
🍮 Episode 9:夏祭りの夜 — 焼きそばの匂いと、三人の灯り
夏の午後。
Café Solasの扉には、一枚の紙が貼られていた。
『今年の夏祭り 出店募集』
ケンタが首を傾げる。
「……これ、誰が貼った?」
タクヤが手を上げる。
「俺」
「なんで?」
「町内会の人に頼まれた」
「断らなかったの?」
「断ろうとはした」
「結果は?」
「気づいたら参加する流れになってた」
アキラはため息をつく。
「お前、昔からそういうところあるな」
「何が?」
「流される才能」
ケンタが笑う。
「でもさ」
「夏祭りって、ちょっと楽しそうじゃん」
アキラは窓の外を見る。
浴衣姿の人。
準備をする商店街。
いつもより少し明るい街。
「……まあ」
「悪くないかもな」
出店会議。
「かき氷」
「設備がない」
「綿あめ」
「機械がない」
「フランクフルト」
「カフェ感がない」
しばらく沈黙。
タクヤが言った。
「焼きそばは?」
三人の視線が集まる。
「それだ」
なぜか全員、納得した。
祭り当日。
鉄板の音。
ソースの香り。
とうもろこしの甘い匂い。
Café Solasの小さな屋台には、
思った以上に人が集まった。
「いつものカフェのお兄ちゃんたちだ」
近所の子供が言う。
その一言に、三人は少し照れる。
店の中だけでは見えなかったものがあった。
この街には、
自分たちを見ている人がいる。
夕方。
焼きそばを焼きながら、ケンタが言う。
「なあ」
「何?」
「俺ら、普通に祭り参加してるな」
タクヤが笑う。
「普通じゃない?」
「なんかさ」
「もっと特別なことしてると思ってた」
アキラが鉄板を見る。
「特別って?」
「分かんないけど」
「もっと意味あること」
少し間。
アキラが答える。
「こういうことじゃないか」
ケンタは笑う。
「それ、また難しい言い方してる」
夜。
祭りの最後。
神輿の担ぎ手が足りないと声をかけられる。
「いや、俺ら今まで焼きそば焼いてたんだけど」
「だから元気あるだろ」
「理由が雑!」
三人は笑いながら法被を着る。
そして。
「わっしょい!」
夜空に声が響く。
汗。
疲れ。
笑い声。
全部が混ざった夏の夜。
祭りが終わったあと。
Café Solas。
三人は店の前に座っていた。
手にはラムネ。
ケンタが空を見上げる。
「今年の夏、結構いいな」
タクヤが聞く。
「何が?」
「いや」
「こういうの」
アキラは店の灯りを見る。
「覚えてるだろうな」
「何を?」
「今日のこと」
三人は少し黙る。
でも、その沈黙は寂しくなかった。
夏祭りの夜。
大きな出来事はなかった。
でも。
焼きそばの匂いと、
汗だくになった時間と、
くだらない会話。
それだけで。
この夏は、ちゃんと記憶になった。
☕ Café Solas
Season2