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『輪廻』その一 俺は死ぬ

    中国・重慶の山村を舞台にした、実話をもとにした怪異譚。第一章を試し読みとして公開します。



    一昨日、父に電話がかかってきた。村の人間が手伝いに来てくれと頼んでいる、車従明(チョー・ツォンミン)が結婚するというのだ。

    うちの村は若者が次々と出稼ぎに出てしまい、老人と子どもだけが残っている。今では冠婚葬祭があっても手伝える働き手すら集まらなくなっていて、七十近い父まで呼び出される始末だった。

    それでも、その知らせを聞いて、私は微かな喜びをおぼえた。もうすぐ新郎になるというその子のことは記憶がぼんやりしていたけれど、以前のブログ記事に書いた車軍(チョー・ジュン)の息子だということは知っていた。あの子がもう結婚するほどになったのか、と。

    車軍が若くして逝った後、数年も経たないうちに車軍の父親も、六十にもならない年齢で、酒に酔った後の発作的な状態で崖から落ちてこの世を去った。去年は車軍の妹が、夫が他の女と関係を持っていることに激高して夫を殺し、一男一女を残して獄へ送られた。それより前には車軍の前妻も自宅で農薬を飲んで自ら命を絶っていた。これほど多くのことが重なりながら、誰もがあえて口にするのを避け、これらの出来事に何らかの関係があるかどうかを公の場では語ろうとしなかった。それでも、ひそひそと交わされる私的な会話の中では、誰もが漠然とした不安と恐れを胸に抱いていた──この家はどこかの神を怒らせてしまったのではないか、だからこうして次々と不幸に見舞われているのではないかと。

    車軍が亡くなった後、その妻は王勇(ワン・ヨン)という男と再婚した。評判のいい人で、周囲の隣人とも打ち解けており、車軍が残した二人の子どもの養育も誠実に引き受けていた。しかし去年、車軍の妹が入獄した後、王勇も不気味さを感じ始め、地元で最も名の知られた陰陽先生(いんようせんせい)を呼んで家を見てもらった。これほど奇妙なことが続く背後に、何か変えられる共通の神秘的な原因があるかどうかを確かめようとしたのだ。

    老先生はひと通り見て回った後、炊き上がったご飯にも一口もつけず、一言だけ残して帰っていった──「この頃みんな煉瓦造りの家を建てとるのに、なんでまたこんな古びた木の家に住んどるんだね?」

    陰陽先生が飯も食わず、報酬も受け取らなかった。その振る舞いと、去り際の波風を立てない淡々とした口調の言葉が与えた衝撃は、言葉以上のものがあった。

    「天機は漏らすべからず」──霊的な世界を洞察できる者は、その世界の秘密をみだりに人に明かしてはならない、さもなくば秘密を漏らした罰として甚大な被害を被るとされている。陰陽先生はそのリスクを冒してあの一言を告げたのだ。その含意は明らかだった──代々誰かが住み続けてきたこの古い家屋は、もはや住み続けるべき場所ではない、ということだ。

    家は苦しい状況にあったが、この家は実は決して朽ちてもおらず、あの辺りでは立派な木の家の部類に入った。それでも王勇は陰陽先生の示唆に従い、古い家の傍らに新しい家を建て始めた。この動きが家族の運命を変えつつあるようにも見えた。家がまだ完成もしていないのに、十八歳になったばかりの車従明が結婚するというのだから。しかも嫁さんはなかなかの美人だという。今思えば、従明の結婚の知らせに微かな喜びをおぼえたのは、私の潜在意識のどこかで、従明が結婚して所帯を持つことが、祖父の代から続くこの一家の呪いを断ち切る一つの方法になるかもしれないと感じていたからかもしれない。

    父は重慶から村へ帰る途中、秀山(シウシャン)の県城を通る。弟が秀山に住んでいるため、父は直接帰らず秀山で一泊することにして、翌日帰れば車従明の婚礼に間に合うはずだった。父が秀山に泊まったその夜、私は突然、まだ秀山にいる父から電話を受けた。電話口の父の声は、悲しみと驚きに満ちていた──「帰らんでいいかもしれんな、従明が怪我した……」

    明日がちょうど車従明の婚礼の日だというのに。父の話によれば、従明は婚礼の準備をするなかで、隣接する貴州省の甘竜口(カンロンコウ)まで遠方から駆けつけてくれた親族を迎えに行くためオートバイに乗っていたところ、転倒して山の斜面へ落ちてしまったという。

    父は電話で転倒した場所を教えてくれた。鶏爬坎(ジーパーカン)という。私もよく知っている場所で、帰るたびに必ず通る。U字型の山の背で、道は貴州側の山の背を下り、次に重慶側の山の背を登っていく。

    父によれば、従明が貴州側の山の背から下りてきて重慶側の坂を登ろうとしたとき、バイクが制御を失い、脇の土手に転落したという。従明が先に落ち、後から転がり落ちてきたバイクが後頭部を直撃し、下半身がまったく動かなくなったとのことだった。

    同乗していたのは車従明の二番目の祖母、つまり従明の祖父の弟の妻だった。老人は転倒の瞬間にバイクから弾き飛ばされて道端に止まり、足に擦り傷を負っただけで大事には至らなかった。道から下の土手まで降りていくと、従明がうめき声をあげていた──「おばあちゃん、俺は死ぬ。わかってる、俺は死ぬ」

    十八歳の子どもが突然そんなことを言う。しかも口調があまりにも確信に満ちている。二番目の祖母は悲しみと狼狽のあまり、涙が止まらなかった。道から土手までの高さはせいぜい三、四メートルで、普段なら勢いをつけて上り下りもできるくらいだ。なぜこれしきの転倒で、あの子は死を、こんなにも鮮明に感じ取ったのか?

    その後、村の人たちからいくつかの話を聞いたとき、私はその訳がわかった気がした。

    車従明はもともと広東で出稼ぎをしていて、そこで今の彼女と付き合いはじめ、婚礼を挙げるために故郷に戻ってきた。あの辺りの習わしでは、婚礼の前に「年月を見る」という段取りがある。双方が結婚を決めた後、仲人が新郎に付き添い、新郎の生辰八字(せいしんはっし)を記した帖子(ちょうし)を花嫁の家に届け、花嫁の家人がそこに花嫁の生辰八字を書き加え、方術に通じた先生に持ち込んで、双方の家族にとっても二人の新生活にとっても最も縁起のいい日取りを、婚礼の日として選んでもらうのだ。

    車従明と未来の妻は出稼ぎ先で自由恋愛をした仲で、仲人はいなかった。近年こういうケースは珍しくなく、年月を見る段取りだけが慣例として残っている。車従明はその習わし通り、村で徳望の高い楊二伯(ヤン・アルボ)を仲人代わりに頼み、一緒に花嫁の家へ生辰帖を届けに行くことにした。

    花嫁の家は南腰界(ナンヤオジエ)の方角の別の村にある。こちらから行くには途中で山羊渓(シャンヤンシー)という比較的大きな村を通り過ぎる。山羊渓の村口に差し掛かったとき、車従明が突然止まり、動揺した様子で楊二伯に言った──「二公(アルコン)、ここは通らないで、別の道行きましょう!」

    楊二伯は訝しんで、なぜかと尋ねた。車従明は困り顔で村口の大きな古いエンジュの木を指さして言った──「見てください、あそこ、あの人、死んだばかりですよね、血だらけで道に倒れてますよ──」

    楊二伯は驚いて、従明が指した方向に目をやった。古いエンジュの木の下、それほど広くもない道が見通せた。道には何もなかった──いや、正確には何もないわけではない、一匹の猫が木陰で警戒した目つきでこちらを見ていた。だが確かに人も死体も、道に横たわっているものなど何もなかった。

    楊二伯は年配の徳望ある老人だ。驚きながらも従明の言う通りに従って、遠回りをして進んだ。だが心の中では引っかかるものがあった。従明には明らかに、自分には見えない死体が見えている。それは目の良し悪しの話ではない。何か良くないことが身に降りかかる前兆ではないかと、老人は胸に不安を抱えた。

    その数日後、車従明は婚礼の用意をするため貴州の甘竜口の町まで品物を仕入れに行った。村に壮年の働き手もなく、一人で出かけるしかなかった。買い出しを終えて帰る頃には、日はもう暮れかけていた。車従明が貴州と重慶の境を成す川──猫溝河(マオゴウホー)と呼ばれる界河の橋のたもとに来たとき、そこで休憩のために立ち止まった。

    この場所は他でもない、従明の父で亡き車軍がかつて出稼ぎに旅立つ前に一度腰を下ろして休んだ、あの同じ場所だった。当時の丸木橋はすでに簡素なコンクリートの橋に替わっていたが、場所は変わらない。汗が半ば乾いて、そろそろ立ち上がって家路を急ごうとしたとき、川の向こう側から道に沿って数人が歩いてくる。気さくに声をかけてきて、今夜ここに泊まって明日出発したらどうかと誘ってきた。

    結婚の細々した準備に追われていた車従明はとくに深く考えず、丁寧に断った。しかしその数人は彼の傍らを通り過ぎた後も、大道を歩き続けるのではなく、道脇の高い土手をすうっと舞い上がるようにして、揺れるバンモウ草の藪の中に消えていった。車従明はそのとき初めて、さっき自分に話しかけてきたのは人ではなかった、と気づいた。

    冷や汗がさっとにじみ出た。車従明はバイクにまたがり、糸茅坪(スーマオピン)の方角へと飛ぶように帰っていった。

    車軍がこの場所で奇妙な光景に遭遇し、帰宅してから病の床に就き、そのまま土に帰ったとき、車従明はまだ十歳にもなっていなかったはずだ。父親の一件が彼に伝えられたかどうか、私には確かめる術がない。あの辺りの習わしでは、そういうことは子どもに話さないものだ。あれから十年足らずで、ほぼ同じ光景が車軍の息子の車従明の前に再び現れた。これを前にして、様々な思いが浮かばずにはいられない。その思いが何を指すのかは、なお定かではないけれど。

    車従明が目にしたこれらのことを、母、祖母、外祖母に話すと、年長者たちも動揺し、どうすればいいかわからなくなった。婚礼が目の前に迫っていて、事の次第を占い師に見せ原因を突き止めて対処する時間などなかった。そもそも、こういう神秘的な現象の前では、そうした対処もはじめから無意味なのかもしれない。人間が、ごく普通の人間が、なりゆきに任せる以外に、いったいどうすることができるというのだろう?年長者たちは聞いた後、何事もないふりをして大声でいくつか怒鳴りつけると、また別のことへと忙しく動き出した。

    子どもの頃、こういう穢れたものに出くわしたときは怒鳴りつけることで、その災いを打ち払えると長老たちから聞いた覚えがある。今思えば、それはあまりにも自己欺瞞ではないか。もしそんな存在がそれほど怒鳴りつけに弱いなら、なぜ人々はそれほど恐れるのか──結局のところ、あの辺りでの阿Q精神の、また別の形にすぎない。

    これらの出来事を繋げて考えれば、車従明が山から落ちて、二番目の祖母に最初に言った言葉が──

    「俺は死ぬ」──

    だったのも、さもありなんと思えてくる。

    車従明は転落したその夜のうちに重慶へと運ばれ、新橋(シンチャオ)病院に入院した。医者の話では、頸椎骨折で神経が断裂しているかどうかはまだ判断できないという。内臓、とりわけ肺の神経が意識の制御を受け付けなくなっていて、自力で痰を切ることができず、いつ命の危険が生じてもおかしくない。たとえこの最も困難な時期を乗り越えたとしても、一生車椅子の生活になる可能性が高いとのことだった。

    婚礼を延期すべきか、取りやめるべきか?

    花嫁側の家族と話し合った末──もしかすると従明の傷の深刻さを花嫁の家族に全ては伝えていなかったかもしれない──、二人がいわゆる「できちゃった婚」で子どもをすでに授かっていることも双方の家族の間では知られていたことから、最終的にはすでに整えられた婚礼をそのまま行うことにした──

    この喜ばしい祝い事が、暗い空気を吹き払い、福を呼び込む一つの手立てになるかもしれない、という思いも込めて。

    当初、花嫁を迎えてまず古い家に泊まる予定だったが、この事態を受け、駆けつけた車従明の二番目の祖父(祖父の弟)が激しく怒り、その夜のうちに婚礼の部屋を古い家から新しい煉瓦の家へ強引に移させた。

    新しい煉瓦の家は一階の床を打ち終えたばかりで、煉瓦造りの壁もまだ完全には塞がれていなかった。その生冷たい煉瓦の壁の前に、色とりどりの布団、衣類、飾り物が並べられた。その光景は、作り物めいた、どこかぎこちないものだった。

    さらに気まずいのは、その通りに挙行された婚礼では、花嫁という主役が一人だけで、もう一人の主役である新郎は、遠く重慶の新橋病院のどこかのベッドに横たわったまま、生死も定かではなかったということだ。



    この作品について

    本作は全文約13万字の文庫本として印刷製本しています。

    ZINE FEST TOKYO に参加します!活動終了後、続きをこちらのnoteで順次公開予定です。

    実物の文庫本は、下記イベントにてお求めいただけます。

    日時|5月23日(土)12:00 〜 17:00 場所|東京都産業貿易センター台東館 6階 B列 17番

    ぜひブースに遊びに来てください、お待ちしています!


    作者について

    火事 (FireAlertAlways)
    東京を拠点にアーティスト・デザイナーとして活動しています。 作品やその他の活動に興味を持っていただけた方、ぜひフォローしてください。

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    火事

     
     
    デザイナー/アーティスト Kaji Next ➡︎ 5/23 ZINE FEST TOKYO JP/CN/UK Contact: Kaji@FireAlertAlways.com @Partimefighter firealertalways.com

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