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第3章 ありのままの自分で大丈夫だと思えるまで

    瞑想を再開して3ヶ月くらい経った、ある夜のことだった。

    いつもより10分長く瞑想を続けてみた。そして40分くらい経った頃、ふと気づいた。

    頭の中が、静かだった。

    これが「整う」ということなのかもしれ
    ない。


    第3章 3ヶ月続けてわかった「整う瞬間」

    瞑想を再開して3ヶ月くらい経った、ある夜のことだった。

    いつもは30分ほど瞑想をしていたが、その日は試しに時間を10分ほど伸ばしてみた。

    布団の上に座って、呼吸に意識を向ける。
    吸って、吐いて、吸って、吐いて。

    30分を過ぎた頃、いつもならそろそろ終わりだと思う時間だった。 
    でもその日は、もう少し続けてみようと思った。

    そして40分くらい経った頃。

    ふと、気づいた。頭の中が、静かだった。

    「次は何しよう」
    「あれやらなきゃ」
    「明日の予定は...」

    いつもは頭の中を駆け巡っている雑念が、消えていた。

    ただ息を吸って、吐いて、それだけに意識がある。頭と体が同じ方向を向いている。
    呼吸と思考が、一致している。

    その瞬間、体の緊張が一気にほどけていった。

    肩が、背中が、顔の筋肉が、ゆっくりと緩んでいく。呼吸が深く、自然に流れる。
    体の奥から、温かいものが広がっていくような感覚。

    頭の中は静かで、でも意識ははっきりしている。ぼんやりしているわけじゃない。
    むしろ、クリアだった。 

    思考がとてもクリアになった。

    良いも悪いもない。判断しない。ただ、在る。

    「自分はこのままでいいんだ」

    そう思えた。とても居心地が良かった。
    草原で羽を伸ばして寝転んでいるような、開放感。体が軽くて、心が穏やかで、全てがちょうどいい。

    これが「整う」ということなのかもしれない。特別なことじゃない。

    ただ、呼吸と心が同じタイミングで動いているだけ。でもそれが、こんなにも心地よいなんて知らなかった。


    この感覚は、そう長くは続かなかった。
    また雑念が戻ってきて、いつもの自分に戻る。でも、確かにあの瞬間があった。

    それから、瞑想を続ける理由が変わった。 
    義務感や、体調を良くするためだけじゃない。あの心地よさを、もう一度味わいたい。そう思うようになった。

    毎回この感覚が訪れるわけじゃない。
    でも、たまに訪れるこの瞬間が、瞑想を続ける原動力になっていった。


    次回:「今もうまくできない日との付き合い方」

    https://note.com/preview/n56818c070760?prev_access_key=a11854e43e90369b84a41f0f1d4d047b

    もちろん、毎日うまくいくわけじゃない。

    座ってみても、全然集中できない日もある。5分が1時間に感じるような日。

    そういう日は、無理に続けない。そう決めてから、ずっと楽になった。

    次回は、うまくいかない日との付き合い方についてお話しします。

    更新は毎週木曜日です。

    次回はこちら。

    前回の記事はこちら


     
     

    lakiel

     
     
    回復途中のフリーランス。日本語教室・英語・多文化交流の話と、心と体を整えながら生きる日々を等身大で書いています。

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