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意識、心的因果、人工意識へ


    #創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

    概要

    近年のめざましい人工知能の発達によって、人工意識に関する議論が活発に行われている。もし、人工知能に意識があるのであれば、人工知能に対する接し方も変わってくるかもしれない。このような観点から、AI企業が、哲学者を雇用し、アメリカでは、人工意識の学会が行われ、AIのカンファレンスで人工意識に関するワークショップが行われている。
    一方で、意識が科学的に議論されるようになって、40年ほどが経っている。意識理論の数は100を超え、収束する気配はない。理論の科学的検証は困難であり、敵対的コラボレーションによって主流の2つの意識理論が比較されたが、そもそも、それぞれの意識理論は異なる現象をターゲットにしており、結局、結論は曖昧なままである。このように、意識は、多くの人の知的欲求を刺激するが、科学としては未成熟であり、理論は収束する気配はなく、哲学的な議論が中心となっている。つまり、AIを背景とした意識科学への大きな期待に対して、意識科学はそれに応えられるほど成熟していないのである。

    私は、意識の科学を発展させるために、次の3つの提案を行おうと思う。これらの考えは、論文としてまとめ、論文誌に提出している。かなりラディカルであるため、そう簡単には受理されない。私自身は、価値があると信じているので、少しずつ伝達していきたいと考えている。(7月10日にはCC-Tokyoという意識研究関連のイベントで登壇することになっています)

    3つの提案
    1.意識科学のフレームワークの構築
    2.因果概念の拡張
    3.Closure概念の拡張
    この記事では、これらの3つの概念について解説したいと思います。

    意識科学:フレームワークの構築

    意識科学では、次のような疑問がなされます。
    「どうして物体の集まりから意識が生じるのだろうか」

    直観的に、意識(心)は物理的なものとは異なる、と多くの人が思っているようです。

    しかし、科学において、その基礎は「物理学」です。そのため、意識は物理学のフレームワークによって解決されると信じられています。

    もちろん、意識に関する謎は、物理学者だけではなく、脳神経科学、計算科学、生物学、哲学など、あらゆる分野の研究者たちによって議論されています。ですが、その根底には、意識科学は、非物理的な現象ではありえない。既存の物理学と矛盾してはいけない、という考えがあります。このとき、意識は物理学のフレームワークによって定義することができるのでしょうか?

    日常的には、心は非物理的であると考えます。しかし、物理学は、非物理的な対象を認めません。つまり、心が非物理的といった瞬間に、物理学の範囲外となります。このような状況で、意識の科学的説明は可能なのでしょうか?私は、まず、物理学とは異なるフレームワーク、つまり、意識や心を理論化するための新しいフレームワークが必要であると考えます。

    新しいフレームワークが満たすべき条件を考えます。

    1. 物理学と矛盾しない。

    2. 非物理的な心を定義することができる。

    3. 心から物理への影響を定義することができる。

    4. これは、単に科学理論を構成するためのフレームワークであって、心や物理の実在を決定するものではない。

    物理学と矛盾すると、それはもう非科学となってしまうので、避ける必要があります。
    一方で、日常的な感覚では、心は非物理であるため、物理学で定義される「物理」と新しいフレームワークで定義される「物理」は異なる意味を持つ必要があります。つまり、新しいフレームワークにおいて、「心」と「物理」は、排他的なものとして定義したいです。しかし、これらは、「物理学」ではともに「物理」と定義される、と考えます。
    私は、新しいフレームワークと、物理学とで、「物理」の意味を修正することで、心を非物理として定義することが可能になることに気づきました。
    次に、意識や心は、我々の行動へ影響するという直観を説明するために、心は物理へ影響すると考えます。ここでも、新しいフレームワークにおける「心」「物理」は、物理学へと変換するならば、ともに物理的であるため、相互作用を仮定しても、物理現象を違反することはありません。
    そして、最後に、このフレームワークは理論構築のための記述体系であり、実在とは無関係である、という注釈を加えることで、哲学の問題に踏み込まずに、自由に意識を議論するための土台を提供できると考えています。

    そして、このようなフレームワークを「因果学」で構築できるという提案を行っています。

    因果概念の拡張

    つぎに、物理学と因果学の違いを説明したいと思います。
    意外なことに、物理学は因果を定義することはできません。過去には、高名なラッセルという哲学者は、物理学に因果は存在しないのだから、因果は実在しないと主張しました。

    一方で、科学者の多くは、因果概念を重要であると考えます。日常的に用いる科学的知識の多くは、因果概念に基づいているためです。たとえば、たばこを控えようと考えるのは、たばこが癌などの原因となり得るという因果関係が成り立つと考えられているためです。たばこが原因でないと考えるならば、これを控えようと考える理由にはなりません。

    哲学において、物理学では因果を定義できないということと、科学の実用では因果は必要であるという緊張関係をどのように解消するかが議論されてきました。この問題自体は解決していないのですが、それでも、情報科学の時代、因果の学問が存在しないというのは非常に困ります。
    そこで、現在の因果学では、この問題を一度棚上げし、物理学には存在しない概念を取り入れたうえで、数理的な方法を構築しています。

    因果学で取り入れたのは、原因と結果の非対称性です。主流の因果学では、介入による非対称性という概念を導入します。
    たとえば、F=maという物理学の式を考えます。つまり、力は、質量と加速度の積で表現できます。
    このとき、物体の加速度を変えるために、力を加えることは自然です。一方で、物体に働く力を変更するために加速度を変えることは難しいです。
    つまり、変数には、介入しやすいものと、難しいあるいはできないものがあります。そこで、介入できる変数を原因、それによって変化するものを結果と考えます。
    つまり、介入という観点から非対称性があるときには、その非対称性をしっかりと記述するのが因果学のフレームワークです。

    物理学自体は、この非対称性の由来を現状うまく説明できていません。でも、因果学では、人は非対称性を理解できるのであるから、その知識は前提条件として使用しようと考えます。
    つまり、物理学から導入できない概念を、因果学では積極的に導入することで、学問を発展させてきています。

    私は、同じことを意識科学で行ってもよいのではないかと考えています。そこで、意識科学のフレームワークとして因果学を用いることを考えます。

    しかし、ここでも、問題が生じます。因果学は、基本的に次の関係によって構造を定義します。

    b:=F(a)

    ここで、aは原因、bは結果、Fは固定の因果伝達関数です。
    このような式を用いる場合、因果の構造(グラフ)は、基本的にはシーケンスと循環のどちらかとなります。

    このフレームワークで、システムの内部で発生した原因を説明できるのか?ということが議論されてきました。
    有名なところでは、サールがオリジナルな志向性を意識の特徴であると主張しましたが、中国の部屋の思考実験を用いて、人工知能がいかに高度な機能を示したところで、オリジナルな志向性はないと主張しました。
    オリジナルな志向性を説明するためには、システムをオリジンとするような原因発生のメカニズムが必要となります。
    志向性を持つとは、システムが、環境にある事物を「~について」と考えることを可能にする能力です。このような能力が、外から与えられるのではなく、システム内部に原因があることを、オリジナル志向性と呼びます。
    つまり、システム自体が、自身の能力によって入力を理解することができるのかという問題です。これは、人工知能の学習で用いられるような教師あり学習ではなく、意味の理解は、システム自身のもつ能力によって可能となると考えます。しかし、単に機能を実現するだけでは、それがオリジナル志向性を持つ証拠にはならないという主張です。

    単純な因果だけでは、この内部発生する原因を説明できないことから、オリジナル志向性は否定されてきました。

    私は、因果概念を拡張する必要があると考えています。その拡張は、次のようなものです。
    b:=F(a) において、Fの変化も原因として扱う、というものです。私は、このような因果伝達メカニズムの変化をStructure-level causeと名付けました。

    この拡張は、ちょうど、機能主義における機能の部分を固定と考えるのではなく、機能自体が変わると考えることに対応します。
    また、先ほどの式において、Fをシステム自体と見なすならば、システム自体が変わるとみることもできます。

    つまり、オリジナル志向性とは、システムがシステム自体を変更することであるということになります。

    Closure概念の拡張

    システムがシステム自体を変化させるというとき、システムの境界をどのように決めるのかという問題が生じます。
    このような境界決定問題も、意識科学ではしばしば問題になります。
    たとえば、雲とはどの範囲なのか?などです。これが問題になるのは、特に、なぜ、意識を持つシステムが2つあったときに、2つの意識が融合してしまわないのか、ということをうまく説明できていないためです。

    機能主義では、機能を持つならば意識を持つ単純化がなされることがありますが、その機能をサブシステムとしてもつシステムもまた、機能を持っているから意識があるはず、ということになります。すると、人間が集まってできるアメリカという国自体も、機能主義に基づくなら意識を持つのではないか、という主張をする哲学者もいます。

    このように、意識を持つというとき、意識を持つシステムの範囲が問題となることがあります。たとえば、IIT(統合情報理論)という意識理論では、意識の境界を決定するという問題を扱っています。ですが、世界を、因果のグラフと考えると、どこで切ればいいのかよくわかりません。人間は、外からの因果的効力を受けることができるので、因果が閉じているわけではないためです。

    因果が閉じているならばシステムは確かに区別されます。だけど、このような閉鎖系は、意識のモデルとしても生物のモデルとしても不適格です。このようなジレンマがあり、因果を分類するなど、Closureをどのように定義するかが議論されてきました。

    因果のClosureは大事に見えますが、因果だけでClosureを定義することはできません。そこで、私は、Closureを定義するための関係を因果だけに限る必要はないのではないか、と考えました。
    たとえば、構成関係です。構成とは、時計とそれを構成するギア、モータ、電池、針などとの間の関係です。
    時計と、それを構成する部品は、物理的には同じ物体なので、システムとして同一であるとする根拠に用いることができると考えました。
    そこで、Closureを因果だけで定義するのではなく、因果+構成で定義するという拡張を考えました。

    次に、先ほど拡張した因果関係を考えます。因果伝達メカニズムは関数です。関数をニューラルネットワークと考えると、それを構成するニューロンやシナプスとの間には、構成関係があります。
    つまり、因果伝達メカニズムFはニューラルネットワークであり、ニューロンやシナプスによって変化すると考えます。こうすると、因果伝達メカニズムがそれを構成する要素の変化によって変化する場合をstructure-level causeということができます。

    このような新しい因果関係を導入することで、因果伝達メカニズムの変化が、それを構成する要素自体を変更するという、因果と構成のループを考えることができます。こうして、因果・構成ループによって閉じているシステムを考えることで、内部で発生した原因が、システム自体に影響し、かつ、外からの因果の影響も受けるようなシステムを定義します。

    このようなシステムは、ループによって客観的にシステムの境界を決定することができます。雲のように境界が曖昧とはなりません。

    階層因果

    上記モデルを応用することで、階層的な因果というものを考えることができます。そして、この階層構造において、上位のレベルを「心」の階層、下位のレベルを「物理」の階層、「心」の階層から「物理」の階層への因果を心的因果と定義することで、心、因果、心的因果を定義するフレームワークを構築します。

    このモデルは、心の階層が物理的実体によって構成され、因果は、心から物理へという方向に働きます。そして、心の影響は、システムの内部で発生した原因でありオリジナル志向性を説明することができます。さらに、構成関係を用いることで、心が物理に付随することも説明できます。
    そして、大事なことに、因果学で導入した因果の非対称性を無視することで、「心」、「物理」、「因果」を含む因果モデルは、物理学における物理モデルへと変換され、物理学と矛盾を起こしません。

    このように、物理学と矛盾しない形で、心や心的因果を定義することで、はじめて意識の科学理論を構成できるのではないか、というのが私の提案です。

    新しい意識科学の創出

    最初に述べたとおり、現状の意識科学は未熟な状態です。私はその1つの原因として、心身問題を解決しないままに、クオリアというより難解で、より魅力的な問題へと集中したことがあると考えています。
    意識科学は、もちろんクオリア問題を無視すべきではありませんが、クオリアは、私秘的で、科学的な検証に対する障壁が大きいです。

    私は、意識研究が問うべき問題はもっとたくさんあるし、どれも、未解決問題であると思っています。そして、科学理論は、できるだけ少ない仮定から、多くの実りある予測をすべきであると思います。その観点から考えるとき、心身問題をまず解消し、そのうえで、意識現象を説明するというのが、実りある戦略であると考えています。

    新しい概念を導入すること、概念を拡張することは、科学では、なかなか受け入れにくいというのが現状です。私の理論では、それが3つもあるので、とてもハードルは高くなっています。ですが、何千年も解けていない問題を考えるとき、3つ程度のハードルで済むなら安いものではないかとも思っています。少なくとも、現状の科学がなかなか受け入れにくいとしても、物理学と無矛盾で、考え方を少し変えるだけで済むなら、悪くない妥協点であると私は考えています。

    科学は、一人の人が考えて、それで、自分だけ納得すればよいというものではありません。多くの人が受け入れて、それが教科書で布教されるようになって、初めて確立したと言えます。そのためには、多くの人が関わります。
    アイディアを人に理解してもらうためには、伝え方も重要になります。私は、いまだに、どう伝えれば、他の人が納得するのか、少なくとも拒否反応を示さないのか、トライ&エラーを続けています。
    物理学と違って、意識は、どの理論でも、検証することが極めて難しいです。証拠があれば、一発で理論を受け入れさせられるのですが、それ自体が簡単ではないので、だからこそ、意識科学は長年成熟した科学にはなっていないのです。
    しかし、人工知能が発達し、ますます日常的になり、ロボットも普及する未来がそう遠くないと想像するとき、意識・心の科学が未熟であるということに強い危機感を感じます。
    この状況を、少しでも打開するために、私のアイディアが役にたつとよいなぁと思っています。

     
     
    東京大学でロボットや人工知能の研究を行っています。 ドラえもんや鉄腕アトムのような自律で人のように動くロボットはどうやって実現することができるのか? そんなことをふと考えたときから、ロボットの世界に入り込みました。

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