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法事、どこまでやるの?

    俺ちゃん仏教

    葬儀、四十九日法要のあと、いよいよ一周忌、三回忌と追善法要がはじまります。まず菩提寺の住職さんに日時の予約をして、次に親族の方々に参加の有無を確認し人数を把握、そして精進落としの会場を予約して、お花やお供えを準備し、お墓をキレイにして当日を待ちます。

    この一連の流れが定期的に続きます。これをじいちゃんも、ばあちゃんも、お母さんも、お父さんも、よくやって来たなあと感心します。どうですか?自分たちの代になったら「めんどくせーーーーっ」てなりません?なぜこうなったのか少し掘り下げてみましょう。

    まず宗教と歴史は切っても切れない関係。少し歴史をさかのぼります。

    江戸時代、幕府はキリシタンを取り締まるため檀家制度を敷き、戸籍簿としての宗門人別帳を作り、どこかのお寺の檀家にさせ、お寺には仏教式の葬儀をするよう命じました。

    仏教式の葬儀がキリシタンかどうかを判断するのに一役買ったわけです。だけど、今まで修行しかしてこなかったお坊さんたちは、「え〜まじで、どうやって葬式すんの?」って最初は多分困ったと思う。「我々は修行の身でそんな時間はありません」みたいな否定的な声もあったと思う、想像だけど。

    そこで幕府サイドも「檀家制度作ってあげるから〜そしたら定期的にお金入って経済的に楽だよ〜その方が集中して修行できるんじゃな〜い?」って。そう言われると、仏教サイドも「そ〜なん、じゃあ、やろかあ〜」って、こんな感じで仏教スタイルの葬式がスタートしたわけ。

    江戸幕府に始まったキリスト教禁教政策は、明治時代、1873年にキリシタン禁止高札が撤去されキリスト教の禁教が終わった。これでお坊さんたちも「お疲れ〜お疲れ〜やっと終わったね」って、江戸幕府に協力した仏教式の葬儀をこの時に終わりにして、また自らの仏道修行に励めばよかったのに、あれれどうした?

    一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌、五十回忌、百回忌

    何か増えてないですか?これ全部やるの?もうキリシタン見つけたよ。

    確かに絵踏とか仏教式の葬儀とかキリシタン取り締まりで、その後の日本が植民地にならなかったという歴史はあったと思う。が、しかし、仏教サイドの人たち、法事増やしたね〜どの方向見て誰に言っていいかわからないけど、何かすごい。良いか悪いかわかんないけど、法要すごい増えてる。

    まあこんな感じで、ざっくりと説明したけど、俺ちゃん的には、法事は三回忌くらいまでで十分だと思うんだけど、だめですか?それ以降は自由で。

    追善法要やらないと地獄だよ〜みたいなノリは嫌いだ。法事しないからって、子どもや孫を呪う親なんてどこにいるの?もし、そんな親いるならこっちから捨ててしまえ。

    お寺によっては五十回忌まで引っ張るお坊さんいるけど、正直マジか?と思っている。法要を終えた檀家さんの名前を本堂の前にわざわざ張り出してる寺あるけどプレッシャーが半端ない。あれは一体誰が喜んでいるんですか?

    俺ちゃんはやらない。怠けているわけじゃない。檀家さんの負担が大きいんです。年齢的にも、費用的にも。多分精神的にも大変だと思う。

    それに俺ちゃんは、そこまで生きている自信がない。

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