
☕ Café Solas — Season 8 Episode 10 (最終話) 「アキラ──灯りの残り火」
閉店後のソラス。
照明は半分落ちているのに、
カウンターだけが妙に明るい。
アキラが、同じカップを何度も磨いていた。
磨く必要はない。
ただ、手を止めると胸の奥がざわつく。
棚に戻そうとして、
指先が古いノートに触れた。
角が潰れ、紙は少し波打っている。
触れただけで、胸の奥が痛む。
アキラはゆっくり開いた。
途中で折れた文章。
消しかけた線。
書き直そうとして、諦めた跡。
“理想の店”
“途中で帰らなくていい場所”
“光”
どれも、当時の自分が「言い切れなかった言葉」ばかりだった。
「……逃げてたな」
声に出すと、思ったより苦かった。
ページをめくるたびに、
昔の自分の弱さが、紙の隙間から滲み出てくる。
~~~
高校時代。
文化祭前夜の教室は、
熱気と焦りと、少しの諦めが混ざっていた。
タクヤがメニュー案を破り捨てる。
「無理だろこれ。時間足りねぇよ」
ケンタが椅子を蹴る。
「お前が凝りすぎなんだよ!」
「は? お前が雑すぎんだろ!」
二人の声がぶつかる。
アキラは窓際で、夕方の光を見ていた。
胸の奥が重い。逃げたかった。
「……灯りみたいな場所がいい」
気づけば口から出ていた。
二人が振り返る。
「は?」
「明るくするんじゃなくてさ。
帰ってこれる目印みたいな……そういうの」
言った瞬間、自分でも何を言ってるのか分からなくなった。
タクヤが笑う。
「お前、そういうとこだけ妙に真面目だよな」
ケンタは破った紙を拾い直しながら、ぼそっと言う。
「……まあ、悪くねぇよ。そういうの」
そのページの端に、
タクヤが小さく “Solas” と書いた。
アキラはその文字を見て、
初めて少しだけ胸が温かくなった。
でも同時に、怖くもあった。
「本当に作れるのか?」
「途中で壊れたらどうする?」
「自分は何もできないんじゃないか?」
その恐れは、誰にも言えなかった。
~~~
店内。
アキラはノートを閉じる。
静けさが、逆にうるさい。
あの頃の喧嘩の声まで聞こえてくる。
カラン。
扉の音。
ケンタが入ってくる。
「まだ帰ってなかったのか」
「お前もな」
少し遅れてタクヤ。
「電気ついてたからさ」
三人とも、理由を言い切らない。
昔からそうだった。
ケンタがノートを覗く。
「……まだ持ってたんだな」
「捨てたら、負けた気がするだろ」
タクヤが苦笑する。
「お前、昔の方が素直だったよな」
アキラは返さない。
返したら、何かが崩れそうだった。
沈黙が落ちる。
でも、逃げる必要はなかった。
アキラはゆっくり言う。
「俺さ……あの頃、怖かったんだよ」
二人が顔を上げる。
「何かを作るのも、
壊れるのも、
全部怖かった」
ケンタが腕を組む。
タクヤは視線を落とす。
アキラは続ける。
「でも……怖かったから、
残したかったんだと思う。
消えない場所を」
店内の空気が少しだけ揺れる。
「人ってさ、
失くすだろ。色んなもの」
「……ああ」
「でも、全部は消えない。
どっかに残る。
匂いとか、音とか、誰かの声とか」
アキラはカウンターを軽く叩く。
「それを思い出せる場所があれば、
また歩けるんだよ」
タクヤがノートの最後の白紙を見る。
「……書かないのか?」
アキラは笑う。
「書けるほど、まだ終わってねぇよ」
ケンタが店内を見回す。
「まあ……確かに、まだ途中だな」
タクヤも頷く。
アキラは立ち上がる。
「コーヒー淹れるか」
「閉店後だぞ」
「知ってるよ」
湯が落ちる音が、
夜のソラスに広がる。
三人の影が、
灯りの残り火みたいに揺れていた。
その灯りは、
まだ終わらない。
たぶんこれからも、
誰かの夜を、静かに照らし続ける。
シーズン9
制作予定です
引き続き、応援よろしくお願い致します🙏