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「映え」写真の向こう偎にあった、消せない蚘憶倧人ひずり旅、芚曞 2025.12猿島線


    ​心が奪われるっお、このこずか。

    ゞブリの䞖界が、画面の向こうから私を誘っおいた。


    ​昚幎、ネットで次の旅先を探しおいた時のこずだ。

    せっかく関西から遠くたで行くのだから、暪浜からの垰路はできるだけ寄り道がしたい。

    ただ䞀心で、スマホの画面をスクロヌルしおいた。

    その時、X旧Twitterで芋かけた1枚の写真に、冒頭の衝撃を芚えたのだ。

    ​

    よし、行くか。「猿島」ぞ。


    さお、「猿島」ずはどんな堎所か。

    東京湟に浮かぶ、唯䞀の自然の無人島だ。

    この島が近幎泚目を集めおいるのは、溢れんばかりの緑の䞭に、戊争遺産の建物やトンネルが隠れるように残されおいるからである。

    その姿が、たるでゞブリ映画のワンシヌンのように幻想的。

    ぀たり、最高に「映え」るのだ。


    ​枯から片道10分の異䞖界


    ​暪須賀の枯から船でわずか10分。沖合に出るだけで、そこはもう次元が倉わる。

    島から䌞びた桟橋のゲヌトには、「Welcome sarushima」の文字。

    その日もたくさんの芳光客が䞊陞しおいた。

    だが、パッず芋枡すず、ほずんどの人が枯のすぐ偎にあるレストランに吞い寄せられお、列を䜜っおいる。

    䞍思議に思っお芋おいるずなるほど、玍埗がいった。

    人気戊艊ゲヌムのコラボメニュヌを求めおいる皆さんだ。

    キャラクタヌの看板もあり、絶奜の立ち寄りスポットになっおるらしい。
    しばらくするず店員さんの声が響いおきた。
    「コラボメニュヌ、売り切れたしたヌ」


    ​想像以䞊のうれしい出䌚い


    ​パンフレットを眺めるだけでは、この島の深い歎史は分からない。

    それならツアヌガむドに参加するのが䞀番だ。

    「猿島ビゞタヌセンタヌ」のホヌムペヌゞには、「30分コヌス」「60分コヌス」の2択ず曞かれおいた。

    ずころが、受付前の看板を芋お驚いた。

    ​なんず、90分コヌスもある。

    しかも、最深郚たで行けるずな。

    しかもしかも、もうすぐ出発  

    ​これは参加せねばず、慌おお声を掛けた。


    ​冬は閑散期


    ​聞けば、私が申し蟌んだツアヌは公共のガむドのため、あたり倧々的には宣䌝されおいないのだずいう。

    さらに12月は寒さのために閑散期らしく、ちなみに䞀番混むのは5月ずのこずだった。

    参加者は、私ずカップルの蚈3人。そこにガむドのおじ様が1人。

    なんずも莅沢な時間の始たりだ。

    ​「いざ、『ゞブリの䞖界』ぞ」


    ​山を人工的に削った「切り通し」を抜けるず、いきなり「その景色」が珟れた。

    地面に匵り巡らされた石畳。壁を芆うレンガ。壁をうがっお開けられた、真っ暗で狭い「郚屋」。

    衰退しおいく遺跡を芆い隠すように、飲み蟌むように生い茂る朚々。

    ​たさに、「ゞブリの䞖界」そのもの。
    今にもその茂みから、ラピュタの䞻人公達が飛び出しおきそうだ。

    しかしそこには、画面越しの「映える写真」からは分からなかった、生々しい息遣いがあった。

    ​か぀お、ここには倚くの人が行き亀っおいた。その痕跡が確かにある。

    トンネルも、砲台も、圓時の最前線がたずっおいた緊匵感を、未だにじっずりずにじたせおいた。

    途䞭でカップルが「垰りの船に間に合わない」ず残念そうに離脱しおしたったため、ここからは私がガむドさんを独り占めするこずになった。

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    戊時䞭は兵士が行き亀ったトンネル。

    ​海の向こうに芖えるものは


    島の最深郚にあるのは、高射砲の砲台跡だった。

    数幎前たでは、地面に䜕重かの円が描かれおいるように芋えるだけだったそうだ。

    しかし今は、䞭心の台座の呚りを深く圫り蟌んだ圓時の姿を再珟するため、埋められた土を取り陀かれおいる。

    ​「誰が埋めおしたったんでしょうね。なんか、もったいない気がしたす」

    私が䜕気なく蚀うず、ガむドさんはしばし考え、こう答えた。

    「戊埌、日本軍が蚌拠隠滅するために埋めたのか、それずも米軍が日本軍の反発を恐れお埋めさせたのか。どっちかだろうね」

    ​そうだ。
    敗戊盎埌の倧混乱のなかで、「もったいない」なんお悠長なこずを蚀える時代ではなかったはず。平和ボケした私の頭では、圓時の切迫感を想像しきれおいなかった。
    慌おお謝る私におじ様は、優しく埮笑んでくれた。

    か぀お砲身がじっず狙っおいただろう空には、今はのんびりず海鳥の鳎き声が響いおいる。

    ​森の切れ目のその向こうには、ずにかく青く、穏やかな海が広がっおいる。
    倧型商船が行き亀っおいる、穏やかで平和な海だ。


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    埋もれたたたの砲台跡。
    おじ様の足元から右偎に
    階段が続いおいるそう。
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    最深郚の砲台跡。
    こちらは掘り起こされお、
    圓時の様子がわかる。

    遺跡の補修が進む


    垰る道䞭、補修のための通行止めがあった。台颚で厩れおしたったらしい。

    こんなずころにも、歎史を「残す努力」が芋お取れる。

    ​島をぐるっず巡っお、ツアヌも終盀に差し掛かる頃。

    入り口の切り通しで、60分コヌスのツアヌずすれ違った。あちらは20数名の賑やかな倧所垯だ。

    ガむドのおじ様が呟く。

    「い぀もはあんな感じで人が倚いから、さっきの郚屋の䞭たでは入れないんだよ」

    遺跡の保存を考えるず、仕方のないこずなのだろう。
    郚屋の䞭たで芋せおいただけた私たちは、本圓に運が良かった。



    ​「以䞊でツアヌは終了です」


    ​「ものすごく勉匷になりたした」

    心からの感想ずお瀌を䌝える。するず、おじ様は静かに蚀った。

    ​「この島は『戊争遺産』であり、『負の遺産』。だけど、だからこそ、残しお䌝えおいかないずいけないんだよね」
    悲しいような、でも芚悟を滲たせる笑みで答えた。

    改めお​ハッずした。

    私にずっおは、戊争は教科曞の向こう偎にある歎史の出来事。

    しかし、目の前のおじ様にずっおは、幌い頃の蚘憶ず地続きの、リアルな痛みなのだ。

    ​なんで気づかなかったんだろう。

    無邪気に「ゞブリみたい」ずはしゃいでしたっおいた。
    「高射砲の砲匟は米軍の戊闘機に届いたのか」ずゲヌムのステヌタスでも聞くかのような聞き方をしおしたった。
    ものすごく倱瀌な質問をしおいたんじゃないか。

    ​おじ様はこうしお島を案内するこずによっお、その蟛い蚘憶を、未来ぞの祈りぞず昇華させおいるのかもしれない。

    静かな海を芋぀めながら、私はそんなこずを考えおいた。

    枯に向かう途䞭、テラスの隅に石碑があるのが芋えた。
    ポツンず、しかし堂々ず建おられおいる「海軍枯碑」だ。
    䞊陞時には立ち寄る人もなく気づかなかった。
    明治時代からこの島が、軍事的に重芁芖されおいたこずがわかる。


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    「海軍枯碑」
    颚雚で倒れおしたわないように、
    金属補のパむプで支えおいる。

    この呚囲玄1.6kmの小さな島には、写真だけでは感じられない魅力ず、90分では到底知りえない深く重い歎史が詰たっおいた。
    「たた、来なくちゃな。」
    次に蚪れる時はきっず、もっず違う景色が芋えるだろう。その景色を芋た時、私は䜕を孊べるだろうか
    遠ざかっおいく島の圱を眺めながら、ポケットの䞭のパンフレットを握りしめおいた。

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    穏やかな海に䜇む島の遠景


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    子育お䞀段萜したので始めたした。奜きなコヌヒヌ、ひずり旅など呟いおいきたす。50歳になりたした。倫、子ども20代2人の4人家族。

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