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Photo bygoma_cheese

電池切れのギフト

    人類の歴史の中でのほとんどにおいて
    親は幼い我が子の様子を自分の記憶の中にしか残せなかったと思うと、
    iPhoneの存在は本当にありがたい。
    いつでもタイムスリップして、バンザイ寝でさらけ出すポンポンのお腹や
    舌足らずな喋り、オムツで膨らむお尻のフォルムを堪能することができる。

    でも先日、その便利な道具が使えなかったお陰で
    思わぬギフトを授かることができた。

    平日、息子は親に負けず劣らず忙しい。
    放課後、少しの時間を学童で過ごすと
    夫か私のどちらかが在宅勤務をしている家に寄り、
    ランドセルを置いて習い事に向かう。

    習い事は家から近いので1人で行けるのだけれど、
    帰った時に誰かいると安心するらしいので
    そのタイミングはできる限り夫婦どちらかが在宅勤務しているようにして、
    どうしても調整できない時だけ1人で頑張ってもらっている。

    曜日ごとの定型行動パターンは彼も記憶しており、
    稀に訪れる親が不在のようなイレギュラー対応も
    毎朝の三者スケジュール確認で乗り越えてきた。


    ところが前日、想定外のことが起きた。

    勤務中に学童の先生から、
    「もう学童からの帰宅時刻を過ぎているが、そもそもまだ来ていない。
    学校からも出ていないようだ」と電話があった。

    確認すると、確かに学校の門を通過した通知が来ていない。

    そこで気がついた。今日は6時間授業の日だと。
    下校時刻はかなり遅いので、学童に行っていたら習い事に間に合わない。
    それなのに息子にも学童にも誤ったスケジュールを伝えてしまっていた。
    息子は下校後に学童に行く気でいるはずだ。

    そろそろ家にいるであろう夫に電話してみた。
    すると、なんと急な会議で午後の在宅勤務ができなくなったそうだ。
    しかも、息子の携帯は電池切れで家に置いて行っているらしい。

    人生数回目の6時間授業でへとへとになりながら通り学童に向かうと
    楽しみにしているおやつを頂く間もなく「もう帰宅の時間だよ」と言われ、
    空腹で家に帰るといるはずのパパがいない。
    仕方なく一人で身支度をして習い事に向かうと、なんと既に遅刻している。
    言われた通りに動いたはずなのに!
    息子の性格を考えると、泣いてしまいそうな事態だ。

    聞くと、夫は苦肉の策として昼休みを利用して家に帰り、
    夕方家に居られなくなったことの謝罪と、
    戸締りをして気を付けて習い事に向かうことを手紙に書いて
    玄関に置いているらしい。

    今すぐに会社を出たとしても、夫ほど家が近くない私には成す術がない。
    息子はどうなっただろうかと気に病みながら、次の会議に向かった。


    会議終了後、即見守りタグの現在地を確認すると、習い事の場所に居た。
    遅刻はしたにせよ、たどり着いてはいるらしい。

    少しほっとして、次にラインを確認すると、夫から写真が届いていた。
    そこには、「パパへ。わかった。ちゃんと行くから安心して!」と、
    力強く書かれた息子から夫への置き手紙が写っていた。

    夫が帰るまで家で泣いている姿を想像していた私は
    この手紙を見た瞬間、思わず涙ぐんでしまった。
    学童に無事だった旨連絡をすると、
    結局息子は学童には来なかったということを聞いた。
    つまり、自分の判断で今日は学童には寄る時間はないと判断し、
    家に帰り、夫への返信を綴り、一人で準備して向かったのだった。

    奇しくもその日は息子の8歳の誕生日だった。
    プレゼントを受け取るのは息子の方だったはずなのに
    私たちの方が一生物のギフトをもらった気がした。

    祝杯をあげる私たちの横の机では
    息子の手紙の傍で電池の切れた携帯が眠っていた。







     
     
    本業はマーケティング。 人の「買う理由」を作るのが仕事なのに、自分の選択にはいつも迷います。 選択の裏にある思考の構造を書いています。

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