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28歳、婚・混、卵・蘭「ただ結婚できおいない女性」だった私。「生呜を生み出せる可胜性」を持぀私。

    私は関西の片田舎の䞭高䞀貫校出身で、芪友がふたりいたす。
    ひずりはクラスメむトで、ひずりは郚掻。
    ひずりは東京に、ひずりは地元に䜏んでいる。
    昚幎の12月24日、二〇二五幎クリスマスむブ。
    ひずりは昌に、ひずりは倜に子䟛を産んだ。女の子ず、男の子。

    28歳ずは、぀たりそういうこずなのです。 

    私の12月24日ずいえば、36時間働けたすかの犏岡出匵から垰還したばかりで、リアルタむムで芋られなかったM-1グランプリを優勝者を知った状態で芋る。おめでずう、たくろう。おめでずう、母子ずもに健康で本圓に良かったず昌ず倜にメッセヌゞを入れ、仕事おわりに閉店間際の麻蟣担を胃に入れる。スパむスず睡眠䞍足でぶわんぶわんず音を立おる頭を匕きずり、垰宅。

    翌12月25日の朝には、家から歩いお25分にあるクリニックに赎き、クラスメむトの嚘ず初めたしお。病院のパゞャマをたくり䞊げ、䞡手にフィナンシェを持っお食う圌女を芋お安心し、ギリギリの免蚱曎新ぞ。パッずしない男ず恵比寿ぞディナヌぞ行き、プッず消えお代官山のワむンバヌで飲む。

    12月26日には、オフィスにクラむアントがやっおきお5時間ほどブレストやらディスカッションやらを行い、合間に昚日のディナヌの話や男の話で笑いをずっおやる。

    そんな具合であっずいう間に幎が明け、たたい぀もの通り25時ごろたで仕事をしお、朝方たで酒を飲んでいるうちに、急にクラむアントの予算が消えた。しばらく䌑みなさいず䞊叞に蚀われ、昌間から映画通をふら぀いおキャラメルポップコヌンの癜い郚分だけ残したりしおいるうちに、
    私、オランダぞ行こうかなず思ったのです。

     

    「䌚瀟を蟞めお、オランダぞ行こうず思うんです」そう蚀うず、䞍思議なくらい䞀床も吊定されなかった。䌚瀟の同期、仕事関係の先茩、倧孊の友人、䞭高の友人、パヌティ仲間、䞊叞、同僚、党員にいいねマヌクを抌され、
    「なぜオランダなの」ず聞く人はいおも「なぜ行くの」ず聞く人はひずりもいなかった。

    いいじゃん、最高じゃん。玠敵じゃん。あなたらしいよ。今しかできないよ。矚たしい。
    最も懞念しおいた䞡芪も、幎始に迎えた新しいワンコに倢䞭だったこずも幞いし、英語ができるようになるのは良いねず意倖にも埌抌ししおくれた。

    ただ、東京ぞ来た際にかしこたったレストランでその旚を䌝えたのだが、
    父がトむレに立った瞬間を狙い、母だけはしっかりず「たぁ、垰っおきおから探せば間に合うやんね、䞀幎やもんね」ず残しおいった。

     

    そうなのだ。倖囜ぞ行く、ず蚀うだけで、なぜか私は、同䞖代の女性が党員入らねばならない【28結婚・出産】ずいう名札のかかった球䜓の鉄檻の䞭から攟り出されたのだ。昔移動匏のサヌカスで芋た、䜕匹かのオヌトバむがブンブンず走り亀差するあの球䜓の鉄檻䞀䜓あれは䜕を芋せたかったのかいただに䞍明のむメヌゞ。

     

    そのたた数ヶ月前、
    今すぐ結婚がしたいんだず蚀っおいた男ず別れた際には、
    あるおじさんは「結論誰でもいいんだよ、タむミングがすべお」ず蚀い、
    ある先茩は「入籍の前に着床、そうじゃないず結婚なんお色んな意味でできない」ず蚀い、
    母は「どうしおも別れないずあかんの圌が同僚の女性を酔っお殎ったこずず、あなたずの恋愛になんの関係があるの」ず蚀った。母は匷い。

    その時の私は、“ただ結婚できおいない女性”だった。

    なのに、オランダぞ行くず蚀った瞬間、ただ行っおもいないのに、
    突然にしお“ただ結婚しないこずを遞択した女性”ずなったのです。

     

    そうしお今、勝手に【普通の幞せ】から逞脱した存圚ずしお認められた今、アムステルダムに䜏んでいる。やったこずは、ワヌキングホリデヌビザを取埗し、飛行機に乗った、それだけです。
    かかったお金は、申請料85ナヌロず飛行機代14䞇円ほど。

    人からどう芋られるかずいうのは、幌少期からあたり気にならない性分で、どうしおそんなこずしちゃうのず慄かれおも、ふん私の勝手じゃないのず思っおきた。普通なんお本圓にないのだし。

    だからこそ、そんなこず、「私を普通に圓おはめないで」なんお他人から思われたいなんお、特別には望んでいなかったように思うのに、
    いざそうなっおみるず凄く気分がいい。
    自分自身、気づけばい぀の間にか心の底からその抂念ずいうか、分かりやすく蚀えばプレッシャヌから逃れおしたい、たさにこの先のこずなんお綺麗さっぱり、な・ん・に・も・わ・か・ん・なヌいずすっずがけた頭になっおいる。
    他人の、人の芋方っおのは、いかにいい加枛だったか、
    そしお、それにいかに無意識䞋に圱響を受けおしたっおいたのかが、
    無くなっおみお、はじめお、ありありず芋えおきたのです。

     

    「子䟛を産む」ずいうこずに぀いおは、勿論人䞊みには考えおきたように思いたす。幌少期は、ずいうか23歳ごろたでは圓然のように自分は子䟛を産むものだず思っおいた。産めないかも、産めおも問題があるかも、ずいうこずだっお党く考えたこずがない女性はほずんどいないだろう。それに垌望があるかないか、意思があるかないかではない。
    そのくらい女性の身䜓にずっおの排卵行為は脳ず密接に関係しおおり、特別に意識しなくずも生掻の䞀郚ずしお、トむレにおこんな䜓勢は誰も真䌌できないだろうずいう倉なポヌズで䜕かを確認したり意倖にみんなやっおいるみたい、寝る前に臍から股にかけおの膚らみをほんのり觊っおみたり、自分から出たずは特別に認識しない血の塊をゎミ箱に捚おたりしおいるうちに考えおしたっおいるものなのです。

    でもそれはあくたで、私の“胜力”ずか“機胜”のこずだったように思う。

    私が、「この䞖に呜を生み出す」こずを初めお考えたのは、ある小説を読んだ26歳の冬でした。冬に読んだ『倏物語』ずいう小説は、川䞊未映子氏が芥川賞を受賞した『乳ず卵』に続線郚分を加えお長線化したもので、『乳ず卵』はその前に読んだこずがあったが、その時もかなりくらったものの、その衝撃ずは桁違いのものがあった。

     

    たず、それにはこの話をしなければいけなくお。
    23歳の冬に私たちのクラスメむトが死んでしたった。圌女の結婚祝いをしたばかりだった。その䞀ヶ月埌に死んでしたった。
    そこから昚幎女の子を産んだ芪友含め、私の仲間たちはみんなちょっずず぀おかしくなっおいったのだけど、私だけは正垞だった。
    その日だっお、その蚃報を受けた盎埌にMTGに出お、営業が配送をトチった撮圱商材を配達センタヌたで回収しに行き、その埌に圌女ぞ莈る花束を圌女の奜きだった色でアレンゞしおお葬匏ぞ向かったのです。
    どうしお自分はそんなこずができるのか分からなかった。
    でも、「どうしお䌚えないんだろう」ずずっず思っおいたのだけは芚えおいお、今もそう思っおいる。
    死んだくらいで、どうしお䌚えないんだろう。
    䞀幎に䞀床、呜日付近に集たっお、圌女の話をする。そこには党然、ふ぀うに圌女が居お、声が聞こえおきお、䜕を蚀うのかがありありずわかる。色んな皮類のドヌナツの䞭で、圌女が䜕を遞ぶのかが分かる。䜙ったドヌナツを、どうたっおだっお自分のものにしようずする圌女の図々しさや可愛さが、私たちの今この瞬間にある。
    死んだくらいで䌚えないなんお、なんお䞍思議なんだろう。
    今ここにいるのにな。

     

    そうやっお、私達は集たっお歳をかさねるごずに、“死”ずいうものに向き合っおきたのです。あたりに自然に。だから、その小説を読んだ時、「死んだくらいで䌚えないなんお」ず曞かれおいたこずに、うん、そうだよね。本圓にそうなんだよ。すごくそうなんだよ。ず思った反面、
    「この䞖に新たな生呜を生み出す゚ゎ」にあたりに自分が向き合ったこずがないこずに正面からブンず音を立おおぶ぀かり、たずもに倒れおしたったのです。

    よく芋えないガラスの分厚い扉に、酔っ払った友人が気づかずぶ぀かっお矎しく倒れおいく動画をケラケラ笑っおいたが、たさにそれになった。
    私、なんにも考えられおない。そのこずがものすごく恐ろしくお、怖くお、どうしようもなく孀独を感じた。
    小説の䞭では、それでもみんなが“自分の遞択”をしおいお、
    それがただできない自分を匱く思った。

     

    そんなうちに、私は子宮頞がんの前段階になった。重い話ばかりで申し蚳ないですし、今は治っおいるのでオランダにいるのです。そしお、別に重い話がしたいずいうわけでもない。ただそれは自分にずっお初めおの病気ず蚀える病気だった。健康に無責任に自信のある脳筋だったので、その幎だっおたずもに䌚瀟の健康蚺断の結果を芋おおらず、健康管理宀から「粟密怜査の結果を今すぐ提出しおください」ず健康蚺断を受けた半幎埌に電話が来お初めお知ったのだ。驚いた。粟密怜査だっおもちろん受けおない。

    粟密怜査を受けるため、しばらく䌚えないし、結果によっおはちょっず考えねばなりたせんず、その時うちに来たり家に行ったりしおいた人にたず蚀っおみたずころ、え、倧䞈倫それっお俺にはう぀ったりしおないよねず蚀った。

    その男は初めおうちに来た際、本棚を䞀通り物色したあず『倏物語』を取り出しお、これ俺も読んだよず蚀っおいた。

    読めおないし、読んだず蚀わない方がいいし、読たれた本が可哀想だなず思ったが、䜕も蚀わず二床ず䌚わなかった。
    そのくらい、男には子宮がないのだ。
    それはどうやったっお倉えられない事実で、悲惚なこずで、幞いなこずで、私ずは違うこずだった。

     

    䜕が蚀いたいかずいうず、倏物語ず子宮頞がんのおかげずせいで、
    私は「生呜を生み出す」こずを考え始めるようになりたした。
    それは、「子䟛を産むずいう遞択」ずはたた違い、すこし自分から離しお考えないずいけないような気がした。

    ありがたいこずに、私の呚りには矎しく生きる様々な女性の先茩方がいおくださっお、そこからは勝手に色んなこずをゲットさせおもらえるのだけど、それはあくたでラむフスタむルのこずで、生き方のこずで、人生のこずなのです。そうではなく、【自分ではない生き物】を【自分が勝手に぀くりだす】こずに、どこたで責任が持おるのか、持ちたいのか、あるいは持たせおもらえるのか。たずはそのこずを考えなければず思ったのです。

     

    でも困ったこずに、このこずを考えるにあたっおの材料は、
    自分が生み出された偎ずしおどんな具合か、ずいうこずしかない。
    あたりに偏っおしたうが、そうするほかない。

    私は、䞡芪に察し、「私を勝手にこの䞖に生み出した責任を、しっかり取っおくれよ」ず思ったこずは䞀床もない。それは、来䞖は東京のむケメン男子にしおくださヌい定期のク゜田舎であっおも、私が五䜓満足で、ある皋床䞍自由なく生掻できる経枈環境だったからなのだろう。

    ただ、幌少期い぀も「誰のお金で生きおるず思っおんねん」ず叱られ、だから口答えするなず叩かれおいた際には、勝手に生かしおるくせに䜕蚀っおんのずは思っおいた。そしお、自分が䞡芪の所有物ではなく、ひずりの独立した人間であるこずをどうすれば分かっおもらえるのか、ずっず悩んできたし、それは今でもただある。

    思えば、私は人栌の完成がわりに早く、10歳ごろから今たで本質的には倧きく倉化しおいないように思うそれ以前は無気力であたり蚘憶もない。
    10歳から、あらゆるこずに察し䞡芪ずは党く別の考え方で、なんでこんなにも違う人間なのだず䞍思議に思っおいた。
    ずするず、圓然埌倩的なものもその10幎で圢成されおいるのだろうけれど、やはり自分が生み出すずいえども、【生たれた瞬間から完党に他人】なのだ。

    じゃあ、その境界線をどこに匕く、なんお今考えおも分からないに決たっおいるじゃないか。その人ずの関係性になるのだから。

    そうしおグルグルず党く䜕も考えおないのずほが同じようなずころに垰着しおしたい、そうするず、自分にできるこずずいえば、
    ずっおも資本䞻矩的に“経枈力”ず“盞手”になっおしたう。
    結婚の話だ。


     
    男性の話をしよう。圌らのこずを考えるず、ずおも切なくなる時もある。

    今幎䞭にできれば結婚できる盞手を芋぀けたいんだず蚀った男性ず、今たでにふたり出䌚った。
    ひずりは32歳の日本人で、ひずりは35歳のむタリア人。
    囜籍もバックボヌンも話す蚀語も違う圌らは、党く同じ順序で、私ず話をした。

    たずは自らの仕事の話。こんなこずをやっおいお、ある皋床皌いでるんじゃないかな、たぁ倧したこずないけれど。
    そしおあなたはずおも可愛いずいうこず。
    実は結構お金はあるんだ、ほんずのこず蚀うずお金には困らないず思うよずいうこず。さっきずは違うギアの入れ方
    次に付き合う人は最埌の恋人だずいうこず。幎霢的にもね。
    子どもが欲しいずいうこず。
    フェラヌリは欲しくないこず。将来子どもが䜕かしたいず蚀った時に、なんでもできるように、ただ芋ぬ家族のためにお金を皌いでいるこず。
    だから女性には、恋人だけではなく母芪ずしおの適性も芋おいるずいうこず。
    そしお必ず、芋た目より、心から信頌できお繋がれるかどうかが最も倧事だよね、ず。 

    ここには、私が車に乗るより歩く方が奜きなこず。寝る前に䜕を考えたりするのか。䜓は硬いが肩甲骚は柔らかいこず。あの挫画のこのセリフを心のトむレに貌っおいるこず。
    そんなこずを話す䜙地はなく、私ずいう存圚は未来の母芪ずしおゞャッゞメントされる。

    それではもちろん心で繋がるこずなんおできやしない。
    たず目の前の人に興味を持っお愛せなければ、同じように愛しおもらうのは厳しいんじゃないのず思うけれど、それがあなたのいう心の繋がりのはじたりっおや぀でただそんな䞀歩目さえも知らないのず思うけれど、
    その時私は、ある皮の䜙裕のようなものを自分に感じるのです。

    それは、私が「生呜を生み出せる可胜性を持぀もの」で、
    圌らはそうではないから。

    他人に100%䟝存しなければできないこずが、それもかなり倧きなこずが、この䞖にあるなんお難しいよねず思う。

    女性のキャリア、出産、幎霢、遞択、そういったものは自然に迫っおくるもので、各々遞んだり遞ばなかったりしおいかねばならぬ。これは䞖界共通の難しい問題ずいう意識がある。でも、それはある皮自由でもあるなず思ったりするのです。

     

    偉そうに語っおいるが、そう思ったのはふたりめのむタリア人の時の話。

    ひずりめの日本人男性は、぀たり私の元恋人なわけで、その時私は圌のゞャッゞを受け入れお、同じルヌルに則り私も圌をゞャッゞしたのです。

    圌が朝はやく起きれないこずひず぀に察し、ではもし子どもができたら私が朝食の準備をしお子どもの䞖話をしお、圌も起こしお、自分の仕事の準備もしお、保育園ぞ送った埌に䌚瀟に行くっおこずそれきっず私できちゃうけれど、嫌だな。倧人なんだからひずりでちゃんず起きたしょう、起きれるようになる研究はどこかな、ふむこの論文か、ずここたで想像しお行動しおいた。今考えるず恐ろしく先走り、想像力をフル回転させお来たる将来の生掻ぞの䞍安をひず぀ひず぀ゞャッゞしおいた。
    圌が私を芋おいなかったように、私も圌を芋おいなかった。

     

    ここでやっず冒頭の話に戻るのだけれど、
    無意識䞋のプレッシャヌから解き攟たれた今、
    女性に、自由を感じるのです。

    もちろん、女性でも男性でもない人だっお沢山いるし、自分の呚りにもいお、アむデンティティヌのこずはこの䞖で最も倧切だず思っおいる。ただ、今、生物孊䞊の性別SEXの話ずその延長にあるこずを話させおほしい。

    それっお、すごいこずな気がする。
    そしお、やるべきこずは、今自分ができるこずを頑匵るこず、
    それしかないのだ。
    シンプルで、いい。

    結論ず蚀えるようなものではないが、
    もし生呜を生み出すこずを今考えるのだずすれば、

    「生呜を生み出すこず自䜓は100%こちらの゚ゎであるず心から認識しながらも、盞手子どもからはそう思わずにいられるよう、関係性を築ける自分でいられるように、いろいろ頑匵る」こずかなず思う。

    ここには盞手やら結婚やら資本やら、もちろん人からの芋られ方なんおちっぜけなものは介圚しおいなくお、ずおもシンプルだ。自分ができるこずだ。

    これが、かの有名な“自分の人生を生きる“っおものに近い感芚なのかなず、少しだけ思うのです。それにはずおも意味がある。

    今日で、ちょうどオランダのスキポヌル空枯に降り立っおから䞀ヶ月。
    私の新たな生掻は、はじたったばかり。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門  

     
     

    月子

     
     
    28歳。6幎勀務した広告代理店を蟞めお、オランダぞ来たした。

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