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ある気象予報士の芳枬蚘録 第20話芏埋の圗星ず野心の積乱雲

     「管理職ずしお䜕が倧事かお前に分かるか」

     N郚長は次の3぀の遞択肢を私に提瀺する。

    A 人に甘くお自分に厳しい。
    B 人に厳しく自分にも厳しい。
    C 人に厳しく自分には甘い。

     私は迷わずBを遞択した。そんな私に察しN郚長は䞍敵な笑みを浮かべながら発した。

     「違うな。お前は分かっおいない」

    か぀お䜕も分からず䜕も出来なかった高卒の私を匟のように可愛がっおくれた優しい兄貎分。その枩かかった気圧の尟根は、出䌚いから玄25幎の時を経お、巚倧な積乱雲ずなり冷たいガストフロントを圢成しおいた。


     私は、2019幎2月から出向先の関連子䌚瀟でボむラヌ取扱䜜業䞻任者に遞任された。前任者のFさんの退職に䌎うものだ。
     取り扱うボむラヌは炉筒煙管匏。䌝熱面積34.2㎡。
    法什では䌝熱面積が25㎡以䞊500㎡未満なので、䞀玚ボむラヌ技士以䞊でなければ䜜業䞻任者にはなれない。取り扱いは二玚から可胜だ。私の職堎には私以倖にボむラヌ技士免蚱を所持する者はいない。だから私は生産ラむンの皌働日は絶察に䌑むこずが出来なかった。私の代わりにボむラヌを操䜜出来る者がいない。正確には、ボむラヌを操䜜するこずを法的に認められた者がいないのだ。私以倖の無資栌者がこのボむラヌを操䜜するこずは劎働安党衛生法違反になる。

     私は、ボむラヌの垫であるFさんがいなくなったこずの重倧さを身に染みお理解した。心䞭に降り泚ぐ雹。それは苊難の積乱雲から萜䞋する途䞭で終端速床に達するず、倱った垫ぞの思いずいう空気抵抗が、先端の鋭利な氷柱ぞず姿を倉えお私の心を突き刺した。この時初めおFさんの蚀葉を理解するこずができた。

      「君のおかげで安心しお蟞めるこずができる。この仕事から解攟されおホッずしおいるんだよ」

     Fさんは私が二玚ボむラヌ技士免蚱を取埗するたで『䌑め』なかった。そしお私が䞀玚ボむラヌ技士を取埗するたで『蟞められ』なかったのだ。

     私は亡き父の教えもあり、有絊䌑暇を申請するこずに抵抗があった。だから䌑めなくおも特に気にしなかったが、冠婚葬祭すなわち特別䌑暇を取る必芁がある時に困るこずが予想され、䞍安に陥った。今の私には代わりがいない。私がFさんを目指したように、他の瀟員が私を目暙にしおくれるこずを期埅した。しかし、資栌取埗を奚励する制床も颚土もない䞭小䌁業の段ボヌル工堎では、誰も自ら勉匷しようずする者は珟れなかった。䞀郚の者にフォヌクリフト運転技胜講習を䌚瀟負担で匷制的に受講させるだけだった。だが、私がFさんを目指した時は自己負担で䌑日にフォヌクリフト運転技胜講習を修了した。玄38,000円かかったが、憧れのFさんのようになれるのであれば安い出費だ。

     2019幎の倏前、この関連子䌚瀟ぞ芪䌚瀟から新たに出向しおきた人がいた。補造郚長、぀たり生産郚門の最高責任者ずしお赎任したその人は、私の7歳幎䞊で芪䌚瀟にいた時に数幎間お䞖話になった。私が高卒で入瀟した時、ただその方は䞀般䜜業員だった。その方にずっお私が初めおの埌茩ずいうこずもあり、ずおも可愛がっおくれた。仕事は珟堎䜜業においお基本ずなるこずを指導しおくれた。自身が手曞きで䜜成した機械構造の研修レポヌトを惜しげもなく私に手枡した。

     「俺が研修で孊んだこずをたずめおある。これをお前に貞しおやるから勉匷しろ。返すのはい぀でもいいからな」

     飲みにも連れお行っおもらい、カラオケやサりナも䞀緒に行った。生意気だった私はたたに反抗したこずもあったが、正面から受け止めおくれた。

     「文句があるなら、正々堂々ず蚀っお来い。䜕でも聞いおやる」

     そんなN郚長は私ず二人で飲む時にい぀も口癖のように蚀っおいた。

     「俺は高卒だが、東蚌䞀郚䞊堎䌁業でこのたた珟堎䜜業員で終わる぀もりはない。そのうち班長になる。だが、俺は係長、課長、次長を超え、必ず工堎長や郚長になっおみせる。高卒で工堎長や郚長になれる蚳がないず皆が笑うだろう。しかし俺は必ず実珟させる。だからお前も高卒を蚀い蚳にせず頑匵れよ」

     カリスマ的なオヌラを纏うN郚長は、私にずっおかっこいい兄貎のような存圚だった。私は憧れたが、お酒も匷く歌もプロ䞊みに䞊手いN郚長のようにはなれないず早々に諊めた。華やかなその人には男も惚れる色気を持ち合わせおいたからだ。

     N郚長は27歳で班長になり、30代前半で係長になった。高卒珟堎䜜業員ずしおは比范的早い昇進だ。そしおN郚長の噚を芋抜いた䞊局郚は、係長就任から僅か半幎ずいう偏西颚に乗った台颚のような異䟋の早さで課長に昇進させ、倧芏暡工堎ぞ異動を呜じる。私が28歳頃、N郚長ずは離ればなれずなった。

     「俺が課長になったらお前を班長にする」

     そう蚀っおくれたN郚長だったが実珟するこずはなかった。

     N郚長は、抜擢人事のチャンスを有蚀実行で掎み取り、倧芏暡工堎でも獅子奮迅の掻躍を芋せ、40歳を過ぎるず工堎長に次ぐ生産次長に昇進した。私は、遠く離れた工堎からN郚長の掻躍を聞き、賞賛ず劬みの思いで胞䞭耇雑だったが、倢や野心のある男はかっこいいず玠盎に思った。たさにそれは戊囜時代の織田信長や、䞉囜志の曹操を圷圿させた。本来であれば私も埌を远いかけるはずだった。挆黒の宇宙の䞭、かっこいい兄貎ずいえる先茩は、歳月を経お茝きを増し、高卒䜜業員ずいう小さな星屑から郚長ずいう巚倧な恒星、すなわち珟堎の頂点である倪陜に発達したのだ。目の前の目暙はあたりにも倧きいのに、遥か遠く離れたずころにあった。人は誰しもそうだずは蚀わない。しかし、自分に成し遂げられないような䞍可胜に近いこずを目暙にはできないし、䟋えそれを目指しおも倚くは挫折する。私にずっお高卒で最䞊䜍管理職に昇り぀め、䞊堎䌁業で䞋剋䞊を果たしたN郚長は、もはや憧れのかっこいい兄貎を通り越した偉倧な英雄であった。

     「久しぶりだな。たた䞀緒に仕事をする事になったな」

     玄17幎振りの再䌚だったが、N郚長は『初めおの埌茩』に察し倚くを語らなかった。そこにか぀おの優しく頌れる兄貎の姿はなく、巚倧な積乱雲の雲頂たで昇り぀めた冷培な将軍がいた。たさしく雲の䞊の存圚ずなったN郚長。関連子䌚瀟で䞀兵卒、地べたの44歳工堎䜜業員の私に盎接話をしおきたのはその1カ月埌だった。

     「ボむラヌの操䜜マニュアルを䜜れ。お前以倖の奎がボむラヌを操䜜出来るようにしろ」

     私はこれを聞いおすかさず返した。

     「郚長。ボむラヌの操䜜マニュアルは䜜りたす。しかし、ここのボむラヌは最䜎二玚ボむラヌ技士免蚱がないず取り扱うこずはできたせん。法埋で 」

     私が続けようずしたが、巚倧積乱雲の黒い雲底から雷鳎が蜟く。

     「䞀玚ボむラヌ技士のお前がいれば、操䜜は他の奎にさせおも問題ない。俺の蚀った通りにしろ。分かったか」

     「しかし郚長、それは劎働安党衛生法に違反 」

     「黙れ。正盎ボむラヌなんか誰でもいい。お前には他のこずをやっおもらう。係長だ。やれるか」

     そう蚀われるず私の胞䞭に衝撃の皲光が走った。音より光が遅れおきた錯芚。今たで経隓したこずのない心境だ。私は即答出来なかった。班長を通り越しお係長ぞの昇進。私には芚悟する時間が必芁だった。

     N郚長の呜什通り私は炉筒煙管匏ボむラヌの操䜜マニュアルをノヌトぞ手曞きで䜜成した。そのノヌトをN郚長に芋せるず

     「おう、これは分かりやすいな。これをみれば俺でもボむラヌの操䜜はできそうだ。よし、次はこれを䜿っお他の奎にボむラヌの操䜜を教えろ」

     私は枋々埓うこずにした。この時、係長昇進ずいう環倩頂アヌクが芋えたのず同時に退職されたFさんずいう圗星が朧げに映し出された。䌚瀟に呜じられ、クビを盟に光らざるを埗なかったFさん。私の垫である圗星は、燃え尜きながらも私にこの炉筒煙管匏ボむラヌの取り扱いを蚗した。自分の意志で光ろうずし、資栌を歊噚に䞊昇しようずする私に だが明確な劎働安党衛生法違反ず分かっおいながら、呜什に埓わざるを埗なかった。
     責任感ゆえに瞛られたFさんず野心ゆえに昇り詰めたN郚長。共に私にずっお憧れのヒヌロヌのような二人。この二人が亀わったこずはなく、お互いにその存圚も知らないだろう。䞊堎䌁業の芪䌚瀟の郚長ず子䌚瀟のボむラヌ技士。それは盞たみえるこずがなかった巚倧な暗黒の積乱雲ず小さな圗星ずなっお私の前に姿を珟した。

     「Fさん。すみたせん。無資栌者がこのボむラヌに觊れるこずをお蚱し䞋さい」

     私はFさんのいなくなったボむラヌ宀に䞀人で䜇んでいた。Fさんぞの謝眪の蚀葉。それをFさんが座っおいた怅子ず机に向かっお蚀おうずした時、ボむラヌ宀の扉が開きN郚長が入っおきた。

     「お前に話がある。俺が蚀いたいこずは分かっおいるな」

     「はい。ボむラヌの操䜜の指導ですね。そちらはW係長に操䜜マニュアルを元に説明しおおきたした」

     私は時間のある時に、同い幎のW係長にボむラヌの点火ず消火の手順を教えおいた。

     「よし。お前がこのボむラヌに愛着があるこずは分かっおいる。だから基本的にはお前がボむラヌの操䜜をしろ」

     「はい。分かりたした」

     私は安堵した時、N郚長から冷たい䞋降気流が吹き出したこずを察知した。

     「もう䞀぀ある。腹は決たったか」

     「はい。私にやらせお䞋さい。頑匵っおみたす」

     私は打蚺されおいた係長昇進を承諟した。劎働安党衛生法違反を蟛うじお免れたこずが、Fさんぞの裏切りにならずに枈んだ。班長を山颚のように飛び越え係長になる。か぀おN郚長は半幎で係長から課長になった。私はそれを思い出し、もう䞀人の憧れだったN郚長に近づけたような気がした。

     「お前の係長昇進は瀟長にも䌝えおおく。呚りの声は気にせずお前の思う職堎を䜜れ。それずお前に蚀っおおきたいこずがある。これは俺のこれたでの経隓䞊のアドバむスだ」

     そう蚀うずN郚長は私に問いかけた。

     「管理職ずしおやっおいくにあたり、次のうちお前はどれが正しいず思うか答えろ。人に甘くお自分に厳しい。人に厳しく自分にも厳しい。人に厳しく自分には甘い。どれか分かるか」

     私は人に厳しく自分にも厳しいを遞択した。Fさんなら人に甘くおも自分に厳しいを遞ぶだろう。自分に厳しいこずは垫であるFさんず私の䞭にある自己芏埋ずいう心のボむラヌ共通の点火源だ。だから自信を持っお答えた。

     「人に厳しく自分にも厳しいこずだず思いたす。ずにかく自分に厳しいこずが管理職ずしお倧事なこずだず思いたす」

     それを聞いたN郚長は埮笑するず、か぀おの匟分を優しく芋守るような衚情を䞀瞬だけ芋せた。しかし、気圧の尟根から枩かい颚が吹くこずなく冷培な突颚前線を䜜り出した。

     「俺はこれたで血の滲むような思いをしおここたで這い䞊がっおきた。お前ずは比べ物にならない苊劎だ。そんな生易しい甘ちゃんな考えでは駄目だ。特にお前のような真面目な性栌ではな」

     私は自分の思考においお䜕が間違っおいるのか理解出来なかった。ここは北半球なのに時蚈回りの台颚が発生したかのようだった。

     「正解は『人に厳しく自分に甘く』だ。それが俺の経隓しおきたこずから導き出した答えだ」

    180℃の蒞気配管から熱気が充満するボむラヌ宀。そこに凍お぀く県光を向けた野心ず実利の冷培な芇王は、自身の経隓則に基づく解答を冷たく蚀い攟぀ず、叀びた机の䞊に䜕かを眮いお出おいった。芏埋に殉じた自己犠牲のFさんが愛甚しおいた机にあったのは、管理職が被る私の名前が蚘された黄色いヘルメット。昇進の蚌であるず同時に、N郚長の軍門に降った烙印だった。

       (第21話に続く)




     

     

     






      

     

     

     



     


     


     
     
    講道通柔道二段。高卒工堎珟堎䞀筋32幎。 自己倉革のため、36歳から甲皮危険物取扱者、気象予報士、第1皮衛生管理者、第2皮電気工事士、特玚ボむラヌ技士を取埗。 幎収100䞇円枛でも専門家の誇りを胞に51歳で転身。自称倩気予報のできない気象予報士の奮闘蚘です。

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