
伝家の宝刀、釈迦の言葉
お釈迦さまの生涯が伝記的に述べられた『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)という原始仏教の経典があります。その中で、お釈迦さまは自分の葬式を率先して仏教者にやってほしいとは望んでいなかった。出家者が葬式に全く関わっていないわけではないが、むしろ、出家者には「仏道修行に専念してほしい」と望んでおられたそうだ。
あれ?そうすると、今の葬式仏教の立ち位置が…
常日頃、日本のお坊さんたちは、「お釈迦さまは〜」と、お釈迦さまの言葉を頻繁に使って法話をされていますが、お釈迦さまの望みは一体どこへ…?どう整合性を図ればいいの?今日葬式をした人には、また葬式仏教に疑問を持っている人には…
お葬式は、お釈迦さまの一存ではない。
耳が痛すぎる。都合のいい時だけお釈迦さまの言葉を出してごめんなさい。
ではなぜ、日本のお坊さんたちが葬式を仏教式でするのか?これは「江戸幕府、宗門人別帳、年忌法要」で調べてみるとすぐにその理由がわかります。簡単に言えば、日本の仏教は政治に利用され、その流れを利用してきたという歴史がある。
でも、お釈迦さまは、「自分が心底納得できないなら、人も本も信じるなよ」とも言ってる。何事も自分で調べたり理解したり納得することが大切。
葬式というのは、「こうしなければならない」とお坊さんに無理やり言われてすることではなく、自分が納得できるかどうかが大切。2500年も前からお釈迦さまは「納得できますか?」と問うてる。
みなさん、今の葬式仏教に納得していただけますか?
日本の仏教は葬儀を依頼されたら、そのご家族はすでに理解し、納得しておられると思って、お坊さんたちは引導を渡しているはずです。なので葬式をしてくれるお坊さんたちに悪気は全くないです。
今、我々は生きています。生きているうちにできることがあります。せめて自分のお寺は何宗で、どういう人が住職で、どんな行事が年間にあるのか、お墓参りのついでに調べてみてはいかがでしょうか。