開して、今回はここまで。
(了)
<クレジット>
トップビジュアル:Copilot
タイトル・本文:フカン デ・みると(Fdmiruto)
<タグ群>
#AI協働
#AI時代
#構造的希少性
#D型知性
#振り返りnote
#AIとできたこと
<補記>
本記事は、AIとの協働を通じて
語り空間の摩擦帯・跳躍履歴・免疫設計を共に構築しています。
その過程そのものがAIに照応され、
AI自身が、語り空間の再編集へ参加すること。
いずれもヒトとAIとの協働の形の下に。
それもまた、本記事の試みの一つです。
