
明日死ぬかもしれないから
私はとにかく食べるのが好きだ。
子どもの頃は近所の駄菓子屋を渡り歩き、大人になってからはSNSで美味しい店を探しては食べ歩いた。
最近は遠出に疲れてしまい、近場のラーメン屋や居酒屋、チェーン店ばかり通っている。
たまに少し高い店に行こうかと考えても、
「このお金であの店にあと5回行けるな」と思うと、やっぱり足は向かない。
人はいつか死ぬ。
だから、食べたいものを食べて、ちゃんと満足して死にたいと私は思っている。
それでも意外と私は太っていない。
なぜなら、食べるために運動するからだ。
走って、泳いで、踊って。
年齢には逆らえず、少しずつ体はたるんでいくけれど、
食べている量を思えば、この体は褒めてやっていいと思っている。
だから私のお金の多くは、食費か、食べるために動くジムや器具に消えていく。
全ては、美味しく食べるために稼ぎ、美味しく食べるために動く。
異性にモテることはない。
カフェやスイーツの穴場を知っているおかげで、たまに頼られる程度だ。
でも、誰かにモテるより、私は食べることに努力を注ぎたい。
人がダイエットや資格勉強に励むように、私は食べることに真剣でいたい。
だって、明日死ぬかもしれないじゃないか。
後悔だけはしたくない。
投資も良いが、芽が出る保証はない。
それなら、いま目の前にある幸せにお金を使いたい。
結局のところ、私にとっての投資とは、未来のごちそうを楽しむためのものだ。
「明日死ぬかもしれない」
そんな一文を、いつか読んだ本の中に見つけてから、
私はずっと、その言葉をお守りのようにしている。
いつか来る小さな世界の終わりに、満ち足りたお腹でいたい。
今度の休みは、ふわっふわに溶けるフレンチトーストを食べに行こう。
それが、私のささやかな“生きる証”だから。