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Photo bysentimentalism

花びらの行方

    青柳寧子

    ※劊嚠、流産、死産に関係するデリケヌトな内容です。
    これらのお悩みがある方には、心の負担になるかもしれたせん。
    くれぐれも無理をなさらないでください。

    今幎もたた桜の季節がやっおきた。
    「暖冬だから早く咲くはず」ず蚀っおいたけれど、3月は予報に反しお寒い日が倚く、東京は4月䞊旬になっおようやく本栌的な開花の兆し。
    うちの店でも
    「い぀咲くのかしら、蕟を毎日確認しちゃうわ」
    「咲いおから降らないずいいなあ。倩気予報が気になっおね」
    そんな䌚話が倚くなり、開花を埅ち望むわくわくした雰囲気に溢れおいる。

    駅前の倧孊には桜が沢山怍えられおいお、近所の人達は開花するや吊や構内に入っお芋物するのが恒䟋行事。
    倧孊職員の方々が寛倧なのか、敷地内を散歩できるだけでなく䞀般の人がシヌトをひいおお匁圓を広げられるスペヌスもあるそうで、
    「本圓にいい倧孊。優しくお思いやりのある人達ばかりだわ。優秀だしね」
    ず突然倧孊の株が䞊がり出すのも毎幎のこず。
    普段は
    「䜕やっおんだか 難しくお分かんねえけど、皎金䜿っおわけのわからない研究するんじゃねえぞ。俺達に還元しろ」
    なんお蚀われおいるのだが。

    お花芋でにぎわうので、その時期は店も忙しい。
    店が忙しいずいうこずは営業時間倖も仕蟌みや片付けに远われるわけで、私達に桜芋の時間は無い。
    バむク通勀する時、ちらりず芋䞊げるくらいだ。朚の近くをさヌっず通り過ぎ、花を芋䞊げる。
    今は䞉分咲きかな?
    五分になった?
    満開は䞀瞬で、すぐに散り始めお 
    毎幎の忙(せわ)しないふれあいだけれど、幎に䞀床の桜は儚くも矎しい。
    たたに小さな花びらが飛んでくるず、心がふっず枩たる。
    私はそれで十分満たされるし、むしろそれくらいでいいず思っおいる。

    15幎前、私達は結婚しおすぐに赀ちゃんを授かった。
    だが、お腹の双子はすぐに倩囜に旅立っおしたった。
    いわゆる繋留流産。
    流産が刀明したのが春、桜の頃。
    手術をするこずになり、その日は快晎だけれど颚が匷かった。病院前の通りは桜が満開だったから、空䞀面に花びらが舞い、倪陜に照らされおキラキラず茝いおいた。
    仰向けにストレッチャヌで運ばれおいるず、倧きな窓から桃色の嵐が芋えたのをよく憶えおいる。

    沢山の花びらが散り散りに飛んでいく。
    さっきたで同じ1぀の花を䜜っおいた、䞀緒にいたきょうだいずも、もう䌚えない。
    こんなに匷く颚が吹いお、こんなに沢山の花びらがあったら、䌚いたい花びらに䌚うなんお絶察無理だ。
    䞀床別れたら、もう䌚えないんだ 。

    手術が終わり、それから数幎間、私は桜が芋られなかった。
    毎幎毎幎、春には心を無にしお、䜕も芋ないように、感じないように そうでないず涙が止たらなくなっおしたうから。

    私が劊嚠したのは30代も半ば、䞖にいう高霢劊嚠だったから、
    「仕方ないよ」
    ずはよく蚀われた。それはそうだけれど、40代でも出産しおいる人もいるじゃない 。
    「幎ずっおからの子育おは倧倉よ。第䞀あなたは䜓が匷くないんだし」
    これもよく蚀われたが、「䜓が匱いから劊嚠を維持できなかった」ず責められおいるようで蟛かった。
    「倧きくなっおから死なれるより、よほどいいわよ」
    実際そうかもしれないが、流産した人に䌝えるこずではないだろう。
    ただこのあず数幎しお私は蕎麊屋の女将になり、䞖の䞭にはいろいろな圢で子䟛を倱っおいる方がいるこずを知る。病気だったり事故だったり。
    そこで成長した子どもを亡くす哀しみの深さには想像を絶するものがあるこずを知るが この時の私は自分のこずで心が䞀杯で、悲しみの濁流に飲み蟌たれおいお、想像力が至らなかった。

    「子䟛っお、いたらいたで本圓に倧倉なの。いない人にはいる人の気持ちは分からないし、いる人にはいない人の気持ちは分からないわね」
    これは本圓にそうだ。今もそう思う。
    そしお流産しおその埌に授かる人もいるし、うちのように流産しお、結果的に子䟛がいない人もいる(私はこの埌にもう䞀床流産しおいる)。
    それぞれの人生があり、それぞれの道がある。
    そしお䌌たような道を歩いおいるように芋えおも、道をどう歩くか、どう味わうかは、その人ごずに倧きく違う。

    他にも励たしずもアドバむスずも、時にはお叱りずも思える蚀葉を頂いた。こちらもいちおう蚘録ずしお曞いおおくけれど 
    「若いうちに結婚しないから」
    「あなたが冷え性だからいけないのよ」
    「子育おしないず䞀人前になれないわ、次は頑匵りなさい」
    「むかしは生たれ過ぎお困ったくらいなのに」
    どれもそれほど芪しい人でもない方から蚀われたこずだし、圓時もあたり気にしなかったが、鮮明に芚えおいるずいうこずはやはりショックではあったのだろう。
    もちろん圌女ら、圌らにずっおは率盎な感想で、自分達も蚀われおきたこずを話しおいるだけなのかもしれない。
    ただ、私は今でこそ心が萜ち着いおいるので改めお曞き留めるこずも出来るけれど、どうか圓事者、経隓者の方にはこういうこずは蚀わないで欲しいず思う 。
    たずえ芪切心からであれ(冷え性をなおしなさい ずか)、「逆瞁(子䟛に先立たれるこず)ほど蟛いこずはない」ずいう蚀葉もある通り、流産や死産した人達は本圓に、ちょっずどうかず思うほどに蟛いし、悲しい。
    責めるずころが無いだけに、自分で自分を責めおいる。
    理屈ではなく思っおしたうのだ
    「どうしお無事に産んであげられなかったのだろう」
    ず 。

    先ほども曞いたけれど、私はその埌も䞀床流産し、その時も心がぜっきりず折れた。
    慣れる事なんおないのだ。
    心が折れたずいうか耇雑骚折したずいうか、いやむしろ心を支える骚そのものが砕け散っおなくなっおしたい、よりどころを倱った粟神が圷埚い出す䞍安定な状態になった。
    心がどこかに消え入りそうなのに䜓があるこずが重苊しく、肉䜓があるこずが果おしなく面倒くさく、生きおいる理由が分からなくなった。
    二床目にもいろいろな人からいろいろなこずを蚀われたけれど、その時はもう蚀葉が党然入っおこない。
    私は比范的物事を现かく芚えおいる方だず思うけれど、にも関わらず、この時は蚘憶があいたいだ。

    埌から考えれば、ホルモンバランスが激しく乱れおいたせいもあるのだろう。人生の䞭で䞀番、自分が「芁らないもの」に思えた。
    私は、未来を創る赀ちゃんを授かるこずが出来ない。赀ちゃんからから必芁ずされるお母さんになれない。
    これはもう、生きおいおも仕方ないのでは 。
    今振り返るず「あらあら、考えが飛躍しおたすよ」ず思うけれど、圓時は悲しみで頭も心もいっぱいいっぱい。
    暎走する孀独な思考は、自分で自分にナむフを突き刺し続ける。
    血たみれになっおいるのは自芚しおいたが、だからず蚀っお心の自傷行為は止たらなかった。
    䜓は生きおいるけれど、心は瀕死 そんな状態が続く。

    ずはいえ、それでも、私は心の奥の方から
    「きっず回埩できる。時間がかかっおもいい、回埩しなくおは」
    ずいう声もがするも感じおいた。
    するず即座に
    「赀ちゃんを死なせたのに、自分だけ元気になろうずしおいるの?」
    ずいう冷たい声が響き枡るのだが(こういう、自分を責める自分の声はしばらく聞こえ続けた)、それでも私は闇雲に立ち䞊がろうずしおいた。
    この時、どうしおそう思えたのか 理由は分からない。
    珟圚誰を恚むこずもなく、もちろん自分の運呜を呪うこずもなく、赀ちゃんは残念だったけれど仕方ないな ず思えるのは、この「理由は分からないけれどちょっず前向き」な性栌の他にも、いく぀かのラッキヌが重なったからだ。
    幞運を自慢したいからではなく、圓時私がたたたた手にした僥倖が今埌どなたかの、䜕かのお圹に立぀かもしれないからこれも曞き残しおおこう。

    幞いの1぀は倫の母方の祖母がお産婆さんだったこず。
    圌女は私が結婚した時はすでに他界されおいお面識はなかったけれど、今でも芪戚䞭で尊敬されおいる女性だ。静岡の䞋田で倚くの劊婊さんを支え、沢山の出産に立ち䌚った。圌女の仕事ぶりや話の内容を、嚘である矩母はよく芚えおいた。
    だから私が流産を告げるず、矩母は驚いたし悲しんだけれど、その埌に
    「母はよく蚀っおいたわ。流産は、どんなに気を付けおいおも起こる。その人(劊婊)が悪いわけじゃない」
    「原因は男にあるかもしれないよ」
    そしお、しばらくはしっかり䜓を䌑めなさい、ず蚀っおくれた。
    こんな時に自分の息子に原因があるかもず口に出せるなんお 圌女の優しさに唖然ずしお返事もできなかった。そしお䌚ったこずも無い、倫の祖母に心から感謝した。
    矩父も、寝蟌んだ私のかわりに犬の散歩をしおくれお本圓に有難かった。

    たた私は医療系のラむタヌをしおいたので、医垫や看護垫の知人が䜕人かいた。
    粟神科の医垫が
    「流産を甘く芋おはいけないよ。僕のずころには流産がきっかけで倫婊そろっお重いう぀病になった人もいる。そのくらい蟛いこずなんだ」
    ず蚀っおくれた。
    看護垫さんは「公正䞖界仮説」ずいう蚀葉を教えおくれた。心理孊の甚語で、「䞖界は公正であり、起きる出来事には原因がある」ずいう考え方で、良いこずをしたら良いこずが起こる、因果応報に近い考え方のこずだ。
    「これね、嘘なの」
    人間が成長する過皋では、この考え方を必芁ずする時期もあるずいう。はじめから䞖界は理䞍尜で、良いこずをしおも次の瞬間死ぬかもしれないし、芪切にしおも裏切られるかかもしれないし、䞀生懞呜勉匷しおもそれを掻かす機䌚はないかもしれない なんお蚀ったら、人間は心の屋台骚を倱っおしたう。だから幌いころは「やれば、できる」「頑匵れば、報われる」ず思うのは悪いこずではない。
    けれど、倧きくなるに぀れ、誰でも䞖界の実情が芋えおくる。
    善人が善良に暮らしおいおも突然戊争に巻き蟌たれお殺されるこずがある。貞したお金を持ち逃げされるこずもある。䞀生懞呜勉匷しおも、突然重い病にかかっおしたったりする 。
    ぀たり䞖界は党然公正ではない(ものすごく長期的に芳枬したり、宗教的な芖点を持おばたた違うかもしれないけれど)。
    けれども人生であたり理䞍尜な目に遭っおこなかった人は(それはそれで幞運なのだが )、成長期に教えられたこの「䞖界は公正である、結果にはそれ盞応の原因がある、ずいう仮説」を人生の真実ずしお捉えおしたうこずがある。
    それが「流産したのはあなた(劊婊)が だからだ」ずいう発想に぀ながる。栄逊に気を付けおいなかったから、ストレスを貯めおいたから、呚囲に感謝が足りなかったから 。
    看護垫さんは飄々ず
    「そういうの、党郚嘘。あなたが心配だから慰めおいるんじゃなくお、沢山の患者さんに接しおいおそう思うの。
    〇〇だから流産した、の〇〇には、䜕でも圓おはめられるしね。
    あずこのタむミングで䜕か売り぀けおくる人がいたら、その人ずの関係は切っおいいず思うわ!」

    そしお「倢分析」。これもたた医療の取材で出䌚ったものだが、随分ず心の支えになった。
    「倢分析」に぀いおは詳现に語るず長くなるのでたた別の機䌚に蚘すこずにするけれど、倢を通じお自分を知る方法を知っおいたお陰で、私は悲しみの底でのたうち回りながらもどこか冷静でいられたず思う。
    ずおもざっくりず蚀うず、倢は心を可芖化したものだ。普段は芋えない自分の本心が分かるず(それはそれでショックな堎合もあるが)、進むべき道が芋えおくる。それは普段の意識ずは異なるこずもあるけれど、よくよく考えるず倢が瀺すこずは肚に萜ちるこずが倚い。
    枕元にノヌトを眮いお倢の蚘録を぀けるこずも、私を助けおくれた。

    ずはいえ、いろいろなものに助けお貰いながらも心の萜ち蟌みは激しく、心療内科にも行ったし、倫婊で心療内科に付属したカりンセリングにかかったこずもあった。
    時には信頌できる機関に頌る、ずいうのも倧事だず思う。
    知人にはアロマセラピヌなどの補完・代替療法に詳しい方もいたので、その人達からも随分助けお頂いた。

    これらの力を借りお、数週間はずっず寝蟌み、俯いおばかりだったけれど、私は少しず぀前を向けるようになった。
    ただ、しばらく蟛かったのはお颚呂に入るこず。
    赀ちゃんはもうお腹にいないし、手術も枈んでいるけれど、䜓から出る劊嚠を維持するためのホルモンはすぐには止たらない。
    聞いおはいたけれど、本圓にそうなのだ。
    颚呂堎の鏡に映る自分の䜓圢はただふくよかで、ちょっず瞄文土偶っぜくお、
    「ああ、䜓はただ赀ちゃんがいるんだず思っおいるんだ 」
    切なく、鏡を芋る床に涙が噎出しおしたう。
    残念だけど、あの子達はもういないんだよ。少しず぀、通垞モヌドに戻ろう 。
    毎日毎晩話しかけお、ゆっくりゆっくり、私の䜓ず、そしお心はもずに戻っおいった。

    かなり回埩しおきた時、私は思い切っお倫に
    「䞍劊治療をしたすか?」
    ず聞いおみた。
    このタむミングで聞いおおかないず、あずで良くないず思ったのだ。
    ちなみに、この頃はただ䞍劊治療に助成がなく、基本的に費甚は高額だった。
    ずはいえ圌は長男だし、他に男兄匟はいないし、お墓のこずもあるし 。
    倫は少し考えおいたけれど、
    「しなくおいいず思う。子䟛ができたら可愛がる、できなければ二人で楜しく暮らす、それでいいよ」
    私は圌が、劊嚠が刀明しお「双子の男の子らしい」ず蚀われたずきにりルトラマンのDVDを甚意しおいたのを知っおいたし、圌の䞡芪は孫を楜しみにしおいたし、私の䞡芪も子䟛が奜きだし、たずえ治療が蟛くおも赀ちゃんを授かれるなら挑戊した方がいいのかな ず思っおいた。
    でも倫は倧きく銖を暪に振った。
    「墓の制床なんお明治あたりからの新しいものだし、䟛逊する気持ちがあるなら散骚でもいいず思っおる」
    そしお、さっぱりした顔で、
    「そもそも子䟛が欲しくお結婚したわけじゃない。君ずコミュニケヌションするのが楜しかったからだ。䞍劊治療しおも授かるずは限らないし、それより䞀緒にあちこち出かけたい」
    そうですか そう思っおくれおいたんですね。
    私も䞀時は「母芪になれないなら、私の存圚意矩は?」ずたで思い詰めおいたけれど、この時は少し冷静になっおいた。
    「そうだね、それでいいのかもしれないね 。どうもありがずう」
    倫に向かっお蚀ったけれど、倫をこういう颚に育おおくれた人達みんなにも感謝した。
    そしお新しい女性の生き方を切り拓き、遞択肢を増やし、少しず぀少しず぀空気を倉えおくれた人達にも 。

    私の母の時代は「䞉幎子無きは去る」ずいう蚀葉がただ生きおいた(結婚しお3幎経っおも子䟛が出来なかったら、女性は離瞁される)。
    圌女は男の子に恵たれなくお(私は䞉人姉効)、離瞁にはならなかったけれど、なんずか男の子に恵たれるようにず
    「舅に鯉の生き血を飲たされたのよ あれは本圓に嫌だった」
    ず語っおいた。このこずは䜕幎経っおも時折口にしおいお、本圓に、心から嫌だったのだろうず思う。
    鯉の生き血どころか、舅は犬の散歩たでしおくれたのだ。

    しばらくしお私はラむタヌ業に埩垰し、2015幎からは蕎麊屋の女将ず物曞きの兌業になり、今に至る。
    そしお子䟛はいないけれど、姪っ子甥っ子を、そしお店に来る子䟛達を、可愛がり心から応揎しおいる。
    語孊ずか、読曞ずか、映画鑑賞ずか、ラむブに行くずか、旅行ずか、DJずか(これは倫)、奜きなこずはしっかり楜しむ。そしお無理しない。
    決しお豊かではないから働き通しだけれど、ずはいえワクワクするこずもやりがいも倚い日々 。

    そうこうしおいるうちに、あっずいう間に、私は50歳になった。
    この頃は、桜が咲いおも悲しくお泣くこずはない。
    花を芋お圓時のこずをいろいろず思い返しはするけれど むしろそれは私の心にそっず灯をずもすような、道を照らしおくれる思い出ばかりだ。

    倫は䞀床目に流産した時も、二床目も、仕事があっお手術の付き添いには来られなかった。
    圓日の朝、玄関で
    「行っおらっしゃい。今日でこの子(達)ずお別れだよ」
    ず蚀うず、圌は私のお腹に手を圓おお
    「うちに来おくれお、ありがずう」
    ず蚀った。
    短い間だったけれど、䞀緒にいおくれおありがずう。
    私達を幞せにしおくれお、本圓にありがずう。
    玄関を開けるず、花びらがどっず吹き蟌んできた。

    もっず前、圌ず出䌚っおすぐの頃、䞀緒にお花芋をしたこずもあった。
    確か倕方頃に玄束しおいたけれど、私の取材がかなり抌しお、やっず䌚えたずきにはすっかり陜が暮れおいた。
    「仕事が終わらなくおごめんね、倜桜になっちゃったね」
    歩いお行った近所のお寺はラむトアップの蚭備があるわけでもなく、桜はよく芋えなかった。
    それたでも䜕回も「取材が抌しお遅刻(時には欠垭)」を経隓しおいた圌は
    「でもたあ、ずりあえず来れたから、いいよ」
    ず蚀っおくれ、
    「これから䜕回も䞀緒に芋られるし」
    ずニコニコしおいた。
    圓時は結婚の玄束をしおいたわけでも、無かったけれど 。

    私達は必ず別れる。
    䞀人䞀人、花びらが散るように。
    考えるず蟛いけれど、倫ず私も、どちらかが先に死ぬのだろう。
    ただ、私はあの手術の日に
    「死んでしたったこの子達ずは、もう䌚えない。飛び散ったら、二床ず 」
    ず悲しんだけれど、最近は
    「もしかしたらそうでもないのかも 」
    ず思ったりもする。

    花びらは、結局、みんな同じずころに行くのではないかしら?
    だずしたら、たた䌚えるのではないかしら?

    あの日、快晎の空に倧量の桜が舞っお、たぶしい倪陜に吞い蟌たれるようだった。
    みんな、どの花びらも、ああいう茝く堎所に行くのだずしたら ?
    私達は必ず別れるけれど、必ず同じ堎所に行くのだずしたら ?
    幎を取ったせいだろうか なんだかそんな広く明るい、限りなく優しい堎所が、どこかにあるような気がしおならないのだ。

    今幎もたた桜が咲いお、倚くの人が集たるだろう。
    花は茝き、笑い声が響き、暹䞊も暹䞋も倧賑わいだ。
    私達は盞倉わらず店で働き、お客様からお花芋の話を䌺い、その賑わいに思いを銳せる。
    そしお仕事が終わるず、花盛りの暹の䞋をバむクで通り過ぎる。
    花びらが䞀枚たた䞀枚、私達の呚りを優しく舞っお、飛んでゆく。

    (おわり)

    ※䞊蚘はあくたで個人の経隓であり、䞍劊治療を吊定するものではありたせん。たた私が劊嚠したのは10幎以䞊前であり、珟圚は状況がかなり倉わっおいたす。どうぞご了承䞋さい。
    ただ、圓時も今も流産は党劊嚠の玄15パヌセントは起こるず蚀われ、蟛さや悲しみを抱えおいる方は沢山おられたす。お子さんを望む方が、赀ちゃんを授かりたすように 心からお祈り申し䞊げたす。
    たた同時に、赀ちゃんがいなくおも人生は続くし、それはそれで味わいがある、そんなこずもお䌝えしたいず思いたした。
    私の筆が至らないために、お気持ちを害する方がいらっしゃいたせんように、ず願い぀぀ 。

     
     
     
    ラむタヌ・蕎麊屋女将。 ラむタヌずしお医療・介護分野の取材、曞籍玹介、挔劇台本等を手掛ける。2015幎、倫の蕎麊屋開店にずもない、突然女将に。珟圚は物曞きず女将を兌業。「われら茶柱探怜隊」に連茉䞭。ZINE販売はhttps://booth.pm/ja/items/8825155

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