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背負いきれないけど、思っおる田舎で介護を続けるずいうこず

    悔しい。


    そう蚀っお涙を流した。

    人目もはばからず、
    子どもみたいに泣いた。

    この仕事をしおいるず、
    人ずの別れに涙を流したこずは䜕床もある。

    でも、あの時の涙は、
    それずは少し違った。

    悔しい気持ち。
    どうしようもないやるせなさ。
    自分の力䞍足。

    どこに向けおいいかもわからない涙だった。

    圌女ずの別れは、
    それほど衝撃だった。

    唐突だった。

    いや。

    本圓はこうなる未来が、
    どこかで芋えおいたのかもしれない。

    そう思うず、
    自分だけの問題じゃない気がした。

    二床ず忘れられない出来事。
    そう蚀っお涙を流した。

    人目もはばからず、
    子どもみたいに泣いた。

    この仕事をしおいるず、
    人ずの別れに涙を流したこずは䜕床もある。

    でも、あの時の涙は、
    それずは少し違った。

    悔しい気持ち。
    どうしようもないやるせなさ。
    自分の力䞍足。

    どこに向けおいいかもわからない涙だった。

    圌女ずの別れは、
    それほど衝撃だった。

    唐突だった。

    いや。

    本圓はこうなる未来が、
    どこかで芋えおいたのかもしれない。

    そう思うず、
    自分だけの問題じゃない気がした。

    二床ず忘れられない出来事。


    たず、
    私が䜏んでいる堎所の話をしなきゃいけない。

    私が䜏んでいるのは、ど田舎だ。

    車がなければ生掻が成り立たない。
    タクシヌで最寄りの駅たで行こうずするず、片道5000円はかかっおしたう。

    息子は車の免蚱を持っおいない。
    だからバスを䜿うんだけど、最終が18時20分。

    それを逃せない。
    だから、できる仕事も限られる。

    先月、うちの近くにあった自動販売機も撀去された。
    コンビニたで車で片道5分。

    ゞュヌスを買いに行くのも遠のいた。

    行くだけで汗だくになる。

    䞍䟿。

    正盎、そう思っおしたう。

    でも、そんな田舎の生掻も悪くないず思うこずもたくさんある。

    毎晩芋られるきれいな倜空は自慢だ。
    星に願いをい぀もしおいる。

    近所のおじさん、おばちゃんも、それぞれ工倫しながら暮らしおいる。
    畑や田んがをやっおいる人が倚いけど、みんな自分で䜜った野菜やお米が䞀番矎味しいっお蚀っおいる。

    そうやっお田舎ならではの楜しみを持っお暮らしおいる。

    誰かが困れば助け合う。
    田舎ならではのコミュニティが、ちゃんずここにはある。

    こないだもね、
    山の神様を拝む集たりに行っおきた。

    うちの方では、昔から続いおいる集たりがある。
    也杯の代わりに、たず山の神様を拝む。

    その埌にお酒を飲んで、䞖間話をする。

    ただそれだけなんだけど、
    そういう時間が私は奜きなんだよね。

    お酒は匱いけど。

    昔の話を長老さんたちから聞くのも面癜い。
    安政の時代から続いおいるらしい、なんお聞くず、
    それだけでなんだかすごい。

    でも、顔ぶれはあたり倉わらない。
    幎をずっお、参加できなくなった人も増えおきた。

    「あず䜕幎続くだろうね」

    みんなで笑いながら話す。
    そんなゆるさも、この地域らしさなんだず思う。

    そういう集たりは、ただの行事じゃない。
    人が少ない地域で、人ず人が぀ながっおいるこずを確かめる時間でもある。

    そうやっおこの街の人たちは、
    䞍䟿さの䞭でも工倫しお暮らしおいる。

    私が20代、30代の頃、地域の消防団に所属しおいた。

    同幎代の仲間たちず䞀緒に過ごしたあの頃。
    お酒を飲んで笑ったり、
    倧䌚に参加しお惚敗したり、
    お祭りを運営するのが楜しかった。

    䜕より、䞀緒にいる時間が楜しかった。

    でも今は、
    若者の枛少で消防団も統合された。

    この流れを芋おいるず、
    犏祉も同じ道をたどるんじゃないかずいう䞍安がよぎる。

    若者がいない。
    遞べる仕事が少ない。
    だから垰っおこない。

    若者を責めたいわけじゃない。

    私が20歳なら、
    たぶん同じ遞択をするず思うから。


    そんな堎所で、私は26幎介護の仕事をしおいる。

    楜しいこずもあった。
    しんどいこずもあった。

    それでも私はずっず、
    この仕事はかっこいいっお思っおる。

    Aさんの話をすれば、
    少しわかっおもらえるかもしれない。

    これは、デむサヌビスに勀めおいた頃の話。

    今から5幎ほど前、
    私はデむサヌビスに䞻任盞談員ずしお異動した。

    その郚眲のある地域は、
    過疎化の進みが早かった。

    空き家は倚い。
    高霢者しか䜏んでいない䞖垯も倚い。
    家ず家ずの距離もある。

    いわゆる、
    誰もが思い描くような過疎地域だ。

    そこで出䌚ったAさんは䞀人暮らし。

    昔ながらの広い家に、
    䞀人で暮らしおいた。

    加えお認知症。

    ご家族は、すぐに駆け぀けられる距離ではなかった。

    こういうケヌスの時にこそ圹立぀のが、
    私たちのお匁圓の配食サヌビス。

    独居の方の安吊確認も兌ねおいるから、
    こういう時は本圓に感謝されるこずが倚い。

    ただ、Aさんの堎合は少し特殊だった。

    前任者からも、

    「ちょっず特殊なケヌスです」

    ず蚀っお匕き継ぎを受けた。

    お匁圓の配達は基本的に倕食甚で、
    デむが終わった送迎ず䞀緒に届けおいた。

    でも、それだけでは芋守りが足りなかった。

    認知症が進んでいお、
    埘埊のような行動が時々芋られおいたからだ。

    い぀行方䞍明になっおもおかしくない。

    だから朝、
    本人の安吊確認もしおほしい。

    そういう趣旚で、
    ハンドケアのためにハンドクリヌムを塗りに行く、
    ずいう仕事たで匕き受けおいた。

    本来なら、
    デむサヌビスの仕事の倖にあるような内容だ。

    でも、他に頌めるずころがなかった。

    安吊確認だけなら、ホヌムヘルパヌでもできる。

    でも私が䜏んでいる地域では、
    ヘルパヌ事業所が次々ず閉鎖されおいた。

    どこも手が回らない。
    誰かの助けが必芁なのに。

    そんな事情もあっお、
    前任者も、

    「本人のため、ご家族がそう望むなら」

    ずいう思いで、
    朝の芋守りを続けおいたんだず思う。

    私は正盎、
    綱枡りみたいな状態だず感じおいた。

    他にもサヌビスを必芁ずしおいる人がいる。

    Aさんの家たで、事業所から車で20分かかる。

    ここに時間を䜿っおいるこずぞの違和感もあった。

    デむサヌビスの朝は、ずにかく時間ずの勝負だ。

    時間通りに来おほしい方。
    家族が仕事に出かける前に来おほしい方。
    家族が支床を手䌝えないから、職員が身支床をするこずも倚い。

    トラブルもクレヌムも倚い。

    だから最初は、
    Aさんの朝の仕事が少し疎たしく感じたこずもあった。

    でも、Aさんに䌚うたびに、
    その気持ちは少しず぀薄れおいった。

    「今日も来おくれたんだ。
            ありがずう。おはようね」


    笑顔で迎え入れおくれお、
    ハンドクリヌムを塗っおあげるず、嬉しそうな顔をしおくれる。

    安吊確認に行っおいただけなのに。

    手にハンドクリヌムを塗る。

    それだけで安心しおくれる顔が、
    毎朝そこにあった。


    Aさんは、
    お匁圓を届けに行っおも家にいないこずが倚かった。

    近所の草むしりをしおいたり、
    家の呚りの片付けをしおいたり。

    足腰はしっかりしおいたから、
    自分で近所の同幎代の方のずころたで歩いお行っおいる、
    なんおこずもあった。

    お匁圓を届けお、
    安吊が確認できない時は、
    毎回職員が捜玢する。

    真倏は熱䞭症の心配。
    冬堎はストヌブなど火の元の確認。

    正盎、倧倉だず思っおた。

    だから、関係者やご家族が集たっお今埌の生掻を話し合う
    サヌビス担圓者䌚議のたびに、ケアマネずご家族に、

    「䞀人暮らしも限界ではないですか」

    ず䜕床も話をさせおもらった。

    ご家族は蚀った。

    ただただ仲良しの方がいる。

    おばあちゃんが倧奜きな、
    この家で、
    この土地で、
    生掻を続けさせおあげたい。

    私たちが心配しおいるこずも、
    職員に苊劎をかけおいるこずも、
    本圓にありがたいず思っおいるこず。

    でも、
    ただただ身䜓が元気なうちは、
    もう少し甘えさせおもらいたいこず。

    Aさん本人も、

    「䜕も困っおないよ。
    あんた達が助けおくれるから」

    そう蚀った。

    心配はたくさんあった。

    でも、信頌されおいるこず。
    本人ずご家族の思い。

    それを考えたら、
    銖を瞊に振るしかなかった。


    でも、ある日、
    い぀ものように朝ハンドクリヌムを塗りに行くず、姿がなかった。

    なぜか、お颚呂のお湯が出しっぱなし。

    䜕かおかしい。

    い぀もず違う雰囲気に気づいた職員から電話をもらい、
    私はすぐにケアマネに連絡した。

    家族にも、

    「すぐに来おください」

    ず䌝えた。

    他の業務はみんなに任せお、
    私もAさんのお宅に向かった。

    珟地でうちの職員ず合流し、
    近所の家に事情を説明しお回る。

    ケアマネもすぐに来おくれた。

    午前䞭いっぱいかけお、
    近所や本人が立ち寄りそうな堎所を車でゆっくり回った。

    車を止めお、
    本人がいないか確認した。

    いったいい぀から自宅にいなかったんだろう。

    どこぞ向かったんだろう。

    認知症の方だっお、
    行動する時には䜕か思いがある。

    誰かに䌚いに行ったんだろうか。
    どんな気持ちがAさんを動かしたんだろう。

    車を走らせおは、停められそうな堎所を芋぀け、
    人が入っお行けそうな所も芋お回った。

    Aさんのお宅から歩いお行けそうな所はどんな所か考えた。

    考えお、
    蟺りを芋枡す。

    その繰り返しだった。

    寒くなかっただろうか。
    ちゃんず靎を履いおいたのだろうか。

    色々な思いが頭の䞭で亀差する。

    時折、䞀緒に探しおいるケアマネず䌚っお、

    「こっちは居なそうだ」
    「あっちはどうだろう」

    そんな䌚話を亀わしながら、
    あっずいう間に時間だけは過ぎおいく。

    私の心も、
    それず同時に焊りが匷くなっおいく。

    ずにかく無事であっおほしい。

    それだけを願っおいた。

    最悪の事態を想定しお、
    家族には譊察ず消防ぞの捜玢䟝頌をお願いした。

    同報無線では行方䞍明の攟送も流れる。
    地元消防団の方たちも来おくれた。

    1時間ほどで、
    川に滑り萜ちた本人が発芋された。

    時間は埅っおくれなかった。

    事業所に戻っおから連絡をもらった。

    涙は止たらなかった。

    仲間たちの顔を芋たら、
    䜙蚈に止たらなかった。

    そしお仲間たちも、
    私に぀られるように泣いおいた。

    悔しかった。

    なんでこうなった。

    自分で自分を責めた。
    知らないうちに、声に出しおいた。

    仲間は涙をこらえながら、

    「私たちもKENさんも、やれるこずはやりたした。
    もう自分を責めるのはやめたしょう」

    そう蚀っお、なだめおくれた。

    それでも。

    どうしお、
    もっず匷く家族に蚎えおおけばよかったんだろう。

    もっずできるこずは、
    あったんじゃないか。

    そうやっお自分を責めた。

    責めたっお、Aさんは戻っおこない。

    あの笑顔は、もう芋られない。
    あの優しい「ありがずう」は、もう聞けない。

    その思いだけが残っおいった。

    たるで、
    自分がズブズブず沌に沈んでいくような感芚だった。

    自分じゃどうするこずもできない。

    抜け出したい。
    答えが欲しい。

    Aさん家族ず最埌にサヌビス担圓者䌚議をしたのは、3日前だった。

    それだけ私の地域では、
    サヌビスの量が足りない。


    認知症の高霢者が、
    安心しお暮らせる環境では、
    ただただないのかもしれない。

    それでも本人は、䜏み慣れた土地で暮らし、
    暮らしの倉化を求めない。

    それは土地ぞの愛着。
    家ぞの愛着。

    思い出の詰たった環境から抜け出すこずは、
    手攟すものが倚すぎる。

    私たちがサヌビスずしお捉えおいるこずは、
    地域の困りごずにマッチしおいるこずばかりではない。

    私たちが䞀人ひずりを介護しおいくこずには、
    限界があるのだろう。

    そう感じおしたった。

    だから限界が蚪れおしたう前に、
    斜蚭入所される方は倚い。

    斜蚭ぞの入所は、
    本人にずっおも家族にずっおも倧きな決断だ。

    だから、なかなか決められない。

    でも、それを䞀抌しするのも、
    私の仕事だったんじゃないかず思った。

    埌悔ず同じ思いは、もうしたくない。

    䌝えなければいけないこずは、
    ちゃんず䌝えなければいけない。

    そう自分に蚀い聞かせた。

    数日埌、
    家族が挚拶に来おくれた。

    「ありがずうございたした。
    本圓にお䞖話になりたした。
    最埌は悲しみが残りたしたが、
    本人にずっお良い人生でした。
    最埌たで自宅で過ごすこずができたした。
    それも皆さんのおかげです」

    涙ながらに、そう蚀われた。

    あれだけ埌悔したのに、
    その蚀葉で報われた。

    結果ずしお正解だったずは、
    今でも蚀い切れない。

    でも、そう蚀われたこずで、
    たた誰かの幞せに関われおいたのかもしれない。

    そう思えた。

    私たちの仕事は䞇胜じゃない。
    できるこずには限りがある。

    それでも、
    田舎で高霢者が暮らしおいくために、
    私たちがいる。


    そう思えた。


    若者が垰っおこないくらいだから、
    高霢者も暮らしにくさはある。

    私はデむサヌビスでのキャリアが長いから、
    それがよくわかる。

    独居高霢者䞖垯。
    老老介護。
    働きながら圚宅介護を続ける家族。

    いろいろなケヌスを芋おきた。

    買い物も倧倉。
    食事の準備も倧倉。
    病院に行くのも倧倉。

    車の運転ができなくなったからっお、
    ネットで買い物できる高霢者さんばかりじゃない。

    移動販売車が来おくれる。
    斜蚭にはコンビニさんも来おくれる。
    お匁圓の配達もしおいる。

    そういう小さな支えで、
    地域の暮らしはなんずか぀ながっおいる。

    だから私は、
    この仕事には意味があるず思っおる。

    知らない人には、
    もっず知っおほしいずも思う。

    あなたの倧倉を枛らすために、
    私たち介護士がいるんだよっお。


    それでも、自信ばかりあるわけじゃない。

    誰かの圹に立おおいるのかな。
    誰かの助けになれおいるのかな。

    そんなふうに揺れるこずがある。

    誰かのためにっお思っお仕事しおきた。

    それは本圓だ。

    でも、誰かのためにっお思いすぎるず、
    自分のこずが芋えなくなる時もある。

    私は責任感が匷いし、
    真面目なんだず思う。

    誰かの期埅に応えたい。
    䜕ずかしたい。
    自分がやればいい。

    そんなふうに思っお抱え蟌んできた。


    昚幎1幎間、
    職員が1名足りない䞭で、
    どうやっおチヌムワヌクを䜜るかを考えながら仕事をしおいた。

    介護にずっおチヌムワヌクは、
    本圓に倧事だず私は思っおる。

    利甚者さんも職員も、
    笑顔でいられるように。

    そう思っお走っおきた。

    確かにチヌムワヌクは良くなったし、
    評䟡もされた。

    KENさんのナニットは倉わったね。
    職員が掻き掻きしおる。

    なんお蚀われたら嬉しかった。

    でもそれは、
    私も無理をしおいたし、
    みんなも無理をしおいたからできたこずだったず思う。

    1人足りなければ、
    誰かが誰かを助けながら、
    毎日1人ず0.5人分くらい動かなきゃいけない。

    その0.5人分が、
    じわじわずストレスになっおいた。

    自分が䜕ずかしなきゃっお、
    どこかで思っお頑匵っおた。

    䞊叞は䞊叞なりに、
    珟堎に入っおくれたり、
    䌑みをくれたり、
    フォロヌしおくれおいた。

    でも、
    じわじわたたっおいくストレスっお、
    案倖わかりにくい。

    4月に䜓調を厩した時、
    ああ、これはストレスだったんだっお、
    ようやく気づいた。

    私はこの数幎の揺れの䞭で、
    う぀も経隓しおるし、今も病院に通っおいる。


    正盎、しんどかった。

    人から受け取るこずも、
    感謝するこずも、
    なんだか䞋手くそになった時期があった。

    でも今は、
    その䞋手くそだった自分も、
    今の私を䜜っおくれおいる気がしおいる。

    倱敗したっおいいじゃんっお、
    少しず぀思えるようになっおきた。

    人だもん。
    倱敗するに決たっおる。

    盞手も人だから、
    思い通りにいかないこずだっおある。

    その繰り返しの䞭で、
    私も成長しおいくんだろうなっお思う。

    たたたた私が行っおいる矎容院のアシスタントの子が、
    私の郚䞋の友達だった。

    その子に蚀われた。

    「郚䞋の子がね、
    最近仕事が楜しい。
    でもKENさんが無理しおるっお思っちゃうっお蚀っおたよ」

    その堎は笑っお流した。

    でも垰り道、
    嬉しかったけど、
    なんだかずっおも切なかった。

    郚䞋にそう思われおいたんだっお。

    私はずっず、
    誰かに肩を貞しおきた。

    だから今は、
    誰かの肩に捕たっおもいいんだず思っおる。

    本気でそう思う。

    䞀人で頑匵るんじゃなくお、
    誰かず䞀緒にやっおみる。

    䞊叞に盞談しおみる。

    今の私の教蚓は、
    頑匵ろうずしすぎないこずだ。

    誰かのためにっお思う気持ちず、
    自分も誰かに思われる気持ち。

    そこたででワンセットなんじゃないかなっお、今は思う。


    この仕事をしおいるず、
    「ありがずう」をたくさんもらう。

    ありがずうっお、
    魔法の蚀葉。

    ホむミみたいな呪文。

    本来なら、
    有るこずが難しいず曞いお、
    ありがずう。

    䜕気なく䜿っおいるけど、
    その意味に気づきながら仕事をするず、
    仕事の楜しさも増えおいく。

    だから、
    䜕気ないありがずうを、
    どれだけ倧切にできるか。

    自分のアンテナが、
    どれだけ受信できるか。

    受信機のメンテナンスは、
    しっかりしなきゃね。

    ありがずうは、笑顔も育おおくれるから。


    笑顔が優しい気持ちを぀ないでくれる時もある。

    ちょっず前にも、こんな堎面があった。

    職員が利甚者さんず積み朚を䜿っお、
    レクリ゚ヌションをしおた。

    はたから芋れば、
    積み朚でお城みたいなものを䜜っお、
    遊んでいるだけに芋えるかもしれない。

    でも私は、
    それも立掟なコミュニケヌションで、
    立掟なレクリ゚ヌションだず思っおる。

    やらなきゃいけないこずはたくさんある。

    でも䞀番やらなきゃいけないのは、
    利甚者さんず関わるこず。
    楜しむこず。

    「もう少し右かな」

    そんなふうに笑顔で声をかけながら、
    䞀緒に積み朚を積んでいく姿は、
    芋おいるだけでほほえたしかった。

    「楜しそうだね」

    ず声をかけるず、
    圌女は蚀った。

    「○○さん、䞀生懞呜やっおるから、
    最初より腕が少しだけ䞊がるようになったんですよ」

    利甚者さんも、
    「りフフ」ず笑っお、
    みんなで笑い合った。

    最埌に圌女が、

    「KENさん、この積み朚セットの名前知っおたす
    けんちゃんず遊がう、なんですよ」

    ず蚀った。

    䞉人でギャハハず笑った昌䞋がり。

    こういう時間が、
    この仕事にはある。

    楜しい時間を過ごすのも仕事。

    だから積み朚だっお、
    歌だっお、
    䞀緒に楜しむ。

    お互いが楜しい時間を䜜るこず。

    意識しお簡単にできるこずばかりじゃないけど、
    それも介護士の立掟な仕事だし、
    楜しみのひず぀だず私は思う。

    そう考えながら、
    今日は䜕しお遊がうかなっお、
    仕事に行く自分がいる。 


    そんな時間を持ったり、
    毎日のお䞖話をしおいるず、
    愛着ずか、
    絆ずか、
    そんな蚀葉が生たれおくる。

    そんな気持ちになる。

    綺麗事かもしれないな。

    でも、
    それが介護の仕事に倧切なこずだず、
    私は思う。

    それが私の゚ネルギヌになっおるのは、
    間違いないから。

    確かに蟛いこずはたくさんある。
    制床のこずずか蚀い出せば、きりなくある。

    でも、それより匷く、
    そういう綺麗事が、
    私の誇りになっおる。

    だから26幎、
    蟛いこずがあっおも、
    続けおこられたんだず思っおる。

    介護の仕事を続けおこられたのは、
    仕事の䞭だけで螏ん匵っおきたからじゃない。

    仕事の倖にも、田舎の暮らしの楜しさがあった。
    自分を支えおくれる時間や人がいた。

    山の神様を拝む時間も、
    倜空を芋䞊げる時間も、
    くだらない話で笑う時間も。

    そういうものに、
    私自身も支えられおきたんだず思う。

    だからこそ思う。

    介護士ずいう仕事に、
    働きたいず思える魅力が、
    もっず必芁なんじゃないかっお。

    私はこの仕事を、
    き぀いずか、
    汚いずか、
    絊料が安いずか、
    そういう蚀葉だけで終わらせたくない。

    確かに倧倉だ。

    芚えなきゃいけないこずも山ほどある。

    でも、
    それを乗り越えられるだけの楜しさも、
    やりがいも、
    枩かさも、
    ちゃんずある。

    誰かのためにっお思っお、
    この仕事に来た人が、
    ちゃんず誰かの肩に捕たれる堎所であっおほしい。

    無理をするだけじゃなく、
    支え合いながら働ける堎所であっおほしい。

    そうやっお、
    介護士はかっこいいっお、
    胞を匵っお蚀える人が、
    少しず぀増えおいったらいい。

    そうしたら、
    この街で介護士になりたいず思う若い人も、
    きっず増えおいくんじゃないかず思う。

    晎れの日もある。
    雚の日もある。
    台颚みたいな日だっおある。

    それでも私は、
    この田舎で働いおいく。

    介護士はかっこいいっお、
    蚀い続けながら。

    私は、
    そんな未来を諊めたくない。


     
     
    こんにちは、KENです😊 芪分トむプヌドルず暮らす介護士🐶 26幎珟堎に立ちながら、しんどさも迷いもそのたた曞いおいたす。それでも続ける理由を探しながら、少し前を向ける話を🌱

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