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Photo bylesjoursheureux

明日死ぬかもしれないから

    freely8

    私はとにかく食べるのが好きだ。
    子どもの頃は近所の駄菓子屋を渡り歩き、大人になってからはSNSで美味しい店を探しては食べ歩いた。

    最近は遠出に疲れてしまい、近場のラーメン屋や居酒屋、チェーン店ばかり通っている。
    たまに少し高い店に行こうかと考えても、
    「このお金であの店にあと5回行けるな」と思うと、やっぱり足は向かない。

    人はいつか死ぬ。
    だから、食べたいものを食べて、ちゃんと満足して死にたいと私は思っている。

    それでも意外と私は太っていない。
    なぜなら、食べるために運動するからだ。
    走って、泳いで、踊って。
    年齢には逆らえず、少しずつ体はたるんでいくけれど、
    食べている量を思えば、この体は褒めてやっていいと思っている。

    だから私のお金の多くは、食費か、食べるために動くジムや器具に消えていく。
    全ては、美味しく食べるために稼ぎ、美味しく食べるために動く。

    異性にモテることはない。
    カフェやスイーツの穴場を知っているおかげで、たまに頼られる程度だ。
    でも、誰かにモテるより、私は食べることに努力を注ぎたい。
    人がダイエットや資格勉強に励むように、私は食べることに真剣でいたい。

    だって、明日死ぬかもしれないじゃないか。

    後悔だけはしたくない。
    投資も良いが、芽が出る保証はない。
    それなら、いま目の前にある幸せにお金を使いたい。
    結局のところ、私にとっての投資とは、未来のごちそうを楽しむためのものだ。

    「明日死ぬかもしれない」

    そんな一文を、いつか読んだ本の中に見つけてから、
    私はずっと、その言葉をお守りのようにしている。

    いつか来る小さな世界の終わりに、満ち足りたお腹でいたい。

    今度の休みは、ふわっふわに溶けるフレンチトーストを食べに行こう。
    それが、私のささやかな“生きる証”だから。

    #お金の使い道

     
     
     
    「読みたいものは、自分で書けばいい。」 そんな始まりから、言葉たちを紡ぎました。 幻想と現実のあいだを歩く短編。 見過ごしそうな日常の綻び。 社会のすき間に眠る、小さな違和感。 少し詩的で、少し皮肉。 気づけば、話が変な方向へ転がることも 一つひとつ、大切に書いています。

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