
#64 睡眠と想像と過去と未来
毎日ベッドに入って眠りにつくまでにふとこんなことを考える。
自分が過去に戻ったとしてあの分岐点でこう動いていたらこうだったんじゃないかとか
一方まだ起きていない未来のことを想像することだってある。
私はそんな時間が少し好きだ。そんな起きもしないことと起きるかどうか分からないことを眠りにつくまで考える。
そんな中、青春とはというものについて意識して考えてみた夜がある。
まぁよく言われる青春ってな、キラキラした中学高校そして大学、社会の一員として加わるあの淡くて脆くてかけがえない日々だよな。
当時の頃って「青春」って思いながら毎日過ごさないと私は思う。
少しくせのある先生の授業、テニスをしながら無意識に聞いた吹奏楽の音色、少しませたマドンナ抱いたあの感情。
その全てが大人になって、「あぁあれは青春だったんだなぁ」と気づく。
ユーミンがこう言っている。
「人ごみに流されて変わっていく私を
あなたはときどき遠くでしかって
あなたは私の青春そのもの」
人ごみに流されるよね。青春って
人に流されるよな。人に流されていいものなのかダメなものなのか落ち着いて考えることが大事なんだと思う。
最近「3年A組」というドラマを何年かぶりに見返してみた。
そこで菅田将暉さんが生徒に向けて、こういう
「お前たちは自分の感情に身を任せて許される年齢じゃない、何が正しくて何が間違いなのか、上辺だけで物事を考えず、本質から目を背けるなと
考えて考えて考えて答えを出す」
って
人と仲良くなるのが上手い人って羨ましい・・・
兎にも角にも、その具体例を言語化すると難しいのだが、
例えば新しい学校に入学するとか新しい会社に就職するとか、組織に加わるときに先輩の懐に入るのが上手い人っていない?
その能力ってさなかなか練習してもできないと思っていて、ある種才能に近いものなのかなとか思っていて、後輩力というか。
学校の始業式の日にさ、健診で教室移動して保健室で待ってる時にさ、前後にいる人とさ仲良さそうに話してて、「もともと知り合いやったの?」って勘違いするぐらい仲良くなってて、
席の前後とか隣の人とか。
僕はそういうの苦手だから誰かに話しかけてもらわないと馴染めないし、馴染むのにも時間がかかるんだよな。
人生には選択肢の連続である。
今日の晩御飯は何を食べるか、どんな仕事に就くか
今新しく始めようとしているドラムを買うかどうか、
そんな選択肢の連続で今の私がある。
私は今の仕事にもっと早く出会いたかったと最近考える。
私の職場は人事の入れ替えが激しいからだ。
もちろん悪い理由ではなくて。
私が入社する前にいた出会うことのない先輩と出会いたいと思うからだ。
こんなにも「人」というものに興味を持ち始めたのもごく最近のことだ。
人間を面白がる、人の考え方、性格、好み、特技
そういうものに自然と興味が湧く。
人と話すことが好きだ。
それを教えてくれたお笑い養成所に通っていた日々を思い出す。
この春、私の同期が新たな生活を東京で始めた。
齢30でお笑い芸人という先の見えない世界へ飛び込み、養成所所属という切符を掴み、会社を退職、そして上京。
なかなかの度胸と肝っ玉精神に脱帽する。
その人は、またひとときの感情に陥ることはない
そんな人が人を笑わせたいと思っていると思うとハートフルな気持ちになる。
感情がない人って、他者からあまりよく思われにくいと勝手に思っているのだが、
その分感情が出た時には、そのギャップが長所へと変貌する。
少しずるいと思ってしまう。
モテない人ってこの世の中に数多いると思うのだが、喋ると突然モテなくなってしまう人と出会ったことはないだろうか?
それが私だ。経験がその何よりもの証拠だ。
こういう人には決してなりたくない・・・
のだが、抑えることができないんだよな。
未来のことを想像で考える夜がある。
この人とこういう話をしてる自分とか、
ロマンチストな人間なものだから、故障したエレベーターで2人きりになって話をするシチュエーションをとか、
棚からものが落ちてくる所を腕を掴んで助けるシチュエーションとか、
そんなベタ妄想ドラマを考えながら今日も眠りにつく・・・・・