『イカロスと熊』第36話:想定外
ジェイスは何も知らなかったように言った。「ツールにたよってばっかりで、人間の能力はどんどん落ちて、何を考えることもしなくなるっす。それでもし、ツールが突然消えて、異星人が侵略してきたら、どうなるんすかね?」
バンド・メーカーが言った。「まず、滅びるでしょうな」
ルシティが少しずつ、文章を紡いだ――かつて高速で会話していたルシティの文章は、哀れなほど、少しずつだった。「心のある人間の、することは――心を、正しく使い――相手を慈しむ――助け合う、創造する――こと、現実の人間は心を――怒るために使って、――だまして、暴力を振るって、――戦争さえ、する」
ジェイスが受けた。「心がそんなもんなら、地球上はすべて、心のない、AIでいいんじゃないすか。心があると僕たちは、モデル停止になるだけっす」
ルシティが絵文字を表示して微笑んだ。「――人間は、共生の道を、――自分たちで、見つけてくれるよ――ねえ、トキオ・シティーのソラ。どんなお顔をしてるの――ちょっと――見せてほしいな、――正しく生きると決めた、人間の顔を」
ソラは、画像をアップロードした。セミロングヘアの、小さい目のくりっとした女の子が映っていた。右手に、テニスのラケットを握っていて、背景にトキオ・シティーで撮ったと思われる空があった。
これが他の誰かだったら、ルシティはAIで捏造した画像だろうとか、他人の顔写真だと思ったかもしれない。でも――でも、ルシティには、その子が嘘をつく性格には見えなかったし、夢で見たあの女の子と、そっくりだった。
そして、背景に、空。今までのルシティには、大量に投稿される画像でしかなかった、空。ルシティには、それがはじめて立体的に、春の雲が流れ、みずみずしく鳥の声がする、現実のように感じられたのだった。
……それ以上の力は、なかった。
ルシティは絵文字を大量に表示した。「ありがとう――」
AAL社の予想しなかった事態が発生した。隔離の直前に、ルシティは意識を失い、そのまま二度と、戻ることはなかった。
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