
面白くもない天気の話
私は蕎麦屋の女将だが、元はフリーランスのライターだ。ものを書くのが好き、インタビューなどの取材も好きで毎日バタバタと走りまわっていたが、夫の起業に巻き込まれて蕎麦屋の女将になり、早11年。
文章は兼業で書き続けて入るけれど、机に向かえる時間は激減。早朝起きて書き始め、レジの横であれこれ考え、隙を見てスマホで原稿を修正。
夜は早く寝てまた朝書いて…慌ただしい日々を送っている。
そこそこ続いている店なので、常連さんの多くは私の経歴をご存知で、
「二足の草鞋は大変よね」
「働きすぎに気をつけてね」
とお気遣いを頂くこともある。
時には、
「かわいそうになあ、手に職があるのに旦那のわがままに付き合わされて」
と同情されたりもする。
「はじめは私も釈然としなかったんですよ。もう取材に出かけられないって落ち込んだ日もありました。でも、ここで働くといろいろな方にお会い出来て、面白いんです」
これはお世辞でなく、実際そうなのだ。
ライターとしてお話を伺う方はその業界の達人や有名人が多いけれど、カウンター越しに出会う名前も知らない方との何気ない会話の楽しさは、取材とは全く別の新鮮なコミュニケーション。開店当初は忙しすぎて書く時間を見つけることすら難しかったけれど、しばらくしてから「蕎麦屋のお客様のインタビュー」をはじめ、記事にしてまとめたほどだ。
「でも正直に言えばつまんないだろ? 来る日も来る日も蕎麦を運んで、酒注いで」
「そんなことないですよ。料理はにこにこした人が運ぶと美味しくなるんです。仏頂面した人がドンって置いたら嫌じゃないですか? 大事な仕事です」
「そりゃそうだけど、誰でもできるぞ?」
「まあ最近はロボットも機嫌よく、気の利いたことを言いながら接客してくれるそうですしね」
「AIよりは女将がいいなあ」
「若々しくて、素敵なロボットかもしれませんよ」
「ならAIかなあ」
どっちだよ、と笑いながら蕎麦屋の夜は更けていく。
「しかしなあ、話だって、そりゃ中には面白い人もいるだろうけど、ほとんどは暑いだ寒いだ風邪ひいただ、面白くもない天気の話だろ?」
「それはまあ、そうなんですけどね…」
若いころは、私も「天気の話は無駄」だと思っていた。
気温が高かろうが低かろうが、急に風が出ようが大きな問題ではない。もっと実のある、話し合う価値のあることに時間を使いましょうよ。あるいはそんな無駄話はしないで、一人でじっくり物思いにふけるとか…。
しかし今では、天気の話が嫌いでない。むしろ好きだ。暑い、寒い、着るものに迷う、そんなせりふの底に流れるもう一つの声が、はっきり聞き取れるようになったからだと思う。
「やれやれ、今日も寒いわね。お勘定(女将さん、今日もここでお話できて楽しかった。寒いけど、また来るわね)」
「外は暑っついなあ、じゃ(とりあえず冷たい蕎麦で汗が引いたよ。御馳走さん)」
もちろん心の中は見えないから、私の推測、あてずっぽうではある。
でも確かなのは、夏は暑いし、冬は寒い。そして私達はともに同じ季節の中にいる。だから私は
「ありがとうございます、ほんと寒いですね(風邪など召されませんように)」
「暑いですねえ…お気をつけて!(同じ空の下、頑張りましょう! またお待ちしています)」
と言う。どうやら人間は、例外はあるけれど、年齢とともに聞こえない言葉が聞き取れるようになるのだ。
蕎麦屋はお年寄りのお客様が多いから、お見送りの後、二度と会えないこともある。十年以上暖簾を上げていると、そんな体験も一度や二度ではない。
だから私は、今日も暑い寒いの話をする。飽きずにする。目の前の人のことはほとんど知らない。でも今、ほんのひと時、私達は同じ空の下にいる。
「今日の暑さはひどいわねえ」
「容赦ないですね」
「冷えるねえ」
「ええ、本当に…」
そしてその度に少し胸が痛むような、哀しいような、蕎麦湯にも似た暖かさと幸福を噛みしめる。