
☕ Café Solas — season7 第5話 アキラとサチ、閉店後の小さな灯り
昼の営業がひと段落した、休憩時間。
ソラスは、やわらかな光に満ちていた。
「また注文入った!」
ケンタがスマホを見ながら声を上げる。
タクヤがラテを片手に顔を上げる。
「まだ売れてんのか、そのプリン」
「ビックリ!プリン・フィギュアな」
ケンタは得意げに言う。
「しかもレビュー来てる」
アキラも少しだけ手を止めて、画面をのぞき込む。
ケンタが読み上げる。
「“思ったよりかわいい。机に置いてます。”」
タクヤが笑う。
「思ったよりってなんだよ」
ケンタは少し考えてから言う。
「まぁ……そういう商品だしな」
そのとき。
カラン♪
ドアベルが軽く鳴る。
「お疲れ様です」
サチが入ってきた。
「お、ちょうどいいとこ来た」
ケンタが言う。
「今な、レビュー来てんだよ」
サチはスマホをのぞき込んで、小さく笑った。
「いいじゃん。ちゃんと届いてるんだね」
「だろ?」
ケンタは満足そうにうなずく。
アキラはその様子を見ながら、静かにコーヒーを淹れていた。

夜のソラスは、昼間よりも静かだった。
営業を終えた店内には、
カウンターの上にだけ柔らかな光が残っている。
新しいネイビーのエプロンをつけたサチは、
一日の締めにカップを丁寧に拭いていた。
アキラは棚の整理をしながら、ふとその手元に目をやる。
「……慣れてきたな」
サチは少し照れたように笑う。
「うん。まだ緊張するけど……でも、好きだよ。この時間」
アキラは軽く頷き、棚の扉を閉めた。
「俺も。閉店後の静けさ、嫌いじゃない」
店の外で風が吹き、看板がかすかに揺れた。
サチは手を止め、窓の外を見つめる。
「……ここに来る前、夜が苦手だったんだ」
アキラが振り返る。
「そうなのか」
「うん。静かすぎると、いろいろ思い出しちゃって。
でも……ここにいる夜は、なんか違う。落ち着くっていうか……」
言葉が途切れる。
サチはカップを胸元で軽く抱えた。
アキラは少しだけ歩み寄り、隣に立つ。
「ここは……そういう場所なんだと思う」
「誰かの“夜”を、少しだけ軽くする場所」
サチはゆっくりとアキラを見上げた。
「アキラくんの夜も?」
アキラは一瞬だけ目をそらし、そして小さく笑った。
「……まあ、そうだな」
少し間をおいて。
「サチが来てから、特に」
サチは驚いたように瞬きをした。
けれど、すぐにその表情は柔らかくほどけていく。
「……そっか。よかった」
アキラは照れ隠しのように布巾を手に取る。
「いや、別に深い意味じゃなくて……」
「ううん。
深い意味じゃなくていいよ。
でも、嬉しい」
サチの声は、静かであたたかかった。
「おーい、二人とも。そろそろ閉めるぞー」
ケンタが厨房から顔を出す。
アキラとサチは同時に振り返り、
少しだけ距離を取った。
ケンタはその様子を見て、何も言わずに引っ込む。
奥からタクヤの声が聞こえる。
「ケンタ、空気読んだな」
「読んだよ。読まないと怒られそうだし」
「誰に?」
「……アキラに」
アキラは小さくため息をつき、サチと目を合わせた。
サチは肩を震わせて笑った。
店を出る前、サチがふと立ち止まる。
「ねえ、アキラくん」
「ん?」
「……また、閉店後に話してもいい?」
アキラは少しだけ考えるふりをして、ゆっくりと頷いた。
「もちろん。
そのために、鍵は俺が閉めるんだし」
サチは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ……また明日」
夜のソラスに、静かな灯りがひとつ残る。
ふたりの距離は、
確かに半歩だけ近づいていた。
——静かな夜に揺れる気持ち。
その光は、まだ名前を持たない。