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Photo bysoleil_univers

シナモンから始まる、風の話〜商人たちは風を知って船を動かした

    栞 | 寄り道の美学

    私にとっては、ちょっと独特な香りに感じる
    「シナモン」
    特別新しい香辛料ではないけれど、
    アップルパイとかホットワインくらいにしか使うイメージがない

    けれど世界的にはとっても良く使われるこれ、
    太古の昔からいったい何に使われていたのかちょっと気になったところから
    少し調べてみると……

    はい、ありました
    思っていた以上に壮大で興味深い話が

    寄り道だらけの深掘り、またまたスタートです😊

    何から始めましょうか🤭
    まずこのシナモンは、人類が利用した最古級のスパイスの一つなのだけど、少なくとも紀元前2000年ごろには古代エジプトで利用されていたことがわかっています

    産地は主に現在のスリランカやインド南部などに限られていたらしく、そのため当時文化が繁栄していたエジプトやローマまで運ぶには何千キロも海と陸を旅しなければならない、
    途中で何人もの商人を経由するからそのたびに値段が上がっていき、大変な高級品でした

    何に使われていたかというと、
    食べ物のための香辛料としてだけではなく、

    ミイラ作り(古代エジプト)
    神様へのお供え(ギリシャやローマ)
    香水(ローマ帝国)
    薬(アジア、ヨーロッパ)

    などにも使われていたそうです
    私的には「アップルパイ」でしたが、昔は肉料理・酒・宗教・医療のほうが主役っぽいですね

    これだけ重宝されていたシナモン、たくさんの商人を経由して長い距離を運ばれたため、価格も非常に高く、希少な存在でした
    だから商人たちは産地を秘密にしたがったのだそうです

    そこで彼らは、
    「シナモンは巨大な鳥の巣にある」
    というウソの伝説を広め、簡単に手に入らないものだと信じ込ませていたそうです↓

    その鳥は断崖絶壁に巣を作って、シナモンの枝を集めて巣材にしている。人間は近づけないから、商人は崖の下に大きな肉を置く。鳥がその肉を巣へ運ぶと、重すぎて巣が崩れ落ちる。そこで人間がシナモンを拾い集める。

    この話は紀元前5世紀、ギリシャの歴史家ヘロドトスもこの話を記録しているのです

    産地を秘密にしたかった商人のマーケティングが、何百年もの間成功していた例だそうです🤭
    それくらい、このシナモンは貴重だったんですね

    実際の作り方は意外とシンプルで、

    1. シナモンの木を育てる
    2. 若い枝を切る
    3. 外側の硬い皮をはぐ
    4. 内側の柔らかい樹皮を薄くはぐ
    5. 乾燥させると、くるっと丸まって、あのシナモンスティックになる

    面白いのは、シナモンの価値は「作るのが難しいから」ではなく、「運ぶのが大変だったから」という点

    産地が限られていたからこそ、そして当時は船とラクダによる輸送しかなかったことが、
    こうしたウソ話を招いたのだそう

    さて世界地図を見てみると……

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    お気づきでしょうか
    スリランカやインド南部から、エジプトやヨーロッパへシナモンを運ぶにはどう運んでも中東の地域を通るんですね
    そうです、その後時代が下ると、この交易ルートはイスラム商人たちが担うようになっていきます

    なので、中東の市場や海沿いの北アフリカのチュニジア沿岸などは、古くから船での中継地点として重要な位置にあり、海沿いの拠点には市場が発達して行きました

    今でも中東や北アフリカの市場に色鮮やかなスパイスが並ぶ光景が、SNSの素敵な写真でも印象的ですが、その背景には何千年も続くこのような交易の歴史があるのですね🤭

    そしてこの航路、モンスーンを使って効率よく航海をしていたというから驚き

    実はインド洋は風向きが毎年きれいに反転するんだそう
     夏(5~9月ごろ)は、南西モンスーン
       アフリカやアラビア半島のほうから、インドや 
     スリランカへ向かって風が吹く 
     冬(11~2月ごろ)は、北東モンスーン
       今度は逆に、インドやスリランカからアラビア
     半島やアフリカへ向かって吹く

    つまり

    夏の風に乗ってインドへ行き、
    冬の風に乗って帰る、
    というサイクル

    一度インドへ渡った商人たちは、すぐには帰れません
    風向きが変わるまで数か月現地で過ごし、その間に商売をしながら帰りの季節を待ったのです

    現代のように「今日出発して明日帰る」という感覚とはまるで違う、自然と共に生きる交易でした

    そう、アラブやインドの船乗りたちは、2000年以上前からこの航海術を使って、インド洋で活発な国際貿易を行っていたのだそうです

    そして面白いのがその先の時代の、ヨーロッパ大航海時代のこと

    シナモンだけでなくコショウ、カルダモン、宝石、絹などがインドから大量に運ばれていた物流に、巨大なイスラム商人のネットワークがあったのだけれど、どうしてもそのネットワークにヨーロッパ人たちは直接入りたかったのです

    ということで、ポルトガルから1498年、ヴァスコ・ダ・ガマがインドへ到達しました
    世界史で習いましたよね
    あの航海の大きな目的の一つが、このスパイス貿易へ直接参加することだったのです

    ただ、大変困難な航海を経て壮大な海を渡ってヨーロッパ人がやっとインドに到着したという歴史は、現地の商人からしてみたら

    「あーまた新しい商人が来たね」

    そう感じていたのでは?とも考えられています

    だってインド洋には、すでにアラブ、ペルシャ、インド、東アフリカの商人たちが船で行き交う巨大な市場がそこにはあったから🤭

    世界史もこういった切り口で学生時代習っていたら、もっと好きになっていたかもな🤭

    さて、実はこの記事を書き終える頃になって知ったのですが、当時はシナモンよりも黒コショウの方が価値が高かったそうです😂
    ここまでシナモンを追いかけてきたのに、最後に主役を黒コショウに持っていかれるとは思いませんでした😂

    たった一本のシナモンスティック

    その裏側には、何千年にもわたる交易、商人たちの知恵、モンスーン、そして大航海時代までつながる物語が隠れていました
    ここまで私の深掘りにお付き合いいただいた皆様、心より感謝です♪

    栞

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