
#十六夜の月に逢う#創作大賞2026
##【後編】 〜朝の訪れから、一歩先へ〜
<div style="text-align: right;"> <small style="color: #666;"> 仕事の理不尽、後輩の失踪。<br> 限界を迎えた夜に起こした「人攫い」が、彼女の止まった時間を動かし始める。<br> ー前編までのあらすじー </small> </div> <br> <div style="text-align: center;"> <strong>【前編】はこちら</strong><br> https:// </div> <br>
「まさか、データごと姿を消すとは……」
「それにしても、なんでだろう……」
数日前のあの朝、上司が漏らした言葉が、目覚めたばかりの
頭の中で繰り返されていた。
カーテンを開けると、朝の光が差し込んできて眩しい。
ひどく寝覚めが悪かった朝のことを思い出していた。
探偵よろしく佐藤のホットヨガ教室まで張り込みを
することになるとは、その時思いもしなかったから。
その日上司から「有給が溜まっているからそろそろ消化して
もらわないと上から指導が入るから、ここら辺で休暇を少し
取ってくれないかな。」
と言われた。
「それでは、佐藤のホットヨガ教室に彼女が来ているかどうか
行ってみます。
関係書類の内容も付け合わせ齟齬がないか早めに確認して
おきたいので。
報告書も書いて提出することになっていますので月曜から
水曜日まで三日間有給を取らせてもらいます。」
「いや、そういう休み方では困るんだよ。
あくまでも、鈴木さんの私的な休暇でないと。」
「では、私的な休暇で有給休暇の申請をしてきますので、
ご安心ください。」
「失礼します。」
なんだか、本当にモヤモヤする。
自分でもこの気持ちの原因はわかっている。
そもそも、このタイミングで有給休暇を消化しろとよく言った
ものだと思う。
探偵ごっこを自発的にしたい訳ではないがどうしても
引き継いだ仕事が無事に遂行されるように携わった者として
きちんと問題なくやり遂げたい一心からなのに。
そもそも、探偵ごっこにしたって、本来ならわたしの
管轄外であることは明白。
それなのに上司ときたら傍観者を決め込んで
助言すらしない。
報告書だってこんな報告書を提出したこともない。
一体、何をどう報告すれば良いのだ。
そう簡単には出来ない事を想定して有休を
使って休みをもらった。
しかしながら報告書の方は雛形があり、思いの外
すぐに出来上がってしまった。
それだけ事案が多いという事か。
思うところはたくさんあるのにこんなに簡単に
報告書が書き上がってしまうなんて逆に驚きだ。
そのことにも納得がいかないこともあり、
どうしても提案書を書かなければならないと
思い始めてしまったのだ。
提案書の中身を考えているうちに、ハラスメントを
本質的に考えてみようと深掘りし始めてしまった
ことが、そもそもの始まりだったように思う。
たとえば、女性の年齢的な話で言えば『若くない』ことの
価値の扱いで言うなら『ベテラン』と言う言葉に
変換されてしまうことがある。
勿論、男性に向けての『ベテラン』とは一線を画す
使い方があるように思う。
本来の意味である経験値が高い熟練者を指し示す言葉
であるはずが、『若くない女性』を表す記号として扱っては
いないだろうか。
このことを意識的に使っているのかどうかは推測でしか
無いが、少なからずそういう物の言いに、小さな痛みを
感じていた。
佐藤にかけられていた『若くて受けがいい』『愛想があって楽しい』
という言葉の裏側にどんな意図が隠れていたのだろう。
そう考えると、第三者が介入していない透明な箱の中で
何が語られていたのだろうか。
佐藤がとった行動は社会人としては許され
ないものだったのか。
そうまでして自分を守るしか術がない、追い詰められた
彼女のギリギリの抵抗であったことを見過ごしていたのでは
なかったか。
ハラスメントとは自分自身には無関係だと勝手に
思い込んでいたが、心のモヤモヤの正体を突き詰めると、
その渦中にいたことに気付かされた。
容姿に関係なく支配欲や権力勾配が根底にある、相手を
尊重しない心のあり方そのものの問題なのだ。
それとは関係がないと思い込もうとしていた自分自身の
弱さの現れであったことに気付かされた。
誰しもが何気なく生活していて気にしないふりをして
やり過ごさなければならないほどハラスメントは
そこいらじゅうにあったのだ。
そして、私たちはいつの間にかハラスメントを知っている
つもりになっていただけなのかもしれない。
研修教育で一般社員向けに無自覚な加害の防止や相談の促進、
周囲との関わりかたに関する研修を実施はするが、
内容の更新はどうだろう。
これを定期的なスパンで行うことが大切になってくるのではないか。
特に新入社員や異動で配置換えになるタイミングで意識的に
スケジュールに組み込むことが必要不可欠になる。
例えば、今回の件でいえば、もし佐藤がハラスメントを
受けていたかどうかの審議は別として。
佐藤が専務とガラス張りの応接室であるとは言いながら
どんな会話がされていたか当事者以外知り様のない事実だけが
今となってはそこにあるだけ。
これが新人であったならどうだろう。
流石に新人一人きりということの方が現実的ではないが
佐藤のように仕事がテキパキできる3年選手であれば
どうだろう。
つい、繁忙期には例外を作ってしまいがちではないだろうか。
これでは、初動対応が大事と言っても無用の長物。
この環境を整えるルール作りと例外を作らないその実行性が
求められる。
厚生労働省が求める雇用管理上の措置には、5つの具体策が
ある。
ハラスメントを許さない方針を明確にし、全従業員に周知し
啓発すること。
取引先の誰であっても、あの時専務が一人で来始めた時点で、
会社側がこの方針を徹底していれば、彼女をあそこまで追い詰める
ことはなかったのではないだろうか。
ましてや、取引先の特権を行使しようなどという隙を与える
事もなかったはず。
次に、相談窓口の設置と適切に対応できる体制を
整えること。
佐藤は窓口の存在を知っていたはず。
なぜ利用しなかったのか。
事実関係を迅速に調査し、被害者への配慮や
加害者への適切な措置をおこなうことが必要なのに
上司には忙しいからと話を聞いてもらえない
ばかりか、その後二度もこの状況を作り出して
しまっている。
そのうえ、会社は彼女を『職場放棄した上に機密文書を
人質に失踪した無責任な者』にしてしまうところ
であった。
それはあまりにも理不尽で彼女は普通に仕事はこなせても
入社してさほどたたない、一塊の会社員にすぎないのだ。
相談をつっぱねられた時点で不信感しか抱かないのは
当たり前のこと。
非常に心細く孤独で怖かったに違いない。
そうなると相談者や関係者の個人情報を保護し、相談した
ことを理由とする解雇その他の不利益取扱を禁止すること
と聞かされたところで、意味を持たない絵空事に思える
のではないか。
事実関係の確認に基づき,再発防止に向けた必要な措置を
講じること。今の私にできることといえばこれしかない
ようにさえ思えてくる。
佐藤には本当に申し訳ないが今となってはここに注力する
しかない。
そして、経営戦略としてのハラスメント対策についても
単なる罰則を避けるための対応ではなく従業員からの
エンゲージメントを高めることが目的にシフトしている
のも頷ける。
これさえ少しでも彼女が会社全体に感じるファクターが
あれば危険な賭けに出るような真似はしなかったはず。
法令遵守のためのチェックリストに5つの具体策を使う
のではなく、働く者の尊厳を守るための最低限の防波堤
として機能しなくてはならないのだ。
心理的安全性はハラスメントのない、風通しの良い職場で
あり、アイディアの創出や生産性の向上に直結する。
そして、離職防止においても、健全な労働環境は
人材獲得競争において「選ばれる企業」となるための
重要な要素である。
そこで,企業におけるハラスメント対策はルール策定がゴール
ではなく経営層の強いコミットメントと日常的な風土改革として
コミュ二ケーションの改善や評価基準の見直しを継続して
いくことが何よりも重要。
厚生労働省のガイドラインが示す「相談窓口の設置」や
「再発防止」という骨子は、組織の守りとして不可欠なものと
しながらも、例外を許さない実行力と形骸化を防ぐための
定期的な教育の更新と研修が欠かせない。
ただ、相談窓口の設置については社内の窓口は、どうしても
組織内の人間関係や忖度が入り込みやすく、相談者の
「情報漏洩」並びに「報復」を恐れて機能不全に陥り、
問題を隠蔽する温床になる危険性をはらんでいる。
提案書の中では、社内窓口の透明性を担保しつつ、外部の
専門機関による「社外相談窓口」の併設を希望するが
コストや導入のハードルは極めて高い。
もちろん、外部機関もビジネスである以上、契約主である
企業側に有利な結論を導こうとする「忖度」の懸念は残る。
もし窓口が形骸化し、被害を受けた側に不利な誘導を
行うようなことがあれば、それは社員の絶望を深めるだけ
でなく、外部への告発や炎上を招く致命的なリスクを孕む。
だからこそ、わたしは単なる委託先の選定ではなく、中立性を
担保するための「厳格な評価基準」と定期的な運用監査の
仕組みをセットで提示した。。
そして、社内では吸い上げきれない「現場の悲鳴」を、
利害関係のない第三者が公正に汲み取ること。
それが機能して初めて、企業はブランド毀損や法的リスクを
最小化する、真に賢明な投資を行えるのだ。
とにかく、働く私たちにとっても企業にとっても今や
ハラスメント対策が重要なことは周知の事実であり、
対策が遅れれば従業員側のメンタルヘルス不調や休職、
離職に繋がりかねない。
昨今の採用難や法的リスクの増加、企業ブランドの毀損などを
招くファクターになり得る。
定期的に研修を受け、全員に同じ内容のものを実施する
だけでは不十分。
特段、管理職向けには適正な指導とパワハラの境界についての
意味から相談を受けた際の初動の対応方法、部下の不調サイン
への気づき等現場で使える研修の必要性をあげた。
指導の責任を負う者であり、現場での判断を安定させるためにも
どのような事柄がリスクになりうるのかを理解して欲しいから。
ただここに一つ加えなければならないのが、負担を特定の
個人に集中してしまうようなことがあってはならないということ。
ハラスメントの初動対応が従業員と企業に与える影響を最小限に
できるかその仕組みづくりが1番の肝になると考えているからこそ
である。
勿論だけれどもこれでは不十分ではあるが、これを蔑ろにしては
屋台骨が揺らぐ。
従業員からの相談を受け止める体制作りと是正までをフォロー
できるように整備できれば結果的に企業の損失を最小化する
ことに繋げられる。
こちらの方がやはり考えていて具体的な構想が思い描きやすい。
昔取った杵柄。
労務管理を専攻していたことをすっかり忘れてしまうほど
日々の生活に追われ、見たくないことに蓋をして、
心を守る為に何も感じないように、何もなかったように、
毎日をオートパイロットでやり過ごしてきたことに
気付かされる。
リンさんと出会って、あのコンビニでの出来事で
ルールとは、誰かを縛るためのものではなく、誰かを
守るためにあるのだと気付かされた。
『ダメなことはだめ』とわたしたち全員が共有し、困った
時には『助けて』と言える仕組みづくり。
何かが起きたら場合によっては、逃げる勇気も必要だが
まずは助けを求め、助けを求められたら見ないふりを
しないで誰かと共有する。そしてすぐ動く。
秘密厳守と言った人が損をしない仕組みづくり。
そして、二度と同じ悲しみが起きないようにすること。
雇用管理上の義務という言葉の裏側には、そんな『人として
の当たり前の誠実さ』がなければならないと感じた。
そうして、あの時の一番忘れたかった、けれども、
忘れるはずのない、昔のことを思い出し始めていた。
十六夜の月、少しづつわたしの中で失われてしまっていた
何かをもう一度この手で繋ぎ直したいそんな思いが
提案書に向き合い、自分自身と向き合うキッカケを
くれたようにも思う。
遡ること17年前の大学を卒業したての頃の事。
今の職場に新卒で入社し、取引先の一人の男性と仕事を通じて
知り合いになり、何度か一緒に仕事をする機会に恵まれた。
3歳年上で仕事もかなりできるうえにリーダーシップもある。
お互いに仕事に対する姿勢に共感することが多く、助言を求めたり
相談する様になっていた。
取引先ということもあり、最初は食事に行く時も仕事仲間と多数で
出かけていた。
親しくなるとプライベートな悩み事をお互いに話す様になり
かなり価値観が近く、誠実な人柄もあり急速に距離が縮まった。
付き合い始めて結婚を考える迄になっていた。
しかし、働き始めてようやく仕事の大変さも面白さもわかり
始めた頃、小規模ではあるがプロジェクトの責任者として大抜擢の
声がかかった。
実は元々このプロジェクトのチームのメンバーとして参加していた。
私の二期上の先輩が我が社で初の女性の責任者であったのだが、任命直後妊娠が発覚し、辞退する事を決断し彼女からの推薦での抜擢であった。
これから今後二度とこのようなチャンスはどう考えてもそう簡単には
訪れないのではないかと思われた。
不安はあったものの、どうしてもやり遂げたかった。
メンバーに入れたのも嬉しかったのに、尊敬する先輩の推薦をいただいて
の任命なら尚更のこと。
先輩も相当悩みに悩み抜いた末の事だった。
それを思えば、快く引き受けてこの仕事を成功する以外
考えられなかった。
辞令があった日の事は今でもはっきりと覚えている。
その日、近所の神社でお祭りがあり、二人で出かける約束をしていた。
彼と満月のあかりの中、人混みをそぞろ歩き、私の心は『大抜擢』で
気もそぞろであったことは言うまでもない。
早く言いたいのを我慢して、どのタイミングで言おうかと考えていた。
急に彼が金魚掬いをしたいと言い出し、金魚のポイを手にすると
器用に金魚をさっと掬い上げた。
小さなビニール袋の中で赤い金魚がきらきら泳いでいる。
月に向かって、金魚を翳すと「綺麗。」そう言うわたしに
彼は、「結婚しよう。」そう言った。
その頃、彼は仕事に行き詰まっていたらしいが、そんな事を知らない
わたしはプロポーズを受けた日に責任者に推薦された事を伝え、
即座に断ってしまったのだ。
自分のことしか考える余裕のない人間。
舞い上がっていたとしか言いようがない。
あの時の彼の言葉がまだ耳の奥に残っている。
結局、わたしは自分のことしか考えられない未熟な人間なのだと
報告書を書き終わって思い出し始めてしまっていた。
家族には「仕事より自分の人生設計が優先じゃないの」と言われ、
仕事を選んだつもりもないし、今しかできない事に優先順位を
つけただけだと思っていた。
確かに、もっと言い方はあったのではないかとは思う。
今考えるとやはり未熟であったが故の配慮のなさ。
彼を酷く傷つけてしまった。とても後悔している。
その後、彼は転勤届を出して地方に異動になった事を人伝に聞いた。
そのため、身内からは暫くの間仕事のことも結婚のことも
話題にされる事はなかった。
もしも、わたしと彼の立場が逆だった場合はどうだろう。
「そうだね、仕事優先だね。」
「今が仕事の頑張り時だね。」
「結婚は仕事が落ち着いたらしよう。」
そんな風になるのではないだろうか。
何故女性が反対の立場だとそうならないのだ。
そうして、30代になると「早く結婚したら」、
「誰かいい人はいないの」、身内や周りの人たちから
やたらと声がかかる。
ひどい時には「行き遅れ」だの「売れ残りだ」の
いつの時代の話をしているのだと思う様な事を
平気で口にする者までいる始末。
『一体、 何なんだ!』
そう叫びたくなる。
男性もそんな事を言われる人もいるとは思うが
女性ほどではないはずだ。
心配してくれるのは大変ありがたいことではあるのだが
果たして、本当に心配してくれているからなのか。
頭を捻りたくなる様なものいいにうんざりすることもしばしば。
相手が誰でもいいわけではないし、人それぞれにタイミングや
自分のライフスタイルもある。
そういえば、「少子化問題解決のために結婚して、早く子供を
産み育てて貢献して」と嘯いていたおじさんがいたのには
流石に驚いて空いた口が塞がる事はなかった。
そんな矢先地方に異動になっていた彼が、(もとい元彼が)
本社に戻った事を聞くこととなった。
親切な同僚は、「社内恋愛の末に20代前半の小柄で可愛い
女性とめでたく結婚した」とわざわざ教えてくれたのだ。
あの頃、彼を傷つけたことへの後ろめたさは多少なりとも
あった。
彼の幸せを心から喜ばないはずはない。
しかしながら、わたしも人の子、お相手のことを聞いて
傷つかないはずはなかった。
報告書を書き上げているうちに、心の底に蓋をして見ないフリを
して来た様々なことを思い出してしまったのだ。
それでもいつかは向き合わなければならないことのようにも思えた。 今がその時なのか。 きっとこのまま、見ないふりをしていれば何度も何度も 向き合わなければならないような現実が目の前に現れる のではないのかとさえ思えてくる。 言ってみれば人攫い事件のトリガーの大元のような気さえする。
ハラスメントの本質と自分自身のトラウマとの対峙。
非常にきつい。
気づけば日曜の夜まで走馬灯のようにグルグルと同じことを
思い返しては落ち込み様々な出来事に引き摺り込まれていた。
それでも、有給休暇の最終日に佐藤を呼び出した。
「確認しなければならない点」を、曖昧なままにしておくことは
できなかったからだ。
カフェで再会した彼女は、あの時の不安な表情のままだった。
専務から受けた言動の一部始終を具体的に記録し整理して
ほしいと頼んだ。
責めるためではなく、彼女の正当性を守るための「証拠」として
必要だった。
「佐藤さん、あなたがしたことは確かにルール違反。でも、そう
せざるを得ないほど追い詰めたのは、私たち組織全体の欠陥。」
彼女は初めて顔を上げた。
書き上げた報告書に、一通の「提案書」を添えた。
そこに記したのは、感情論ではない実務的な改善案だ。
『取引先との面談における同行・報告ガイドラインの策定』
特に強調したいのは、令和八年十月から全ての企業で義務化される
カスタマーハラスメント防止措置への対応だ。
社外関係者からの不適切な言動を「個人の我慢」で終わらせず、
企業として防止措置を講じることは、もはや法的義務となる。
この法改正を先取りし、若手社員が一人で取引先と対峙しない
ための複数名対応や、密室を避ける運用の徹底を求めた。
「ベテラン」のわたしなら、専務の不適切な空気を察して牽制
できたかもしれない。
けれど、個人のスキルに依存するのではなく、誰が担当に
なってもシステムが盾となって社員を守る。
それが、この会社で積み上げてきた「キャリア」の使い道だと
思った。 リンさんと出逢うまでは。
コンビニでのあの出来事がなければ今のわたしはいないと思う。
事実関係はわたしが見たまま、聞いたことを報告書に書いたまで。
このハラスメントの行先は、どうなるのかわからない。
けれども、これからの社内環境を働く者全員にとって
希望を持って働けるように私なりに熟考を重ねた上での
提案書を一緒に提出することにした。
出勤前に早めに家を出てリンさんの働いているコンビニに
立ち寄った。
少し早く出過ぎたのか人があまりいない。
「おはようございます」元気よく店長に声を掛けてしまった。
ついこの前の独白で親近感を抱いてしまってのことだった。
でも、店長からも
「おはよう。元気そうだね。
それから人攫いだなんて言って申し訳ない。
女房にこの前のこと話したらすごく怒られてさ。
あれから家のことも手伝うようにしたら、
少し機嫌が良くてさ。」
と親しげに返事が返って来た。
レジからは「いらっしゃいませ。」とリンさんが可愛い笑顔で
迎えてくれた。
スムージーとミックスサンドといつ出勤するかまだ未定の
佐藤のために小さなクッキーをひとつ、レジに持って行くと彼女が
「また遊びに行ってもいいですか。」
そう言った。
「もちろん、私から誘おうと思って来たのに。」
「うれしいです。」
「あとから、LINEするね。」
「はい。ありがとうございます。」
「それじゃあまたね。」
手を振ると店を出た。
店長が店先で掃除をしていた。
「いってらっしゃい。」
声がした。
「行って来まーす。」
頭をちょこんと下げた。
なんだか朝の空気が清々しい。
太陽がとても優しく温かい。
空にはまだ、白く月が薄っすら見えている。
いつでも一緒だよと言ってくれているようだった。
ー 完 ー
前編もお読みいただけたでしょうか。
どちらも通読いただければうれしいです。
どうぞ、ご感想もお聞かせください。
よろしくお願いします。